第四話 最終決戦ー6
4 最後の聖戦
漸く、前方に大きな輪っかが見えてきた。それは、異様な妖気を蜃気楼のように漂わせ宙に浮かんでいた。
そして勿論、その直下には、掌を頭の上に掲げ、まるでその円状に配列した翼を支えているかのごとき仕草で飛翔している、サマエルの姿もあった。ただし、奴は殆ど動かず、以前と同様、黒尽くめの衣装に顔面を頭巾で覆っていたせいで表情も分からなかったが、目だけを爛々と輝かせていた。
俺は、ギャビーの両手に掴まりながらも、どう対処すべきか模索した。自分にできることは限られているものの、それでも最後まで諦めず使命を全うしようと覚悟を決めていたのだ。
ところが、そうした中、「えっ?」俺は意外なシーンも目にしていた。数十メートル上空から見下ろす地上の様子がこれまでと違って、人々が活発に動き回っているではないか。俺は不審に思い、
「何故、みんなフリーズしてないんだ?」と訊いた。
そうすると、「奴らが結界を張ったのよ。確実に惨事を現実のものとするためにね」というギャビーの答えが返ってきた。
どうやら、全て奴らの思惑通りに事が進められているみたいだ。俺はそれを聞いて、少々腹立たしく思った。
……が、本当はそんな悠長なことを言っている暇がなかったような?
突如、ギャビーの、「あれを見て! サマエルの上空、十一時の方向を……」と叫ぶ、明らかにトーンの違う声を耳にしたからだ。
そう、あれは、一筋の白線、〝彗星の帯!〟だ。もう、そこまで迫ってきていたのだァー!
だが……そうだとしても、俺は諦めなかった。
「まだ、間に合う。サマエルを止めれば!」と決起した。
そこで、繋いでいた両手のうち、右手だけを放してもらいマグナムを取り出した。超力のない生身の人間が、どこまで戦えるか分からないが、奴を葬ることに全精力を注ごうと銃を構えた訳だ。
そして、高ぶる気持ちを抑え、確りとサマエルに照準を合わせたなら……立ち所に、撃った!
ところが、発砲音とともに発射された弾丸は――うむむっ、外れたかッ?――奴のこめかみを掠っただけだった!
やっぱり、駄目だ! まだ距離があり過ぎた。それに慣れない射撃では、当てることなど至難の業……。とはいえ、ここで幸か不幸かあることに気づく。サマエルの様子が変なのだ。あわや命中しそうな弾道にも拘らず、その目に動揺や慌てた感情が見えてこない。どうやら彗星をコントロールすることだけに全神経が使われ、それ以外は認識する余裕もないという状態か?
ならば、今が絶好のチャンスだ。この機を逃すまい!
俺は、再び慎重に狙いを済ました。トリガーに指をかけて引こうと……。「へっ?」否、駄目だ! またも失敗した。今度は体が大きく揺すられ、狙いが定まらなくなった!
何故なら、「マイケル、気をつけて!」という声が聞こえるや否や、ギャビーが急旋回を余儀なくされたからだ。――エギンが後ろから高速で突っ込んできたせいだ――
となると、彼女はその突進をかわすのは当然のこと……。けれど、その影響で、俺の方は最恐のアトラクションより酷い落下Gを体感することになった。しかもその後、「えっ! 何で?」思いも寄らないことを身に受けた。何と、俺は、空中に放り出されたのだ!
「うわああああ……」これには、本当に焦った! まさか、彼女が手を離してエギンとの参戦に向かったなんて思いも寄らない、今の今まで必死にサマエルを葬ろうとしていたというのに最後はこんな扱いかよッ! と嘆いた。そして当然ながら、これから起こる惨事も憂いて、おい、どうすんだ? このままでは真っ逆さまに落ちて地上に激突するじゃないか! と思ったが……
「おっと、わしの番じゃ」と言う声を耳にする。辛くもレイフによって受け止められたのだ!
「……ふううっ、助かった!」全く、何という羽目に遭わされるのだろうか! 俺は心の底から肝をつぶした。
それにしても……この仕打ちには、辟易するばかりだ。そのため、『おいおい、俺は荷物じゃないぞ』と言ってやりたかったが、必死の形相で戦っている二人の姿勢と今の俺の立場を考慮したら、どう踏んでもお荷物以外何者でもないと自覚させられ、止む無く不平を飲み込む。(まあ、仕方ないねぇー)
ところが、そんなことを考えていると――おっと、まだ戦いの最中だったよ――ギャビーに追われてエギンが上空を掠めた瞬間、突如爬虫類男マハザエルが姿を見せたか? 奴は得意の擬態戦術を使って、いきなりレイフの背に飛び移ってきたのだ!
よってこの登場には、レイフも驚かされたに違いない。ただちにジグザグに飛んで、奴を振り落とそうとするも……無理か? 俺を抱えていては自由に動けるはずもなく、結局落とすどころか奴の攻撃に晒されることになった。マハザエルの尾が――ギャビーの話では切り落としたらしいのに、もう再生してやがる――レイフの首に巻きつき、容赦なく絞めつけ始めたのだ!
大変だ、今度はレイフの窮地だ!
「止めろー!」俺は、思わず怒声を浴びせた。なんせ自分がいては、反撃すら不可能。これでは、彼の命が先に奪われてしまいそうなのだ。……それなら、今すぐ地上へ急降下して俺を下ろせばいい、と考えてみたものの、真下は運悪く大木で埋め尽くされた広大な森林地帯になっていた。つまり、地表へ到達したいなら、木々の間をすり抜けながら滑空しなければならないという話で、それはどう考慮しても無理だ! だったら、もう一つの回避策、遠くに見えている平地まで飛び続けられれば……と想定してみたが、その目論みも不可能な状況か? そこまで飛べるほどレイフの息が持たないのだ。とすれば……残された選択は、もうそれしかない! そうさ、疾うに腹は決めているよ。俺さえ犠牲になればいいのさ。しかも、前回のような、復活を望めないことも承知している。何故なら、俺がこのまま落とされ瀕死の状態になっても、今は『癒しを行う天使』レイフ自身も戦いの最中だから、仲間を蘇生させている暇などなく、逆に奴らの方も、ここぞとばかりに阻止を企て俺の魂を奪おうとするに違いない。要するに、酷い損傷を追った時点で二度と生き返れない、この世から消え去る運命になる訳だ。……だが、それでも構わない! 俺は、躊躇うことなく叫んでいた!
「レイフ、手を放せ! もう限界だ」と。死ぬのは自分だけで十分だという思いで、口を衝いて出たのだ!
「…………」けれど、彼はその言葉を聞いても無反応だ。苦しそうにこちらを見るだけで何も言わなかった。
「いいから放すんだ。君まで命を落とすぞ!」なおも叫んだ。
すると、漸くレイフも決意したようだ。
「……申し訳ないが、そうさせて貰おうかね」と悲哀に満ちた顔を見せて言った。とうとう、俺にとっては酷な手段を選んだみたいだ。彼は渾身の力で俺を投げ放したのだ!




