第二話 堕天使-7
どうにかこうにか、戦いの終焉を迎えたようだ。俺は痛みがあったにせよ、ホッと溜息をつく。
……そこへ、ジーパン男が不満そうな顔で羽ばたき降りてきた。
「おいおい、マイケル。何で殺らなかった? オリエンスが魔界へ逃がしちまったぞ」と言った。
ところが、その質問に逸早く答えてくれたのは、ギャビーの方だった。
「それは無理ね。彼のおなかを見て御覧なさい」と。
確かに……彼女の言う通り。俺はもう戦えなかった。何故かと言うと、サマエルによって腹部を刺されていたからだ。(どうやら袖口に短剣を隠し持っていたか)つまりあの時、俺が奴の胸を突かなければ、もっと酷いことになっていただろう。腹を抉られ切り取られていたに違いない。
「マイケルの判断は正しかった。もし、一時でも躊躇ったら、我らの急所であるへそを傷つけられていたわ」
「ほほう、さすれば首を刎ねるほどの余裕もなかったってことか。剣で突き放して逃れるしか……」と二人は納得した風に言い合わせていた。
だがこの結末に、俺の方は全く訳が分からん。遺憾にも老父を刺し殺してしまったうえに、その死骸を目の当たりにしたまま、蛇がサマエルだの、オリエンスが魔界へ逃がしただの、彼らの話を驚きを持って聞くだけ。まだちゃんと覚醒もしていないのだから、当然といえば当然なんだが……
それでも、ギャビーが言った、天使のへそが急所というのは聞き捨てならない。俺にとっても最重要なことだろうし。そのため、俺は痛みに耐えつつヒントだけでも得られないかと、
「いてて、一応、訊いていいかな? へそを切られたら……その、何だ……どう?」両手を上げて肩を揺らすおどけた仕草を見せ、遠回しに探りを入れてみた。なんせ、彼女たちに俺の事情を知られたら大変なことになる訳で、誤魔化すのに苦労する。
「なあによ、あんたまた忘れた振り? 覚醒してたら知ってるはずでしょ」
「いいや、ちょっとねえ。どうだったかなあと思って」
「そんなの決まってるじゃないの。私たちと天界のつながりが途絶えて、ただの人間に戻るのよ!」
「えっ、ちょ、ちょっと……人間に戻る?」
「そうよ。何の超力も持たない非力なサルにね。それ以外の部位ならどこを損傷しても復活できるわ」
サルって? 彼女の雑言に悪気はないことは分かっていた。無力さを協調したかっただけだろうが、それにしても魔との戦いで必ず護らなければならない所があるなんて知らなかった。戦闘中に人に戻ったら一巻の終わりってことか? 気をつけないといけないな……と俺はしみじみ思った。そして、少し知識を得れたことで安心もできた。
「それより、お前さんの傷を早く治してやるか」と今度は何を思ったのか、ジーパン男が側に寄って来た。それから座り込んだ俺を前にして、彼は自分の手を俺の傷口に翳し始める。
と、その直後、不思議なことに痛みが退き、何と、刺し傷が消えていくのが感じられた!
こんなことができるとは……。俺は彼の顔をまじまじと眺めて考えた。そして漸く、その正体に気づく。――たぶん、彼こそは癒しを司る天使、ラファエルだと――
「ありがとう。ラファエル」よって少々面喰ったものの、先ずは感謝の気持ちを伝えた。
「なになに、いいってことよ。ところで今のわしの名は、レイフ・カネガンだ」と彼は答えた。どう見ても十代の若々しい笑顔で。
しかし……その笑顔を目にしていると、やっぱり違和感を覚えた。
そのため、「君は若いんだねぇ」と思わず口にしたところ、
「まあ、今回はな。こういうこともあるさ……。けど、天界ではわしの方がお前さんより千歳年上だったろう? なっ、お若いミカエル」と言って、俺の肩をポンと叩いたという。
へえ、そうなのか。俺は戸惑いながらも――結局は、天界のすることは分からない――彼の笑い顔を目で追った。もうその時はすっかり傷も癒えていたが。
すると、次にレイフは思い出したように、
「やれやれ、あの爺さんも再生させるか。魂を奪われていないようだからのう。いくらサマエルでも時間がなかったということじゃ」と言って宿主だった男の亡骸に近づいていった。それから、同じように掌を向けて霊気を当て始めたのだ。
俺はそれを見て、「まさか、死人も復活させられるのか?」と訊いた。
「あたりまえだ。わしを誰だと思ってる。大天使ラファエルだぞ!」
なるほど、そういうことか。昨日の破壊跡も今日のレストランでの負傷者も、全て彼が直しているんだ。
これでどうやら、三聖人が揃ったようだ! 俺は彼らの姿を見て、しみじみと事の重大さを感じた。ただ、これから大変な戦いが待っていることは疑う余地もない……。そして、その現実を考えたなら、知らぬ間に身震いを覚えた。
そこに、ギャビーの一言が聞こえてくる。
「さあ、今日はこれで終わり、解散よ」と片手を腰に添えたモデル立ちのポーズで、投げキスをこちら側に送ってきた。
新たな時が、また進みだしたのだ。戦う聖人としてこの地に生まれ落ちたからには、使命を果たすしかないと、我ら三人心に誓うのであった!




