91話 墓参りのようです その1
申し訳ありません。書き終えて投稿忘れてました。
会議室の中は重苦しい雰囲気――ではなく明るい雰囲気に包まれていた。約1名を除いて。
その部屋の中ではイリスがシーツァの腕を自分の胸に抱きこむようにして体を密着させ、その様子をソーラハ溜息混じりながらも笑顔を浮かべ、アイナはイリスとは反対側の腕を抱き、シリルは首に腕を絡め抱きついていた。
その様子をトモエがまるで自分の孫夫婦を見るかの如き眼差しで見つめている。
唯一シーツァだけが乾いた笑いを浮かべることしかできていなかった。
「じゃあ、これでイリスの事は解決ね。とりあえず喫緊の問題は解決したんだけど、ところで暁、暁の指示で私の作った亜空間に保護してあるゴブリン達だけどどうするの? 今のところ大人しく……、とゆーか眠ってもらってるけど」
「ああ、そういえば言ってなかったな。ゴブリン達は俺の配下にさせてもらっても良いか? あいつ等の強さじゃ人間達の大陸でも難易度ハードなのにこっちの大陸だと難易度ルナティックだしさ」
「それは別に構わないけど……」
「じゃあ決まりだな。じゃあ早速あいつらに会いに、と言いたい所なんだがトモエ、ちょっとソーラと2人で出かけてきたいんだが良いか?」
「ソーラちゃんと2人っきりで?」
シーツァの言葉に不思議そうな表情を浮かべるトモエ。そして床で悶えているチャーチが「早速放置!」と叫びながら更に激しく悶えていた。ホントにドMは業が深い。
「ああ、ちょっと人間の大陸に用事でな。すぐに帰ってくるから安心してくれ」
「私お嫁さんになったばかりなんだけど?」
「悪いな。こればっかりはソーラと2人じゃないと駄目なんだ」
シーツァの腕を自らの胸に抱きしめる力を強めながらトモエがジト目をシーツァに向けて抗議する。
流石にシーツァも悪いと思ったのか困った顔でイリスに謝っていた。
「それで暁、あんまり詮索したくは無いけどソーラちゃんと2人っきりで人間の大陸に行くってんなら話は別よ。何しに行くの?」
腰に手を当てシーツァを睨みつけるトモエ。普通ならその小さい体で威圧されても微笑ましいだけなのではあるが今のトモエは魔王。その威圧感は半端なく、シーツァも正直に喋らざるをえなかった。
「ハァ、分かった言うよ。墓参りだよ墓参り」
シーツァの言葉を聞いて察したのかソーラの表情に少し影が差し、神の世界で当時の様子を見ていたイリスはその腕を離した。
「俺とソーラは人間の大陸にゴブリンとして転生した。そこはゴブリンの村だったんだがある日人間の冒険者に襲われて俺とソーラ以外は皆殺しにされちまってな。当然俺達を育ててくれたゴブリンもだ。あいつは俺達を逃がそうとして冒険者に殺された。だから俺が冒険者共を殺した後村のみんなの墓を作ったんだが、墓参りのついでにその様子を見てきたくてな」
「なるほどね。それならいいけどどうやって行くの? 流石に私の【時空間魔法】でも行った事のない所は無理よ?」
「ああ、それなら大丈夫だ。俺も【転移】のスキル持ってるから」
「そう? ならいいけど、夕飯までには帰って来てよね」
「あいよ」
そう言うとシーツァはソーラの手を取る。先程まで少し表情に影が差していたが、シーツァの手を握り返した今は瞳に力が戻っていた。
「それじゃアイナ、シリル。それじゃ行ってくる」
「は~い。いってらっしゃい~」
「がぅ、気を付けるんだぞ」
「ハハ、分かってるよ。【転移】」
シーツァがスキルを発動すると次の瞬間には会議室からシーツァとソーラの姿がまるで今までそこにいたのが幻であるかの様に掻き消えていた。
人間の住む大陸の穏やかな風が吹くとある森の中にある開けた場所、つい先程まで魔族大陸にいたシーツァとソーラが突如姿を現した。
