85話 裏切りのようです
「ゴフッ……」
右胸から生える剣が内臓を傷つけているのか口から盛大に血を吐き出したシーツァは途切れそうになる意識を何とか保ちながら自分を刺したであろう犯人がいる背後に目を向ける。そこにはアドールに倒され気絶していたウェウェコヨトルが人間の形態に戻り、狂気の笑みを浮かべながらシーツァを刺し貫いているのが目に映った。
「て……てめ……なにしやがる……」
「クヒヒヒヒ、貴様が……貴様が悪いのだ。貴様がいたからトモエ様が私の求婚を断られたのだ。貴様さえいなければ今頃トモエ様は私の物だったのだ。貴様さえいなければ今頃私が魔族の王として君臨していたのだ……。それを……それを貴様が貴様が貴様がきさまがきさまがキサマガキサマガ!」
気が触れたような笑い声を上げシーツァに対する恨み言を口にし続ける。言っている事はすべて八つ当たりでしかないものの狂気に堕ちたウェウェコヨトルは目の前の男が自分の計画を狂わせたと信じて疑わなかった。
「グァッ!」
ドン、背中を蹴り飛ばされ強引に剣が引き抜かれる。無理矢理引き抜いたため傷口が更に広がりアドールとの戦いの傷が癒えていないシーツァにとって深刻なダメージとなっていた。
蹴られた衝撃で立っている事すらできなくなったシーツァはそのままうつ伏せになるように地面に倒れこむ。その際ギリギリのところで顔を横に向けることに成功し視界を塞ぐことは回避できたが、それ以上指1本動かすことができずにいた。
やばい……傷が深すぎる……。【超再生】もさっきの戦いで殆どのMP使ったから傷の修復が遅すぎる……。いくら【MP自動大回復】があるといってもこの傷を治すだけのMPは中々溜まらない……。【HP自動大回復】も今となっては焼け石に水だしな……。
そんなシーツァに向かいゆっくりと歩み寄るウェウェコヨトル。自分の圧倒的優位性を分かっているらしく、狂気の笑みの中に嗜虐の色を覗かせていた。
そして倒れているシーツァの体のすぐそばに足を着く様にして顔の正面に回り込むと更に口角を上げて自らの握る狂気を振り上げる。鈍く輝くそれは持ち主の感情に呼応しているかの様に怪しい雰囲気を醸し出していた。
「いいのかよ……そんなことして……」
浅い呼吸を繰り返しながら目だけを動かし弱々しくもウェウェコヨトルを睨みつけ問いかける。そんなシーツァの問いに一瞬何を聞かれているのか分からないといった表情になったウェウェコヨトルだがすぐにケタケタと嗤いながら答えた。
「クヒヒヒヒ、そんな事とは貴様の様なゴミを始末することですか? 大丈夫ですよ、トモエ様はきっとお許しになる。どんな手段を用いたかは分かりませんがトモエ様を操っている貴様を始末すればね」
自分勝手な持論を展開するウェウェコヨトルに反論しようとするシーツァだが胸を踏みつけられ肺の中の酸素を吐き出すだけに終わってしまう。更に踏まれた衝撃で薄い膜を張っていただけの傷口が開き、再び出血が始まってしまった。
「さあ、それでは早いところ貴様を始末してトモエ様に正気に戻っていただきますか。そうすればきっと私の伴侶となっていただけるはずですからね。それでは……死になさい!!」
逆手に持ち変えられた剣の切っ先がシーツァの側頭部目掛けて振り下ろされた。
「ウェウェコヨトルーーーーーー!!」
「!?」
迫り来る切っ先にシーツァが目を瞑り心の中でソーラ達に謝った瞬間怒声が上から降り注いでくる。その声に反応したウェウェコヨトルが咄嗟にその場を飛び退くと直後シーツァの目の前、先程までウェウェコヨトルが立っていた場所に2人分の足が降り注いできた。
「ウェウェコヨトル、あんた何トチ狂って人の旦那殺そうとしてるのよ!!」
「クヒヒ、これはこれはトモエ様。お労しや、やはりそこのゴミに操られておられるようですね。そうですよね? そうでなくては貴方様がこのようなどこの馬の骨とも知らぬゴブリンからの成り上がり者を伴侶になさるはずがありませんからね? ご安心なさいませ、今すぐにこのウェウェコヨトルめが解放して差し上げます」
シーツァとウェウェコヨトルの間に降り立ったトモエが怒声を張り上げる。しかしすでに狂気に堕ちたウェウェコヨトルはトモエが操られているという間違った事実のみを自らの真実として認識しているためトモエの怒りすら耳に入らず、自分勝手な言葉を並べるとトモエに向かって自らの剣を向けた。
