Day1-1 少女連れ込み事案とか言われるんだろう。
「異世界…、まさか逆にわたしが飛ばされたってこと…?そんなことって…」
そして自問自答するようにしばらくごにょごにょと何か言っていたが、一呼吸置いた少女は訝しげな眼を鋭くこちらに向けてくる。
さっきまでは少しビビってたのに…、あっちのがしおらしくて良かったんだけどなあ。
「あなたは一体何者ですか? どうして私が異世界から来たと…」
より一層問い詰めるような目になった彼女は腰の短剣に手を回している。いや、危ないから。てかそういうところだよ?俺の判断材料。
コンビニの前に一人突っ立っていた金髪美少女ってだけでも十分に怪しかったが、極めつけは服と短剣だった。コスプレという可能性も考えたが、こんな田舎のコンビニの前でコスプレ披露する美少女なんていてたまるか。
とまぁ、そういった観点から出た答えが『異世界転移者』というわけだ。『ただの変人』という選択肢もあったし、世間一般でみるとこんな結論に至った俺もただの変人扱いなのだろうが、いやはや中二病をこじらせた物書きの妄想力をなめてもらっては困る。
俺のような人種なら誰もが一度は考えたことがあるはずだ。異世界に召喚されないかなぁ。とか。空から美少女降ってこないかなぁ。とか。そんなまさに夢物語のようなシチュエーションの種が目の前に転がっていたら、走り出した妄想は止まらないというわけだ。
とにかく。と、物騒な短剣を今にも抜き放ちそうな少女を手で制して、近くの縁石に腰かけ2本目の煙草に火を付ける。
目の前の少女が一瞬だけビクッと反応し、「火の魔法…?いや魔法道具…?」とかつぶやいた。
なるほど、この子がいた世界には魔法が存在するのか。これまた完璧なテンプレ。これでこの子が一国の姫とかなら完璧なんだが。
煙草のせいで少し警戒レベルが上がった少女に、とりあえず敵対の意思がないことを伝えるためにはどうしたものかと思案した結果、伝わるかわからなかったが煙草を口にくわえたまま両手を上げるポーズをとった。
幸いなことにどこぞの異世界にも降伏のジェスチャーは存在してくれていたようで、少女は柄にかかっていた手を渋々といった動作で体側に戻す。
それでも依然としてその目は探るような色を残しており、見られている側としては居心地のいいものではない。それに明らかに年下の少女にいつまでもそんな目を向けられているというのも、おもしろくない。なんとも大人げない話だが。
「何者か、と尋ねるならまずは自分から名乗るのが筋じゃないか?」
おぉ、言えた。
いやぁ、一回でいいから言ってみたかったんだよねこのセリフ。普通に生活してたらこんな芝居がかった言い回しをする機会なんか絶対に訪れないし。
少女の方はその言い方に少しムッとした様子だったが、むくれつつだが以外にも素直に自己紹介をしてくれた。
「わたしの名前は、チルシア・トルシェです」
まっすぐ俺に向きなおった少女から、聞きなれない並びの名前が告げられる。チルシア・トルシェか、これも見事にファンタジーっぽい名前だなぁ。
チルシア・トルシェ。トルシェ…ん、トルシェ? 名前は完全に横文字だし、こっちが家名と考えるべきだろう。確かこの子の出身って…
「な、なあ、その家名、君の出身地とは何か関係が…?」
「あ、はい。わたし、トルシェ王国の第二王女です」
やっぱりですか…。
いやもうここまでテンプレが揃っちゃうとなぁ、夢なのかもしれない。超リアルな夢。そう思って頬を抓ってみるがすぐに痛みが走って手を放す。夢ちゃうんかい!
