90話 駄女神様が加わるようです
時間軸的には89話よりも少し前、前章のラストのすぐ後になります。
巨大な魔王城の中に数多に存在する部屋の1つである会議室の中にはシーツァ、ソーラ、アイナ、シリル、トモエ、チャルチウィトリクエのシーツァと嫁’sとイリステラスが存在していた。
巨大な円卓の周囲に配置してあるイスにそれぞれが座り、先程まで泣いていた、今は俯いているイリステラスが話し出すのを待ち構えている。
イリステラスが落ちて来た時に言っていたように神としての力が奪われたのが本当であればその落ち込み具合は想像もできないほどに大きい物であるとシーツァは簡単に想像できた。
それ故に誰もが口を開くことなくイリステラスが話し始めるのを待っているのだが一向にその気配は無く、静寂が会議室の中を支配している中、イリステラスの隣に座るシーツァの耳に小さな音が聞こえてくる。
気になってその音に耳を傾けてみるとその発生源はイリステラスから聞こえてきており、シーツァが俯いているのをしたから覗き込んでみるとそこには驚くべき光景が広がっていた。
なんとイリステラスがスヤスヤと眠っていたのである。半開きの口端から涎を垂らし、おまけに鼻提灯まで膨らませている。総じて女の子が眠っている時にしていい顔は無く、イリステラスという駄女神の残念さに拍車を掛けていた。
「って起きろ! お前さんが説明するって言ったんだろうが!」
突っ込みを待っていたボケにするようにスパーン! と小気味いい音が叩かれたイリステラスの頭から聞こえてくる。叩かれた衝撃で目を覚ましたイリステラスは「ふぇ!?」と声を上げると寝惚け眼で慌てて周囲を見回した。
「お目覚めか? だったら早いとこ説明してもらいたいんだが」
「あっはい。ええとですね、あれは私がいつものようにサボりながら仕事していた時のことなんだ」
流石の駄女神も今のシーツァに冗談が通じないことを理解するとこれまでの事を語りだした。
「いつも通り書類を整理していると転生する予定の無い青年が唐突に私のいる空間に姿を現したんだ。呆然と立ち尽くしている彼、名前は横嶋 意と言うんだけどね、彼が呆然としている間に急ぎ書類をチェックし直したんだよ。やはり彼が転生する予定などなかったんだ。不思議に思った私が彼に纏わり付いている魔力を辿るとこの世界のとある国からの転生召喚であることが判明したの。そこで私は呆然としている彼に声を掛けシーツァ君にしたのと同じように転生の特典を与えることにしたんだけど……。そして彼が選んだスキルは【強奪】だったんだ……。【強奪】はたった1度きりの使い捨てのようなスキルなんだけどどんな相手からでも1つだけスキルを奪い自分の物とする事ができる凶悪なスキルなの。そしてこの空間に来た当初呆然と、そしてスキルを選んでいる間はビクビクオドオドしていた彼が【強奪】の説明を読み終わった途端豹変した。先程までの雰囲気がガラッと変わり欲望に瞳を濁らせた彼の瞳が私を見つめたの。急ぎ彼を召喚した者の元へ送ろうとしたんだけど間に合わず、彼は私に向かって【強奪】を発動させて……」
ここまで真面目に説明していたイリステラスが不意に顔を上げる。その顔は見るものを魅了するほどに美しく、そして今の彼女の表情は歌劇の舞台に立っているかのようであった。
「抵抗することもできずに【神の力】を奪われた私はこの神掛かった容姿以外は人間のそれと殆ど変わらないまでに貶められた! 私の力を奪った彼はそのまま生前満たせなかった欲望を私で満たそうと事もあろうか襲い掛かってきたんです!! ああ! このままでは私は彼の獣の如き欲望にこの身を汚されてしまう! 可憐で純真な私に汚らわしき欲望の手が触れようとした瞬間! 私の体は光に包まれシーツァさん達がいる世界の上空に転送され今に至るという訳です」
途中まで立ち上がり悲劇のヒロイン的な自分に陶酔しているかのように見えたイリステラスは話が終わる最後の最後で落ち着いたテンションに戻り静かに席に座る。
イリステラスのテンションの乱高下について行けなかった聴衆はどう反応していいのか分からず再び会議室がシン――と静寂に包まれた。
悲劇のヒロイン的自分に酔っているイリステラス以外は反応に困っているだけだったが再起動した勇者がこの静寂を打ち破るためにイリステラスへと問いかけた。
