新生活準備中【後編】
「こちらが一式となります」
「「ありがとうございました」」
手渡された大きな袋。
これには夏服、冬服、指定の上履きや室内用、室外用運動靴、運動着等……これから三年間使うものが入っている。
さすがに大荷物になった。
ちょっと舐めていたかもしれない。
「それから、ご入学おめでとうございます」
「あ……」
「ありがとうございます……!」
最後に店員さんに改めて頭を下げて店を出る。
やっぱり輸送してもらった方が良かったかな?
でもたかがバスで二駅だし。
「コウくん、ありがとう」
「え?」
「わたし一人じゃ……たどり着けなかった」
「…………」
残念ながら俺もそんな気がする。
「それに、制服も選んでくれてありがとう! コウくんがわたしに似合うと思って選んでくれたと思うと……とっても嬉しい! 着るのが楽しみ……!」
「そ、そう、かな? あ、いや、うん……あの、いや……せ、せりなちゃんは、あの、水色が……」
部屋を思い出す。
水色の水玉模様、水色の枕やクッション。
さすがに部屋の中を覗いてしまったとバレるのは……恥ずかしいどころではない。
というか、失礼だろう。
嫌われてしまうかもしれない。
軽蔑ものだよな、うん。
「そ、そう! 水色が似合うと思って!」
「……う、嬉しい……。じつは、わたし水色が好きなの……」
でしょうね!
そんな気がしてた!
「コウくんは、何色が好き?」
「へ? ……えーと、俺は……緑、かな?」
「緑かぁ……。じゃあ、食べ物は? 食べられない物はないって言ってたけど、好きな食べ物……えーと、甘いのとか、辛いのとか……」
「あ、それなら……甘い物は好きだよ。せりなちゃんがさっき見つけたクレープ、食べて帰ろうか?」
「クレープ!」
途端にぱあ、と花開くように明るく笑うせりなちゃんのかわいさは、俺からすべての語彙力を奪い去った。
瞳をキラキラさせてクレープを選び、お花を周囲に撒き散らしながら注文し、そこにキラキラした輝きをプラスして巻かれていくクレープを待つ姿はあらゆる語彙力をゼロにする。
「すご〜い、わたし一度でいいからお外でクレープを立ったまま食べるのが夢だったの! コウくんと一緒にいる時に叶うなんて……わたし、わたし、今日で一生分の運を使い果たしていない!?」
「大丈夫だと思うよ!」
それを言われたら俺の方こそ!
隣にせりなちゃんが引っ越してくるし、その日の夜と今朝、せりなちゃんの手料理をお裾分けされるし、今もこうしてせりなちゃんとクレープを食べている。
これ以上の幸運って、あるか? いや、ない。
正直、まだ夢でも見ている気分だ。
小学校の頃の、憧れの女の子が目の前にいる。
二度と会えないと思っていた彼女が──。
「じゃ、じゃあ……」
「?」
「じゃあ、あの、ま、また……連れて来てくれる……? わ、わたし、方向音痴だから……」
「……っ」
なんで幸せな夢だろう。
ずっと覚めなくていいとさえ思える。
クレープを食べるフリをしながら、こっそり、頬をつねってみた。
信じられない、痛いぞ?
「……あ、じゃあ、次来る時は……ケーキ屋さんとか、飴細工屋さんに来ようよ。タピオカも飲んでみたいよね」
「! う、うん!」
そう言いながらも、顔がにやけそうになるのを必死に耐える。
こんな事があるのか。あってもいいのか。
まずい、変な風に顔が……顔が緩んでしまう。
「…………。そうだ、バイト探さなきゃ……」
「アルバイト?」
「う、うん。母さんの再婚相手に頼るのってなんか嫌だから……」
「っ……」
……! しまった!
「あ、いや! 別に仲悪いわけじゃないんだよ? 向こうの人はいい人で、俺と姉さんにすごい気を使ってくれる人だから! でも、その、なんかこの歳で新しいオトウサンって違和感っていうか!」
俺はなにを言ってるんだ。
変な墓穴を掘っていないか?
せりなちゃんにこんな話をしても仕方ないのに……。
「そ、そうなんだ。……うちの学校は……アルバイト禁止だから……」
「え?」
「あ、う、ううん……! そ、それじゃあ、わたしコウくんのバイト先が決まったら……絶対遊びに行くね!」
「……うん。じゃあ、せりなちゃんが遊びに来れそうなバイト先にするね」
「う、うんっ」
せりなちゃんとケーキを食べに行けるように、お金貯めなきゃ。
どんなアルバイトがいいかな?
せりなちゃんが遊びに来れるようなバイト……飲食店とかの方がいいか?
そもそも、高校生からアルバイト出来る場所って……意外と少ないかも?
たまにアーケードの店先に貼り出されている『アルバイト募集!』の応募条件も十八歳以上、となっている。
やばい、これ十六歳から働けるバイト探すの意外と大変なんじゃ……?
「っ、そ、そういえばせりなちゃん、他に行きたいところは……」
「スーパー!」
「あ、そうだったね。じゃあ行こうか」
「うん!」
スーパーは二駅戻る。
俺とせりなちゃんが住んでいるアパートのあるバス停で降り、そこから少し歩けばいいのだ。
そこで、俺は運命的な出会いを果たす。
【アルバイト募集中!】
16h〜20h 高校生(16歳から可)時給900〜
「これだぁ!」
「わあ!」
最寄りのスーパーに張り出されていた【アルバイト募集】の貼り紙に思わず飛びついた。
年齢十六歳から!
