第二話 堕天使-6
俺は寝そべったまま、段々と近寄ってくる彼女を仰ぎ見ていた。
漸く危機が去って、俺様は少しお疲れのようだ。まあ、当然か? 死闘が続いたのだから。
だが、ここで、(無論ミカエルが意図したとは考えられないが)俺の方は良からぬこと期待し始めていた。彼女の立ち姿を見ていたら、(それにしても相変わらず短いスカートだなぁ)と思ってしまったからだ。
つまり、弱ったことに己のスケベ心が疼きだしたようで――おっと、それ以上近づくと駄目だよ、ギャビー。俺は下から見上げてるんだから――と心の中で警告しながらも、それを待ち望んだような?
しかも、彼女の方も気づかないのか、まるでお構いなしに近づいてきている? そして結局は、いつの間のか真後ろに立っていた。
あらら、そうなると、期待通りだ。真っ白いパンティが丸見えだよ! これには俺も、目を逸らせられない、不謹慎にもエロ全開で眺めてしまった。
ところが……その時、〈バカヤロー! どこ見てんだ。死にたいのかー? 確り前を見ろ!〉と突然、頭の中で声が響いた?
えっ! 何? 俺は驚いて前方へ視線を落とす。
すると、「うっ……」目の前には機関銃を構えたあの男の影が、今にも撃つぞと言わんばかりに銃口をこちらに向けて対峙していたではないか!
仕舞った! またヘマをやらかした?
となれば、(うわあー、駄目だ! もう逃げられない)俺は、観念するしかなかった!
……と思ったが、何と、もう一人の自分が瞬時の対応を見せたか? 体を回転させ、道の脇へと逃れた。故に、弾丸はその跡を追うように、けたたましくアスファルトを叩いただけ。一方、ギャビーの方は、その隙に大空へと舞い上がった。
ふううっうー、ほんと、危なかったよ。何とか俺様の素早い動きで難を逃れることができた。己の邪な心には大いに反省させなければならないところだが、この一時は安堵した。だが……言うまでもなく悠長にしていられないことも分かっている。奴の銃口が、またもこちらに向けられていたからだ。
つまるところ、戦いはたった今始まったところ――
俺の掌から、九十センチロングソードの神剣が飛び出した。それを翳し、奴に向かって一直線に空を切って飛ぶ。
すると、当然のごとく銃弾の集中砲火が待っていた。それでも、飛び来る弾丸の中を素早く左右に飛翔して、さらに剣でも弾き返せば、容易にかわせた。
そして、そんな荒業の末、瞬く間に剣先が奴の喉笛に達した?……
殺ったかァ?
――甲高い金属音が鳴った!――否、機関銃に刺さっただけだ。紙一重で避けられた。奴は銃を盾にして己の首を護ったのだ。
よって、真っ二つに裂けた鉄の武器が地上へ落ちる。その間に男は一挙に飛び上がった。しかもその後に、「えっ、あいつも?」ミカエルと同じように掌から剣を出したという。まさしく魔剣を手にしたのだ! その刃に不気味な妖光が宿して。
……となれば、次は奴が攻める番か? 垂直降下で接近したかと思ったら、俺を目掛けて剣を振り下ろしてきた!
――忽ち、金属の交わる衝撃音が響いた!――だが、こちらも負けてはいない。神剣で受け止めた。加えてそこから攻撃へと転じる。
ただちに、鋼鉄の交差で稲光が発生した。強力な閃光とともに周囲を包み込む。そのせいで目も眩みそうな場面……。だが、臆するなかれ。雷光が起ころうと、奴を斬り刻むため懸命に剣を振るった!
「はあ?」すると、どうだろう。急に男の方は険しい形相に変貌して、俺の太刀を剣で受け止めるだけの防戦一方に変わった。何故か反撃してこないのだ。ということは、待てよ――俺はすぐに勘付く――力の差で抵抗できないのでは? と。
どうやら、相手は年齢相応のパワーしか持ち合わせていないようだ。こちらの方が体力的に勝っているのは明らかだと思えた。
よし、ならば勝てるぞ! 俺は確信した。
そして――渾身の一撃!――神剣で力強く斬りつけた。
途端に、その衝撃で奴の剣は遥か後方へ吹っ飛ぶ。こうなると、初老も年貢の納め時か。驚いたような顔で両手を広げたまま俺を凝視している。
遂に、最終決着の時が来たのだ!
そう、俺様の剣先が、奴の胸に突き立てられる……
「待て、マイケル」ところが、唐突に声がした。あのジーパン男だ。彼はすぐ横のビル屋上でこっちを覗き込みながら、「それでは殺せん。サマエルは首の後ろだ」と叫んでいた。
えっ? どういう意味だ。俺は混乱したものの……あら? もう一人の俺が構わず突き刺した!
「ぐふっ、ぐぐぐぐ……」忽ち男は苦しがる。その胸からは止めどなく鮮血が吹き出し、初老はうな垂れた状態で力なく地上へ落下した。次いで体を横たえた後、すぐに身を震わせたかと思ったら、口から赤黒い蛇を吐いた。
「それだ。それがサマエルだ。斬るんだ! マイケル」そこに、なおもジーパン男の声が聞こえてきた。……が、無理だ、俺の方も動けない。そのまま地面に倒れるように着地していた。というのも、脇腹に強烈な痛みがあったからだ。
一方、サマエルと呼ばれた蛇の周辺にも異変が起こた。その蛇を取り囲くように炎が渦巻いたなら、突然竜巻となって火炎柱が天空へと繋がったのだ。しかも、柱の内部から巨大コウモリの羽らしき外形が垣間見れた瞬間、一気に何もかも消え失せてしまった!
その場には、いつしか魔剣も掻き消え、宿主となった老父の屍しか残っていなかった……