「それで、あんたから力を奪ったっていう奴はどうしたのよ」
「恐らくだけど私を転移させたのは父の力だと思う。【神の力】を失っていたので確証は持てないけどほぼあっているはず……。だから彼もそのまま父に転送されて召喚主の下へ行った筈だよ」
「筈だよって事は確証は無いのよね?」
「確証は無いけどほぼほぼ召喚主の元に行ってる筈。あの場所は私が【神の力】で作り上げた空間だから、私がその力を失った以上しばらくしたら崩壊するしね。それにいくら彼が私の【神の力】を奪ったって言ってもその力を十全に使いこなせるわけじゃないから」
いち早く復帰した勇者ことトモエが投げ掛けた質問をイリステラスが返すと言う応酬の中、不意にイリステラスの言葉が気になったシーツァが会話に割り込んだ。
「なんで十全に使えないんだ? スキルなんだろ? 覚えた以上は使いこなせると思うんだが……」
「ん? ああ、【神の力】はスキルの中でも特殊でね。あれは私達みたいな神の肉体を持っていないといけないのよ。確かに人間の肉体でもある程度は使うこともできるけど、神である私達みたいに大きすぎる力を使おうとすれば人間の肉体じゃ持たないよ。あっという間に崩壊するだろうね」
「なるほど……」
「ああでも、転生者だからこの世界の普通の人間よりも頑丈にできてるしそれなりに強敵だとは思うよ」
イリステラスが口に出した言葉にシーツァは言い知れぬ不安を覚えた。
恐らく横嶋という青年を召喚した国は間違いなく魔王討伐を依頼するだろう。様々な異世界を舞台とした小説で恐らくもっとも分かりやすい題材である魔王討伐は魔王がいるこの世界に召喚された転生者はほとんど必ずと言っていいほどにそれが目的で召喚されている。
そして自分達がいるのは物語では討伐される事がほとんどである魔王サイドだ。物語通りに転生者が勇者としての力をつけ、この魔族大陸に攻め込んで来たとして自分はソーラ達を守れるのか、シーツァはそんな不安を心中に渦巻かせていた。
「とりあえず【神の力】を奪った転生者はこれ以上考えても分かる事は無いから置いておいて、イリステラスだっけ?「イリスでいいよ」じゃあイリス、あんたこれからどうするの?」
「え? どうって?」
「力奪われて元居た場所に帰れないんでしょ? それともどこか行く宛でもあるの?」
「あるわけないよ。【神の力】が無い所為でステータスも人並みだしスキルも無いから今ほっぽり出されたら間違いなく死ぬ自身があるね」
今放り出されたら間違いなく野生の魔物に殺されるにも拘らず何故かその事を自信たっぷり胸を張って言うイリス。このお気楽駄女神様の脳味噌には綺麗に咲き誇るお花畑が広がっている事だろう。
そんなイリスを見たトモエの瞳が怪しい光を発するのをシーツァは見逃さなかった。
幼馴染として長年付き合っていた経験からくる勘でトモエが碌でも無い事を考えているのがすぐに分かったのである。
「そう。今ほっぽり出されたら死んじゃうのね……。いいわ、条件を1つ呑むのならイリスを魔王である私が保護しましょう。どうかしら?」
「いいの!? 呑む呑む。なんでも呑んじゃうよ!」
「そう、良い答えが聞けてうれしいわ。私がイリスに出す条件は……」
トモエが作ったタメにこの会議室にいるほとんどがゴクリと唾を飲み込んだ。
そして周囲の緊張が高まった瞬間を見計らってトモエの口から突拍子もない言葉が放たれた。
「イリス、あんたシーツァのお嫁さんになりなさい!!」
「「「「「ええーーーーーーー!?」」」」」
イリスに人差し指を向け、ドーン! と擬音が聞こえてきそうなポーズで発せられたトモエの言葉にのんびりと干し肉を齧っているシリル以外から驚愕の声が上がった。
「ちょっ、ちょっと待てトモエ! 何でそんな話になるんだ!?」
「そうですよ、急すぎます!」
「あら~、私は~、別に構わないわよ~。面白そうな子だしねぇ~」
「がぅ、私もいいぞ。強いオスはたくさんのメスを侍らせるべきだしな」
「トモエ様がそうおっしゃるのでしたら私は別に構いませんわ。それに旦那様のお嫁さんが増えるという事はきっと私の夜伽の回数も減り、そして本来夜伽をするはずの私を縄で縛って床に転がして雌豚はそこで見ていろと……。床の冷たさと食い込む縄そして蔑むような視線に旦那様が私を放置してトモエ様達と……ハァ……ハァ……、たったまりませんわ!」
