箱入り娘(物理)と交換ノート
こんにちは、リーファ・カルレアンと申します。
雪山を上り切るころには夢の世界に旅立っており、目が覚めたときには目と鼻の先に未来の旦那様(推定)がいらっしゃいました。
モフモフ、ムキムキ、狼。
そう、パーフェクトにございます。
鼻血を出しながらサムズアップする勢いでございます。
なんとかそれを淑女としてのなけなしの誇りと理性で回避した結果、意識を手放し箱の中にリターンいたしました。
そして再び目を覚ませば見覚えのないふかふかベッドの上でございました。
反射的に鼻の下に手をあてるも、幸いなことに血はついていないようでした。乙女としての最悪の事態は逃れられたようです。たとえ胆力のある獣人の狼王様であれ、いきなり嫁(推定)が鼻血を吹いて倒れたらドン引きどころでは済まないでしょう。
しかし安堵もほんの束の間。
お目通りする時まで寝こけていた上に顔を合わせた瞬間気絶するなど無礼の極みではないでしょうか。18年培った王族としての常識が警鐘を激しく鳴らします。
完全にアウト、不敬罪ストライク。嫁交代にございます。
外交上その場で切り捨て御免とはなりませんが、これからの私の処遇は果たしてどうなってしまうのでしょうか。
仮面夫婦くらいは覚悟しておりましたが、あの狼王様を見てはそうは言っていられません。
仮面夫婦ではきっとモフらせてもらえないでしょう。あのモフモフを前に触ってはいけないなど拷問に等しいのです。
登山家が山に登るのは、そこに山があるからでございます。
モフリストがモフモフするのは、そこにモフモフがあるからでございます。
ああ、あのふわっふわな胸元、ピンと立った雄々しい耳、もっふもふな大きな尻尾、ふかふかそうな白い両手足。
あれをモフらないでいられましょうか?いや、いられまい。いわんやモフリストをや、にございます。
「リーファ様?お目覚めでしょうか?」
控えめなノックに返事をすると、扉がゆっくり開けられます。
扉の先にはモフモフがあらせられました。
「モフ……、」
「初めましてリーファ様。メイド長をさせていただいているアレンと申します。お見知りおきください。」
丁寧にあいさつをするモフモフ、否、栗鼠族らしいアレンさんに慌ててベッドを降りて挨拶をすると間髪入れずベッドに連れ戻された。
「ああ、リーファ様はそのままでよろしいのです!このような辺境でさぞお疲れでしょう!どうぞ楽にしてくださいまし!」
「あ、あの……、」
どうも倒れたせいか体調不良だと思われているのだが全くそんなことはないのです。籠の中では惰眠を、いえ良質な睡眠をとり、さらにまたここのベッドで寝てたのですから、疲れなどほとんどありません。それなのにこうも心配されて染むのは申し訳なく心ぐるしい。私はただ好みどストライクなモフモフ旦那様を見て興奮のあまりに倒れたのですから。純粋な心配をされるにはあまりにもよこしまな理由。穴がなくても掘って飛び込みたいくらいにございます。
しかしそんな罪悪感は一瞬で消し飛びました。
「っ!!」
モフモフ。そうモフモフにございます。
アレンさんのフワフワお手てが私をベッドの中へ押し戻すのでございます!
彼女は私にそのまま昇天しろとでも暗におっしゃりたいのでしょうか。
フワフワで小さめのお手てが私の腕を押します。素肌なのでダイレクトモフモフにございます。少し当たる爪がまた私の情動を煽ります。思わずバッ、と鼻の下を確認いたします。セーフです。鼻から赤い液体は流れておりませんでした。
これからお世話になるであろうアレンさんとのファーストコンタクトで鼻血を吹きだしては遠巻きにされること間違いございません。たとえどこぞの皇女であろうと鼻血を頻繁に吹く皇女など嫌でしょう。
「ああっまだご気分優れませんか!?」
「だ、大丈夫です。」
鼻の下を確認する仕草は口元を覆う仕草に似ているため余計心配させてしまいました。流石に申し訳ございません。
「あの、先程はいきなり気絶してしまい大変なご無礼を……、」
「いえいえそんなの構いませんよ!ガオラン様のお顔はたいへん凶悪ですから、恐ろしかったでしょう。王城で働いているものでもたまにガオラン様を見て怯えたり気絶する者もおりますから。」
「そっそんな!私はガオラン様を恐ろしいなんて……、」
「まあリーファ様!そんな強がる必要はありません!家族どころか人間もいないこの国に来られて御心細いでしょうが、私はリーファ様の味方にございます。遠慮なさることはございません。何か憂いごとがあれば、いつでもわたくしにお申し付けくださいませ!」
モフモフが味方に付きました。味方ならモフモフさせてもらえないでしょうか。人間サイズシ〇ルバニアのアレンさんのフワフワ尻尾に目が釘付けにございます。
ご心配いただけるのはありがたいのですが、私はガオラン様が怖くて倒れたのではございません。興奮のあまりに倒れたのでございません。しかし流石にいきなり変態認定されたくはないので具体的に否定することができません。
「では……、陛下はお怒りになられてはいませんでしたか?どんな理由があれ、謁見中に気絶するなど無礼を犯してしまいました……。」
「まさかまさか!こんなことくらいでお怒りになったりしませんわ!むしろリーファ様のことを気に入られたように見えました。」
なんと!ガオラン様はたいへん広いお心をお持ちのようです!初対面で気絶されたというのにお気に召されるなど、なんという慈悲のお心。私のモフモフパラダイスへの夢は一歩前進したようでございます。
