92話 墓参りのようです その2
少し残酷な描写があると思います。ご注意下さい。
剣士の男がソーラの視線を引く為に掛け出し、その隙にローブの男が詠唱を開始する。周囲に複数の【火球】を生み出す。生み出された【火球】の数と質から中々に力のある魔法使いであることが窺えた。
「我が目の前の敵を焼け! 【火球】!」
放たれた【火球】が様々な角度からソーラ目掛けて襲い掛かる。
魔法が一切の抵抗する素振りを見せないソーラに着弾し爆発したと同時に弓使いが魔封じの鎖を括り付けた矢をソーラに向かって放つ。
鎖という異物を付けているにも拘らず爆発によって生じた煙に隠れているソーラに向けて矢は一直線に突き進む。
矢が煙の中に突入しやがて爆発によって生み出された煙が風に流され消えていくと、そこには魔封じの鎖に絡みつかれてこそいるがあれだけの魔法を受けてなお無傷のソーラが立っていた。
「俺の全力の魔法をあれだけ食らって無傷とかどんだけの化け物だよ……。だが魔封じの鎖が巻きついたんだ。もう魔法を使うことなんかできねぇだろ」
勝ち誇ったローブの男、マルスは視線をソーラからシーツァ達の方に移し再び詠唱を始める。
先程ソーラに撃ちこんだ物よりも魔力の密度が高い【火球】が次々と生み出されすでにその数は優に20を超えていた。
それに合わせて弓使いであるユルドも弓に矢を番えいつでも放てる様に準備をしており剣士の男は厭らしい笑みを浮かべながら手に今度は魔封じの鎖ではなく普通の拘束用の鎖を持ちソーラに近づいてきた。
「へへへ、流石は遺跡で手に入れた魔封じの鎖だな。マルスの魔法食らって無傷の化け物ですら無力化できるんだからよ。さて、テメェには傷はつけねぇが大人しく俺達の言うことに従うようになってもらおうか。今からテメェのお仲間がこれから死ぬ姿に絶望して無力な自分を呪いな。 やれ!」
剣士の男の号令と共にマルスからは大量の【火球】が、ユルドからは放たれた1本の矢が何らかのスキルを発動させたのか次々と分裂していき無数の矢となって突き進む。
極上の獲物の獲得と依頼達成の確信故に浮かべていた男達の笑みが次の瞬間凍りついた。
灼熱を発する大量の【火球】も無数の矢も全てが例外なく凍りつき空中で停止していたのである。まるで目標を凍らせるついでに空間すらも凍らせたかのように。
「何が起こった!? まさかあっちのオーガ亜種も魔法が使えたってのか!?」
「ち……違う……。ケニーあれを……あれを見ろ……」
驚愕に目を剥いている剣士の男、ケニーの言葉を否定したマルスはまるで信じ難いものを目にしたかのように震える指先をソーラに向けた。
マルスの指につられるようにしてケニーとユルドがソーラへと目を向ける。するとそこには魔法を使えなくする効果を持った遺跡産の強力な魔封じの鎖がソーラの魔法によって凍りつき、ケニーとユルドが凍っているものが魔封じの鎖だと理解した瞬間パキンと甲高い音を立てて砕け散った。
そして鎖が砕けるのを合図にしたかのように空中で凍り付いている【火球】や矢も同じ様な音を立てて砕け散る。
「何で魔封じの鎖が砕けるんだ!? あれは遺跡で手に入れた強力なやつなんだぞ!?」
「それだけじゃねぇ! 矢ならともかくあいつは俺の魔法まで凍らせやがった! それも炎の塊をだ! なんで灼熱の炎がそのまま凍るんだよ!?」
目の前のウソのような光景にケニーとマルスは半狂乱になったかのように叫ぶ。しかしそれも仕方の無い事であるとも言える。
この人間の大陸に住んでいる人間や魔物の中でケニー達がソーラ捕縛に使った魔封じの鎖は最高レベルの品であり、魔力が5000までの相手なら問答無用で魔法を封じ込めるだけの力を持っているのだから。
しかもマルスの放った【火球】、普通であれば凍らされる際の冷気で炎は消えてしまうはずなのだが、あまりにも桁違いなソーラの魔力により揺らめく炎はその姿を消す前にそのままの姿で凍りつくこのになってしまったのだ。
自らの魔法で数多の魔物を倒してきたマルスにとっては見下していた魔物風情との実力差という本来であれば屈辱的な事なのだが、目の前の光景はその感情よりもパニックを優先させた。
「う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
