7話 待ち人
―――あれから一週間が経った。
わたしは今、エルギンという町の宿にいた。
ジスから幾分かのお金はもらっていたので、なんとか食いつなげている。
あの日命からがら逃げ出したわたしは、なんとかエルギンに辿り着けていた。
道中何度もくじけそうになったが、その度にジスのことを思い浮かべたら不思議と元気が湧いてきた。
方角が時々わからなくなるも、太陽の位置だけを頼りにひたすらに走り続けた。
ジスは―――まだ帰ってこない。
門番の人にはそれっぽい人が来たらこの宿に来るよう伝えてあるし、わたし自信も昼間はハーヴェスト方面の門の前で待機している。
わたしは一人宿のベットの上で扉のほうを眺めていた。
以前のわたしなら、おそらく宿に泊まるという発想はなかっただろう。
ジスには普通の人としての一般常識もある程度教わっていた。
今の時代、ホームレスの人は割と珍しいらしい。
今そんなことで目立ってわたしが捕まってしまったら、ジスの行動を無駄にしてしまう。
それにいざジスが戻ってきたとしても、休める場所がなかったら困る。
ぐぅ
……おなか、減ったな。
今日は朝から何も食べていない。
おなかは空いているけれど、食べ物があまり喉を通らない。
でもなにか食べないといざって時に力が出ないって、ジスが言っていた。
わたしは渋々ベットを降りもこもこの上着を着てから、誰も来る気配のない扉を開け夜の街に繰り出した。
エルギンは、ハーヴェストと比べるととても小さな町だ。
だがその分エルギンに住む人々は結束力が強く、加えてみんな優しい人たちばかりであった。
わたしがこの町に着いたときに心配してくれた門番のおじさんや、泊まるところがないと言ったら格安で泊めてくれた宿屋のおばさん、おなかが減って動けなくなっていた時に賄いを作ってくれた食事処の仲良し夫婦。
わたしは本当に恵まれている、改めてそう思った。
外は思いのほか寒くなかった。
わたしは宿屋から出てすぐ近くのお店に向かう。
『食事処アン』とでかでかと書かれた看板のお店に入った。
中の熱気が身を包み、お肉のいい匂いが漂ってくる。
「らっしゃい!お、アオちゃんじゃん。あり合わせのでよかったらすぐ出せるけど、どうする?」
「こんばんはヤンさん。はい、大丈夫です。ありがとうございます」
ヤンさんは店主アージャスさんの奥さんで、二人でこのお店を切り盛りしている。
二人には本当にお世話になっている。
わたしはカウンターの隅に座り、フードで顔を隠すようにして周りをうかがう。
お酒を飲み騒いでいる大人たちが大半でとても落ち着いて食事ができるところではないのだが、わたしはこの雰囲気が嫌いではなくむしろ心地よいとまで感じていた。
人の生気を、ここでは感じる。
ずっと一人でいたら気がめいってしまう。
「なーに考えてんのアオちゃん。また例の男のことかい?こんなかわいい子をほったらかして、一体どこで何してるんだろうね」
わたしが物思いにふけっている横からヤンさんが話しかけてきた。
手にはまかないの皿が乗っている。
「そんなところです、ヤンさん。まかないありがとうございます。これお代です」
「お代は別にいいって言ってるのにさ、まったく律儀な子だね。そんな男ほっといて、うちで働けばいいじゃないか。アオちゃんかわいいからすぐにでもうちの看板娘になること間違いなしさ。食いものにもお金にもありつけて、いいと思うんだけどね」
ヤンさんに親切心から言ってくれている。
こんな素性の知れない相手にも優しく接してくれて、本当に頭が上がらない。
「ヤンさんのお気持ちは嬉しいのですが、ジスとの約束なので。ごめんなさい」
「ま、気が向いたら言うんだよ。うちならいつでも大歓迎だからさ」
「はい、ありがとうございます」
ヤンさんはまかないをわたしの前に置くと、他のお客さんに呼ばれてわたしの元を離れていった。
そうか、あれから一週間も経ったのか。
まかないを口に運びながらわたしは考える。
普段はあまり考えないようにしている。
だって、一週間もジスは帰ってこないのだ。
今だって酷い大怪我で苦しんでいるかもしれないし、もしかしたら敵に捕まってしまっているかもしれない。
最悪の場合―――
パンっ
わたしは自分で自分の両頬を叩いた。
いけない、わたしがこんなんじゃ。
約束したんだジスと、必ず戻るって。
だからわたしは信じてジスが戻るのを待つだけだ。
「ジス……」
ガタッ
その時、わたしとは反対側の隅に座っていた白いローブに身を包んだ人物が近づいてきた。
わたしめがけて進んでくるその人影に少し恐怖を覚える。
横目でその姿を確認したわたしは顔を確認する。
髪は黒髪ショートヘア、顔は中世的で性別を判断しかねる。
まだあどけなさの残る顔立ちに対して大人な雰囲気を漂わせているのにちぐはぐさを感じる。
その人物はわたしの横の席に腰かけた。
「ねえあなた、ジスという男に心当たりはある?」
わたしは耳を疑った。
透き通るような美し声からしておそらく女性であると思うが、わたしはそんなことよりも彼女の口にした名前に驚きを隠せない。
「あなたはジスを知っているの!?教えて、ジスは今どうしているの!?」
「よかった、やはりあなただったのね。とりあえず落ち着いて、みんな見ているわ」
わたしは興奮のあまり席を立ちあがり彼女に立ち寄っていた。
周りはわたしの突然の大声で静まり返っていた。
わたしは少し咳払いしてから席に座る。
辺りは徐々に活気を取り戻していった。
「ご、ごめんなさい。……あなたは誰?ジスの知り合い?ジスは無事なの?」
改めてわたしは質問する。
彼女の目をじっと見つめた。
「知り合いかと言われたらそうではないわ。一方的に彼を知っているだけ。結論からいうと、彼は無事よ。ただ今は事情があって身動きが取れない状況なの」
わたしにはその言葉が真実か見極める手段はない。
だけど、嘘だったとしてもその言葉は今わたしが一番に求める言葉だった。
ほっとした途端、今までたまっていたもやもやが一気に涙となって放出した。
「……よかった~、よかったよ~ジス~~」
泣きじゃくるわたしの対応に困っているようで彼女は目に見えてうろたえていた。
「お、落ち着いて。とりあえず、他の静かな場所に移動しない?ここは、少し落ち着けないわ。」
わたしの様子に再び周りの視線が向き始めた。
「…ぐすん。わかった。わたしが泊っている宿があるの、そこまで行こう」
「ええ、そこでいいわ」
わたしとその女性はそろってカウンターから離れ出入口に向かった。
「アオちゃん大丈夫かい!?おいあんた、アオちゃんになにかしたのか?」
ヤンさんも一通りの騒動を見ていたらしく、心配して声をかけてくれたらしい。
「大丈夫だよヤンさん、わたしは何もされてないよ。心配してくれてありがとう」
「そうかい、アオちゃんが言うなら仕方ないね。あんた、アオちゃんはもううちの子みたいなもんだからね、何かあったら承知しないよ!」
ヤンさんの言葉に彼女は軽く会釈をし、わたしたちは宿へと向かった。