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隣に引っ越してきた幼馴染が手料理を毎日お裾分けにくるラブコメ  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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アスパラガスの肉巻き


 ピンポーン。


 その日の夜、六時半を過ぎた頃チャイムが鳴った。

 ソワソワしていた俺は立ち上がって玄関へ向かう。

 チェーンを外し、鍵を開けて……そして扉を開く。

 ごくり。

 その瞬間漂ってきた甘辛い香り。

 小皿に載せられたおかずは、ラップに覆われており湯気で中身は見えない状態。

 つまり、出来立てホヤホヤという事だ。

 本当に約束通り、作ってすぐに持ってきてくれたのだろう。

 エプロン姿のせりなちゃんが、その小皿を両手で大切そうに持って立っていた。


「は、はい……今日は、本当にありがとう……!」

「こ、こちらこそ……!」

「……と、いうわけで……あの、アスパラガスの肉巻きを作ってみたよ。……初めてだから、美味しくなかったら……ごめんね?」

「大丈夫!」


 むしろせりなちゃんの手料理を今日二回も……!

 ……でも、うん、やっぱり言わなきゃ。


「あの、せりなちゃん……お裾分けなんだけどさ……毎日は大変だと思うし……本当に作り過ぎた時だけで、いいよ? あの、料理科の練習って大変そうだけど……」

「え?」


 今日買い物に一緒に行って、しみじみ分かったんだ。

 材料費、大変……!

 せりなちゃんの学校はアルバイト禁止のはずだし、親からの仕送りで──いや、せりなちゃんの実家めちゃくちゃお金持ちっぽかったけど──生活しているはずなのに、俺なんかにお裾分けする分まで材料費負担かける事になったら申し訳ない。

 だから、本当に作り過ぎた時だけ……その時は……ありがたく頂くけど……やっぱり毎日は。


「め、迷惑……」

「そ、そういうんじゃないよ……!」


 めちゃくちゃ分かりやすくシュンとされてしまったぁー!


「不味いとか、口に合わないとかでもないんだ! だ、ただ材料費とか、気になって……」

「え、あ、そ、それなら大丈夫だよ! お父様には『たくさん作ってパパにも食べさせてね。材料費とかこれ使え』って……!」

「!?」


 せりなちゃんがお財布から取り出したのはブラックカード。

 せりなちゃん、偉い!

 ちゃんと貴重品は持ち歩いてるんだな。

 いくら隣でも、部屋を空ける時は貴重品を身につけてた方がいい、うん!


「………………実在するんだ?」


 ブラックカード。


「? お父様はいつもこのカードだよ?」

「ふえあ……」

「なにかすごいの? 買い物の時はこれを使いなさいって、教わったけど」


 あれ、これ、せりなちゃんの金銭感覚大丈夫くないやつでは?


「せ、せりなちゃん今日、クレープは現金で買ってたよ、ね?」

「え? うん、料理の勉強の材料費以外はお小遣いで買ってるよ」


 あ、それなら大丈夫かな?

 いや、なんか嫌な予感がするな?


「お小遣い……って、月いくらとか?」

「うん、十万円くらい」


 ……はぁー……桁がおかしいなぁー……?


「そうなんだ。戸締り本当に気をつけてね。本当に」

「? うん?」


 材料費の事は本当に心配はなさそうなんだけど、やっぱり俺の罪悪感みたいなものが……な。


「あ、あの、だから材料費の事は気にしないで? むしろあの、食べてもらった方が、わたしも……やる気が出るというか……」

「っ……」

「あ、あ、の、だから……でも、コウくんが気になるようなら……」


 ああ、そんな言われ方をしたら……!

 いや、だめだ! これはお互いのためなんだ!


「作り過ぎたら……持ってくるから、その……また、食べてくれる?」

「え、あ……う、うん……」

「じゃ、じゃあ、今日はそれ、食べてね。明日感想教えてね! それじゃあ、あの、おやすみなさい!」

「お、おやすみ……」


 だいたい六歩程度で隣室にたどり着くせりなちゃん。

 今日はこちらを振り返る事なく、部屋の扉は閉まってしまった。

 少しだけ、もったいない事をしてしまった気になる。

 けど、毎日気を使われてしまうと……やっぱり俺も気になってしまうし……うん。

 それにしても、せりなちゃんの家って本当にお金持ちなんだな。

 まさかブラックカードが本当に存在したなんて。

 それにお小遣い月十万円……。


「……住む世界が違う……って感じだな」


 嘲笑した。

 そんないかにもなお嬢様であるせりなちゃんには、きっと婚約者とかもいるんだろう。

 ここまで非現実的だと、いそう。

 なんでそんなお嬢様が俺みたいな庶民に構うんだ。

 昔、ただプリントやノートを届けてただけ……それだけなのに。

 いや、それだってクラス委員長だったから。

 ……クラス委員長だって、押しつけられて嫌々……。


「…………っ!」


 頭をぶんぶんと左右に振る。

 冷めてしまう。

 せりなちゃんが、作ってくれたアスパラガスの肉巻き。

 昔の事だ、もう、昔の事。

 卒業式のために一度地元には帰るけど、それが終われば俺は……まああの場所には二度と帰らない。

 あんな場所……!


「……いただきます」


 電子レンジで温めたインスタントのご飯と、インスタント味噌汁。

 そしてせりなちゃんが作ってくれたアスパラガスの肉巻きをテーブルに並べてから、手を合わせた。


「……では、いざ」


 ほかほかのご飯の上に一度肉巻きをのせ、タレを落としてから口に入れる。


「ん、んん〜……」


 美味い!

