3話 贈り物
――場所はハーヴェスト中央に佇む古城の一室、外はまだ昼下がりだというのに薄暗い部屋の中で円卓を囲む3人の人影。
みな一応に黒いローブを羽織っており、胸元には星をモチーフとしたようなブローチが暗闇の中で不気味に輝いている。
いかにもな怪しい集団はなにやら深刻な雰囲気を漂わせていた。
その人影のひとつ、大柄な男らしい人物が声を荒立てる。
「何時になったら星辰様のお身体が見つかるというのだ!!ようやく小汚い貴族の魔の手から解放したというのに、下のものは何をやってい る!!!」
飄々とした男がそれに反応する。
「そう騒ぎ立てるなよリゲルのおっさん〜。まだハーヴェスト内にいることは確かなんだ〜、そう急ぐものでもねぇだろ〜?」
「元はと言えば貴様の責任だろうが!!こんな回りくどいやり方でなくとも、あんな地方の没落貴族さっさと殺してしまえば良かったのだ!!そうすればこんなことにはならなかった!!!」
「へいへい、俺が悪ぅござんした~、輸送してたヤツらの首はもう飛んでいるんで勘弁してくれよ~。んで、これからどうするんだ~?そんな目立つようなこと出来ないよ俺たち〜」
飄々とした男は両手を少し上に上げ舌の先を出し降参のポーズをとる。
リゲルという男の矛先になった彼だが、そんなものはもう慣れっこであった。
普段から軽い口調で喋る彼にとって他人の怒りなどは日常茶飯事なのである。
そして話題を変えようとすると、それにもう一人の人影が初めて口を開いた。
「………この広い都市で見つけ出すのは困難。部下たち総出で捜索しつつ、門で張り込むしかない」
むさ苦しい男達の会話に入り込む若い女の声。
その透き通るようで甘い声はそこはかとなく艶めかしさを感じさせる。
「お〜、フォーマルハウトの声を久々に聞いたぜ〜。かわいい声してるくせに恥ずかしがり屋さんだからな〜」
女が男を睨みつける。
「おおこわこわ〜。まぁ確かにそれぐらいしか打つ手はないわな〜」
「それにしても、その爆弾を仕掛けたやつは一体何者なんだ!まだ足取りさえ掴めてないと言うじゃないか!!」
「それに関しては俺にもさっぱりだ〜。まぁ〜案外そういう時に限って灯台もと暗し………だったりな〜」
「まぁよい!星辰様のお身体さえ見つかれば良いのだ!!よしっ!我々も動くぞ!!」
「うへぇ〜、俺まだこの街に着いたばっかりなんですけど〜」
「何か言ったか!?」
「やっべ〜、じゃ〜俺はこれにて、バイビ〜」
飄々とした男は窓から身を乗り出したと思うと颯爽と飛び降りっていった。
「やれやれ……、あいつは実力は確かなんだが星辰様への忠誠心に欠ける。フォーマルハウト、お前ももう行け。わしは他にやる事がある」
女は小さく頷き、影に消えるようにその部屋をあとにした。
「さて、星辰様を見つけ出した後の準備も終わらせなければな……。我らが崇高なる使命のために」
なにやらブツブツと呟きながら、その男も部屋をあとにした。
――――――――――――――――――
彼はわたしが泣き止むまで側を離れようとはしなかった。
ただ隣に居てくれる存在がいる、それは今のわたしにとってどれだけ大切なことか。
玄関で肩を並べて座っているわたしは、そんな居心地の良さに浸かっていた。
しかし、猶予もそうはない。
きっと追っ手も血眼になってわたしを探しているハズだ。
先程まで徐々に高度を上げていた太陽はすでに頭上近くにまで昇ってきている。
「もう……大丈夫です………、少し落ちつきましたから……」
クゥ
わたしが喋り出した、と同時に小さな小さなお腹の虫が鳴いた。
しかし狭い部屋に響くには十分過ぎる大きさだった。
しばらくの間沈黙が響く。
「………とりあえず、飯にすっか」
「………はい」
正直外に出るのは怖かったが、この人といる安心感が恐怖心を上回る。
