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隣に引っ越してきた幼馴染が手料理を毎日お裾分けにくるラブコメ  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』


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ホワイトデー


 三月十四日。

 卒業式から四日後の朝。

 萩野さんに見立ててもらった服を着て、肩かけのポシェットにスマホや財布を放り込み新調したスニーカーを履く。

 うん、寝癖もない。大丈夫。


「よし」


 それでも胸がドキドキして仕方ないのは、今日、これからホワイトデーのお返しに行くから。

 せりなちゃんと、出かけるからだ。


「「あ」」


 扉を開けた音が重なる。

 外は晴天。

 風がやや強め。

 廊下に出ると、お隣さんも廊下に出てきた。

 厚手の白いコートに、水色チェック柄のスカート。

 たぶん、タイツ。

 ゆるやかな三つ編みに犬のヘアピン。

 ショルダーバックも犬。


「お、おはよう!」

「お、おはよう……」


 か、かわいい……。

 ……いやいや、せりなちゃんすごくない?

 なに着ても、どんな格好でもかわいくない?

 すごいな、せりなちゃん。なんでもかわいいな。

 もう素がいいからだな。

 圧倒的なかわいいの権化。

 俺、隣歩いて大丈夫なのか?

 見劣りするというか、俺がせりなちゃんに釣り合わないのは今に始まった事ではないけれど……それでもなんでいうか、もう、俺、いない方がよくない?

 じゃ、なくて。


「コ、コウくん……なんか、今日はいつもより……か、かっこいいね……」

「ふぐっ……!」


 息の仕方。息の仕方、ど、どうやるんだっけ?

 息、息、呼吸、どう、っんぐぐぐ……!


「ぷぁっ」

「え?」

「な、なんでもな、ななないよ……え、えっと、い、い、行く?」

「う、うん!」


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……心臓バクバクしすぎて胸痛い。

 アパートの階段を降りて、バス停までの道もずっと痛い。


「……」


 しかし、バス停でとんでもない事に気がつく。

 無意識だったけれど、俺は何度かせりなちゃんの手を見つめてしまっていたのだ。

 え、なに? 俺、どうしたの?

 どうしたいの? まさか繋ぎたいの?

 無理だろ、相手の同意もなしに。

 い、いや、それ以前にそういう事って、こ、こ、こ、こ、こ恋人同士がやる事じゃないのか?

 無理じゃん? 俺とせりなちゃんは、そういう関係ではないし?


「さ、寒いね」

「そ、そうだね……」


 せりなちゃんの細い指先がコートの袖の下から覗く。

 寒いというのなら手袋してくれば良かったのに……と思うけど、風が強いだけで気温は暖かい。

 コートも厚手だから、いらないと思ったのかも?

 かく言う俺も手袋は持ってきていないから……。


「雑貨屋さん、寄る?」

「え?」

「いや、手袋、買うなら……」

「え、えーと……」


 指先、白くなっててつらそう。

 そう声をかけた時、バスが到着した。

 アーケードまではほんの二駅。

 目的のケーキ屋に行くまで、雑貨屋があった気がするから……そこで手袋を、と思っていた。


「?」


 ブブブ、とポシェットの中が鳴る。

 メール?

 スマホを取り出してみるとSNSの通知。

 せりなちゃんから……え? せりなちゃんから?

 なんで、真後ろの席に座ってるせりなちゃんからメッセージ?

 不思議に思いつつ、後ろを振り返るとスマホで顔口元を隠して思い切り目を逸らされてしまう。

 なんだろう? どうしたんだろう?

 寒くて喋れなくなってるのかな?

