9話 再び
エルギンからハーヴェストまではそう距離はない。
子どものわたしが走って一日足らずでついてしまう距離だ。
エルギンは砂漠のオアシスに立地する交易都市だ。
ハーヴェストはこの国でも割と大きな方の都市であるから、いろいろと制約も多い。
なので少なからずハーヴェストでは自由に動けない輩がでてくる。
そんな人たちが集まって形成されたのがエルギンだ。
ハーヴェストよりも気楽に立ち寄れるということで砂漠の交易地点として発展している。
そうヤンさんか親切に教えてくれたのを覚えている。
エルギンではたくさんの人にお世話になった。
こんなに良い人たちが大きい都市では自由に暮らせないのがわたしには納得できなかったが、そう言うとヤンさんは笑っていた。
昨夜はそのまま宿で夜を明かした。
アリサさんは最初こそ遠慮していたが、エルギンに来たばかりで宿もとっていないというので少し強引に引き止め泊ってもらった。
翌朝、ハーヴェストに向かう前にわたしはヤンさんをはじめとした人たちにお礼を言ってまわっていた。
アリサさんは準備があると言ってわたしとは別行動をしていた。
時刻は昼前だろうか。門の前でアリサさんと待ち合わせをし、わたしたちはハーヴェストへと出発した。
一週間前にエルギンに来たときは精神的に参っていたのと明け方でまだ涼しい時間帯だったのもあり移動しているときは余り疲労を感じなかった。
それでもエルギンについたときには気を失ってしまったのだが。
照り付ける太陽と歩きにくい砂に足をとられ体力を奪われる。
アリサさんは常にわたしの三歩前を歩き、時々後ろを振り返りながらペースを合わせてくれる。
見たところアリサさんは17歳ぐらいだろうか。
まだ子どものわたしとは体力も体格も違うためアリサさん一人だったらもう少し早く進めるだろう。
わたしをせかすこともしないし気遣いまでしてくれるアリサさんは本当に優しい人だ。
途中に休憩を何度かはさみながら砂漠を突き進む。
暑さのピークが過ぎ去りだんだんと気温が下がっていく。
日が沈み終わったころ、遠くに灯りが見えた。
「アオちゃん、見えたわ。ハーヴェストよ」
その光景に思わず足がとまる。
工業都市でもあるハーヴェストは夜になっても明かりが絶えない。
さながら暗闇に浮かぶ宝石箱のようであった。
わたしが歩くのを再開しようとしたとき、アリサさんはその場で膝をつき砂を掘り始めた。
「アリサさん、何をしているの?」
「ちょっとだけ待っててね」
アリサさんはそう言ってひたすらに砂を掘り続けた。
わたしには何をしているかの検討もつかなかったので座って休憩することにした。
少しでも身体を休めないといざという時に動けなくなってしまう。
アリサさんのことだしきっと何か理由があるのだろう。
十分ほど待ったところでアリサさんに声を掛けられる。
「アオちゃん、こっちに来てみて」
アリサさんはあっちこっちを掘っていたようで辺りが穴ぼこだった。
呼ばれた方に向かうと、そこには金属の扉のようなものが地中に埋まっていた。
「アリサさん、これは?」
「これはね、ジスさんが囚われている古城の地下に繋がっている秘密通路よ」
ひ、秘密通路……。
そんなものがあったなんて考えもしなかった。
だけどこれでジスを助けるのが一気に楽になる。
でもなんでアリサさんはこんなことを知っているんだろう。
扉を開け、地下に入る。
通路の中は真っ暗であった。
予め持ってきておいた懐中電灯で前方を照らしながら進む。
地下通路は思ったよりも快適で、じめじめすることもなく気温も快適であった。
二人の足跡だけが虚しく響く。
丁度いい機会だと思いわたしは昨日からの疑問をアリサさんにぶつけた。
「先にアリサさんのお仲間さんがジスを助けに言っているんですよね。入れ違いとかにはなりませんか?」
「…大丈夫よ。仲間には先に連絡してサポートにまわってもらっているから。だから私たちが会うことは多分ないわね」
「ふーん……。じゃあ、どうしてこんな秘密通路を知っていたの?」
「聖星辰教を調べているときにたまたま見つけてね。役に立てて嬉しいわ」
アリサさんは乾いた笑みを浮かべた。
そこからは他愛のない会話をしながら歩を進めた。
同性で年も近いこともありとても喋りやすかった。
しばらく歩くと、行き止まりに行き当たった。
「アリサさんこれじゃ進めないよ」
「秘密通路というぐらいだもの、出入口は隠されているに決まってるわ」
なるほど、確かにそ通りだ。
砂漠の方の扉も隠されていたしな。
「ただし、向こう側の状況がわからない以上ばったり敵にでくわせる可能性もあるわ。警戒だけはしておいてね。対処は私がするわ」