部屋を出て階段を降り建物をぐるりと裏手に回ったその向かいに、一見やっているのか分からないお店があった。
「おいじじい、やってるか?」
お店の中には厨房の椅子に腰掛けた老年の男性がいるだけである。
「ふんっ、こんだけ客が来なけりゃやってるかやってないかわからなくなるな」
お店はどうやらこのおじいさんが1人で経営しているらしい。
顔の毛は全てが真っ白で、蓄えた髭が仙人のようであった。
だがそこまで老いはかんじさせないパワフルさを感じる。
「まぁそんなこと言うなって。適当に何か作ってくれ、今日は2人分な」
そう言って彼はわたしを指さす。
わたしはなんだか恥ずかしくなり彼の影に隠れた。
「珍しいこともあったもんだ。お前さんが誰かと飯なんて、………そっちの趣味か?」
「ふざけんなじじい、俺はいたってノーマルだ」
この辺りは何を言ってるかよくわからなかった。
「まぁなんでもよい。客を連れてくるのはいいことじゃ、これからも頼むぞ」
「だったらちょっとぐらいまけてくれよじじい」
「うるさい!とっとと席につかんか!」
憎まれ口を叩いてはいるが2人はとても仲がいいんだと思う。
なんだか羨ましいと感じてしまった。
それから5分も待たない内に丼をもったおじいさんがやってきた。
………これはなんだろうか、わたしには見たことも聞いたことも無い料理だった。
「…これは。何という料理なんですか?」
「嬢ちゃんこれはな、親子丼っつう料理なのよ。まぁとりあえず食ってみな、味は保証するぞ」
彼に目をやるととりあえず食ってみなという目をしていた。
わたしは恐る恐る湯気の立ちぼる親子丼を口に運ぶ。
パクッ
「!?!」
わたしは無我夢中で親子丼を胃へとかきこんだ。
空腹のせいもあったが、なによりこんな美味しいものを食べたことがなかった。
この世にはこんなに美味しいものがあったのか!!
あっという間に親子丼を平らげてしまった。
「はっはっはっ、いい食いっぷりじゃな。おかわりは大丈夫か?」
わたしは迷わずおかわりを選択した。
外に出るにあたって、ついでにいくつか買い物をすることになった。
わたしの一張羅は元よりボロボロだったし、あの爆発でいよいよダメになってしまった。
今は彼のTシャツを1枚借りて来てはいるが服に着られている方が正しいくらい、デカい。
ご飯を食べ終え満腹になったところで、とりあえず服だなと彼は言った。
わたしたちはおじいさんにお礼を言ってお店をあとにした。
お金のことはもちろん彼に言った。
さっきの食事代ももちろん服代だって結構するだろう。
わたしたちは服屋へ向かう道すがら話し合った。
しかし彼は大丈夫だの一点張りで聞く耳を持たなかった。
なんとかしてお金を稼がいて、彼に無理やりにでも押し付けねば。
なんだかんだでようやく服屋についた。
煌びやかな外観にオシャレな服を着た女の店員さんがいっぱいるようないかにも高そうなお店………の向かい側にある普通な見た目の服屋さんだった。
わたしは正直ホッとした。
店に入るなり彼は大きな声を出す。
「おい!誰かいないか!」
はいはいと返事をしつつ店の奥から恰幅のいい中年の女性がでてきた。
「こいつに数着服を見繕ってくれ。それと、できたらでいいんだがこの子を風呂に入れてやってくれないか?金は払う。」
それから彼はその女性の耳元で何かを囁いた。
何を話しているんだろう?とは思ったがそこまでは気にしなかった。
話が終わったのか、その女性はわたしの方に近寄ってくる。
わたしは恥ずかしくなって思わず物陰に隠れた。
「あらあらあら、なんて可愛い子だろう!こりゃ久々に腕がなるねぇ!ささ、先にお風呂に入ろうかねぇ」
そう言ってわたしの腕をがっちりと掴むと半ば強引に店の奥へと連れていく。