ソーラは転移という初めての体験に驚きの表情を浮かべながら周囲を見回し、同じように驚きの表情を浮かべて入るがその理由がソーラとは違うシーツァ。
そう今シーツァ達の目の前に広がっている光景は過去にシーツァ達がこの森を出た時の焼け落ちたあばら屋が散見される光景ではなく、複数建てられているあばら屋と、それを住処にしているゴブリン達の姿であった。
突如として何もない所から現れたシーツァ達の姿を見たゴブリン達の反応は様々である。驚き固まる者、戸惑い逃げ出す者、小さい子どもと思われるゴブリンを避難させる者、仲間を守る為に武器を取り構える者等がいた。
「ねぇシーツァ、もしかして私達警戒されてる?」
「ああ、もしかしなくても警戒されているな。当然と言えば当然だが」
次第に固まっていた者や逃げだしていた者も正気を取り戻すと武器を手に取り、最初に武器を構えていた者達と合流しシーツァ達と相対する。
のんびりとその光景を眺めているシーツァ達とは裏腹にゴブリン達は皆が決死の覚悟をしているのが見てとれた。
それも当然だろう。魔物の中でも最下級クラスのゴブリン達とは違い彼等の目の前にいるのは自分達よりも圧倒的な存在感を放つ2人である。
自分達が何千何万と束になって掛かっても傷1つつけられるかすら怪しい存在なのだ。それ故に今の彼ら全員の考えはいかにして時間を稼ぎ、女子供を逃がすかであった。
「チョット通ラセテクレンカノウ」
しわがれた声が響き緊張が極限まで高まっていたゴブリン達が左右に分かれ道を開けると、そこを通り年老いたゴブリンが姿を現た。
「ソチラノオ方。ココニ一体何ノ御用デショウカ。見タ所人間デハナク魔物ノヨウダガ、ココハ見テノ通リゴブリンシカイナイ村デゴザイマス」
「別にお前達に何かしに来たわけじゃないから安心してくれ。単に墓参りに来ただけだ」
「墓参リデゴザイマスカ?」
「ああ、俺とソーラは元々ここに住んでいてな。その時の育ての親の墓の様子を見に来たんだ。村の外れに木で出来た一振りの大剣が刺さっているだろう?」
シーツァの言葉に何人かのゴブリン達が大剣のある方に顔を向ける。それにつられるようにシーツァが目を向けた先には村を出た時と変わらない姿でその場に静かに佇んでいる大剣の姿が映った。
大剣が何者かに取られているのを半ば覚悟していたシーツァはその以前と変わらない姿に安堵の息を吐く。そして目的の場所にソーラと共に向かおうとした瞬間森の中から片腕を無くしたゴブリンが血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた。すぐ後ろに人間達を引き連れながら。
「人間ダーーーー!! 人間ガ襲ッテキタゾーーーー!!」
無くした右腕を抑えながら力の限り大声で叫び仲間達に危機を知らせるゴブリン。
そのすぐ後ろを余裕の表情で追いかけていた人間達はその装備を見る限り間違いなく冒険者であることがわかる。人数は3人おり、以前の3人組と違うのは装備している武器や鎧が質の良い物になっている点と体の動かし方だろう。
ゴブリンの集落を潰す為にわざと手負いのゴブリンを逃がし、それに案内させる事で簡単に集落を発見した冒険者達はもう用済みとばかりに先頭を走っていた男が手に持っている長剣を振りかぶり、手負いのゴブリンに向かって振り下ろした。
「あいつ! 【引力】!」
振り下ろされる凶刃が手負いのゴブリンの脳天を割る直前、シーツァの【物理魔法】がゴブリンを引き寄せる。緊急だったこともあり手加減が出来なかった所為かゴブリンは今まで負った手傷もあり引き寄せられる力の負荷で気絶していた。