「それでも、一度謝罪に伺いたいのですが、お会いすることはできますか……?」
「リーファ様!ご無理なさる必要はございません!」
アレンさんは随分私の心配をしてくださいますが、なにやら勘違いが横行されている匂いがいたします。
無理などいたしていません。再び至高のモフモフ殿と相見えたいのです。
怖くありません、興奮してしまうのです。そう言えれば一瞬で誤解は解けるのでしょうが、皇女としての常識が許してくれそうにありません。
持てる限りの言葉を繰り、なんとか事態の好転を図ります。
「そうですね……リーファ様がそこまでおっしゃるのですから、何か策を考えましょう!」
そう言って部屋から出て行くアレンさんの背中を見送ります。
ああ、後ろ姿はよりモフモフが際立ちます。メイド服に専用の穴があるんでしょう。大きなモフモフ尻尾が丸見えです。絶景にございます。
さて、この国に来ておそらく未だ数時間。すでに私の変態度が右肩上がりな気がいたしますわ。
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「アレンさん、こちらは……?」
「交換ノートにございます!」
「こうかんのーと……、」
交換ノート。はるか昔、私が遊ぶことしか考えていなかった小学生時代の記憶が蘇りました。たしか友人たちとやった記憶があります。6人でやっていたためなかなか回ってこない上にだんだん飽きてきて最後のページまで終わらないアレでございます。交換ノートはリレー小説とよく似ています。
「ご存知ですか?」
「ええ、一応は知っていますが、」
これをガオラン様と……?
「直接会うのはまだ難しいでしょう。しかし交換ノートなら奥ゆかしい貴女様にもよく合っていると思うのです!」
いつの間にやら奥ゆかしい認定されていたようです。
アレンさんも私がまさかこうして話いる間もモフモフしたい衝動を必死に殺していることを知ればコンマで撤回なされるであろう評価にございます。
愛らしく、しかし品のあるノート。
自分で言うのはアレですが、私にはわりかし似合っているかと思われます。しかしながらガオラン様がこれを……?
「お気遣いありがとうございます。」
「いいのです!この国のお妃さまとなられる方ですから。それと、すでに陛下はもう1ページ目を書いておいでです。」
散々やらかしましたが、客観的に見て私がガオラン様と一緒になることは決定事項なようで一安心です。
しかしそれ以上に驚愕の事実。
「すでにガオラン様が……!?」
「ええ、先程お部屋で書いていらしていました。リーファ様も最初では書きづらいでしょう。こういうことは殿方がリードするものでございます!」
フン、と胸を張るアレンさん。大変愛らしいです。
しかしながらアレンさんは一体何者なのでしょうか。彼女の言っていることはあながち間違っていないのですが、それを陛下に当てはめるのは少々不味くはないでしょうか……。
渡されたノートを凝視し、意を決して1ページ目を開きます。
私はきっと、このページを捲ったときのことを生涯忘れないでしょう。
「っ……!っ……!っ…………!!」
緩みそうになる口を何とか引き締め、叫びたくなる気持ちを押し殺し身体を震わせる。顔に血が集まり火照る。
突っ伏したい。ごろんごろんしたい。そんなことをすればお会いすることができないどころか頼みの綱交換ノートすら気を遣ったアレンさんに取り上げられてしまうでしょう。なんとか衝動をうちがわに押し込めます。
私は生まれて初めて、これほどまでに激しい萌えを感じました。
軽い文章を書きなれていないのでしょう、硬いのを無理やり崩そうとした少し不自然な文章。
文字はかっちりとしていて真面目さがよく見えます。
内容もまた、最低限の威厳を保ちつつ恐る恐るこちらの様子を伺うようなもの。
怖がらせてすまない。敵意や害意はない。獣人だからと言って野蛮なものだと勘違いしないでほしい。
「……っふ、」
ガオラン様はいったいどんな顔でこんなかわいらしいことを書いたのでしょうか?
あの大きな身体ではこの大きくはないノートに文字を書くのも気を遣うでしょう。
あのふかふかお手てで私のために文字を綴って、距離を縮めようとしてくださっている。
落ち着かせるように、静かに息を吐く。
これほどまでうれしいことが他にございましょうか?
「……アレンさん、ありがとうございます。すぐに返事をお書きいたします。」
ガオラン様の書いた隣のページにペン先を滑らせます。
アレンさんでさえモフモフしたくて内心身もだえします。なのでガオラン様にお会いしたらまた興奮のあまりに気絶してしまうかもしれません。そのため交換ノートから始めるのも良いかもしれない。そう思いました。
しかし私は交換ノートを、いえあの大きな方が真剣に私のために文字を綴ってくださることを侮っておりました。
これなら鼻血を噴出したり、気絶をしたり、醜態を晒さずにすみます。
しかし交換ノートを書くたび、読むたびに想いは膨れ、積もるのです。
実際にお会いしたい、その思いが熟れたころ。
私は最後まで書き終わったノートを手に、ガオラン様の私室の前に立っていたのです。
読了ありがとうございました!
箱入り娘(物理)シリーズ第3弾でした!
まだ書くかわかりませんが、書くならおそらく次で最後になるかと思います。
お付き合いいただきありがとうございました!