p.005 書庫での出来事
データが飛ぶのはやっぱり辛い。
遅くとも頑張っていくんじゃー
「… … …夢オチでしたって事はないか」
見慣れた天井だが、タオルやら本やら生活用品が忙しく宙を舞っている。
俺はベットから飛び降り、顔でも洗おうと洗面台に向かおうとしたのだが。
「相変わらず、前後左右どこかいるても蟹歩き仕様だな」
ラダトームの悲しげな音楽がそろそろ流れそうだ。
でも、がむしゃらに歩いてたおかげなのか最初の頃に比べると体の扱いに慣れてきた気がする。
後ろを振り付けないのが不便だが。
「で、こいつで顔を洗うには触れればよかったんだよな」
目の前に浮いている水に顔を突っ込む。
バシャバシャと打ち付けられる感覚を堪能した後、ふわふわのタオルで、顔を拭き上げられる。
「ふぅー、魔法様々だ… … …」
いつの間にか、鏡に"契約を放ったらかしてミラに会いに来ないなんていい度胸なのよ"っと達筆な日本語で書かれた張り紙があった。
「ミラって誰だよって、え? 悪い冗談はよせ? 痛い目にたいたくなければ今すぐに部屋から出てこい? 分かった分かった出るから勘弁してくれ」
ここにきて別の関係者が現れるとは。
ミオソティスじゃない第三者か。
早く来いと言わんばかりにヒラヒラ舞う紙の指示通りに、出口の扉を恐る恐る開けてみると、
「ツクル。その姿はどうしたのよ」
「… … …まじかよ」
そこは廊下ではなく、幻想的な書斎が広がってた。
そして、険しい顔で椅子に座っている幼女がいた。
ぱっとみ、ゆいちゃんあいちゃんより更に幼い。
身長は俺よりほんの少し高いくらいだ。
控えめな装飾な青いドレスを着こなすその姿は、言うならば"かわいい"が具現化した少女。
そんな子から向けられる視線は冷たいが。
「ミラが冷静のうちにとっとと答えるかしらツクル。その姿はいったいどうしたのよ」
「どうしてもこうしたも、いつの間にかこの姿で記憶が君の事も憶えていない状態って言ったら信じてもらえる? 詳細はミオソティスの誰かに聞けば分かる。自己紹介だけすると、篁 謙仁 19歳 社会人1年ちょいの人よ」
そう告げると彼女は俺をじっと見つめ、
「… … …まったく、どうしていつもツクルはトラブルを起こすのかしら。半刻前の出来事といい大方察しはついたのよ」
椅子から降り、トコトコそばに近寄りってくる。
小さな手のひらを俺の胸辺りに当て、
「少しジットしているのよ」
「え、何する気?」
「ツクルに掛けられた魔法を逆探知して、始末するかしら。思い上がった愚者には死を。てめぇーはグッバイってやつなのよ」
白菫色の瞳でじっと見つめ、ほくそ笑む。
「気づいたところでもう遅いかしら。気高く貴き存在に喧嘩を売ったことを後悔するのよ、ニンゲン」
容姿からは想像できないほどの冷たい台詞を吐き捨すて、手のひらをフリフリっと。
「邪魔者は消したから安心するかしら。ミオソティスの連中にもミラが伝えておくのよ。… … …そんなに怖がらなくても大丈夫なのよ」
「いや、可愛い姿していとも容易くえげつない行為をやってるから心臓バクバク。これが恐怖か」
「それ以上離れると、ミラは泣き喚くのよ」
するとミラが、チワワのようにプルプル震え始め
「冗談!冗談!! いつもの悪いノリが出ちゃっただけだから! あれだよあれあれ! 可愛すぎてドギマギしちゃってただけだから!」
泣き叫ぶ彼女に慌てて近づきあやした。
静寂な書庫に気まずい空気が漂う。
「次は冗談でも許さないのよ」
「ごめん、マジでごめん」
もたれかかる様に座るミラは俺の手を強く握る。
知らなかったとは言え、"彼女から離れる"と言う特大の地雷を踏み抜いてしまった俺は馬鹿だ。
泣かせてしまった数分前の自分を殴りたい気分だ。
「ツクルだった時の記憶が無い、『ツクル』に酷なこと言うかもしれないけど、契約は絶対なのよ。ツクル的に言うなら、こころのノートにメモっておくかしら 」
「こころのノートどころか身体中にメモしときますわ」
「耳にも忘れずに書いておくかしら」
「どこの怪談だよ。持っていかれたくないから忘れずに書くわ」
ねぇー知ってる? みたいな感じで"夏と言えば怪談"って俺が色々吹き込んでそうだ。
