第四話 最終決戦ー2
何とも散々な一日が、終わろうとしていた。俺はスタッフルームでコーヒーを飲みながら、相当ナーバスになっているな、と反省した。とはいえ、まあ、自分を擁護するつもりはないけれど、普通の精神を持ち合わせた人間ならばそれも当然でしょう、と言いたい。なんせ、数日中に未曾有の惨劇が待っているのだから。ただ、その反面、大天使ミカエルとしては絶対に防がなければならないという使命感もあった訳で、事前に奴らを叩けないものかと考えてもいたよ。でも、奴らの居場所さえ分からないのではお手上げだ。それなら前回の衝突はどう防いだのか、方法だけでも知りたくてギャビーたちに尋ねたものの、はっきりとした答えは得られなかった。彼女たちも、それに関して記憶が定かでないみたいだ。つまり残された道は、出たとこ勝負でやるしかないということ。本当に俺様の力を信じて乗り切るしか……
するとその時、そんな風に思い悩んでいたら、急に声が聞こえてきた。
「マイケル、ちょっといいかな? 君に会いたいという人がいてね」と話す監督の言葉だった。
「えっ、俺にですか?」と振り向く。やれやれ、こっちでも問題事が発生か?
「急で申し訳ないが、保険会社からの依頼でね。やり手のマネージャーが来てるんだよ。主演の君に何か注文をつけるつもりじゃないのかな」
「今頃になって降りろとでも言ってるんですか?」
「さあね、まあ本人に訊いてみるさ」とだけ答えてから、監督は俺を先導して歩き始めた。
そして会議室へと連れていかれた俺は、監督と一緒にマネージャーが待ち構える室内に入った。
そこには、女性が一人佇んでいた。いやに背が高く、俺の身長、百八十三センチメートルとほぼ変わらない、まるでスーパーモデルのような容姿で、年齢は二十代後半ってところか、赤のスーツを着こなすキャリアウーマンを地で行く美人がいたのだ。
「背の高い人ですね」俺はこっそりと監督の耳元で囁いた。
「ああ、何でも全米カラテ選手権で優勝したという、特異な経歴の持ち主だそうだ」
道理ででスタイルがいい訳だ。……と俺が感心していると、
「マイケル、はじめまして。あなたに一度お会いしたかったのよ」と言って、彼女が握手を求めてきた。
「はあ、光栄です」俺もすぐに応じた。その後、彼女の顔を見ながら「えーと、MCC保険の……」と言いかけたら、即座に答えが返る。
「ナンシー・スミスよ」
次に監督が、落ち着かない様子で横槍を入れてきた。
「それで、ミス・スミス。今日は何のご用件でしょう、不都合なことでもありましたか?」
そうすると、ここで意外な返事を聞かされた。
「ノーノー、そうじゃないのよ。私はただ、マイケルのファンなの。彼とお話したかっただけよ」
(はっ? それだけ……。少々人騒がせな話だなあ)
となると、「……ほう?」監督の方も拍子抜けしたみたいで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていた。が、すぐに、「何だ、そんなことでしたら……ハハハ、いつでも歓迎です。なあ、マイケル」と今度は機嫌がよくなったらしく、俺の肩を叩いて言った。どうやら彼は、保険会社から映画の製作について文句が出ると踏んでいて、内心焦っていたのだろう。だけど、そうではないと知った今、ホッとしたに違いない。
とはいえ、そうなると……別の心配事が湧き上がってきたか? ただでさえ忙しいんだから、無責任な態度を見せるかもしれないのだ。
すると、次に監督は、「ハハハ、なるほど。それはそれは……」と言った後、小刻みに首を縦に振りながら、「マイケル、後はよろしく」と小声で俺に耳打ちしてきた。
「えっ、監督、どうする?」やっぱり思った通りだ。俺が戸惑っていようとも、
「いいか、マイケル。大事なお客だ。粗相のないようお相手しなさい」とだけ言って部屋を出ていった。
おいおい、何言ってんだよォー。こっちの気も知らないで止めてくれよ! こんなことやってる暇はないんだからァー!
俺は監督の後ろ姿に向かって、もうすぐ彗星が衝突してこの町は消滅するかもしれないんだぜ、と叫んでやりたかった。……が、できる訳もなく、結局は、彼女と夕食の約束を交わす羽目になってしまったのだ!