 でも、それでもスマホをいじれるのか。

 よく分からないまま、画面をタップして開く。


『ごめんね、今日、緊張してうまく話せない。心配してくれてありがとう』


 目を丸くしたと思う。

 しかし同時にとてつもなくその気持ちがよく分かる。

 そう、そうなんだよ。

 今日はとてつもなく緊張しているんだよ。


『俺も』


 と短く返事をする。

 ちらりと窓を見た。

 バスは動き出す。

 そして、その窓ガラスに映る後ろの席のせりなちゃん。

 顔が赤い。

 そんな顔の赤いせりなちゃんも窓を見たところだった。

 信じられない、ガラス越しに目が合うなんて。

 赤い顔が俺にも感染した。

 顔がめちゃくちゃ熱い。

 顔を逸らして、スマホを見る。


『なんのケーキ食べる?』


 新しいメッセージが来ていた。

 メニューも見てないから、なんのケーキがあるかは分からないけど……そうだなぁ。


『ショートケーキかな。もしくはモンブラン』

『わたしはチョコレートケーキがいいな。ガトーショコラとか。プリンも食べたい』

『チョコレート、いいね』


 そう返信したら、URLが添付された。

 これから行くアーケード内のケーキ屋とは別な店だけど、そこのケーキ屋は十二時から食べ放題も出来るらしい。


『あっちはお土産用にして、こっち、食べに行かない?』

『食べ放題の店なんてあるんだね。いいよ』


 正直あのケーキ屋だけで一日時間が潰れると思ってなかった。

 食べるだけとか、絶対時間が持たない。

 萩野さんには「え、中高生デートならカラオケとかゲーセンとかがおすすめ!」と言われていたのでケーキ屋に行ったあとはゲーセンやカラオケに行くつもりだったけど……食べ放題! ケーキの!


「……」


 そんなやりとりをしていたら、二駅なんてあっという間。

 アーケード前に着いてしまった。

 立ち上がって、バスを降りる。

 同じく降りてきたせりなちゃんと目が合う。

 ふにゃり、と二人で笑ってしまった。


「行こうか」

「うん」


 まずはケーキ食べ放題!

 しかし、食べ放題は十二時から。

 あと二時間もある。


「十二時までゲームセンター行ってみない?」

「ゲームセンター!? 行きたい!」


 横断歩道を渡って、バス停とは反対側のアーケードに入る。

 そこからさらに歩くと、少し大きめのお店が見えた。

 人はまばらだが、店内はなかなかに混み合ってる。


「……どうしたの?」


 ゲーセン、俺もあまり来た記憶がない。

 母がパートで働いているのに、自分だけ遊ぶのは……と思って敬遠していた。

 でも、姉の誘いで何度か……ここじゃないけど行った事はある。

 ゲーセンはどこもうるさい。

 せりなちゃんはお嬢様だから、多分初めてなんじゃないかなぁ。

 そう思って隣を見ると、なぜか目と口をキュッと瞑っていた。

 なにこの生き物かわいい。


「せりなちゃん?」

「ん、ん……お、音が……」

「ああ、大きいよね。そのうち慣れるよ?」

「……え? なに? コウくんの声がよく聞こえないよぉ」


 ……かわいい。


「大丈夫大丈夫」

「……う、うん……」


 ゲーセンにきたらまずはクレーンゲームだよなぁ。

 そう思って連れて行ったクレーンゲームコーナー。


「これもゲームなの? どうやって遊ぶの?」


 おっふ! まさかクレーンゲームをご存じではない!

 さすがお嬢様!

 まずはそこからか!


「お金を入れると、上に吊るされてるクレーンが動くんだ。それを操作して中に入ってる景品を取るんだよ。ここ、景品の取り出し口ね」

「へえー!」


 まあ、俺もそんなにやった事ないんだけど!


「! わあ、かわいい!」

「!?」


 せりなちゃんが見つけて声をあげたのは、フィギュアが景品のクレーンゲーム。

 そ、そうだな、かわいいと思う。

 あれって半年くらい前までやってた女の子がいっぱい出るアニメのフィギュア、かな?

 俺もアニメや漫画は見るけど、中学三年になってからは受験勉強しかしてこなかったからよく知らない。

 クラスの男子たちは、話してたけど……俺はぶられてたから本当によく知らないんだよ。

 ……まさかせりなちゃんがアニメの女の子のフィギュアに食いつくなんて……なぜ?


「すごいねぇ! かわいいね! いいなぁ、かわいい」

「こ、こういうの好きなの?」

「うん、こういうのちょっと憧れるよね。白い頭の女の子の服、特に好きかも」

「?」


 白い頭の女の子の……服?

