第四話 最終決戦ー8
しかし……今はミカエルの気持ちなど構っていられない状況か? 残り時間が少ない中、この危機を防がないといけないのだから。
よって俺は、彼女に対して申し訳ないと思いながらも、決意を固めるしかなかった。――サマエルがナンシーを手放さない以上、他に何ができようか?――。銃を握り締め、「許せ、ナンシー」と祈りを捧げた後、すぐさま照準を合わせたのだ。
そして、息を詰めたなら、一気にトリガーを引く……
「待てや、ミカエル。こぜが見えねえのかえ?」ところが、その時、図太い声が聞こえてきた。前方の木陰から羊頭の大男、アザエルが姿を現したみたいだ! この場は閑散とした自然公園の広場で、周りは鬱蒼と茂る林に囲まれていたため、どうやら木々の中に潜んでいたのだろう。奴の従者、ラクダの背に跨ったパイモンとともに出現したよう。
……だが、その光景を一見した途端、俺は違和感を覚える。というのも、少年の後ろにもう一人、魔獣の背中で倒れている人物の存在に気づいたからだ。しかも、その顔には見覚えがあった……
――何と、その場にいたのは、あのフランソワだ!――彼女が、奴らに捕らわれていたのだ!
クソッー、そんな馬鹿なァー! 俺は大いに落胆した。
とはいえ、最悪の事態だけは避けられたか? フランソワはぐったりとうな垂れているだけで、(たぶん気絶しているのだろう)危害を加えられていないみたいだ。それにしても――次に、そう疑問符が付いたことは当然だろう――どうして彼女の存在がバレたのだろうか? ただし、それもすぐに答えを得た。(そうだ、迂闊にもナンシーに彼女の存在を話していたんだっけ)要は、またまた己の失態のせいでこんな状況を生み出し、お決まりのフレーズを聞く羽目にもなってしまったようだ。
「止めろや。この女の魂を食われたくなければな!」
くうううっー、まさか、彼女を人質に取られてしまうなんてェー!……。俺は、唯々歯軋りをして、悔しがるしかなかった。
そんな中、ギャビーとレイフの姿を視界に捉える。一旦戦いを終え、俺の側へと降り立とうとしていた。
「まずいわね! 一般人が絡むと厄介だわ……。それにマイケル、タイムリミットも近いわよ!」そして来るなり、ギャビーはお馴染みの忠告を口にした。
それから、残りの魔族たち、マハザエルもオオコウモリのエギンに抱えられて姿を見せた。これで全員が揃い、俺たち三聖人の前に五体の醜い魔物が対峙したって訳だ。
ただし、形勢はこちらが不利だ。フランソワを取られていては、どうしようもない! ただ、時間だけが過ぎるだけ……
すると、その時だ! 巨大な爆音が空気を揺さぶった。――げっ、遂に始まったかァー!――。遥か上空で彗星が分裂したのだ![俺は全身に恐怖が駆け巡るのを感じて身を竦める]大気圏に突入した後、空気との摩擦で高熱が生じたため、巨大な氷の塊に破壊をもたらしたのだろう。大小に分かれた白い帯が真直ぐこちらへ近づいてきていた。となれば……間もなく最強の爆風がこの地を火炎で焼き尽くそうとするに違いない。俺たちは無残に焼け死ぬ運命かッ?
そのうえ、ここに来てサマエルまでも――何てことだ。またも奴を葬り損ねたぞ!――活発に動き出した。もう彗星の軌道が定まり、間違いなく市内に落下するとの判断からか、十二の翼を上空に残したまま、悠々と地上へ降りてきたのだ。そしてさらに、暗黒の竜巻も天より降りてきて地上と繋がったようだ。以前と同様、逃げ道を確保したのだろう。奴らの後方、少々離れた場所で巨大な円柱のごとく聳えていた。
俺はサマエルに向かって叫んだ。
「フランソワを放せ!」と。無駄だと知っていても、口に出さずにはいられなかった。
だが奴は、「ふふふ、馬鹿め。この女がそれほど大事か? それならば一歩も動くでない。ふふっ、心配するな。きさまの代わりに我がこの女を慰めてくれようぞ。みっちりとさぞかし濃密にな!」と言って、フランソワを解放するどころか、ラクダから抱き下ろし彼女の太股を撫で回すという暴挙に出た。しかもそれで終わらず、今度はその手をフランソワの口元へもっていったなら、丸い半透明な物体を口腔を通して取り出して――まだその一部分は彼女の体と繋がってはいたが――掌で弄ぶように握り締めたという。
「うううっ……」彼女は顔を歪め苦しみだした。どうやら、魂に圧を加えることで人に苦痛を与えているみたい……
「止めろ! 止めてくれ」俺は堪らず叫んだ。けれど、奴がそんな言葉に耳を貸す訳もなく、
「我が女の体に寄生した後に、この魂さえ我のものにしてやるわ」という非情な宣言さえも聞こえてきたのだ。
駄目だ! お手上げだ。そのうえ、この間にも彗星の方はどんどんと接近し、上空数千メートルに到達しようとしている……まさしく、空中爆発も近いぞ!
「どうするんじゃ? マイケル!」そして、これまで沈黙を保っていたレイフまでも、見かねた様子で――彼も切羽詰まっていたのだろう――問いかけてきた。とはいえ、そう急かされても答えられる訳がない。今の俺は、焦りと苦悩で体が硬直し、頭の中も真っ白なんだよ。唯一できることと言えば、(クソッ、八方塞がりだよー!)と心の底から嘆くことだけ……
ところが、その時だった!
「何をしている、関係ない者まで巻き込んで!」という大声が、突然聞こえたかと思ったら、数メートル横の林の中から人が飛び出してきたではないか!
えっ! 全く予想もしないことが目前で展開され始めたよう? しかも、その人物は勢い勇んだ様相で、サマエルへ向かって真っ直ぐにずんずんと近づいていた。




