一緒に作ろう【後編】
姉の部屋に戻ってからは妙にテンションが上がって、掃除はサクサクと進んだ。
洗濯物は部屋の中に設置してあった棒に干したんだが、これは使い方これで合ってるのか?
というか、これだけで収まる感じではなかったので残りはハンガーラックに干す。
これだけ干しても下着は手をつけていないので、姉の洗濯物の溜めた量についてはお察しだ。
次に風呂とトイレを掃除。
姉のなけなしの名誉のために色々と省略するけど、俺はあと二千円くらいもらってもいいんじゃないかな、と思う。
だいたい肝心の皿洗いだって、皿洗いだけでは済まない。
いいか、皿が溜まっているという事は、だ。
洗面台もアレという事だ。
こちらも姉のなけなしの名誉のために以下略!
「…………百均行こう」
ワンルーム、一人暮らしには十分な広さかもしれないが収納スペースがクソだ。
廊下にまで姉の靴が散乱しているので、まず靴を整理出来るグッツとか買ってきた方がいい。
今更だけど靴箱とかも置いてないんだなぁ。
「俺もこうならないように気をつけよ……」
姉からもらった三千円で食器を収納出来るグッツとか百均で買ってこよう。
靴は姉ほど持ってないから大丈夫。
これから増える予定もないし。
「……よし、まあ、こんなもんかな」
それにしても、換気も兼ねて窓を開けっ放しだからか背筋がゾワゾワする。
洗濯物も干し終わってるし、もう閉めていいかな?
うう、キンキンに冷えた。
比較的暖かいとは思うんだけどな……。
戸締りよし、と。
「ん?」
部屋を出ると、せりなちゃんもなにか皿を持って出てきたところだった。
そういえば猫の餌を手作りするって言ってたな?
「せりなちゃん」
「あ、コウくん! お掃除終わったの?」
「うん。せりなちゃんは、それ、猫のご飯?」
「そう。犬とか猫用のご飯は手作りするときお塩を使っちゃいけないの。だから簡単なんだよ」
「へえ……?」
なんでもとりささみを煮込んでほぐし、ご飯とさらに煮込んだ……だけ。らしい。
マジでシンプル。
でも、猫や犬は人間の食べるものは塩分が多すぎるからこれでいいのか。
確かに体の大きさ全然違うから、そういうものなんだろう。
階段を降りるとゴミ捨て場の前にまだボスがいた。
まあ、丸くなって寝ていたけど。
「ぬぁー」
「はい、ボス。ご飯持ってきたよ」
「んごぁー」
……ボス、独特な泣き声だなぁ。
「あにゃあにゃ」
「カワイー! 食べながら喋ってる!」
可愛いかな?
目つきめちゃくちゃ凶悪なままだけど……。
「こんにちは」
「! あ、こ、こんにちは……」
「こんにちは……?」
後ろから突然聞こえた声に驚いて体を固くする。
振り返ると、自転車を押して敷地内に入ってくる長谷部さん。
まだ昼間だけど、帰ってきたのか?
……あ、でも先生も卒業式近くて休みが多いのかな?
「ああ、ボス。ご飯もらってたのか」
「んごにゃー」
声をかけた人間にはきちんと返事をする律儀な野良猫、ボス。
自転車を停めて戻ってきた長谷部さんは、ボスを眺めてニコニコしてる。
そういえばせりなちゃんは長谷部さんと面識あるんだろうか?
……長谷部さんかっこいいし、まさか……。
不安に思いつつ、隣を見ると笑顔でお辞儀してた。
「兄がお世話になってます」
「こちらこそ。冬紋くん、ずいぶん元気になったみたいで良かったよ」
「はい」
「!?」
知り合い!?
その上「兄がお世話に」!?
「え、あ、え?」
「? あ、ああ! あのね、長谷部先生はお兄ちゃんの担任だった事があるの」
「俺、非正規の派遣扱いだからいつも見ててあげられるわけじゃないんだけどね……」
「そんな事ありません! 兄はとても感謝してました! 真紅さん達以外でお兄ちゃんが信じられる人がいて、本当に良かったです。お兄ちゃん、精神的にちょっと弱い人なので……」
「芸能科はコミュニケーション能力もかなり必要だからね。でも、彼はまだマシだよ。幼馴染の友人が多いから、ちゃんと支えてもらっていて」
「はい」
「???」
せりなちゃんのお兄さん……俺、会った事ないんだよな。
芸能科……?
せりなちゃんのお兄さん、芸能科にいるの?
あれ? 芸能科があるの東雲……俺が行く予定の学校だけじゃないっけ?
「俺が教えられる事は体の整え方と、心をダメにしていく子を辞めさせてやる事くらいだからなぁ」
「……げ、芸能科の話ですか?」
「そうだよ。あの学科、見た目が華やかだから希望者が多いけど、南雲並みに運動量あってめちゃくちゃ体鍛えるから、ギャップで半分くらい一年の時に辞めていくんだ。向いてない子もいるし、過酷だよ」
過酷すぎない!?
「……あれ? 幸介くん、具合悪くない?」
「へ? い、いえ?」
「そう? 目が少し潤んでるよ? あと顔が疲れてる。肩も下がってるし……」
「え、いや……あ、姉の部屋の掃除を──……手伝ったからだと思います」
……さすがに姉の好きな人に「姉の凄惨な部屋……いや、もはや現場の掃除を弟が金をもらってやりました」とは、言わない方がいいよね?