 おう、ゴスロリってやつ?

 確かにフリルとかたくさんついててかわいい……ん? 服?


「あ、服がかわいいって事?」

「お人形もかわいいと思うよ?」

「ふーん……」


 とはいえ、フィギュアのクレーンゲームって難易度めちゃくちゃ高いと思う。

 取れる自信が、ない。まったくこれっぽっちも、ない。

 一回だけダメ元でチャレンジしてみるか?


「! コウくん、見て! あっちの景品!」

「え?」

「大きいよ!」

「お、おお……!」


 そこにあったのは定番のお菓子、ポッキーやらポテトチップスやらのどでかい版!

 なにこれこんなのあるの?

 すっげ! でっけ! 中身の写真がパッケージに出てるけど、中身もでかいのか!

 チップスは量が半端ないな!


「やってみようよ!」

「うん」


 フィギュアより、こっちの方が気持ちが楽!

 食べ物は食べればなくなるからな。

 それに、せっかくゲーセンに来たんだから遊ばないと。

 ……金銭的余裕がないので、あまり遊べないけど。


「もうちょっと右?」

「え、このままでよくない?」

「いや、もう少し進むと……」

「あ! 通り過ぎちゃったよぉ!」


 二百円を入れて1プレイ。

 あーでもないこうでもないと言いながら、五回くらいやってみたけど取れなかった。

 うーん、すごく難しい……。

 こんなの取れる人いるのかな?


「……あれ? 飯橋じゃね?」

「女の子といる」

「マジ? 他人の空似とかじゃ……ないな?」


 ヒュッと、喉が鳴る。

 この声、中学の──……。


「…………」


 やめときゃいいのに、見てしまった。

 目が合う。

 やっぱり同じクラスの男子たちだ。

 どうしよう、見られた。

 せりなちゃんと一緒にいるとこ……いや、だからどうとか、そういうのはないけど……。

 なんだろう、すごく、嫌だ。

 どうしてこんなに嫌なんだろう。

 せりなちゃんは、俺の父親の事とか知らないから……知られたらと思うと怖い。

 だから?

 正直父親の顔とか思い出せないくらい俺は会ってない。

 でも、父親が宗教にハマってる事、せりなちゃんにバレたら……せりなちゃんも……。


「コウくん! もう一回! ……ん? コウくん?」

「…………」


 どうしよう、もうあいつらの方見れない。

 話しかけられるだろうか?

 石田もいた。

 そういえば石田は東雲の芸能科に行くとか話してたもんな……この町に来てるのは、当たり前か。

 でも、だけど……。


「中学の同級生?」

「…………」

「そうなんだ。…………。ねえ、コウくん、あっちに行こう!」

「!」


 見上げてきたせりなちゃんが、俺の手を……掴んだ。

 そして、そのまま引っ張られる。

 ゲーム機の間を通り抜け、あっという間にあいつらは見えなくなるし、音も大きいから……多分、俺の心臓の爆音はバレてないと思う。


 連れられて、結局ゲーセンから出てしまった。

 手が離れる。

 ……ああ、気を遣われてしまったな……。


「……う、うち、お父様が昔ヤクザの親分だったの」

「ふぁ?」


 なん、なんて?


「お兄ちゃんがアイドルになるって言ったから、その、時代にも合わなくなったしって言って、やめたんだって。元々やめようと思ってたらしかったけど、それを機にね? ……でも、今も組長さんって呼ばれるから中学生の時は友達が出来なかったんだよね……」

「…………」

「……、……コウくんも、やっぱり、怖いかな……? い、嫌……?」


 ヤ、ヤ……?

 ヤクザの、え? せ、せりなちゃんが? え、ええ?

 い、いや、せりなちゃんのお父さんが?

 あ、ああ、なんかお金持ち……えええええっ!?

 頭が、頭が追いつかない!

 せりなちゃんとヤクザという単語が不似合いすぎてエラー起こしてる!


