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隣に引っ越してきた幼馴染が手料理を毎日お裾分けにくるラブコメ  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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新生活準備中【前編】

「と……そういえばポットやケトルとかも買ってないんだっけ……」


 生活を初めて比較的すぐに足りないものに気づく。

 せりなちゃんに朝、味噌汁をもらって幸せな朝食を摂ったあと、俺は昼飯にカップ麺を食べようとしていた。

 けど、大型の必要家電は買ったが小さなものはまだ揃えていない事に気がつく。

 部屋を見回すと本当に最低限なものしか揃えていない。

 ベッド、テーブル、椅子、パソコン、テレビ、電子レンジ、掃除機、冷蔵庫、洗濯機。

 あとは実家から持ってきた勉強道具と私服、私服の入った収納ラック。

 あると便利だから、と姉に勧められたハンガーラック。

 クローゼットはあってないようなスペースしかないから、これは本当に買って正解。

 しかし、やっぱりまだ色々足りなかったみたいだ。

 ケトルくらい今から近くの家電ショップで買ってこようかな。


「制服と教科書も買わないといけないし、あとノートと……運動着、ジャージ、運動靴、外と中用。うーむ、バイトも早く決めておかないと……」


 母の再婚相手はおおらかな人で、そして意外と金持ちだ。

 会社の社長らしくて、俺の学費や生活費は任せろ、と言ってくれた。

 でも、やっぱり他人だからあまり頼りたくない。

 早く独り立ちしたい。


「ん……調理器具とか全然買ってないな……」


 そして、昨日今日とせりなちゃんにご飯を頂いてしまったので気がついたのはうちの調理器具のなさ。

 料理はする気がなかったし、必要になったら百均で揃えりゃいいか、と適当に考えていた。

 けれど、二日連続で隣からお裾分けを頂いたからには……俺もなにかせりなちゃんにお返ししなければいけないと思う。

 そもそも、せりなちゃんには昨日菓子折りももらっている。

 いくらなんでももらいすぎだ。

 ここは一つ、俺もなにか料理してお返しすべきところだろう。

 …………。でも、なにを?


「あ……そういえば炊飯器もない……」


 コンビニで弁当を買えばいい、と思っていたが……米くらい炊けば良くないか、俺。

 姉さんとは大型家電を買いに行ってるから、うん、小さいのは自分で買いに行こう。

 制服とかもいい加減買っておかないと。


「よし」


 行くか。

 外へ出かけるので、スウェットからトレーナーとジーンズに着替える。

 財布とスマホ、朝に味噌汁が入っていた器……もちろん洗った! ……を、持って通路に出た。


「……」


 ピンポーン。

 ……朝と同じく、チャイムを鳴らす。

 すると中からどたん、どたん……また慌てた音。

 そんなに慌てなくていいのに……と思うけど、また玄関前で少しな静寂。

 からのチェーンを外す音、鍵が開く音、扉が開く音。

 この流れ、カウントダウンのようで変にドキドキするのは俺だけだろうか?


「は、はい!」

「あ、あの、お味噌汁ありがとう。美味しかった」

「う、ううん! 良かった。あんまり具もなくてごめんね!」

「ううん! そんな事ないよ!」


 お味噌汁の具材はネギと油揚げだけ。

 でもあの温かなお味噌汁はインスタントと違って、口に入れた瞬間出汁と味噌の香りと旨味が広がって……ホッ……って、するんだ。

 あれは手作りならではだと思う。

 だから、これは心の底からの言葉だ。


「本当に美味しかったよ。ありがとう」

「……っ」


 おわんを返して、少し……いや、結構顔が赤いせりなちゃんに首を傾げる。


「顔が赤いけど、どうかした?」

「なんでもないよ! ……あれ? コウくん、どこか出かけるの?」

「あ、うん。制服とかまだ買ってなかったから……」

「制服……制服!」

「え?」

「わたしもまだ買ってない!」

「ええ!?」


 サーッと顔を青くしたせりなちゃんが、またもどたどた部屋の中へ戻っていく。

 その時また、せりなちゃんの部屋の中が見えたのでそっと扉を閉じる。

 女の子の部屋をじろじろ見るのはよくないよね。


「制服、あと運動靴とジャージ、調理科はエプロン三枚……ふえぇ、一枚しか持ってないよぅ……。え? えーと三丁目の『いとう呉服店』……? あれ? 地図……うえぇん……分かんないよう……」


 という独り言が聞こえるのはさすがにどうしようもないけど……。


「あ、あの、せりなちゃん、昨日の夕飯と朝のお味噌汁のお礼に……その、買い物、付き合おうか? 制服売ってる店なら多分同じだと思うし?」

「!」


 扉は足を引っかけて、ほとんど閉じている。

 だけど、声は届いたと思う。

 またもせりなちゃんがばたばた勢いよく近づいてくる足音。


「ほ、ほんと!?」

「う、うん。買うもの多分似たような感じだし。俺も初めて行く店だから、誰か一緒だと心強い」

「ありがとう! わたし、本当に地図よく分からなくて! ……このアパートにも不動産屋さんに連れてきてもらったし、買い物に行ったら戻って来れなくなりそうだったから食材も通販だし!」

「……え、ええ……」


 そこまで?


「……あ、じゃあ……帰りに近くのスーパーやコンビニの場所、教えようか?」

「本当!? かっ……神……!?」

「大袈裟すぎるよ!」


 というか、せりなちゃん……私服が改めてかわいすぎないだろうか?

