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リバースアイデンティティー4

 その日。私たちは小学校の体育館に寝泊まりした。着の身着のままだけど仕方がない。夜も揺れは収まらず、揺れるたび愚図る子供がたくさんいた。逢夜は騒いだりしなかったけど、眠れないようだ。私も同じだけど。

 夜の体育館がこんなに気味が悪いとは思わなかった。みんな静かにしてはいるけど、絶えず物音が聞こえた。一晩のうちに救急車のサイレンが5回も聞こえた。サイレンに反応した犬の遠吠えも、そのたび聞こえた。犬だって不安なのだろう。むしろ動物のほうが自然災害には敏感なはずだ。

 逢夜を抱きながら私は色々な人のことを考えていた。事務所は無事だろうか、繁樹やヒロは怪我していないだろうか、旦那は今どうしているだろう? そんな思考がぐるぐる回る。

 もしかしたら実家の父や弟が心配しているかもしれないと思った。今回、神戸は震源から遠いので被害はないだろうけど、おそらく気にはしているはずだ。

 私は母のことを思い出した。母と最後に話してから、もう16年も経ってしまった。今となってはもう、彼女の声さえ思い出せない。思い出すのは彼女の荒れた手と甘い匂いだけだ。

 何時間ぐらい経ったのだろう? 腕の中で逢夜は静かに寝息を立てている。窓から差し込む光が少しずつ明るくなってきた。もうすぐ夜明けらしい。私は徹夜明けの朝日が苦手だ。今の業界に入ってから朝帰りなんてザラだけど、それでもあまりいい気分はしなかった。

 明るくなり始めた頃、私は夢の中へ落ちていった――。

 目が覚めたとき、体育館はとてもざわついていた。みんなケイタイでどこかへ電話を掛けている。

「逢子さんおはよう!」

 声を掛けられた方を見ると、未来さんが立っていた。左には美玲ちゃんもいる。

「おはよう……。なんやあんま眠れんかった」

 私は目を擦ると大あくびした。

「そうだよね。私もあんまり……。ケイタイ使えるようになったみたいだよ!」

「ああ、どおりで……。したら旦那に連絡するか」

 私はケイタイをバッグから取り出すと電源を入れた。電源を入れた瞬間に一気にショートメッセージを受信する。

「あちゃー。事務所とメンバーからめっちゃ連絡きとる。あとは……」

 ショートメッセージの大半は事務所からだった。『逢子さん無事ですか?』とか『メッセージ気づいたら連絡下さい』とかそんな内容。とりあえず事務所に返信だけしておこう。これ以上メッセージ送られても困るし、いつまでも心配を掛けてはいられない。

 事務所に簡単なメッセージを送る。『無事です。落ち着いたら連絡します』それだけ。

 さて、まずは旦那に連絡しよう。私は逢夜を起こすと旦那に電話を掛けた。

「もしもし? 私やけど」

『もしもし!? 逢子無事か!?』

 電話に出るなり旦那は喰い気味にそう言った。かなり取り乱している。この人は心配性なのだ。

「ああ、大丈夫やで。怪我もしとらんし。今、逢夜と一緒に小学校に避難しとるよ。あんたは大丈夫か? 札幌の被害状況はテレビでやってへんねん」

『よかった……。こっちは大丈夫だよ。多少揺れたけど、怪我とかもない』

「そら何よりや。しばらく飛行機動かんみたいやね」

『うん。ちょっと帰るの遅くなるかもしれない……』

「ええよ。あんたが無事ならかまへん。気ぃつけて帰ってきてな。あ、逢夜が話したいって」

 私はケイタイを逢夜に手渡した。

「パパ! 気をつけて帰ってきてね! うわきしちゃだめだよ!」

 どこで覚えたのか逢夜は旦那に釘を刺してくれた。優秀な娘だ。やはり旦那に似ている。

『ハハハ、分かったよ。浮気しないで帰るからね。じゃあ逢夜、ママと一緒にいるんだよ』

 旦那はそういうと電話を切った。彼は子煩悩なのだ。逢夜が可愛くて仕方がない。

 それから私は実家に連絡した。電話に出たのは弟だ。弟は旦那ほど慌ててはいなかったけど、それでも心配はしてくれた。

『姉ちゃん災難やな。また地震に遭うなんて思ってなかったやろ?』

「せやな。でも都内はまだマシなんやで? 茨城とか東北とかはもっと大変みたいやし……。ま、それでも気ぃつけるは。お父ちゃんは?」

『ああ、隣におるで。ほら、父ちゃん。姉ちゃんやで』

 実家の音を聞くと私はとても落ち着いた。弟のお嫁さんの声も裏から聞こえる。

『逢子! ほんまに怪我とかないか!? 逢夜は?』

「お父ちゃん……。大丈夫やって。逢夜も無事や」

『そうか。でもあんまり油断せんほうがええで。余震もあるからな』

「せやね。気ぃつける。落ち着いたら一回、そっち戻るからな」

 実家との電話を切ると私は大きなため息を吐いた。あと連絡するのは繁樹とヒロぐらいだろう。

 まずは繁樹に連絡しよう。彼の家の固定電話が無事なら出るはずだ。

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