夢の中から~始まり~
ぼんやりとした淡い明かりが導く先に
そっと花が開くように
君が佇んでいた。
なぜ、真夜中のあんな場所に
一人でいたのかはわからない。
それでも
強烈に惹きつけられたのは覚えている。
それが夢の中だとしても。
******
「また同じ夢か…」
幾度となく繰り返される夢。
顔ははっきりと覚えていないのに、あの夜の光景だけはやけにくっきりと記憶に残っている。
彼女は誰なのか?
「いや、顔がわからない以上探すことは不可能だ」
夢に引き込まれたままの、ぼうっとした頭を軽く振り、朝の支度をしようとベッドから降りる。
******
騎士団へ着くと、若い騎士が駆け寄って来た。
「騎士団長殿!」
「何かあったか?」
「現時点では落ち着いていますが、西の砦に集まるとの噂が出ているようです」
「分かった。第三部隊に招集をかけてくれ」
「かしこまりました」
我が帝国では老齢の国王の後継ぎがなかなか決まらないまま、国王が病に伏されてしまった。
今が好機と、この大きな帝国を手に入れようと各国が狙っている。
それを防いでいるのが、かつてないほど最強と謳われる騎士団。精鋭部隊が揃っている。
西の砦へ向かうための準備を整えて、不在時の引き継ぎを行う。
「副団長、留守は任せた」
「何事も起きないことを祈ります。ご武運を」
「…お前に畏まられるとムズムズする」
「何言ってんだよ!仕事中くらい我慢しろ。お前と俺は、上司と部下だ!」
そんな軽口を叩きながら、二人でふっと笑みをこぼす。同期で友人でもある副団長とのこのやりとりもすでに何度目だろうか。
本来ならば国を守るべき騎士団の団長が王都を留守にすべきではないとわかっている。
しかし、誰かが傷つくならば自分が行った方が悲しむものもいないと、率先して出ていってしまうのが今の騎士団長である。
騎士団に入団してからずっと一緒に過ごしてきた副団長はそっと溜め息をつく。
(何故そうまでして頑なに人との関わりを避けようとするのか。特に女性は…)
藍の髪に鴬色の瞳を持つ友人は、同性から見ても見目が良いと思う。異性から見ればなおのことであろう。実際、何度も女性から手紙や言葉をかけられているのを見たことがある。
そんな友人は、愛する人をもつと剣に躊躇いが出るため異性は不要だと言っているが、それ以上の何かがある気がする。いや、異性だけに限らず、無意識ではあるだろうが、心の内に人を寄せ付けようとしていない。だが、口の固い友人が話してくれるとは思えない。そして、簡単に聞き出せるとも思っていない。
(親友なら相談して欲しいもんだがなぁ)
副団長は既婚者だ。団長の意見ももっともだと思うが、その逆もあると思う。愛する人がいるからこそ、強い剣となる。そんな考えもあるのだと。出来れば、そんな考えになってくれればと願っている。
騎士団の中では、面倒見も良く頼れる団長であるが、ひとたび外に出れば鉄の男と二つ名があるくらいには無愛想である。それすらも、寡黙で素敵だと言われていることは、本人には内緒だ。
騎士団長でありながら、人と深く関わることに怯えている雰囲気もある。いつか、この友人を変えてくれる人物に出会いたいと思う。生きているうちに、出会って欲しいと願う。大事な親友だからこそ、自分という例外があるからこそ、その例外を増やして欲しいと。そんな日が来ることを心から願う副団長であった。
******
騎士団長は西の砦に着いてから、現在の状況を細かく聞いていた。
「ひとまず、この数日は大丈夫だろう。今のうちに休養しておいてくれ」
「はいっ」
先日、隣国を退けてからは様子を伺っているだけのようで、喫緊の戦は起こりそうにない。そういった準備をしているようには見えなかったため、騎士達の休養を優先させる。いざという時に万全の力で戦えないといけない。
(こちらの戦力を見て、今は対策を練っているといったところか)
砦から確認できる範囲に敵は見えないが、ごくたまに突き刺すような視線を感じる瞬間がある。近くには森があるため、どこに何が潜んでいるかは分からない。しかし、緊迫した状況ではなさそうである。
(今のうちに周囲を確認しておくか)
明るいうちに散策したいところだが、団長ともなると顔が知られているため、ただの散策と言えども周囲に警戒されかねない。仕方がないとはいえ、多少危険ではあるが夜中にこっそりと一人で馬を走らせる。
「この辺りは戦の跡が激しいな…」
ぽつりと呟く。その場所は、木々は投げ倒され、火の魔法で薙ぎ払われた後のような広場が出来ていた。
「森が復活してくれれば良いが…」
簡単には復活しないであろう、国を守ってくれている大事な森を見ると複雑な思いが心に渦巻く。完全に元に戻ることはないだろう。
しばらく森の中を散策しているとふと甘いような匂いが鼻についた。
(薬の類か?)
馬から降り、鼻を布で覆う。警戒しながら奥へと静かに進むと、小さな泉がある白い花畑らしき場所に出た。月が雲に隠れているため少し薄暗く、誰が潜んでいるかも分からないのだが、警戒もせずに迷わず白い場所へと足を向けてしまう。
「これは…」
それは夢の中で見た場所と非常に酷似していた。
ふわりと淡い月の明かりが雲間から差し込み、辺りが白い花畑で間違いなかったと見てとれた。そして、全く気付かなかったが、どうやら花畑に人がしゃがんでいたらしい。
その人物も明かりが差してから騎士団長に気付いたらしく、立ち上がる。はっきりと見えているわけではないが、金か銀のような淡い髪色をした美しい女性。直感だが、美しい女性だと思った。
ぱちりとお互いの目が合ったような瞬間、何故か懐かしい感覚を覚えた。
「こんなところで何を?この辺りは先日、戦があったばかりで危険です。自宅までお送りしましょう」
「…あの、花を…摘んでいました」
少し戸惑っているかのような声音で女性が答える。花を胸に抱え直して、今度ははっきりとした口調で話す。
「わたしは大丈夫です。騎士様こそお気を付けてお帰りくださいませ」
そう言って、見事なカーテシーをする女性につい見惚れているうちに、雲が淡く照らしていた月を隠す。同時に女性の姿も暗くなっていく。
そして、次に月の明かりが戻る頃には誰の気配もなくなっていた。もちろん、女性が居た場所には誰もいない。
(あれは…なんだったのだろうか)
名を聞きそびれてしまったと思ったのは、西の砦に戻ってからだった。
あの出会いがあった日から、ぱたりとあの夢を見なくなった。何度も何度も繰り返された夢。もう一度見たいと願っても、あれから見ることは叶っていない。
あれは誰だったのか
また…会えるだろうか
あれから何度か同じ森に足を運んだが、あの場所へ辿り着くことすら出来なかった。甘い香りの漂う白い花が咲き乱れる小さな泉がある場所。騎士達に聞いてみても誰も知らないと言う。
こんなにも記憶にはっきりと残っているのに、あの場所だけが別の空間だったかのようである。白い花ですら、森の中に咲いているのを見つけることは出来なかった。
その内に周辺国が撤退を始め、西の砦の緊張感はなくなり、王都へ戻ることとなった。
******
いったい彼女は誰だったのか?
今はまだ分からない。
ただ、また会える気がしていた。
次に会ったら名を聞こう。
そして、信じてもらえないかもしれないが、夢の中で出会ってからずっと気になっていたのだと伝えよう。
そう、心の中で誓った。