 ライトベージュのコートと、茶色いワンピース型のセーター、黒いタイツと茶色のロングブーツ。

 ここまでは普通かもしれないけど、肩掛けカバンが猫の顔……!

 髪の毛は左右にゆるいふわっとした三つ編み。

 そして、ヘアピンがやっぱり猫!


「せりなちゃんって猫好きなんだ?」

「どうして分かったの!?」


 おっと、まさかの無自覚。


「いや、めちゃくちゃ猫の形のもの身につけてるから」

「うん、猫も大好き! 実家はキャバリア飼っていたんだけど、いつか猫も飼ってみたい!」

「ああ、あのやたら名前が長いやつ」

「そうそう、キャバリア・キングチャールズ・スパニエル! ……もう亡くなったんだけどね……」

「そ、そっか……」


 俺が小学生の頃だもんな。

 せりなちゃんが赤ちゃんの頃から一緒にいるわんこだと聞いていた。

 とても賢く、まるで騎士のようにせりなちゃんを守っていた……名前は、えーと……キング、だったかな?

 バスを待つ間になんとなくしんみりとしてしまった。


「キングが亡くなって、もう犬は……キング以外の犬は……いいかなって」

「そうなんだ……でも、キングはカッコ良かったよね」

「うん」


 毛並みもふわふわで、少し間抜け面だった。


「…………」


 そういえば、せりなちゃんは俺に……俺が引っ越した理由を聞かないんだろうか。

 いや、聞かれても「親の都合で」としか答えられないんだけど。


「コウくんが転校したあとね」

「え、あ、うん」

「最初はクラスが少しだけ静かになった気がしたの。でも一ヶ月後にはみんな元に戻ってた。コウくんがいなかったみたいになって、わたしは寂しかったんだけど……」

「……そっか。でも、それが普通だと思うよ」


 むしろ、その方がみんなにとっては良かったと思う。

 あの頃の俺は家が貧乏だったので、携帯も持たせてもらえなかった。

 誰とも連絡先の交換も出来ず別れたから、こうしてせりなちゃんに再会出来たのは本当に奇跡みたいだな。


「なんでそんな事言うの」

「え」

「わたしは、寂しかったって、言ったのに」

「え、あ……ご、ごめん?」

「コウくん誰にも……わたしにも連絡先教えてくれなかったから!」

「ご、ごめん! あの頃携帯とか持ってなくて!」

「知ってるよ! そう言ってみんなに連絡先交換しなかったの覚えてるもん!」

「……あ、う、うー……」


 あれ、覚えてるのならなぜ……。


「!」


 せりなちゃん、手にはいつの間にかスマホが握られている。

 水玉模様の手帳型のカバー。

 鼻を赤くしたせりなちゃんが、膨れっ面でスマホを差し出してきた。


「だから、今度は……ちゃんと……連絡先交換……しよ?」

「…………」


 ずるく、ないだろうか?

 ほんの少し首を傾けての上目遣いという、かわいいがかわいいを上乗せしてくるいっそあざとさすら感じるけれど抗う術もないそのかわいさは。

 自分でなにを言っているのか分からなくなってきたけどとりあえず抗い難いかわいさという事。

 待ってくれ、俺にとってせりなちゃんは初めて憧れた女の子なんだ。

 そんな、憧れの女の子のこの仕草とお願いに……NOを突きつけられる男ってこの世にいる?

 むしろ俺から土下座してお願いしなければいけない事なのでは?

 やばい、やばい、顔熱い、せりなちゃんがかわいい。


「あ…………う、うん……」

「や、やった……! あ、あの、LINKやってる? ツブヤキッターでもいいんだけど!」

「りょ、両方やってる」

「じゃ、じゃあ両方……」

「は、はい」


 ぽちぽちと操作しているとバスが停車する。

 続きはバスの中で。

 縦の列に俺が前の席、せりなちゃんが後ろの席で座る。

 ぴこ、と音がしてID交換が終わると……スマホ画面には『冬紋せりな』と表示される。

 うわあ、うわあ、うわあ……やべー、どうしよう……俺のLINKとツブヤキッターにせりなちゃんの名前が……っ!

 これからはせりなちゃんに呟きを覗かれてしまう!

 いや、まだ天気の事ぐらいしか呟いてないけど!

 ツブヤキッターは、姉さんの美容室の店のフォロワーを増やしたいって言われてアカウント作っただけだから!

 ほぼ、姉の店のツイートのリツイートのみ!


「「………………」」


 無言。

 お互いスマホを凝視して、なかなか次の言葉が発せられない。


「……せりなちゃんも全然呟いてないね」

「あ、う、うん……登録してみたんだけど、使い方よく分からなくて……」

「俺も。姉さんの美容室のフォロワー増やす要員で登録したから」

「コウくんのお姉さん美容師なの? あ、コウくんがリツイートしてるこのお店?」

「そうそう。駅地下なんだけど、ビルの中にあるから客が少ないみたいで」

「へえ〜、じゃあわたし、ここの美容室使おうかな……!」

「本当? じゃあせりなちゃんが行く時は姉さんに予約取ってもらえばいいよ」

「うん……そ、そうだね! ……そうだよね……コウくんのお姉さんがいるなら……きっと迷わない……」

「…………」


 俺が思っているよりもせりなちゃんの方向音痴はすごいのだろうか?


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