第三話 恐怖のシナリオー10
俺は、心底、ホッと胸を撫で下ろした。酷い悪夢から、今やっと目覚めた気分だ。
だが、その後に、何か大事なことを忘れているような気もした。
そうだ。ギャビーだ! 彼女は、どうなった?
俺は急いで周囲を見回した。すると彼女は何事もなく、ずぶ濡れの状態で上方から降りてきた。あれほどの打撃を受けても、ダメージはなさそうに。ただ、そうは言っても、彼女の表情が険しい。悔しさからなのか、口元を歪ませ目にも怒りを満たして、
「うくくっ、腹立つわ。あんなサマエルの一発を簡単に貰うなんて……。今度会ったら容赦しないから」と言った。どうやら、殴られたことより己の戦闘力の弱さに怒りを向けている感じだ。それでも、すぐに落ち着きを取り戻したみたいで、チラッとこちらの方を見てから、「相当な手だれを宿主にしたみたいね。どう思う? マイケル」と訊いてきた。
やはり、彼女も気づいたみたいだ。奴が以前と違って数段動きが速かったのは、宿主の中でも剛腕な人物を選んだせいだということを。ただし、それは、次に対戦すれば勝てるかどうかも怪しくなったことを意味していた。そのため、彼女への返す言葉に迷ったが……
「そうだね。気合を入れて戦うさ」と前向きな言葉だけを伝えておいた。結局、俺ができることは、第一の大天使ミカエル、俺様ならきっとやってくれると信じるしかなかったのだ。
まあ、でも……この話はこれで終わりにしておこう。ギャビーも無事だったのだから、先ずは一件落着ということで。
……と言いたいところだが、「ええーっ、ギャビーじゃないの? あなたまで白い羽根を生やして!……どうして、信じられない!」と言う声が、突然後ろから聞こえてきた?
おっといけない、忘れていた。イリア・オニールだ。彼女がまだ残っていた。どういう訳か俺たちの時間の中にいたんだっけ?
そしてそうなると、「マイケル、何で彼女がフリーズしてないの?」というギャビーの声が、次に聞こえてきたことは当然の成り行きか?
けれど、俺にも分からないのだから、
「いやあ、さっぱりだよ。車ごと吹っ飛ばされてからこの調子なんだ」と言うしかなかった。
するとギャビーは、
「もしかしてあんた、覚醒した時、彼女に触れた?」と問うた。どうやら、この奇妙な現象について心当たりがあるみたいだ。
俺は、あの時の状況をぼんやりと思い出し、
「確か、俺はハンドルを握っていて……そういや彼女、俺の体にしがみついていたかな」と答えてみる。
「ははーん、だからねェ」そうすると、立ち所に彼女は把握したみたいだ。「あたしたちが覚醒する時に人が触れると、その人間も同じ時間の枠に入るのよ」と説明してくれた。
へえ、そうなのか? ただしこっちは、そんなことを知る由もなかったので、唯々感心するばかりだ。……とはいえ、
「何よ。何こそこそ話してんのよ? それにあの化け物、奇妙な生き物はどこ行ったの? ねえ、どうなってるか説明してよ!」とイリアは相変わらず喚いているのだから、何とかしないといけない。
そこで、暫くの間は無視を決め込み、
「けど、弱ったな。彼女にばれてしまったぞ。どうする?」とギャビーに相談してみたところ、彼女から明快な答えが返ってきた。
「大丈夫よ。あたしが寝かせつけるわ。ついでに枕元で夢だと伝えるつもり」と。
そうだった。彼女は天界のメッセンジャー。全ての人間が、彼女の言葉を信じる宿命なのだ。よかった、これで解決だ!
……としても、未だに、「ねえ、聞いてんの! こっちを向いて早く答えなさいって。ちょっとマイケル! ああぁ、訳が分からないわあ、マイケルルルッー!」」とイリアの叫び声が、姦しく辺り一面に響いていた。
ええい、うるさい。いい加減にしてくれ。俺は癇癪を起こしそうだ!
「ギャビー、頼むよォー」故に、エンディングを催促したことは言うまでもない。
「オッケイ。じゃあ、終わりにするわね」そして彼女も、異論があるはずもなく、腰に手をやりウインクしたところで……俺たちは漸く、元の時間軸へと戻っていった!
(やれやれ、これで今回も、無事幕を閉じました……)
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次の日、俺はいつもの部屋で朝を迎えていた。
安ホテルのベッドから起き上がり、暫く窓の外を眺める。
今日も変わりなく、平和な世界が広がっていると感じて安堵する。そして、何気なくテレビのスイッチを入れると、ちょうどニュース速報が流れていた。
「彗星の最接近が、三日後の夕刻に迫ってまいりました。航空宇宙局の観測では、衝突の可能性は二十万分の一とされており……」
あと三日かーッ? 遂に、運命の日が訪れようとしていたのだ! 俺は最終決戦が近いことを断腸の思いで聞いていた。
けれど――ふと脳裏を過った――本当に自分のこの手で世界を護ることができるのだろうか? 俺は。忽ち不安で押し潰されそうになった。隕石の衝突を防ぐことがどれほど難しいことか、想像を絶していたからだ。はっきり言って……全く自信がない。
すると、無意識に己の足がバルコニーへと向いた。そこから人々の日常垣間見る。だが、虚しく目に映るだけ……
俺は、これから起こりうる惨事に思いを馳せ、肩を落として空を見上げるしかなかった―――