獲物だと思っていた相手が自分達よりも圧倒的な存在であるという事実についにユルドが耐え切れなくなり、叫び声をあげながら一目散に逃げ出す。
その光景をケニー達も見ていたのだが足がいう事を聞かずその場を動く事が出来なかった。
「嫌だ! 死にたくねぇ、死にたくねぇよ! ――うげっ!」
森に向かっていたユルドは突如バランスを崩して地面に倒れんでしまう。すぐに立ち上がろうとするも何故か立ち上がる事が出来ず、慌てて振り向いた時その目に映ったのは……走っている姿のまま氷に包まれた自らの両脚だった。
すぐには理解できず氷に包まれている脚の本来あるべき場所に目を向けるとそこにあるはずの脚は無く、凍った所為で砕けた断面を晒す太ももだけだった。
「何で俺の脚があんな所にあるんだよぉ! 返してくれ! 俺の脚を返してくれよぉ!」
狂ったように叫びながら這いずり氷に包まれている自らの脚になんとか近づこうとしているユルド。そして氷のオブジェと化した脚にようやくたどり着いたと思ったその時、目の前の氷はガラスの砕けるような高い音と共に粉々に砕け散り、突如として吹いた風に飛ばされ姿を消した。
「ああ!? どこに行くんだよ俺の脚! 粉々になっちまった! ヒャハ、ヒャハハハハハハハ、ハハ……ハ……ハ…………ハ………………」
粉々になって散る自らの脚を見たユルドの中で何かが砕けるような音がした。
完全に心が壊れたユルドは狂った様に笑い始める。
そして砕けた太ももの断面を覆っている氷が徐々に体の表面を這うように覆っていくと、ユルドの狂った笑い声は徐々に小さくなっていき、やがてそこには這った状態から腕で体を起こし狂った笑い声がいまにも響いてきそうな表情のユルドが包まれている氷があった。
「お……おい、ユルド……? ユル――」
ケニーがふらふらとした足取りで氷のオブジェに近づき震える手を伸ばすが、氷はケニーが触れるか触れないかといった所で先程のケニーの足の様に高い音を立てて粉々に砕けると、またしても都合良く吹いた風によって流され消えていった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 我が目の前の敵を焼け! 【火球】!!」
冒険者をやっている手前いつか死ぬという漠然とした考えをケニーもマルスも持っていたものの、目の前の光景はそんな考えをあっさりと吹き飛ばし、いとも簡単にパニックに陥らせる。
パニックになり叫び声を上げながらもマルスは魔法を詠唱し相手に撃ちだす事が出来たのは長年冒険者をやっていたが故の条件反射だったのだろう。
火事場の馬鹿力も相まって本来出せる実力以上の【火球】がそれこそ無数に生み出され、拳大に圧縮され威力が増したものが一斉にソーラへと向けて飛んでいく。
しかしマルスの渾身の【火球】もソーラに向かう途中先程と同じ様に空中で炎の揺らめきの形のまま凍りつき停止する。
再び空中で凍りついた自らの魔法にマルスがパニックの度合いを強め再び魔法の詠唱に入るものの、先程撃ち出した魔法に魔力を注ぎ込み過ぎた所為で魔力が枯渇し、いくら詠唱してももう種火ほどの火すら生み出すことはできなかった。
「我が目の前の敵を焼け! 我が目の前の敵を焼け! 我が目の前の――ガペッ!?」
不意に何度も何度も同じ詠唱を繰り返しているマルスの顔に拳大の穴が開いた。
顔面に穴が開き自分に何が起こったのか分からないまま即死出来たのはマルスにとって幸運だったのだろう。
マルスの顔面に拳大の風穴を開けたのは先程凍らされ、【物理魔法】で撃ち出された【火球】だった。
その後も次々とマルスへと撃ち出され、【火球】だった物がマルスに命中する毎にその部分に穴を開けていく。
やがて最後の1発が撃ち終わった頃、そこにマルスがいたという痕跡は何1つとして残ってはいなかった。
「マ……マルス……?」
先程までマルスがいた場所を呆然とした顔で見ているケニーに向けてソーラが1歩踏み出す。すると1人残されたケニーは「ヒィィ!」と情けない声を上げるとソーラから離れようとして1歩下がるが、地面に躓き尻餅をついてしまった。
「頼む! 助けてくれ! 何でもする! 何でもするから頼む! 命だけは!」
「本当に何でもしますか?」
初めて放たれるソーラの声にケニーは一筋の生存への希望が見えたと内心喝采を上げる。
