Day1-2 精霊とやらを呼び出してみた。
色々あって1年ほど前に構成だけ練って頓挫した作品を再開しております。
暇つぶし程度にお付き合いいただければ幸いです。
「で、流れで部屋まで連れてきたのはいいけど…。どうすりゃいいんだこのあと」
異世界の物が珍しいのか、部屋に入った途端あちこち見て目を輝かせている少女、もといチルシア王女殿下を見ていると未だに夢なんじゃないかとすら思えてくる。
ようこそ異世界へだなんて自分で言っときながら、その言葉の持つ現実感のなさとこの状況の異常さに今更ながら困惑してしまっている俺である。
しかし、異世界から来た王女様にもちろん行くあてなどあるわけが無いし、かといって誰かに相談しようにも、こんな話をまともに聞いてくれるやつがいるとしたらそれはそれでそいつが心配になるレベルだ。
「ほんと、どうしたもんかねぇ…」
そんな俺の心労はつゆ知らず、王女様は俺の部屋に置いてある物を次々と指差しながら好奇心に満ちた瞳をぶつけてくる。
「ねぇタキセ!このでっかい箱みたいなのは何!?」
「ん?あー、それは冷蔵庫って言って、食べ物とかを冷やしておく…」
「精霊も魔法も無しに冷却できるの!?じゃあさ、こっちのは?」
「それはパソコン。いろんな情報を調べたり、記録したり」
「知の精霊もびっくりね!あ、こっちの薄いやつも同じ?」
「いやそれはテレビ…」
「あ!このちっちゃいのもしかして時報盤!?」
「聞いてねぇ…」
見ず知らずの異世界に飛ばされて来たってのに、自分の身の心配よりも初めて見る物への興味が勝るらしい。一国の姫君がこんなんでいいのだろうか。
言葉遣いも乱れてますよー、王女殿下。
そんなこんなでひとしきり「これ何?」攻撃を繰り返した王女様がやっと落ち着いたところで、そろそろ今後のことを話さなければと話題を転換する。
「それで、王女様はほんとにここに居座るつもりなのか?」
もうすぐ引っ越すとはいえ、この部屋は元々1人で使っていても狭苦しさを感じるレベルのワンルームだ。さすがにここで2人というのは無理がある。ましてや異世界から来た年下の美少女で王女様ときたら、安息の地とは程遠いものになってしまう。
「やっぱり迷惑ですよね…。ごめんなさい、タキセ!お世話になりました」
「ちょっと待て」
しゅんとして部屋を出ていこうとする王女様の腕をつい掴んでしまった。
彼女は何か思い出したように怯んだ後、一瞬だけその瞳を絶望に染めたのだ。俺に拒絶されたと思ったから、という理由だけではない何かを感じさせる瞳だった。それほどまでに、弱りきった顔を見せたのだ。
そんな顔されたら引き止めるしかないだろう。
いや元々こんな目立つ格好で外歩かせるわけにもいかないし、しばらくはどうにかして面倒見るつもりだったんだが…。
「わかった、とりあえずこの部屋はお前に貸してやる。部屋にあるものは自由に使っていいし、わからないことがあれば教える」
そう言った途端に、王女様の表情がぱっと明るくなった。
「いいんですか…?」
そう言って上目遣いに聞いてくる。
くそっ、さすがお姫様、いちいち可愛いな。
と、そうじゃない。別に俺だって神や仏じゃない、奨学金貰ってバイトで生計立ててる大学生だ。そう易々と人一人を養えるような余裕があるわけではない。
「あ、ありが…」
「だけど」
王女様の言葉を途中で遮って、俺は唇の端を少し歪ませた。
するとなにか黒いものを感じ取ったのか、王女様が身構えて少し後ずさる。
「交換条件。さっき魔法やら精霊やら言ってたよな?その知識と引き換えだ」
目の前にこんな未知の塊が転がっているのだ。
物書きに必要な経験と知識。元々の性分からくる好奇心と探究心。それを一気に満たしてくれようかという存在が目の前にいる。
これを逃す手はない。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、王女様は俺の言葉に対してキョトンとした表情で応えた。
「えっと…そんなことでいいんですか?タキセが怖い顔するからてっきり身体でも求められるのかと…」
おいそこ、頬を染めながら身体を抱くんじゃない。ガキがなに色気づいてんだか。
と言っても、俺も年齢的にはたいして変わったもんじゃないけど。
どうにも目の前の王女様の危なっかしさというか、自分に素直なところを見ていると、随分と幼い妹を相手にしているような感覚に陥ってしまう。
「そんなこと、って…。いいのか?」
「えっ、それは身体を求めてもいいのか?ってこと…?」
くっ、このガキッ!ちょっとドキッとしただろうが。
頬を染めながらそんなこと言うもんじゃありません!