そうやって一人であたふたしていると、何やってんのと言うように王女様が半眼でこちらをのぞき込んできた。
「あの、それであなたは…」
「ああ、ごめんごめん。俺は滝瀬 怜斗、普通の学生だよ。君が異世界人だと思ったのは…ある種の勘というか妄想の延長というか」
語尾を濁す俺に、またもや訝しげな視線を向けてくる王女様だったが、すぐにまあいっかと顎に手をやる。しばらくそのままうーんと唸っていたが、やがて諦めたようにだらんと腕を下す。そしてすぐに俺の方に向きなおる。忙しいやっちゃな。
「この際細かいことは考えないようにします。悪い人ではないと思うって精霊さんたちも言ってますし、とりあえずこちらのことを少し聞いてもかまいませんか?」
こちらというのはこっちの世界のこと、か。
まぁ俺としても聞きたいことはたくさんあるわけだが…、少し前のめりになった少女、もとい王女様を見ているとなんか嫌な予感がする。
◇s◇e◇g◇
今日はなかなか俺の勘が冴えていらっしゃる…。
結果、それから俺は情報交換という名の質問攻めを受けた。たまにこちらから質問をすることもあったが、聞くと何倍もの問いが返ってくるので変に口を開かないようにした。とにかくこの王女様は好奇心旺盛らしい。さっきまでビビッたり警戒したりしていた相手に対してどうしたらこんなにがっつけるのか、この状況に於いて好奇心が最優先であることは確かだ。初めて聞く物に目をキラキラさせている。怖い。てかちょっとウザい。
ひとしきり聞きたいことは聞き終わったのか、質問の嵐にストップがかかる。
「まだまだ聞きたいことはあるんですけど、とりあえずこの辺にしておきますね」
「まだあるのかよ…」
そんなこと聞いてどうするのだろうかということまで聞いておきながら、それでもなお足りないという目の前の少女は、逸る好奇心を必死に抑えているのだろう。
知的欲求としては、自分も人のことを言えないぐらいに興味を持ったことは調べつくすタイプなのだが、初対面の相手から根掘り葉掘り聞き出す胆力はない。
「当然です。知識は創造の源ですよ?こんな未知にあふれた世界、いくら調べつくしても足りません」
さいですか...。
とにかく、ひと段落ついたというのならこちらも得た情報を整理したいところだ。
ポケットからスマホを取り出しメモ帳を開き、今しがた彼女から得た情報を箇条書き形式で簡単にメモっていく。
・チルシア(16)、トルシェ王国第二王女。好奇心おばけ。
・トルシェ王国、中央大陸の東端にあるらしい。
・あちらの世界には魔法が存在する。
・その中でも精霊魔法と魔法に分けられる。
・精霊はどこにでもいて、こっちの世界にもいるらしい。
・チルシアは精霊魔法を使ったが失敗してこちらに来た。
・帰るには同じ魔法を使えばいいはず。らしい。
・精霊魔法には精霊と魔素が必要。
・魔素は魔法にも使われるいわゆる魔力の源らしい。
・魔素は空気中に存在していて、魔力を使っても自然に回復する。
・この世界は魔素が薄いため回復に時間がかかる。
・よってしばらく帰れない。
と、ここまで書いたところで先ほどからうずうずしていたのか、こちらを凝視していた王女様が我慢ならないといった感じで声を出した。
なに?もしかして会話できてるから文字も読めちゃう?おばけとか書いたから怒ってんの?
「あ、あの…。その薄い板みたいなのは何という魔法道具なんですか?」
なるほど、そりゃあ初めて見たのなら気になるか。ましてやこの好奇心おばけのことだ。ここまでよく我慢したと褒めてやりたいぐらい。
「これはスマホっていう機械だよ。今使ってるのはメモ帳って機能」
入力事項をいったん保存して画面を向けてやると、一瞬ビクッとした彼女であったが、すぐにその画面を興味津々といった顔でのぞき込んでいた。
「これは、文字を記録しておくものなんですか?」
「まぁそういった機能もあるけど、ほかにもいろいろできるぞ。もとは遠くにいる人と会話するためのものだし」
まぁ今となっちゃ、通話機能のほうがおまけみたいになりつつあるけど…。
「遠くにいる人と会話…それは便利ですね。それはそうと、この好奇心おばけっていうのは…」
結局文字読めるんかい!
