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隣に引っ越してきた幼馴染が手料理を毎日お裾分けにくるラブコメ  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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一緒に作ろう【前編】

 

 せりなちゃんが引っ越してきて一週間が経った。

 カレンダー上、今日は二月十日。


「……思ってない。思ってない」


 四日後、バレンタインだなー……とか、思ってません。断じて。


「……バレンタインといえば、姉さんどうするんだろう?」


 長谷部さんに、チョコあげるのかな?

 正直、姉さんの店は平日水曜日しか休みがない。

 金曜日は早番遅番どっちからしいけど、長谷部さんは公務員なので平日昼間はいないのだ。

 俺が出会したのは初日のあの日以外だと朝のゴミ出しの時くらい。

 ……うんまあ、ゴミを出す日やゴミの分別とかも丁寧に教えてくれて……いい人である事は間違いないんだが……。

 話していて、少し怖いく感じる時がある。

 それは、多分……あの人が本当に裏表なく『いい人』だからなんだろう。

 自分で言うのもなんだけど、俺は結構根暗でへたれだ。

 自己肯定感はあまりない。

 虐められるのが嫌で、出来るだけ目立たず、波風を立てないように人の嫌がる仕事を買って出ては『いい人』になろうとする。

 でも、結局のところ本当の『いい人』に俺はなれないのだ。

 だから、長谷部さんみたいな本物の『いい人』を見ると怖くなる。

 大学に行けるくらいお金があって、教員免許を取れるくらい頭が良くて、不審者から姉さんを守れるくらい勇敢さと力がある人。

 俺にはないものを全部持ってる人。

 姉さんが好きになるのも無理はないイケメンぶり。


「かっこわる……」


 俺は、嫉妬しているのだ。

 でも、じゃあ、俺はあの人のようになるための努力をしたのだろうか?

 答えは『していない』だ。

 だから本当は嫉妬する事そのものが愚かしい。


 ──『はあ? 努力もしないで嫉妬とかしてんじゃねーよ』


 その通りだ。

 その通りすぎる。

 ちゃんと努力して、同じ土俵に立ってから嫉妬はすべきなんだ。

 だから俺はダメなんだ。

 ダメだったんだ。

 努力出来ないやつだったから。

 膝を抱えて考えて、言いようもないイライラに頭を抱えた。

 こんな感情に振り回されている場合ではない。

 俺は早く大人にならなければいけないんだ。

 母さんの再婚相手の施しで生かされるのは、嫌だ。


 ああ…… ま ず い ……。


 心がどんどん落ちていく。

 最近あまり陥る事がなかった、強い焦燥感。

 中学の先生は『思春期』と片付けていたけれど、この心の中がどろどろに黒く塗り替えられていく感覚も『思春期』なんだろうか?