わたしは店の奥へと消えた。
あれから何時間ぐらい経っただろうか。
お風呂は、うん、ホントに気持ちよかった。
体が溶けてしまうんじゃないかってくらい気持ちよかった。
でも、そこからが長かった。
どこから持ってくるのか、その大量の衣類達は。
わたしは着せ替え人形みたく、いや、まさにそうなっていた。
服なんて何でもいいです……、なんて言った矢先おばさんのマシンガントークが始まる。
「私が若い頃はそりゃもうオシャレをして一度街中に出かけりゃ男どもの目線を集めていたもんだよ!」
基本昔話の類だった。
話に反応すると追い打ちをかけてくるように次から次へと話し出すから無闇矢鱈に喋れたもんじゃない。
すると、話疲れたのかおばさんは椅子に腰をかける。
わたしは恐る恐る尋ねた。
「あ、あのぅ、もう、おわりで………いいですか?」
「いいや、ちょっと腰が疲れただけだよ。少し休んだらまた始めるからね!」
あまり喋り慣れていないわたしには正直キツかった。
しかしここで早く終わらせたいが為に服なんて何でもいいと言ってみたらどうだろうか、またマシンガントークが始まるだろうか。
そんなことは怖くて出来そうもないけど。
わたしは感情を押し殺し着せ替え人形に徹する。
あぁ、すいません、わたしはまだ戻れそうにありません………。
その店を出たのはもう日が沈みかけていた頃だった。
両手いっぱいに袋を抱えて外に出る。
おばさんは買った衣類に加え、靴からカバンまで色んなものをくれた。
感謝しても仕切れない、さっきまでは怖がっててゴメンなさい。
恩を返す人が増えたな。
外が冷えだしたこともあり人もまばらだった。
彼の家に帰る道中、用水路に架かる小さな橋の上をトコトコと歩く。
夕焼けに染まる彼の背中を追いながら。
わたしはふと大切なことを思い出した。
「あの、そういえばわたし、あなたのお名前を知りませんでした。宜しければ教えては頂けないでしょうか」
彼は歩みを止め振り返り、しゃがみこむ様な姿勢でわたしと目線を合わした。
「………俺に対しては敬語なんか使わなくていい、それに遠慮もなしだ。思ったことや言いたいことはどんどん言え。俺もお前に遠慮はしない。それが対等ってもんだ」
わたしはコクコクと大きく首を縦に振った。
彼の無骨な口調は程よく耳に馴染み、その声は優しく鼓膜を揺らす。
彼はわたしの頭を優しくなで、ニッと笑った。
「そういや自己紹介もまだだったな。俺の名前はジス、呼び捨てでいい。お前の名前は?」
ジス……、素敵な名前。
だがわたしはその時自分の起こした過ちに気付く。
相手に名前を尋ねるということは、自分も名前を名乗らなければいけないということに。
つまりわたしは答えることが出来ない………。
「………ごめんなさい、わたし………名前が…ないんです…」
「……そうか。…じゃあ俺が勝手に考えてもいいか?」
「…いいんですか?………いや、いいの?」
ジスはまたニッと笑って任せとけと言った。
少しの間を置いてジスは口を開く。
「…………アオなんてどうだ?」
「アオ…………ですか?」
「お前の瞳の色からとった。今じゃ滅多に見ない美しい蒼色をしているからな、……不満か?」
わたしは首をブンブンと横に降った。
「ううん、素敵な名前……。ありがとう、一生大切にする!!」
わたしは忘れないように何度も何度も繰り返し自分の名前を呟いた。
あぁ……、やっぱり外に出てよかった。
世界はドキドキワクワクするような初めての体験をたくさんさせてくれる。
あの時のわたしの決断は間違いじゃなかったんだって、勇気もくれる。
世界はこんなにも輝きが満ちている!
わたしたちは、今までのこととこれからのことを話し合うために帰路についた。
わたしたちはまだ、お互いのことを何も知らない。