「なわけあるか!魔法とかの知識を俺に教えてしまって構わないのかってことだよ」
王女様も最後はわざとやっていたのだろう、すぐに普通の顔に戻してあっけらかんと答える。
「冗談ですよ。こっちの世界じゃどうなのか知りませんけど、わたしがいた世界では魔法なんて誰でも知っていて、ほとんどの人が使えるものですから」
なるほど、一般庶民ですら魔法が使える世界、ね。
それもそうか。よくあるファンタジーなんかでも、魔法は誰でも使えるって設定なのも多いし、そうでなくとも生まれつき魔法の才能があるかないかで変わる程度で魔法自体は誰でも知っているパターンがほとんどだもんな。
「そっか、それなら話は早い。利害は一致したってことで、これからよろしく。王女で「名前。」…んか?」
急に割り込まれてびっくりした俺は、少し不機嫌な王女様の目を覗き返してしまう。
すると王女様はそのまま目をそらさずにふっと微笑んだ。
「名前で呼んでください」
「あ、ああ、わかったよ。よろしく、チルシア」
そうだ、そもそも俺は国も違うし、ましてや世界すら違うのだ。そんな俺に王女様扱いをされるのは窮屈かもしれないな。そう思い、ちゃんと名前を呼んでやると、チルシアは満足そうに頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。タキセ」
「不公平だぞー、チルシア」
「え、何がですか?」
年下の女の子にいつまでも名字で呼び捨てられるのも少し居心地が悪かった俺は、お返しとばかりにチルシアに要求する。
「名前。俺のことも名前で呼んでくれて構わない」
そこまで言って、それじゃ伝わらないことに気がついた。そういえば日本語って姓名逆だったわ。チルシアにもちゃんと説明してやる。
「俺の国では、前が家名で後が名前なんだよ」
「そうなんですね!それは失礼しました。では改めて、よろしくお願いします。レント」
そう言って、チルシアは今日見た中で一番の笑顔を咲かせた。
「ああ、よろしく」
俺の差し出した右手を、チルシアはしっかり握り返した。
なるほど、向こうの世界にも握手の概念はあるみたいだな。
握り合った手を見ながら、どちらからともなく笑みがこぼれる。
「なんだか不思議な感じです。さっき出会ったばかりの人の家に泊めてもらうなんて、お城に篭ってたら一生できない体験ですね」
「いや、城住まいじゃなくても普通ありえないことだからな? それより、こんなすんなり住むとこ決めちゃって大丈夫なのか…?あ、いや、遠慮しろよとかそういうのではなく!」
俺の言葉を聞きながらだんだん申し訳なさそうな顔になるチルシアに慌てながら、一国の王女が見ず知らずの男の家に転がり込んでいる状況の異常さについて改めて考える。
危なっかしすぎやしませんかね? まぁ城で育った箱入りの姫様だからこそ、こういう状況への危機感が薄いのかもしれないけど。
そして提案した張本人が言えることでもない、と各所からのツッコミは予め自分で代弁しておく。
「最初に言った通りレントが悪い人ではないことはちゃんと精霊に確認取ってますし、ここが異世界なら他に頼る人もいませんから」
まぁそうなんだけど…。
なんというか、肝の座ったお姫様だな。
「まぁ、チルシアが気にしないならそれでいいけどさ。その、精霊ってのはそんなことまでわかるのか?」
俺の言葉を聞き少し安堵した様子のチルシア。
肝が座っている、とつい今しがた思ったことろだが、よくよく考えればそれは俺に断られればそれでおしまい、着の身着のまま何も知らない異世界で路頭に迷うということだ。そんな状態で不安がないわけがなかっただろう。それでも明るく振る舞うのが彼女の強さ、という認識に改めておかねばなるまい。
そう思うと、コンビニで急に声をかけたときや、部屋を出ていこうとしたときの彼女の反応が脳裏に蘇った。
当のチルシアはそんなことを考えている俺の視線には気づかず、『精霊』という聞き慣れた単語に安心したのか、先ほどのコレナニ?口撃とまではいかないが少し饒舌になって話し始めた。
「みんながみんな、ってわけじゃないですよ。そういう力を持った精霊もいるんです。わたしが今自由に話せる精霊は固有精霊だけだから、それも固有精霊のチカラですね。あ、固有精霊っていうのは―――」
そこから彼女に説明された異世界の常識であるところの精霊の話。
それは齢19にして未だに中二病の一端を引きずっている俺にとって、まさに夢のような話だった。
男児死ぬまで中二病。こんな話が現実として目の前にあるというのは、俺でなくとも男ならそれはもう目を輝かせることだろう。
もっとも、こんな話をおいそれと信じる俺はきっと、それ前の問題だとされるのだろうけど。
ともあれそれは、この手狭な学生マンションの一室で語られるにはあまりに壮大すぎる話だった。彼女にすれば常識的な話をしているのだろうが、俺にしてみればよく設定の練られたファンタジーよりも説得力を持っていた。
◇s◇e◇g◇
「それじゃあ、私の後に続けて唱えてください。最後に自分の名前を付けるのを忘れないでくださいね」
「わかった」
傍から見た俺は、いつになく真剣な表情をしていることだろう。そりゃそうだ、今から俺は精霊魔法師としての第一歩である固有精霊との本契約をするらしいのだ。
らしい、と言ったのは単純に俺が状況ほとんど理解できてないからに他ならない。そもそもこちらの世界にも精霊がいて、俺にくっついている固有精霊までいるとか言われても全く実感がない。そもそも固有精霊って…背後霊みたいなもんか?