 焦って、焦って、苛立って……なんのために生きているのか、どうしてここに生まれてきたのかとか、そんな柄にもなく哲学な事を考える。

 あと一ヶ月もすれば卒業式に出るために地元に帰らなきゃいけない。

 帰りたくない。

 帰りたくない……。


「かえりたくない……」


 あんな場所へは帰りたくない。

 頭が、痛む。


 ピンポーン。


 ビクッと肩が跳ねた。

 まだ朝の十時……誰だろう、と思いながらも出るのを躊躇っていると……。


「コウ〜? 幸介〜? 寝てるの〜? お姉ちゃんだけど〜」

「…………」


 ちょっとだけ気持ちが落ち込んでいたから、頭をガリガリ乱暴に掻いて立ち上がる。

 気分が悪いから帰ってもらおうかな、と少し考えつつ扉を開けると、ビニール袋を目の前に突きつけられた。


「隣の部屋から甘ーいチョコの匂いがするわよ〜」

「っ!?」

「ま、だとしてもちょっと早いよね。バレンタイン明々後日だもんね。試作品かな?」

「ね、姉さんっ! 変な事言うなよぉっ」

「あら〜、バレンタインの話は『変な事』じゃないわよ。行事じゃない、ただの!」


 ニヤニヤ笑いながら部屋に押し入ってくる。

 ぐ、ぐぬぬ……。


「でも私の場合そうじゃないの」

「?」

「バレンタイン……姉さんは長谷部さんに告白しようと思います……!」

「! マ、マジ? 勝算あるの?」

「ない! でも、こういうのって伝えたもの勝ちだと思うのよ。長谷部さん、めちゃくちゃかっこいいから!」

「まあ、確かに……」


 長谷部さんが相手だと、それもそうだと納得してしまう。

 という事は、姉の袋の中身はチョコレートだろうか?

 すたこらと簡易キッチンへと移動した姉が、調理台の上に出してきたのは板チョコだ。

 コンビニで九十九円とかで売ってるやつ。

 それが、五枚。


「……少なくない?」

「練習だから、いいのよ」

「え? 待って? 俺の部屋でやるの? 自分の部屋でやれば?」

「…………い、五日分の洗い物が、溜まってる……」

「洗えよ」


 洗えよ。


「そこで!」

「!?」

「コウにお願いがあります。お皿洗いのアルバイト、三千円でどうかな?」

「やる」


 三千円。欲しい。やる。


「「ん」」


 ガシィ!

 と、手を組み、交渉は成立。

 俺は姉の部屋へと向かった。

 万が一の事を考えて、姉の部屋のロック番号は教えてもらっている。

 そこで目にした、凄惨なる現場。


「汚ったね!?」


 カーテン閉めっぱなし、服脱ぎっぱなし、皿洗わず置きっぱなし、ゴミ溜めっぱなしetc……!

 いや、うん、あの、まずさ……ここ、二十代前半の、女の部屋? 嘘でしょ? 嘘だろ? 誰か嘘だと言ってくれ……!


「…………やろう」


 俺のバイトは皿洗い。

 だが、我が姉の情けなさにせめてカーテンは開ける事にした。


 姉の部屋を片付け、洗濯機に服を放り込み液体洗剤と柔軟剤を入れる。

 さすがに下着は自分で洗ってくれ。

 ふと、嫌な予感がして風呂場を覗くと案の定……ゴミが溜まり、姉の最低限の名誉のためにちょっと実況は控えたい状況。

 深く溜息をついて、まず片付けた部屋の方に戻り窓を開けた。

 エアコンの上、ラックの上から埃を落として掃除機で床に落ちていたゴミを吸い上げる。

 長谷部さんに教わった分別……まさか姉に活用する事になるとは思わなかった。

 うちのアパートは翌日のゴミならゴミ置き場に置いてきていい、という事になっている。

 網の鉄格子で覆われていて、カラスや猫はいじれないからだ。

 明日は燃えないゴミの日だから、缶詰やビール缶などは今のうちに出してきてしまおう。


「ん……?」


 一階に降り、ゴミ置き場に二袋にもなる燃えないゴミを持っていく。

 そこに待ち構えていたかのようなデブ猫が歩み寄ってきた。


「ぶみぃーぉ」

「…………の、野良?」


 デカくね?


「あ! コウくん!」

「! あ……せりなちゃん……?」


 買い物袋を持ったせりなちゃんがアパートの敷地に入ってくるところだった。

 あれ、せりなちゃん……部屋でチョコ……じゃ、な、なくて! ……料理してたんじゃなかったのか?

 でも、せりなちゃんから漂ってくるのは甘いチョコレートの……いやいやいやいや!


