異世界勇者は奴隷解放を唱えた
異世界勇者は王国に召喚された。
現代日本からよくわからない特殊な技術で法則の違う世界に呼び出された。
王様は王国に迫る未曾有の危機について語った。
よくわからない化物たちが領土内で暴れまわり、王国の民を殺して回っているという。
王様は異世界勇者に懇願した。
その化け物たちを生み出している物を討滅してほしいと。
異世界勇者は快諾した。
王はこれを喜び、異世界勇者を英雄と讃えながら送り出した。
異世界勇者は王国を巡った。
人を殺して回るよくわからないものを殺しても回った。
異世界勇者は人々の助けとなることを喜んだ。
人々は害獣を駆除してくれる異世界勇者を歓迎した。
異世界勇者は王国に奴隷制があることを知った。
自分が助けた人間が、取り戻した安寧の生活の中で飢えと労働の過酷さに死んでいくのだ。
異世界勇者は激怒した。
現代日本に生きる彼には、奴隷制は許容し得ない悪だった。
異世界勇者は王城に取って返し、王との謁見を希望した。
快く答えた王は、しかし異世界勇者の憤怒の面持ちに困惑するのだった。
異世界勇者は王に奴隷制の廃止を要求した。
王はその必要性が理解できなかった。
異世界勇者はあらゆる人間の生命が平等に扱われる事の正しさを説いた。
基本的人権の概念がまだ出来上がっていないこの世界ではその言葉はなかなか理解されなかった。
異世界勇者は奴隷制の廃止がなければ王国に協力しないと言い出した。
王は納得いかない様子であったが異世界勇者の要請を受け入れた。
王国内での奴隷売買が禁止された。
王国内で人を奴隷に落とすことが禁止された。
王国内で奴隷の所有が禁止された。
王国内で所有している奴隷の開放が奴隷主に要請された。
奴隷商は火あぶりになった。
異を唱える商人は処刑された。
異を唱える地主も処刑された。
あらゆる場所で開放された奴隷たちが祝賀の宴を開いた。
王国中がお祭り騒ぎになって、喜びの声で溢れかえった。
異世界勇者はその成果に満足して、再び化物を狩る旅に出た。
異世界勇者は人を殺して回る化物を殺してまわる。
彼に感謝を捧げる人々が、次第に痩せていくのが気にかかった。
異世界勇者は怪訝に思った。
荒れた畑と毛を刈られていない羊を見る機会が増えた。
収穫されない綿花の大農園。
機織りの音の止まった工場。
異世界勇者はただ困惑した。
王国ではいくつかの変化が起こっていた。
大農園は耕作と収穫が成り立たなくなって崩壊した。
大規模な布の生産は安価な労働力を失って崩壊した。
食料生産量は下がり、王国が生産した布は激しく値上がりした。
これまで食料輸出国だった王国は、完全な食料輸入国に変貌した。
これまで布の輸出国だった王国は、外国からの安価な布で市場を制圧された。
奴隷制に基づいた経済構造であった王国は、急激に進んだ奴隷解放によって経済が破綻していた。それでも時間さえあれば、奴隷制を廃した構造で、経済を成り立たせることができるはずだった。ただ、許されている時間はあまりに短かった。
王国は、それが抱える人口を十分に食べさせていく能力を失った。
民は飢え、飢えが人の心を荒ませ、心の荒みが治安の悪化を招いた。
あの輝かしい王国は、今や見る影もない悪所と化していた。
盗賊が至る所で盗み、犯し、殺戮を始めた。
飢えた民は糧食を求め、周辺諸国へ流れ出した。
移民と盗賊の発生源と貸した王国に、諸外国は苛立ちをつのらせた。
そして王国は、軍を失った。
王国の軍は傭兵を主力としていた。
忠義の騎士たちは既に軍団の長ではなく領地の経営者だった。
傭兵以外の兵力であった農民の徴兵は、奴隷制であるか否か議論が分かれた。
多くの貴族は奴隷制に該当する懸念がある以上、徴兵を行うことを避けた。
故に、王国の主力は傭兵だった。
そして傭兵に払うための金がなくなった。
経済の破綻は、王国をただ維持するだけで国庫を空にした。
賃金を払わない王国を、傭兵たちは直ちに見限った。
そして雇い主を失った傭兵たちは、そのまま盗賊に変わって王国中を略奪した。
異世界勇者この変化に、ただ戸惑うだけだった。
彼は化物を殺せても、人民を食わせ、働かせ、導く能力など持ち合わせていなかった。
王国が直面した危機に、異世界勇者はただの無能だった。
そして周辺諸国は、王国の制圧を決定した。
盗賊と飢えた移民を送り出すだけでそれを制御する能力のない隣国など、存続させる道理はなかった。
異世界勇者は周辺諸国の侵攻を食い止めようと奮闘した。
しかし、王国の東西南北全てから、随時侵攻してくる幾万の兵を一人で相手取る能力など彼にはなかった。
王国は順当に制圧された。
周辺諸国にその領土は割譲された。
王家は人民を苦しめた愚かな為政者として公開処刑された。
異世界勇者は奴隷になった。
全ての元凶であったものの、化物の侵攻は止んでおらず、異世界勇者はそれらの殲滅に関しては、最も有力な戦力だった。
諸外国はこれを直ちに殺すことも、地下深い牢獄に監禁することも良しとはしなかった。
異世界勇者は化物を狩り続けるだけのために生かされ、それ以外の全ての自由を奪われた。
それが彼に課された罪の代償だった。
異世界勇者は奴隷兵となった。
今日も化物を殺している。
読んでいただきありがとうございます。
奴隷解放を行う場合、それを基盤とする経済構造を奴隷を必要としない物に移行させ、奴隷なしでもなりたつ経済を作ってから取り掛からないと国が滅びるな、という発想を基盤として描かせて頂きました。
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