俺の了解を確認したチルシアが、固有精霊を呼び出す呪文を教えてくれる。
「「我が友、我が祖の盟友よ」」
チルシアのすぐ後に続けて、一文字ずつ丁寧に発音する。
「「古の盟約を以て、我に応ずる半身よ」」
進むにつれて淡く発光していく自分の身体に少しばかり違和感を覚えるが、先ほどチルシアの荒療治で魔力の流れを体感したばかりだということ、チルシアの監督付きということもあって恐怖はない。
「「我が名に依りて今此処に現界せよ」」
そして、すっとひとつ息を吸い込む。
この先を唱えれば、それに応じて固有精霊が姿を現すはずだ。
少しばかりの緊張と抑えきれない興奮を胸に、最後の文句を唱える。
「我が名は、滝瀬怜斗」
すると、淡かった光が眩いぐらいに膨れ上がり、すぐにその光が空中に凝縮されていく。
その数は2つ。
しばらくすると眩しかった光が収まったので、伏せていた目を正面に向ける。
そこには、拳大ぐらいのサイズの小さな精霊が2体いた。
「まさか2人いるなんて…」
チルシアが少し驚いた表情になる。
普通は1人につき1体とかそういう感じなのだろうか。
チルシアから呼び出した精霊たちに視線を戻すと、2人はゆっくりと目を開け、そして…
「じゃ、俺から行かせてもらうぜ」
「却下。私が先」
「んだと!チビ助のほうが出てくるの少し遅かっただろ!」
「否定。私の方が0.02秒早かった」
「いちいち細けぇんだよお前は!そもそも俺の方が格が上だろうが!」
「憤慨。先にこれを持ち出したのはあなた」
「チッ!こういうのは先輩が先ってのが筋だろうが!」
「肯定。しかしマスターにお仕えしたのは私が先」
「そうじゃねぇだろ!精霊としての先輩は俺だ!」
「嘲笑。大人気ない」
「んだと!」
「応戦」
…喧嘩をはじめた。
突然のことに呆気に取られていた俺の隣で、チルシアが慌てて声をかける。
「ちょっと、2人とも落ち着いてください!」
「なんだ?嬢ちゃん、口を挟むなよ」
「疑問。そもそもあなたは誰ですか」
「えっと私はその、レントの儀式の付き添いというか監督役というか…あぁ、っとテリエル!」
「呼びましたか」
チルシアの声に反応して、俺が呼び出した精霊たちの傍にもう1人精霊が現れた。
「ごめんねテリエル、まだこっちの魔素に慣れてないのに…」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも…」
チルシアから精霊たちに向き直ったテリエルと呼ばれていた精霊の目が、2人を咎めるように細められた。その視線の先の2人は少し怯んだように後ずさる。
「な、なんでアンタがここにいるんだ!」
「困惑。先輩は違う場所に飛んだはず」
「確かに私は別の世界に飛びましたが、先程チルシア様と共にこちらに渡ったのです。それよりも、自らの主となるお方の前でそのようにはしたなく口喧嘩など…礼節を弁えなさい」
テリエル口調が後半になるにつれて厳しくなる。
2人はというと、テリエルの言葉にだんだんシュンとしてしまった。精霊にも力関係とかってあるみたいだな…。
「そうだな…悪いな相棒、みっともねぇとこ見せちまった」
「謝罪。申し訳ありません」
「え、あー、いや、全然気にしてないよ、うん」
急に言葉を向けられて少しどもってしまった。
「さすが、相棒は心が広いぜ」
「感謝。誰かさんと違って大人の対応です」
とりあえず褒めてくれるのはいいんだが…またすぐにでも喧嘩が始まりそうな雰囲気で睨み合う2人を、なんとか落ち着かせねば。
「あー、ところで2人とも、さっきはなんで喧嘩になったんだ?」
「それはこいつが…」
「説明。こちらの大きな子供が…」
お互いを指さしながら説明を始めようとする2人の背後で鋭く眼光が光ったと思うと、小さい体のどこから発せられたのかと思うほどの威圧を含んだ静かな怒声がこの狭い部屋に響いた。
「いい加減にしなさい」
ゴツン!