なんか今背筋がゾワってしたんですけど…。いや、そんな書き方をした俺も悪かったけど、なかなか的確だと思うんですがね。
ジトっとした王女様の視線を避けるように、俺は頭を少し下げた。
「あー、その、すまん」
とりあえず謝るのが一番。ことは穏便に、と。
「まぁいいです。それより、どうしてわたしの年齢が分かったんですか?」
意外にもすんなりと許してくれた。
さっきから表情も印象もコロコロ変わりすぎて、よくわからない。
「あぁ、姫様自分の年齢は言ってないけどお兄さんの年齢は言ったでしょ。10離れてるって言ってたから逆算しただけだよ」
そう言うと彼女は、しまったと言いたげな顔をしたがすぐに諦めたように手を振った。
「それで、わたしだけ年齢ばれてるのはなんか不公平です。タキセの年齢も教えてください」
何その無駄な対抗心。ていうか今こいつ名字で呼び捨てたよね…。さすがに年上には見えてるはずなんだけど…、まぁ、王族だしな。と、勝手に納得した。
「俺は19歳だけど」
さらっとそう言った俺の言葉を、王女様の方もさらっと流してくれるものだと思っていたのだが、彼女は一瞬フリーズした後、今日イチで驚いた声を上げた。
「え!?じゅうきゅう!?」
「え、あぁ。うん」
「そんな…少なくとも20後半はいってるかと思いました…」
「失礼な!まだ未成年だよ!」
「みせいねん…?」
「あー、いや、何でもない」
まったく失礼な。
確かに老け顔であることは自覚しているし、最近伸ばしてるアゴ髭のせいでさらにおっさん化が進んでいるのは仕方ないとしても、さすがに16歳の少女にそう言われては、おっさん傷つきます…。
とまぁこんなやり取りをしていた俺たちだったが、実はまずい状況になりつつあることに俺は気が付いていた。
なにせここは、少し脇に入ったとはいえコンビニの駐車場。
10時を回っているといってもまだ客足はあるわけで、そんなところで髭面のおっさん、ではなく大学生と、コスプレ美少女がわーわー言い合っていたら、下手すりゃ通報モノだ。
実際さっきから通りがけの人が何人かチラチラ見てくるし。
ここはひとまず、場所を移すべきではなかろうか。
「なぁ、さすがにここだと目立つから、場所を移動したいんだが」
「そうですね、さっきから視線が多くて気になります」
あ、王女様も気づいてたのね。
それなら話が早い。
「じゃあ、俺の部屋でいいか?少し散らかってるけど、ここで話し続けるよりはマシだろ」
と、自然に部屋にお誘いしてみたが、本当に話をするためだけだ。他意はない。
…ほんとだぞ?
「わかりました。ここから近いんですか?」
「あぁ、後ろのあれ」
そう言って俺の部屋がある学生マンションを指さすと、王女様が少し驚いたような顔になる。
何か変なことでも言っただろうか?
その疑問は、続く彼女のセリフですぐに解消されることとなる。
「立派なお屋敷ですね、もしかして貴族の生まれとかですか?」
なるほど、あちらの世界には集合住宅という概念があまりないのかもしれない。全棟合わせて200部屋程あるこの学生マンション全体が俺の家だとしたら、そりゃ王族も少し驚くレベルの貴族かなにかだろう。
しかし実際はというと、俺の部屋は8畳程度のワンルームで、風呂に浴槽はなくカプセルシャワータイプの簡素なものだ。入居から4か月で早くも引っ越したいまである。ていうか引っ越すし。
変に勘違いして期待されても困るので、王女様には訂正を入れておく。
「勘違いしてるみたいだけどあれは集合住宅って言って、同じ建物内に部屋がいくつもあって色んな人が住んでいる場所なんだ。だから俺の家は一部屋だけだし、姫様の思ってるような貴族とかではないから」
そう告げると、王女様は少し安堵の表情をみせた。
「なーんだ、良かったぁ。わたしてっきり、異世界の年上の貴族にご迷惑をかけてしまったかと思いました…」
そういって年相応に無邪気に笑う王女様に思わず見惚れてしまいそうになる…わけない。
俺だったら迷惑かけていいのかよ!