「んで、話題が変わるがどんな契約を結んでいたかなんて野暮な事は聞かないけど、俺が寝てた間に何があったの?」
「一億と二千年ぶりにぞろぞろと客人が来たから存在ごと消してやったのよ。『ミラ』がいる場所は普通の方法じゃ絶対に来れない所、荒れ狂う朱殷の海で構成している『名状しがたいディメンション』にいるのよ。キューブの中でもトップテンに入るまじやべぇーディメンションかしら」
会議で座標がどうちゃらこうちゃら言っていたがあれ、ここのディメンションの場所を伝えていたのか。
頑張ってモールス信号解読したのにあれも嘘だったとは。
会議の内容や今までの会話と言い、もうどれが嘘で本当かもうわけわかんねぇ。
俺にミラの情報を出さなかったのは、彼女の行動を読んだ上で本命の敵をおびき寄せて始末させる作戦だったと。
敵を騙すにはまずは味方からを実感してる。
「ツクル、手が止まっているのよ。早くかわいいミラの頭を撫でるのよ」
初対面の時は殺気立っていたが、こうやって撫でてやると幸せそうな声色で喜ぶ様子はどこにでもいる子供だな。
「そういえば、皆何処に行ったか知ってる? ちょっと一狩りしてくるとか言っていたけど」
「連中なら、『夜の九王』と勝負しているのよ。ミラの配下として各大陸に君臨する頂点捕食者とでも言っておこうかしら。この世界を破壊出来る程度のポテンシャルはあるのよ。ちなみにミラはその気になればディメンションの一つや二つデリート出来る凄い存在だからいっぱい褒めるのよ」
「おぉ~すごいすごい」
「むふぅー。もっとミラの頭を撫でるのよ」
わぁーかわいい。
「それと撫でながらでいいから、よく聞いておくのよツクル。邪魔者を始末するついでにちょっくら調べたのよ。その姿はアィデルカを使った呪とも加護ともいえる物かしら。記憶を対価にある程度の環境に適応出来るドット姿にするもの。タイムリミットもペナルティも何も無いただのドット姿だけど死にやすいのは変わらないから気をつけるのよ。連中がツクルに何を吹き込んだかは知らないけど、ほとんどはおびき寄せる為の餌なのよ」
「食べ物の恨みをかっていた件も嘘だったと」
「それは事実だから諦めるのよ。でもミラのわがままを一つ聞いてくれれば助けてやらんこともないのよ。五大厄災『消滅』を冠する者 ミラの名において汝の願いを聞き届ける。助けてと言うのよツクル。それで契約は結ばれるかしら」
「で、本音は?」
「しばらくツクルと離れていたからその分くっついていたいかしら」
そう言う彼女はツーンとしていたが少し頬が赤らめていた。
「可愛さで俺を殺す気か。事が済んだら気がするまで付き合ってやるよ。その時にはこの世界を案内してくれない? ここってやべーディメンションの中にある秘境みたいなもんなんだろ? 好奇心がそそられるじゃないか」
「当然なのよ。ここはミラが作り出した領域。九つの大陸と七十四の島に荒れ狂う大海原、天空と地底には希望と絶望が共存する遺跡が点在する素晴らしい世界かしら。最高のガイドとして気が向くまでツクルに案内してやるから楽しみにしておくのよ」
「そりゃ楽しみだ。そろそろ俺は部屋に御暇させてもらいますわ」
彼女の頭をポンポンと叩き立ち上がりる。
「ツクル、ミラはこの世界の要だから同行することは出来ないけど、馬鹿みたいに無茶するんじゃないのよ。ミオソティスの連中もミラもいつも無茶してるツクルを見てヒヤヒヤしてた事を肝に銘じとくかしら。度が過ぎると監禁されちゃうのよ」
「妙にリアルなのやめて。やりかねない人物に心当たりしかないんだから」
やるかやらないかでいったら、ソラ、ミラ、アトリアは間違いなくやる気がする。
なんならその辺りに関しては狂気すら感じる。
「それともうすぐ朝食だからミラも一緒についていくのよ。食堂に扉渡り出来るようにをつなげるかしら」
「そうじゃそうじゃ飯だめし。食えるか分からんが。手でも繋ぐか?」
手を差し出すとミラは小さな手で握り返し、
「差し伸べたのだから離したらただしゃおかないのよ」
「へいへいー、んじゃ行こか」
素直じゃないなっと思いながらも、俺は微笑みながら歩き出した。