86話 暴走のようです その1
乾いた荒野に佇む1人の美しい女性。シーツァ達が知っている姿から変わってしまったソーラの存在にしばらく呆然としていたシーツァだが、やっとのことで疑問を口に出すことができた。
「まさかソーラ? 進化したのか?」
シーツァの疑問は正しく、間違いなくソーラはゴブリンクイーンからの進化に成功していた。見た目も肌の色が病的なまでに薄い青白色に変わり、綺麗な漆黒の髪も氷から生み出された様な透き通った青白い髪に染まり冷たい輝きを振りまいている。しかし先程まで漆黒だった瞳は鮮やかな青に変わっていたものの、何も映していない無機質さだけは一切変わっていなかった。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
荒野に佇んでいたソーラから突如叫び声が上がり、体内の膨大な魔力をなおも上昇させつつ周囲に広げていく。するとソーラを中心として大地がパキパキと音を立てて凍り付いていき、周囲の気温も急激に下降していった。
「いけない! ソーラちゃんの魔力が暴走してる!」
寒さに体を凍えさせながらトモエが叫ぶ。
「何っ!?」
「たぶん暁を刺したウェウェコヨトルに対する怒りや憎しみが行き過ぎて感情が抜け落ちてたんでしょうね。それでそんな時に進化したもんだから魔力を制御できずにああなっちゃったのよ」
トモエが解説している間もトモエの魔力は上昇と拡散を続け周囲の気温はすでに吐く息が真っ白になる程に低下していた。荒野を駆け抜ける風に含まれている塵さえも凍りつき白い結晶となって凍りついた元荒野に吹き付ける。天候までもが変わっていき、ちらほらと雪が降り始めたと思ったらすぐに激しい吹雪に変わっていき、辺りはすでに荒野だったことを忘れ、雪と氷の大地へと変貌していった。
遠くではウェウェコヨトル配下の魔物達が帝国の兵士達と戦っていたようだが天候の突然の急変にどちらも困惑し、魔力を感知できる者はあまりの強大すぎる魔力に戦意を喪失し凍りついた地面にへたり込んでいる。当たり前といえば当たり前だが人間よりも魔力に対する親和性の高い魔物達は脱兎の如く逃げ出すか、なんとか生き残る為に魔力を高めて抵抗しようと兵士達に襲い掛かり自らの力へと変えていった。
そんな魔物達の急襲に兵士達が対応できるはずもなく、次々とその牙や爪に命を散らし、数少ない抵抗できた者も魔物達の生き残る為の執念による戦意の高さに対抗できず次々と逃げ出していく。
「なにが……何が起こっているというのだ……」
船のそばに設置されている本陣で戦場の様子を窺っていたカザムは、今まで生きてきた中で体験したことのない、更に言えば伝え聞いたことも無い事態に困惑し、次々と戦場から逃げ出し戻ってくる兵士達を見るとすぐに我に返り指示を飛ばしていく。それは撤退の指示であり、今現在生き残っている兵士達だけならば大海竜に破壊されずに済んだ旗艦に十分収容できる。物見からの知らせでアドールが討ち取られた事を知ったカザムは信じられないと思いつつも現在この地を襲っている猛威から兵士達を故国へ帰すために行動を開始した。
時間が経つにつれて吹雪も勢いを増していき、シーツァ達でさえ立っているのが精一杯になっている。すでに周囲は吹雪によって遠くが見渡せなくなる中トモエのトモエの叫び声が聞こえてきた。
「暁! 早くソーラちゃんを止めて! このままじゃ取り返しのつかない事になる!」
「なんだ取り返しのつかないことって!?」
「こんな暴走状態で魔力を垂れ流しているのよ!? 魔力が枯渇するだけならいいけど、そのうち生命力まで魔力に変換して使い続けるわ! そんな事したら待っているのは死だけよ!」
トモエの発した驚愕の言葉に言葉を失うシーツァ。そのソーラの死という言葉にシーツァの思考が完全に停止した。
「ど、どうにかならないのか!?」
「がぅ、任せろ。ソーラ少し寝てろ」