「ああ、俺に出来る事ならなんでもする! だから助けてくれ!」
「そうですか。それなら自分で左手を斬り落して下さい。そうすれば凍らせないであげます」
「み……左手をき、斬るのか?」
「そうです。利き手ではないのですし、それで凍らないで済むのでしたら得でしょう?」
凍りついたかのような瞳で自分を見据えてくるソーラにケニーは逆らう事が出来ない事を悟ると長年愛用してきた長剣をカタカタと震わせながら振りかぶる。
「え……ええい!」
ようやく腹を括ったのか最初の頃とは違う何とも情けない声を上げ長剣を自らの左手に振り下ろした。
ザシュ、という音と共にケニーの左手が手首から切断され地面に落ちる。長剣から手を離し、血が溢れ出ている左手首を握りしめながらあまりの激痛に顔を歪めた。
「約束……通り左手は斬った……。これで見逃してくれるんだろ?」
「はぁ、仕方ないですね。約束は約束ですから凍らせないで上げます」
ソーラの言葉にケニーが安堵の表情を浮かべた瞬間ケニーの足元で突如闇が広がった。
地面に広がった闇はそこから無数の骨の腕を出現させ、その手はケニーの足を掴むと闇の中へゆっくりと引きずり込んでいく。
「おい! なんだよこれ! 約束が違うじゃないか! 見逃してくれるんじゃなかったのかよ!?」
突然の事態にパニックになりながらソーラへと向けて叫ぶケニー。必死で骨の腕から逃れようと脚を動かそうとしたり残った右手で骨の腕を叩くが闇へと引きずり込んでいく手の力は緩むことなく、逆に闇から伸腕が増え振り回していたケニーの腕などを掴み身動き一つできないように拘束していった。
「約束が違う? 失礼なことは言わないで下さい。私は凍らせないと言ったんです。見逃すなんて一言も言ってません。それに、私達の育ての親のお墓を壊した挙句、シーツァを殺して私を慰み者にしようとした人間を生かしておくわけないでしょう?」
「そ……そんな……!」
「それでは、さっさと消えて下さい。目障りですから」
「嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ソーラの言葉の終わりと共にケニーを引きずり込もうとする力が一層強くなる。強い拘束に抗う事も出来ないケニーは絶望の表情を浮かべながら恥も外聞もなく必死で叫ぶ。
脚から腰、腰から胸、胸から頭と順に闇に呑み込まれていくケニー。頭が完全に呑み込まれた時点で耳障りな叫び声は途切れ、最後の抵抗とばかりに突き出されていた右手も骨の腕によって闇の中に呑み込まれていった。
完全にケニーが闇の中に消えていった時、その光景を見ていたシーツァは思った。
絵面だけ見れば生前見たことのある映画のラストシーンみたいだな、と。
こうしてソーラの逆鱗に触れた人間の冒険者3名は文字通りこの世から消え去った。
以前シーツァ達がまだゴブリンだった頃対峙した3人組の冒険者達がシーツァに敗北し殺害されたことがあった。
連絡が取れなくなってからしばらくが経ち、冒険者ギルドは3人を死亡と断定する。新人の中では比較的優秀でFランクながらもすぐにランクアップできるだろうと見込まれていたパーティーだけに、その3人が行方不明になった事はこの森の難易度を上げることになった。
そして調査とゴブリンの間引きの為この森を訪れていたCランクのパーティーであるケニー達が再び行方不明になった事により、この森の難易度は再び上げられることになるのだが、そのことをシーツァ達が知る由もなかった。
以前の3人組、ソルド、シャーガ、マーダの完全な上位互換であるケニー、ユルド、マルスの3人組ですが、いくら上位互換だと言ってもソーラには手も足も出ませんでした。
殺され方はケニー達の方が酷いんでしょうか。特にケニーなんか生きたまま闇に飲まれて消滅していったわけですし……。
まあゲスい人間は私の作品ではいとも簡単に死んでしまいます。その為に下衆な人間を出していると言っても過言ではありません。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ブックマークが増えていくのを見るととても嬉しくなります。
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