そしてゴブリンを殺そうとしていた男は突然目の前の獲物がいなくなったことに若干の戸惑いを覚えたものの、すぐ目の前に獲物の集落と殺し損ねたゴブリンがいるのを見ると気を取り直し、厭らしい笑みを浮かべながらゆっくりと、肉食獣が追いつめた獲物に最大限の恐怖を与えるのを楽しむかのように歩み寄ってきた。
「ヒヒヒ、ゴブリンだけで稼げる楽な仕事だと思ってたが、更に金になりそうな魔物がいるなぁ」
村に入ってきた剣士の男は武器を構えているゴブリン達を見回し、当然の如く一緒にいるシーツァと手負いのゴブリンに【回帰魔法】を掛けているソーラの姿に厭らしい笑みを強めた。
パーティーメンバーであろう2人の男を連れて無遠慮に村を進む男達は自分達の前にまるで立ちはだかるかのように地面に突き刺さっている木製の大剣の前で立ち止まる。
「なんだ? なんでこんなとこに剣が刺さっていやがんだ?」
「やめろ。そいつに触れるな」
剣士の男が大剣に手を伸ばし、その手が大剣に触れようとした瞬間シーツァが静かに、しかしはっきりと告げる。
「そいつは墓標だ。薄汚い手で触るんじゃねぇよ。人間共が」
「ああん? 墓ぁ~? テメェ等魔物風情が人間様の真似事してんじゃねぇ――よっ!」
剣士の男が手に握る長剣で墓標代わりの大剣を斬り飛ばす。まだシーツァが弱かった頃に作成し、別段能力を付与していた訳でもない為、あっさりと大剣は半ばから切断され宙を舞う。
地面に残った残り半分の刀身も控えていたローブの男が笑いながら詠唱し、生み出した炎で焼き尽くした。
「ほらどうすんだ? 無くなっちまったぜお前等のお墓がよー。ギャハハハハハ!」
剣士の男が挑発しながら大笑いすると残りの2人も同じように笑い声を上げる。
その光景にシーツァの中で高まり過ぎていた熱が弾けそうになった瞬間、不意に襲い掛かる冷たい圧力に爆発寸前だった熱が急速に冷えていく。
シーツァが圧力の方に目を向けると、そこには顔から感情の一切が抜け落ちたソーラがゆっくりと立ち上がり男達に向かって歩き出していった。
「お!? お前等、金ヅルが向こうから歩いてくるぞ。魔封じの鎖はちゃんとあるよな?」
「ああ、この前遺跡で手に入れた上物がある。まさかあんないい女の姿した魔物に出会えるとは俺達もラッキーだな」
「さっさとゴブリン共とあのオーガの亜種みたいなのぶっ殺してあの女捕まえようぜ。あれだけの上玉だ、きっと高く売れるぞ。それに売る前に俺達が少し楽しんでも……、ああ楽しみだな」
歩いてくるソーラの美しさに気を取られ、自分達の欲望に目が眩んでいた男達は気が付かなかった。自分達に向かって歩いてくる美しい魔族から発せられる莫大な魔力に。
ソーラが一歩歩く毎にその足に踏まれた地面はピキピキと音を立てて凍り付いていく。
やがて男達とソーラとの距離が10m程度まで縮まってくると、初めて男達は違和感に気が付いた。
「おい、なんだか寒くねぇか? って見ろ! あの女の足元が凍り付いてやがる! 油断して勝てる様な魔物じゃねぇ! マルス、お前は魔法で牽制しろ! ユルド、お前は隙を見て魔封じの鎖であいつを捕えろ! 俺は接近戦を仕掛ける。あれは恐らく魔法主体の魔物だ、魔封じの鎖さえ使っちまえば無力化できる! 行くぞ!」
剣士の男の号令と共に男達がそれぞれの行動を開始する。その様子を見ていたソーラの瞳からは一切の感情が読み取れなかった。
男達は知らない。自分達が竜の逆鱗に触れたのと同じ事をしている事実を。自分達を待っているのが絶対的な死である事実を。
敵対する人間達はきわめてクズ的な人間性で書かせていただいています。その方が殺すのに躊躇が無いですし。
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