やった! これなら──……。
「……ダメだ……俺の誕生日五月だ……」
「! コウくん、誕生日五月だったんだ!?」
「え? あ、う、うん」
「わたし、六月八日! コウくん、五月の何日なの?」
「俺は、五月二日……」
「そうなんだ! じゃあ……五月二日は……ケーキ作るねっ!」
「え!」
と、突然、どうしてそんな話に!?
いや、嬉しいけど……。
「よーし! その時までにもっと料理の腕をあげるぞー! ……というわけで、コウくん、今日案内してくれたお礼に食べたいもの教えて! 作るから!」
「え! い、いやいや! 昨日と今日のお礼だから!」
「あ、えーと、じゃあ……荷物……持って?」
「え?」
「たくさん食材を買うから……」
だめ?
と、可愛く首を傾げられて聞かれたら、これを断れる男がこの世にいるのだろうか?
「い、いいよ……」
「ありがとう! じゃあ、あの、なに食べたい? まだ作った事がない料理だと嬉しいな……!」
「え、えぇ、そ、そう言われても……せりなちゃんがまだなにを作った事ないのか、分からないよ……?」
「あ、えーと、じゃあとりあえず、メニュー言ってみて?」
えー?
そんな急に言われても思いつかないな……?
そう言いつつ、入り口にあったカゴを持つ。
でも、せりなちゃんはカートを持ってきた。
本当にたくさん買う気のようだ。
……これは俺も覚悟を決めるべきかも?
「えっと、そうだな……カレー?」
「カレーは作った事あるよ」
まあ、だよね。
まずスーパーに入ると、見えてきたのは野菜売り場。
今は二月。
まだ鍋が美味しい季節、と謳い文句で鍋具材がまとめて一箇所に並べられていた。
鍋かぁ……でも一人で鍋はなぁ。
姉さん呼ぶ?
いや、今はせりなちゃんの質問に答えるべき……でも、うーん?
「あのさ、せりなちゃん……そういえばまだ言ってなかったけど……同じアパートに姉さんが住んでるんだ」
「え! コウくんのお姉さんも!?」
あと、姉の片想い相手も……。
ま、まあ、これはせりなちゃんに言っても仕方ないか。
「うん……あの、だから……姉さんも呼んで……鍋はどうかな? その、具材持ち寄りで?」
「え……」
あれ? 微妙な反応……?
「そ、そ、そっそ、っそ……そそそそそんなっ、さ、再会して二日で、コウくんのお姉さんに……しょ、紹介だなんて……!?」
「えっ!」
姉さんにせりなちゃんを、紹介!?
あ! 確かにそういう事になりかねないのか!?
姉さんなら勘違いする! 絶対する!
そしてニヤニヤ笑いながら色々言ってくる! 絶対!
だめだ! それはなんとしても避けねば! その上一緒にお鍋は、間違いなく変な誤解をされてしまう!
「ご、ごめんせりなちゃん! そそそうだよね! まだ鍋は早いよね!」
「え! あ、い、いやあの、いやー、そんな! ここここ、コウくんがいいなら、わたしはそんな全然まったくやぶさかではないというか!」
「いやいやいやいや! 本当その通りだと思う! まだ再会して二日だもん! えっと、あの、と、隣に引っ越してきたよって言うくらいはいいかな!?」
「え! あ、うううう、うん!」
鍋はなし! だめだ!
えーと、は、他には……。
「アスパラガスって今が旬なんだ?」
目に留まったのは『今が旬! アスパラガス!』のPOP。
初めて知った。
そう思って近づくと、せりなちゃんが先にアスパラガスを手に取る。
「ねえ、コウくん。アスパラガスの肉巻きとか食べられる?」
「アスパラガスの肉巻き? なにそれ? アスパラガスを肉で巻くの?」
「うん! そう!」
ド直球だな!?
「アスパラガスを豚肉で巻いて、甘辛くするんだけど……それを作ってもいいかな?」
「へえ、なんか美味しそうだね。うん、じゃあ……食べてみたいかな」
「へへへ! 了解しました〜! 一品目は決まりだね!」
「え? まだ他にも選ぶの?」
「当たり前だよ〜、いっぱい食材を買っておくんだから」
マジか。
でも、俺の部屋まだ炊飯器ないんだよな。
あ、そうだ。
炊飯器ないんだから、電子レンジで温めて食べられるインスタントのご飯買っておこう。
せりなちゃんとは別会計にするから、通路途中にあるカゴを拾ってカートの下に入れる。
「コウくんはなにを買うの?」
「俺も飯の材料とか買うよ。牛乳とか卵とか……」
思いつく食材が残念だな。
あと鍋とかフライパンも買おう。
鍋があれば米も炊けるよな?
「卵か〜、卵はまだあるからいいかな……。あ、そうだ。コウくん、明日の朝は卵焼きと目玉焼きどっちがいい? 卵焼きは甘い派? 出汁巻き派? 目玉焼きは半熟派? しっかり火を通す派?」
「え? えーと……」
明日!?
卵焼きか目玉焼きの二択!?
「た、卵焼きかな? うちは甘いやつ……だったかも……」
「分かった! 甘いやつね!」
「え? あの、せりなちゃん……?」
「まだ巻くの得意じゃないから……失敗したらごめんね……?」
「う、ううん!」
全力で首を左右に振ったけど……これって明日もせりなちゃんの手料理が食べられる感じ?
そ、そんなにしてもらって、本当にいいのかな?