「そう? まだインフルエンザとか流行ってるから、具合が悪かったらすぐに病院に行くんだよ? 俺、車も車の免許も持ってないから病院行く時タクシー呼ぶ事くらいしか出来ないし……」
「だ、大丈夫ですよ!」
「ならいいけど、念のため風邪薬は買っておきなね?」
「は……はぁ……」
……心配しすぎでは。
というか目が潤んでるとか顔が疲れてると、そんなんで体調が分かるのか? この人。
確かにちょっと寒気はするけど……外だから仕方ない。
「コウくん、具合悪いの? 大丈夫?」
「え? だ、大丈夫だよ」
「今日はあったかくして寝るんだよ? 俺、これからまた出かけて帰りは夜になるけど……それでもよければ薬買ってこようか?」
「ほ、本当に大丈夫ですから!」
ぐっ、ダメだ……またモヤモヤしてくる。
長谷部さんを前にすると……。
「…………」
「……、……入学までまだ時間もあるし、新しい生活に不慣れなせいで体調を崩す子も多いから……あまり無理しないようにね」
「あ、は、はい」
ほんの少し困った笑顔だった。
ここまで気を使われると、姉の好きな人をますます苦手になりそうだ。
それだけ言って、長谷部さんはアパートの階段を登って行った。
また出かけて夜戻るって事は……別な仕事かな?
『先生』って職業の人は私生活が分からないけど、長谷部さんの場合すぐ近くがその『生活スペース』だからとてつもなく変な感じ。
これ、学校で会ったらめちゃくちゃ変な気持ちになるんだろうなぁ。
でも、嫌な態度取ってしまったところはだんだん気落ちしてくる。
姉の好きな人なのに。
俺のせいで姉さんの恋が上手くいかなくなったらどうしよう?
しゅん、としているとせりなちゃんが肘に触れて──え?
「コウくん、本当に大丈夫? 具合悪くない?」
「っ!? う、うん! 本当に、大丈夫だよ……!」
あぎゃー!
せりなちゃんの指が、肘にぃ!
「そ、それより、寒いから部屋に帰ろうよ」
「う、うん。じゃあね、ボス」
「ぬぁーご」
別れの挨拶も完璧にこなすのか、ボス。やるな。
「あ?」
階段を登って自分の部屋に入ろうとした時、姉が部屋から出てきた。
ものすごい顔で左右を確認している。どうしたどうした?
「あ、幸介! 今長谷部さんの気配……じゃなくて長谷部さん帰って来なかった?」
気配? 気配って言った?
は? うちの姉は何者?
「帰ってきてたみたいだけど……」
「ぐあってぃむ! あと数秒早く気づいていれば!」
「まだバレンタイン前だろ?」
「バレンタインの予定を確認したかったの!」
普通に部屋に突撃すればいいのでは?
同じアパートに住んでるんだし?
「あれ? コウくんのお姉さん、今日はお休みなんですか?」
「ううん、今日は指名のお客さんの予約だけで暇なの。……私はまだ誰からも指名されないのよ……」
「え、あ、す、すみません!?」
「気にしないで。これが現実だし、今の私の実力なのよ……ふふ」
そ、そうだったのか。
「! ……ねえねえ、そういえばせりなちゃん、バレンタインはどうするの?」
「え?」
「へ!?」
ねねねねねねねね姉さん!? なななななに、なに、な、なっ、なに、なにを、ぉ、おおぉ、き、きききき聞いて!?
「え、えー、と……」
な、な、なっなななななんで俺の方をちらちら見上げるの!?
まさか、せりなちゃん……よ、予定が!?
俺にチョコをくれる予定があるんですか!?
そんなバカな!
でも、義理でももらえたらめちゃくちゃ嬉しい!
義理でも! 友チョコ的なものでも! なんなら余ったやつだけでも!
「え、えええとおおお……!」
口籠って顔を真っ赤にしてしまうせりなちゃん。
答えは未だ出ず。
俺からも目を逸らされてしまった。
あ、これは、絶望感な感じですか?
「ふむふむ……。そういう事ならせりなちゃんの部屋で一緒にチョコ作らせてもらおうかな〜」
「え?」
「え!?」
「弟の部屋は調理器具が鍋とか電子レンジしかないのよー。お願ーい」
「うっ」
だ、だって、ケトルや炊飯器を優先してしまって、まだその辺まで揃えられてないんだよ!
コンビニ飯や冷凍食品、せりなちゃんが持ってきてくれるおかずで、食生活はわりと潤ってるし!
迂闊に揃えても使いこなせる自信がないし!
っていうか、あの散らかしっぱなし魔人がせりなちゃんの部屋へ足を踏み入れる!?
待て待て待て、そりゃいくら俺でも「汚部屋の発生源」をせりなちゃんの部屋に入れるのは凄まじい抵抗が……!
さすがに人様の部屋で荒らす事はないだろうけど、アレを見たあとではなんかこ、なんか……なんか!
「……」
「せりなちゃん?」
「コウくんのお姉さんも、チョコ手作りですか?」
「ギックゥ!」
今恐ろしいほど分かりやすく顔を赤くして汗ダバーってなったな。
「お、お姉さんも、好きな人が?」
「あ、いやあ、あのそのぉ〜!」
「姉さんは長谷部さんが好きなんだって」
「こ、幸介ぇ!」
「きゃー! そうだったんですね! 分かりました! お手伝いします! ものすごい感じのをを作って告白を成功させましょう〜!」
「せ、せりなちゃん?」
「せ、せりなちゃん!?」
あれ? なんか大変な事になってない? 姉。