アリサさんは本当に頼もしく、本当に付いてきてくれてよかったと思う。
「じゃあ、いくわよ」
アリサさんは正面横のタイル状になっている壁の一部を押した。
すると行き止まりだったはずの壁がゆっくりとスライドしていき、目の前に部屋が現れたのだ。
幸運なことに部屋の中には人影は見られなかった。
とりあえずホッと胸をなでおろす。
「アオちゃん、この部屋からジスさんのいるところまでは少し離れているわ。敵に見つかる可能性がある以上、ここからはお喋りはなし。私が先頭で合図をしながら進むから付いてきて。いい、わかった?」
力強くわたしは頷く。
「よし、いい子ね。じゃあ行くわよ」
周りを確認しながらゆっくりと部屋の扉を開け、誰もいないことを確認しながらこっそりと部屋を出た。
部屋の外は等間隔に灯りが取り付けられていた、暗くはあったが足元が見える程度には明るかった。
古い建物なのだろうが、今も人に使われているようだった。
ジスにもうすぐ会える喜びと、敵に見つかるかもしれないという恐怖が相まって口から心臓がでそうだ。
静寂が支配するなか自分の鼓動の音だけが響き渡る。
途中何度か黒いローブをきた人とすれ違った。
アリサさんの指示に従って身を隠したり一気に駆け抜けたりして無事にやり過ごした。
それからまたしばらく進みこそこそと行動するにも慣れたころ、アリサさんが急に歩みを止め振り返った。
わたしの顔をみてなにか逡巡しているようだった。
アリサさんは口を開く。
「この道をもう少し行くと大部屋に出るわ。さらにそこから右の通路に進むとジスさんが囚われているはずの地下牢がある。でもね、今のジスさんの姿を見たらアオちゃんはきっと凄いショックを受けると思の。引き返すなら今しかないわ。覚悟はいい?」
アリサさんはジスが酷い怪我をしていると言っていたし、多少の覚悟はできているつもりだった。
元よりわたしにここで引き返すなんて選択肢はない。
肯定の意味を込め頭を縦に振った。
アリサさんは少しだけ微笑むと再び前を向き進み始め、一分と経たずに大部屋にでた。
ここには……誰もいないようだ。
少し緊張が和らぐ。
アリサさんに合図され右の通路に向かおうとした、その時だった。
突然おぞましい悪寒と鳥肌がわたしを包み込んだ。
「おいおいおいおいおいおい~、こ~んなところでこそこそと何をやってるんだ~?」
この大部屋には三つの通路がある。
一つ目ははわたしたちが今来た道、二つ目はジスがいる方の道、そして三つ目、その通路からけだるそうに近づいてくる人物には心当たりがあった。
ジスがわたしを逃がすために足止めをしていた、そしてジスが捕まった元凶でもある男。
「ハダルっ…」
「この先には俺っちが捕まえた野郎しかいないが~、一体そいつになんのようがあんだ~?」
すると咄嗟にアリサさんはわたしの腕を掴む。
その手からは優しさなど微塵も感じられなかった。
「ア、アリサさん……?」
「ん~?よく見たらお前かよ~。ここ最近お前がいなかったせいでリゲルのおっさんったらす~ぐキレちゃってさ~。やっぱり職場に花があるとないとじゃ全然違うな~。野郎だらけでむさくるしいのなんのって~」
こいつの言っている意味がわからない。
その言い方はまるで……。
「そんなこと私の知ったことではない」
アリサさんの口調は今まで聞いたことのない冷たいものだった。
「んで~、こいつは一体どういう状況なんだ~?なんでおチビちゃんがここに~?」
「私は単独星辰様のお身体を探しに行き、そして秘密通路から今戻ってきた。ただそれだけの話だ」
「にしちゃあ~くる場所が違くないか~、まさか迷子にでもなったとか~?――なあ、フォーマルハウト。ことと次第によっちゃあ俺はお前を処分しなくちゃならねえ」
軽いノリの口調から一変、ハダルの雰囲気が別人のようになる。
突如わたしはアリサさんに突き飛ばされた。
「アオちゃん、走って!鍵は牢屋の部屋の棚に入っているわ、急いで!」
「でも、アリサさんが……」
「私のことはいいから!早くっ!」
……ごめんなさいアリサさん。
わたしは力を振り絞って立ち上がり通路へと走った。
「簡単に行かせると思うか?」
ハダルが私めがけて突進してくるが、その間にアリサさんが割って入った。
「簡単に行かせるわよ?私がいるからねっ!」
「いつからそんな女らしい喋り方になったんだ?」
「そう?わたしはもとからこんな感じよ。あなたに男としての魅力がないからじゃない?」
「はっ、ほざけろよ!」
わたしは無我夢中で走る。
アリサさんやヤンさんたちには本当に感謝しなければならない。
お陰でまたジスに会うことができるから。
待っててねジス、今助けるからね。