シーツァ達がそれぞれ声をあげる中若干1名いろいろと拗らせて手遅れになっている様子のチャーチが机に突っ伏して悶えていた。
そんなチャーチを視界に入れないように目を逸らしたトモエが畳みかけるように言葉を続ける。
「別にいいじゃないのよ。既に5人もお嫁さんがいるんだから今更1人2人増えたって違いなんてないわよ。それにこんなに可愛いのよ? 同じお嫁さんだったら公然とその綺麗な体を触り放題よ! ソーラちゃん達の体もスベスベモチモチで触っててとても気持ちいいけど触れる女の子が増えて損は無いわ!」
「いや、あるからね!? 何さらっと自分の欲望叶えようとしてんのさ! 第一お嫁さんはお互いに好きあってそれから初めてなるものだからね!?」
「5人もお嫁さんいるのに何今更純情ぶってるのよ。いいじゃない。それとも見捨てて魔族大陸にほっぽり出すの? 言っとくけど知能が高い魔族は殆どが私の配下になってるけど。そうじゃないのもいるし、オークみたいな女の敵である野生の魔物だってたくさんいるんだからね?」
「いや、ほっぽり出すのは可哀そうだし普通にここで保護してやればいいじゃないか。別にお嫁さんになってもらわなくても……」
「それじゃあ私が思う存分触れないでしょうが!!」
正論を言っているのはシーツァのはずなのだがトモエの言葉の力強さに思わず頷いてしまいそうになっているシーツァ。
生前、トモエにとっては地球にいた頃、2人は共にオタクの道を邁進していたのだがシーツァは普通に2次元の女の子を愛するまあとりわけ一般人が想像するようなオタクではあったのだが、トモエの方は池袋に多くいるようなカッコいい男や可愛らしい男の子、他にも男同士の友情……まあそんな感じの物にはあまり興味が無く、シーツァと同じように2次元の女の子が好きなちょっと女のオタクとしては一般人が想像するのとはすこし違っていた。
「イリスからもなんとか言ってくれ。流石に嫌だよな? 神様が魔族のお嫁さんになるのなんて」
「いえ、私は別に構いませんよ?」
イリスの方から否定してもらおうと話を投げたのだが、帰ってきた答えはシーツァの想像していたものとは全く別の物だった。
「シーツァ君カッコいいし、それに私ちょくちょくシーツァ君の事見てたんだよね。特にソーラちゃん達を守る為に単身ドラゴンに挑んでたのはもうね! きゅんと来たね! それからだね、シーツァ君を見る回数が増えてってのは。だから私はシーツァ君のお嫁さんになるのは嫌じゃないよ。むしろして」
「いや、ほんとにいいのか? 人間達を嬉々として殺してたような男だぞ?」
「人にはそれぞれの都合があるよ。第一シーツァ君が殺してたのって大概悪い事してた人間じゃないか。そいつらも今はシーツァ君で言うところの地獄に落ちてるしね」
「はい! じゃあ決定! イリスはシーツァのお嫁さんになりました! 異議は認めません! はい、これでこの話終了!」
イリスの言葉を聞いて嬉々とした顔で強引に話しを打ち切るトモエ。それを聞いたアイナが笑顔で拍手を始め、それに同調するようにシリルも拍手をする。
嬉しそうな顔の2人を見たシーツァが異論を挟めるはずもなくその隣ではソーラが小さく溜息を吐いていた。
「これからよろしくね? 旦那様!」
「ハ、ハハハ……」
可憐な花が咲き誇るかの様な見る者全てを虜にしてしまいそうなイリスの笑顔にシーツァは乾いた笑いを上げる事しかできなかった。
人間との戦いの後女神様が空から降ってきたその日、シーツァのお嫁さんにとても綺麗な見た目の駄女神様が加わりました。
とうとう駄女神様がシーツァのお嫁さんになりました。
当初はヒロイン化する予定が無かったんですが、いろいろありまして今に至ります。
それにしてもシーツァ君は若干トモエの尻に敷かれかけてますね。地球にいた時と力関係は全く変わっていない2人です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。最終章も本格的にスタートしてきました。このまま最後まで頑張っていきますので宜しくお願い致します。
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