と、2人の頭に小さなげんこつが落ちた。
「何度同じことを繰り返すつもりですか」
不意に襲った衝撃に、涙目になりながら空中で器用に蹲る2人の精霊。
親に拳骨食らった子供のようで少しかわいそうにも思えてきたが、成行き的に自業自得なので仕方がないだろう。
ともあれ、一触即発の空気はテリエルのおかげでなんとかなりました。
俺もあいつは怒らせないようにしよう…あとチルシアも。
◇s◇e◇g◇
「じゃんけんで決めたらいいんじゃないか?」
どうやら2人は俺との契約をする順番で揉めていたらしく、契約の順番の重要性など全く分かっていない俺としてはそんなことで…と思い、それならば、と古典的な解決方法を提案してみたのだが、
「「「…?」」」
「じゃんけん…ですか?」
なんと、みなさんご存知でない…。
俺にとってはこういう状況で真っ先に思いつく解決方法なのだが、チルシアのいた世界には存在しないのだろうか。そもそも王族である彼女は、じゃんけんで勝敗を決めないといけない場面に遭遇することなどないだけかもしれないが。
とりあえず俺はじゃんけんについて簡単に説明することにした。
「じゃんけんってのは、掛け声とともに手で3種類の形のうち1つを作り、形ごとに定められた優劣によって勝敗を決めるゲームのことだ。形は“グー”“チョキ”“パー”とあって、それぞれ“石”“鋏”“紙”を表す。グーはチョキに強くパーに弱い。チョキはパーに強いって感じだ。同じ手が出された場合、あいことしてもう一度行う。場合によって3回先取とかの追加ルールもあるな。簡単だろ?」
俺の説明を聞いていたチルシア達は、未知の遊びに興味津々といった感じで頷いている。特にチルシア。「わたしもやってみたいですっ」て具合に目を輝かせてるんだが…じゃんけんてそんな心躍るようなもんだっけ?
男気じゃんけんなどが流行り出してからは、財布を軽くする魔の儀式でしかないんだが。
ともかく、2人の精霊たちもちゃんと理解してくれたようなので、手の形などを詳しくおしえてやり、俺との契約順を賭けたじゃんけんが始まった。
なぜかテリエルだけは「私たちにとって特別であるはずの主の初契約の権利をこのような運任せで…」と嘆いていたのだが、あのまま放っておいても2人の喧嘩は平行線をたどる一方だったのは明白なので諦めてもらった。俺にとっちゃ心底どうでもいいし。
「じゃあいくぞー。最初はグー、じゃーんけーん」
「「ポン!」」
と、俺の掛け声に合わせて可愛らしい2つの小さな手が付き合わされる。
気の抜けた俺の声に対し、真剣そのものの2人の顔が妙にシュールだった。
「お、こりゃ俺の勝ちだな!」
「無念。負けた…」
一方が喜色満面にグーで固めた拳を突き上げ吠えて、もう一方はがっくりと自分の出したチョキの手を絶望の色を映した瞳で見つめている。
大げさな反応だなぁと思いながらも、こうして順番も決まったわけだし、さっきから早く契約とやらをしてみたい気持ちを抑えていた俺は、契約の儀を進めてもらおうとチルシアに声をかける。
「じゃあチルシア、さっそく「わたしも!」…え」
「レント!わたしもじゃんけんがしたいです!」
めんどくさい…。
「別にそんな面白いもんでもないだろ、ただの手遊びだぞ」
「1回だけでいいので!」
そんな勢い込んで頼まれるようなことじゃないと思うんだけどな…。
しかしまぁ、こうなった好奇心おばけ、もといチルシアは絶対に引かないだろうなと、数時間という短い付き合いの中でも十分に理解した彼女の性格を考え渋々了承した。
「1回だけな」
「はい!」
こうして俺はこの後、真剣な目をして「攻略法は…」とブツブツ言いながら本気でじゃんけんの考察をするチルシアの試技に何十回も付き合わされたのだった。
こめかみを抑えて唸るテリエル、「はよ、契約はよ」という目で見つめてくる2人が呆れかえっていたのも当然だろう。
俺も早く契約したいんですけど…。
煽り耐性MAXなので、どのような感想でもお待ちしております!