「……あ、え、えっと、い、今は違うんで、しょ?」

「うん。今は不動産屋さん。真面目に働いてるよ。組員さんもみんなちゃんと働いてる」

「……じゃ、じゃあ別に……いいんじゃないの……?」


 せりなちゃんがヤクザというわけではないし。

 ……と、思うのは……父が宗教にハマってる時いたあとだからだろう。

 その時にハッとする。

 もしかして、せりなちゃんは……。


「せりなちゃん……うちの父親の事……知ってる?」

「……あ、うん……コウくんが転校してから噂になったの。その時にうちの親の事も……なんか調べられて、知れ渡っちゃって……」


 ……調べられた?

 ああ、変な親が他にいないか、魔女狩りみたいにされたのか。

 そういうの好きな人はどこにでもいるもんな……。


「そっか……なんかごめん……」

「いいのいいの。お父様は元々『もう時代にそぐわないからもうやめる』って言ってたから。……でもなんか、あんまり……すぐ信じてもらえないというか……アレだよね……ちょっと特殊だから、怖がられちゃうよね」

「うん、そうだね……」


 でも、別に……親がそうだから子どもの俺たちもそう、というわけではない。

 それは俺が一番よく分かってるし、そんなふうに関わらないで済むように母さんと姉さんは守ってくれた。

 母さんの地元の中学に通ったけど、それでも多分、なにかしらの噂は流れていたんだろう。

 だからみんな俺を見なくなった。

 関わらないように。

 当たり前だけど、それは同時に俺と父を同一視しているに他ならない。

 きっと姉さんも同じ目に遭っただろうに……ああして明るく振る舞うところは尊敬する。

 せりなちゃんも同じだったのか。

 ……そしてせりなちゃんは、知ってて俺に話しかけてくれたのか……。


「…………。ケーキ屋さん、行く?」

「もうそんな時間?」

「ううん、まだあと一時間くらいあるよ。でも、なんかあの列もしかして……」

「え? わっ、行列になってるのか……! じゃあ早く並んだ方がいいな! 行こう!」

「……うん!」


 それから、ケーキをたくさん食べて、今度はしょっぱいものが食べたくなったからたこ焼きを食べて、雑貨屋に寄って、それから前に見かけたケーキ屋のケーキをお土産として買って帰宅した。

 果たしてこれがホワイトデーのお返しになったのだろうか?

 俺が楽しんだだけのような気がする。

 というか、一日ただ食べてただけなような?


「ふうー、帰ってきたね」

「うん。けどたくさん食べたから夕飯入らないかも」

「そう思ってても八時ごろになるとお腹空くかもしれないよ! 今日はカレーを煮込んでおいたから、後でもっていくね!」

「え? い、いや……」


 お返しのつもりなのに!

 なのに、また……。


「…………じゃあ……あの、これ」

「え?」

「せりなちゃん、今日手袋してなかったから……雑貨屋に寄った時……」


 買った手袋。

 袋に入ったままだけど、手渡した。

 いや、分かってるよ?

 今日寒そうだったんだから即渡せよって話だよ。

 でも、なんか、ずっと店の中にいたし……妙に緊張して……。

 だから下車してすぐに渡した。

 せりなちゃんは目をパチパチさせたあと、袋を受け取って「開けていい?」と上目遣いで聞いてくる。

 うう、かわいい……。


「わあ、かわいい」


 手袋は水色。

 白い縁の、羊毛のやつ。

 そしてもう一つ、ポストカードが入っている。

 これは、本当になんとなく手に取って、せりなちゃんに贈りたいと思った。


「……? ポストカード? ……あ、キャバリア……」

「うん、昔飼ってたのって、確かこの犬種だよね」

「……うん……」


 俺がせりなちゃんの家にプリントを届けに行ってた頃、せりなちゃんの家にいた犬。

 長い名前で思い出せないけど、この犬だった気がする。


「かわいいよね、犬」

「うん……」


 学生だし、アパートだし、犬は飼えないけど……ポストカードなら眺められるし、いいかなって。


「ありがとう……コウくん」

「あ、いや……」

「カレー!」

「え?」

「……お裾分けに行くね……!」

「…………、……うん」



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