 先に来るのは肉の油とタレ!

 そして出来立て特有の熱。

 舌の上で肉の油がじわりと広がり、タレの味を一緒に隅々まで届けてくれる。

 噛むと肉汁とタレがよく絡んだしゃき、っとしたアスパラガスの食感。

 さすが旬。肉とはまた違う、絶妙な甘み。

 いや、これは旨味というやつだろうか?

 すげぇ、野菜なのにこんなに爽やかな旨味と甘みが出るなんて……。

 それにアスパラガスってあったかいとあんまり美味いイメージないけど、これは普通にありだ。

 肉の油とタレ、アスパラガスの食感。

 それらが一体となり、噛んだ瞬間のあらゆる満足感が一瞬満たされるかのようだ。


 しゃき、しゃき……。


 ああ、なにがすごいって、肉の食感もまたアスパラガスの爽やかな旨味に包まれて、口の中がアスパラガスの味に変わっていくとこほだろうか。

 なんだ、これは、すごくないか?

 噛めば噛むほど肉やタレでなく、アスパラガスが勝っていく……!

 いや、肉と野菜の旨味が両立する料理ってそれだけですごいと思う。


 ごくん。


 飲み込んでから、ご飯をかきこむ。

 うん、うん……さっきのほんの少量の油とタレが美味い。

 やっぱり飯には甘塩っぱいものが合うよなぁ。

 あと、肉。


「っていうかなくなるの早いな」


 気がつけば最初の一本がもう喉に飲み込まれていた。

 すごい、なんだこの食べやすさは。

 こんな食べ物があったのか、ってくらい食べやすい。

 無意識に二本目に箸が伸びている。

 タレをご飯に垂らし、パクリと一口。

 しかし今度はずるりと中身が先に出てしまった。

 口に先陣を切って入ってきたアスパラガスのおかげで、包んでいた肉はご飯の上で待機となる。


「はふ……」


 あ、結構熱い。

 中身までしっかりと熱が通っていたのだろう。

 太い方から噛む。

 甘い、美味い、なんだこれ、これだけでも美味い……!

 肉の油をたっぷりまとった野菜がこんなに美味いなんて知らなかった。


 しゃき、しゃき……。


 熱を通したアスパラガス。

 ただそれだけのはずなのに、柔らかく、しかししっかりとした食感を残している。

 歯で噛んだ瞬間、アスパラガスの旨味が詰まったような汁が口の中に飛び散るのだ。

 それはさほど多いわけではない。

 だが、鼻腔に抜ける爽やかな香りを生み出す。

 アスパラガス……美味い。


「……旬、美味い」


 なんかこれだけでもいいぐらいかも。

 そんな風に舐めた口を利けたのはここまでだ。

 ご飯の上に置きっぱなしだったタレのたっぷり絡まった肉。

 アスパラガスをすべて飲み込んだあと、箸をご飯の上にあった肉とともに口の中へとかき込んだ。


「っ」


 やば、なにこれ。……うまっ。

 白米に染み渡るような油とタレ。もうこれに尽きる。

 もはや罪深いのでは?

 そう思えるほどの多幸感。

 やはりご飯と肉は最高だ……もうこれだけでいくらでもいける。

 そう思うのに、先程食べたアスパラガスの爽やかな旨味が舌の上に残って主張するのだ。


 ──本当か?


 と。とてもシンプルに……問いかける。

 いや、もはやこれは脅しかもしれない。


「っ……!」


 やはり! アスパラガスの肉巻きは肉だけではダメだ!

 三本目に箸が伸びる。

 そう、これ!

 瑞々しい緑色のアスパラガスに、タレが十分滴るほど絡まった肉が巻いてあるこの状態こそが完璧なのだ。

 どちらかが欠けてもいけなかった……俺は、なんて馬鹿だったのだろう!


「あーうめぇ、これだよな〜」


 からん。

 あっという間に皿が空になってしまった。

 インスタントのご飯は再度温めて二杯目。

 美味い、おかずがもっと欲しいくらいだ。

 アスパラガスの肉巻き、ごちそうさまでした。


「…………そういえば……普通に美味しく頂いているな? 今日」


 せりなちゃんの事を考えず、アスパラガスの肉巻きの美味さに夢中になってしまった。

 まあ、それだけ美味しかったんだ。

 きっと下処理とかも頑張ってやったんだろう。

 ……俺はせりなちゃんにもらってばかりだ。

 せりなちゃんがお嬢様で、お金持ちで、俺とは違う世界にいる人だからって……それでもこんな風に貰いっぱなしは、やっぱり嫌だ。

 ちゃんとお礼がしたい。

 でも、俺はせりなちゃんにあげられるものなんてなにもない、しなぁ。

 なにかお礼になるもの……。


「ダメだ、さっぱり思いつかない」


 バス停まで案内する?

 いや、学校に通うようになれば毎日の通学路だ、嫌でも覚えるだろう。

 そもそもまだ二月頭だ。気が早すぎる。

 自宅の警備?

 自分の家の警備も出来てるか怪しいのに?

 だいたい、せりなちゃんはお金持ちなんだから監視カメラとかセトムやアリサックのような警備会社に入ってるだろう。


「?」


 あれ?

 でも、それだけお金があるならなんでこんな築五年の二階建てアパートに引っ越してきたんだろう?

 確かにオートロックではあるけれど、ワンルームだぞ?

 いや、一人暮らしで広い部屋を借りる必要は、ないかもしれないけど……。

 けど、女性向け賃貸も増えてきているし、別にここじゃなくても良かったんじゃ?


「……お礼はもう少し考えてみるか……」



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