パニックに陥ったシーツァの誰かに縋り付くような言葉に答えたのは意外なことにシリルだった。【空間機動】を使い積もった雪など気にしないとばかりに空中を駆け抜けソーラの上まで来ると、その右腕に装備されたガントレットを巨大化させまるで隕石のようにソーラに向けて拳を降らせた。
「シリルちゃんダメッ!」
トモエの悲鳴のような声が聞こえた瞬間突如シリルのガントレットが音を立てて拳から順に凍り付いていく。
「!?」
凍り付いていくガントレットを目にしたシリルは一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、シーツァ達の中で1番本能に忠実なシリルは即座に空中を蹴りソーラとは反対方向に跳び退った。
雪の上に着地したシリルの右腕にある巨大化したガントレットは拳が完全に凍りつき、手首にまで迫っている。不幸中の幸いなのは、巨大化させていたためにシリルの手には殆ど影響が無かったことだろう。多少手が悴んでいる為動きがぎこちない気がするがそれでも手が完全に凍結するよりかはマシであった。
「大丈夫かシリル!?」
「がぅ、大丈夫。少し手が冷たくなっただけだ」
「そうかよかった……。でもいったいどうしたら……。そうだ! トモエ! ちょっと頼みがある」
ふと閃いた事を実行するためにトモエに声を掛ける。少し離れた所にいるトモエは少ない魔力を効率よく使って全身に膜を張り、少しではあるが寒さを和らげていた。
「なによー」
「トモエの【時空間魔法】は後何回つかえる?」
「そうね、精々後1回が限界よ」
トモエの回答にシーツァは自分の閃きが実行できることに喜び、今も叫び声を上げ続けるソーラを見据えながら頼み事を口にした。
「ならその1回で俺とソーラをトモエの作った亜空間に閉じ込めてくれ。そこならこっちに影響が出ることはないだろ」
「暁、あんた正気で言ってるの? 今の魔力じゃ1回しか開けない。てことは何かあっても連絡取れないし戻してあげることもできないのよ?」
「ああ分かってる。それでもだ。こんなになっちまってるソーラを見捨てる訳にはいかないからな」
ある程度予想できたシーツァの回答にトモエは額に手を当てながら溜息を吐く。呆れているはずの顔にはそんな表情は一切無く、嬉しさに満ちていた。
「……わかったわよ。――そんな暁だから好きになったんだしね――。でもこれだけは約束して。必ず2人で帰ってくるって!」
「? ああ、わかった約束する。俺はソーラを連れて必ずみんなのいる所に帰るよ」
途中聞き取れなかったトモエのセリフに首を傾げるが、すぐに気を取り直すとトモエの懇願にも似た言葉に強く頷く。吹雪の中その姿が見えないはずなのにも関わらずトモエの瞳にはシーツァが力強く頷いている姿が映っていた。
「それじゃあ大きいの開くわよ。暁とソーラちゃんの頭上から門を落とすからその場から動かないでね!」
言うや否やトモエのなけなしの魔力が高まっていきシーツァとソーラの頭上に空間の歪みが現れその大きさを広げていく。2人をすっぽりと余裕で囲えるほどの広さになった歪みは徐々にその高度を落としていきシーツァとソーラの2人を亜空間へと飲み込んでいった。
ソーラが空間の歪みに飲み込まれた瞬間徐々に吹雪が弱くなっていき、やがて雪も止むと空を覆っていた黒雲は晴れ空には青空が広がっていく。やがて空間の歪みが消えるとそこには2人が立っていたであろう足跡だけが残されていた。
「暁、ソーラちゃんを必ず助けてね」
2人が消え去った場所を見つめたままトモエはシーツァとソーラ、2人の大事な人が無事に帰ってくる事を祈っていた。
少し短いですが切りがいいのでここで一旦切らせていただきます。続きは次の日曜日に投稿する予定になっています。
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