第四話 最終決戦ー7
「うおおおお」俺は真直ぐ水平に宙を飛んだ。……仕方がない、これも運命だ。彼を責めたりしない、と思いながら。
そして当然ながら最悪の結果として、敢え無く地表へ激突?……と予想すれど、あら? 違うぞ! 突として何かにぶつかった? 途中で障害物に接触したみたいだ。そうなると、こんな空中に変だと思いつつも、反射的に体が動いて無我夢中でしがみつく。意識も混濁する状態では藁をも掴む心境だった故、その柔らかな物体へ顔を埋めるほど強く抱きついていたのだ。
――やった。助かったー! どうにか、落下だけは免れたようだ――俺はホッと溜息をついた。
けれど次に、冷静さを取り戻して何に掴まっているのだろうかと思案した。変に弾力のある感触が顔に当たっているのだから。しかも、この感じはどこかで経験したような気もして……。その瞬間、俺はハタと気づく。もしやこれは、男なら誰しもが分かるであろう代物じゃないのかと! そして、あれこれと考えた末、やはりそうだと確信する。この何とも言えない膨よかな物は、間違いなく……〝乳房の膨らみ!〟「えーっ」俺は女の胸に顔を埋めている? どういうことだ。もしかして、ギャビーか? いやいや、彼女はずっと後方で戦っている。では、誰が空に浮かんでいるというのだ? 俺は、その正体を知りたくて、そっと見上げてみた。
と、その途端、ええっー! とんでもなく驚いた。何故なら鼻先三寸で見た、その容姿は?……
――まさしくサマエル!――事もあろうか、その場にいたのは黒い覆面をした奴だったのだァー!
全く、信じられない……
待てよ! ということは――直後、己の脳裏に嫌な予感が走ったことは言うまでもない――その宿主となった人物は、もしや……
俺は懸命に否定しようとした。しかし、疑惑は晴れない。どうしても真相を知りたくなった。そこで危険も顧みず、奴の目が焦点の合っていないうちに恐る恐る鼻と口を覆っていた布を剥がしてみた。
すると、次の瞬間、驚愕の事実を目の当たりにしたではないか!
「やっぱり君か。だから、俺のファンだなんて嘘をついて近づいてきたんだな」
――思った通り、その顔は、ナンシーだったのだ!――
しかも、そうなると、さらなる真相解明に繋がってしまった。あの時、俺の腹を抉ったのはオリエンスでなく、彼女だったに違いない! オオコウモリに気を取られている間に後ろから刺した……
何てことだ! 全く気づかなかったよ。要は鼻の下を伸ばしたスケベ男が、のこのこと敵の後について行った末に、まんまと策に嵌ったという間抜けな話だったんだ。
俺は、自分がどうしようもない愚か者だと絶句した。
だが……もうそんなことを考えている暇もなかったかぁ? 突然、サマエルの目がこちらを向いたのだ! どうやら目覚めた様子。
(なら、警戒しなければならなくなったぞ!)
ただちに、マグナムを取り出そうと……。が、駄目だ。既に遅かった!
「やあ、マイケル」奴がそう言った途端、右フックが飛んできたのだ!
⦅うくっくくくッ!⦆
まさに、強烈な一撃を貰っていた。俺は、耐えられない痛みに襲われたせいで思わず手を放してしまう。
よって、地上に向かって真っ逆さま、そのまま急降下するしかなかった!
結局は……このざまだ! 今度こそ一巻の終わり、死は避けられないだろうと観念した。
そして、愈々(いよいよ)、無慈悲にも地面に叩きつけられそうに……
と思ったものの、否、待てよ。まだ望みを捨てるのは早かったような? 遠くの方から高速で飛び来る〝人影〟が見えた。あれは……そう、ギャビーだ! 彼女の華麗なる飛翔姿が目に入った。どうやらこの窮地に、幸運の天使が舞い戻ってくれたようだ。そうしてその結果……(よし、上手いぞ!)すんでの所で俺をキャッチしてくれたのだった!
ふううっー、やれやれ。何とか、救われたようだ。俺は、これまで経験した一連の出来事を思い返しながら、心から安堵するのであった。
その後、ギャビーによって、ゆっくりと平地に降ろされた。上空三十メートルに留まるナンシーを尻目にしたまま。
それにしても、いつも危機に出くわすたびに駆けつけてくれるギャビーには本当に感謝だ。俺は改めてそう思った。
とはいえ、まだのんびりと話をしている場合でもなかった。これからが本当の勝負だ!
するとその直後、開戦を告げるかのような声が聞こえてきた。
「我に触れるでないわ!」と。
サマエルの声だ。ナンシーの喉を通して聞こえてきた。
それなら、俺も言わせてもらおう。「彼女を解放しろ!」と。ナンシーをこのまま好き勝手に操らせる訳にはいかないとの憂慮から出た言葉だ。そして、痛む頬を我慢しながらも銃を構えて、次こそは撃ち損じがないようにと狙いを定めた。
だが、奴がそんな声に従うはずもないのか、返ってあらぬ行動を取っていた。いきなりナンシーの胸部から腰の辺りをまさぐり始めたのだ。
その様子は、いかにも快感を得てる風に体をくねらせ、
「この女は我のものよ。うううっ……そうとも、我に首っ丈でな、寵愛してくれと言って女の方が放してくれぬのだ」とほざきやがった。
「何だと! てめえ」すると、その途端、何故だか無性に腹が立って、俺は無意識のうちに叫んでいた。「いくら堕天使とはいえ、元は最高位の天使だったろうが。それが今となっては、人の魂を単に奪うだけでは飽き足らず、生前に人間を操り騙す悪行を平気でやらかし、癒しを授けるどころか苦悩に陥れてやがる。これじゃ悪魔と同じじゃねえか。いったいどういう了見だ。この腐れ外道め! 落ちるところまで落ちやがったなあー」と。これは明らかにミカエルの心情だ。どうやら彼の精神がまだ俺の中で息づいていて、奴の所業に怒りをぶちまけたに違いなかった。