「…………」

「ハッ! お、俺のじゃないよ!? 姉さんの部屋のゴミだから!」

「あ! そ、そうだよね! コウくんまだお酒飲めないものね!」

「そ、そう! 姉さんの部屋の掃除頼まれて!」


 せりなちゃんが俺の持つ酒の缶が大量に入ったゴミ袋を見て、固まった。

 それで思い出したのだが、俺はなかなかにとんでもない状況だったのだ。

 姉の飲んだビールやチューハイ缶の入ったゴミ袋を持つ未成年……やばい絵面だったに違いない。

 慌ててゴミ置き場にそれを入れて、扉を閉める。

 しかし、その間野良猫は微動だにしない。

 目つきが悪く、太ったその猫……俺とせりなちゃんをじーっと見上げていた。


「この子知ってる。ボスって言うんだよね」

「ボス?」

「そう、この辺りの地域猫のボスなんだって。隣の家のおばさんが餌をあげてたよ」

「え、餌あげていいの?」

「耳にカットの跡がある子は地域で去勢済みで、ご飯をあげてもいい事になってるんだって。ボスが縄張りの外から来た、去勢してない子は動物病院の前まで誘導してくれるらしいよ」

「猫が!?」

「そう。もう五匹くらい動物病院に連れていって去勢させて舎弟にしてるんだって。ボスすごいよね」

「……そ、それが本当ならすごいね」

「ぬぇーぁご」


 顔を見合わせる。

 すごい顔だ。眉間にシワは寄ってるし……デブいし。

 とてもそんなすごい猫には見えないんだけどな?


「お腹減ってるのかな? でも、猫用のご飯は買ってないから……そうだ! 作ってみよう!」

「え? 猫のご飯を!?」

「うん! 結構簡単みたいだよ。ボス、少し待ってて。作ってみるから」

「んぬぁー」


 返事した……。


「コウくんはまだお姉さんのお部屋掃除してるの?」

「あ、うん……まだ洗濯機回ってるし……あと風呂とトイレも掃除してやろうかと思って」

「すごいなぁ、コウくん……お掃除も自分で出来るんだ……?」

「……せ、せりなちゃん掃除とかどうしてるの」


 言い方が気になって、思わず聞いてしまう。

 すると「うちは週に一回お手伝いさんが掃除や洗濯しに来てくれるの」と……。

 うーん、さすがお嬢様……。


「……でも、自分でも出来るようになりたいな」

「え? ……な、なんで?」

「え、そ、それはそのー……やっぱり出来ないと、困るかなぁって……。さ、さっきコウくんに教えてもらったコンビニにも、初めて一人で行けたんだよ……!」

「そ、そうなんだ」


 コンビニに、初めて一人で……。

 なかなかのパワーワードな気がする。


「すごくドキドキしたけど、ワクワクして楽しかったの。あんな場所があるんだね〜! 実家では禁止されてたから、ちょっぴり悪い事した気分……」

「禁止されてたんだ?」

「うん、コンビニはよく強盗が入るから危ないってお父様が」

「…………。そこまで頻繁ではないと思う、よ? 少なくとも俺がコンビニで強盗を見た事はないから……」

「そうなの!?」


 過保護がすぎないだろうか、せりなちゃんのお父さん。

 アパートの階段を登りながら、ふと、せりなちゃんのエコバックの中身が気になった。

 ──チョコ……い、いや、いや……!


「今日は、なにを作るの?」

「えっとね、今日はからあげ! の、予定だったけど、ボスにご飯を作るから別なものにしようと思うの。なにがいいかなぁ……」


 せりなちゃんの部屋は階段を登って正面の最初の部屋。

 俺はその隣。

 俺の部屋の正面が長谷部さんの部屋で、長谷部さんの部屋から二つ隣が姉の部屋だ。

 俺の隣から突き当たりまでは空室。

 多分、これから続々引っ越してくるだろう。

 それでもせりなちゃんの部屋の隣は、俺だけ……。


「作りすぎたらコウくんに持っていくね」

「え!」

「えへへ……じゃあ、お掃除がんばってね!」

「あ、う、うん」


 これからやるのは、洗濯物を干す……んだけど……。


「がんばる」


 めっちゃがんばれそう。


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