「チッ、話が通じてないわね。それに第一あんたからの求婚を断ったのは暁が来る前でしょうが。あんたの下心が気持ち悪すぎたのよ、そんな事も分からないなんてね」
トモエが自らの魔力を高め臨戦態勢に入ると、隣にいたシリルも武器を構え鋭く相手を睨みつけながら唸り声を上げる。
「とりあえずあんたはブチ殺すわ。私に剣を向けたんだから当然よね」
「クヒヒ、おやおや【時空間魔法】を多用して残りの魔力もだいぶ少なくなってきているのに未来の伴侶である私を殺すだなど……。やはり操られていますね。ご安心ください、すぐに開放して差し上げますよ。クヒヒヒヒヒヒヒ!」
そう言うと地を蹴り勢いよくトモエに向かって接近戦を仕掛けようとするウェウェコヨトル。しかし突如飛来した複数の矢に感づき急制動を掛けると自らの得物で全ての矢を叩き落とす。その隙を突いてトモエが灼熱の火の玉を放ち、その後ろに隠れるようにシリルが詰め寄った。
「クヒヒ! 邪魔者が多いですねェ!」
断続的に降り続ける矢の雨に対処しながらでは拙いと狂った頭でも分かるらしく、その場を飛び退り矢と火の玉を回避すると迫りくるシリルのガントレットによる一撃を自らの剣で受け止める。ウェウェコヨトル自身はシリルの一撃にも耐えたが剣の方はそうもいかず、アドールとの戦いからの消耗もあり半ばから圧し折れた。
追撃を掛けてくるシリルに折れた剣を投げつけ、咄嗟に防御して受け止めたシリルを力一杯に蹴り飛ばす。吹き飛ばされるもすぐに体勢を立て直したシリルは特にダメージを受けた風もなく、トモエの隣に降り立った。
「クヒヒ! 仕方ないですねぇ、これならどうですか?」
そう言うとウェウェコヨトルの魔力が高まっていき、先程のアドールとの戦いで見せたような黒い魔力のきりがその体を包み込んでいく。その間にもアイナが矢を、トモエが魔法を撃ち込むものの全て黒い霧に阻まれ霧散していく。やがてその霧が内側に吸い込まれるようにして消えていくと再び大怪牛の姿となったウェウェコヨトルが姿を現した。
「クヒヒ! それではさっさと元凶を踏み殺して終わらせましょうか!」
巨体には見合わない速度で走り始めるウェウェコヨトルに再び矢や魔法が放たれその体に傷を与えていくものの、まったくと言っていい程意に介さずに倒れているシーツァ目掛けて突進していく。
その様子を倒れたまま見ていたシーツァは何とか動こうとするが先程開いた傷の修復が終わらず、立ち上がろうにも体を持ち上げることができずにいた。
そんな情けない自分に歯噛みしているとシーツァの体を温かい緑色の輝きが包み込む。いつの間にかそばに来ていたソーラがシーツァに向かって【回帰魔法】を行使しその全身の怪我を治癒していった。
「ありがとう、助かったよソー……ラ……?」
体力までは回復しきらなかったもののあれだけの傷が見事に無くなり、動くようになった体でシーツァが顔を上げてソーラに礼を言うと、その言葉は途中で尻すぼみになっていく。それは目の前にいるソーラの表情が完全に抜け落ち、その瞳が光を失っていたからだった。
普段の表情豊かなソーラからは考えられないその顔にシーツァは背筋に薄ら寒い感覚が走るのを感じ背筋を凍らせる。
シーツァの傷を癒し終わったのを感情のない瞳で確認するとゆっくりと立ち上がり今も地面を激しく揺らし、土煙を上げながら突進してくるウェウェコヨトルの前に立ち塞がった。
「ソーラ危ないから早く離れ――」
「……許さない……」
ボソッと呟かれた一言はシーツァの背筋を凍らせるには十分すぎた。
無機質な瞳で相手を見据え、右腕を地面と水平まで持ち上げると爆発的にその魔力を高めていく。
「クヒヒ! 死ねェーーーーーー!!」
次の瞬間目の前のソーラの急激な魔力の上昇に気が付かずにシーツァへと迫るウェウェコヨトルの目の前に巨大な大氷壁がせり上がり、その突進を阻んだ。
ウェウェコヨトルがソーラの作り出した氷の壁に激突すると物凄い衝突音が辺りに響き渡る。大きく分厚い氷の壁はウェウェコヨトルの突進を何事も無かったかのように受け止めると、自分の役目を終えたと言わんばかりにその姿を消していった。
「クヒヒ! なかなかやりますねぇ! ですが奇跡はそう何度も起こりませんよ!」
「「ソーラちゃん!」」
再び突進を仕掛けようとするウェウェコヨトルにアイナの矢やトモエの魔法が突き刺さる。さすがにトモエの魔法は鬱陶しく感じたのか後ろ足で地面を蹴り、大量の土をトモエに嗾けた。
津波を連想させる量の土がトモエに降り注ぎ、それを障壁を張って防ぐもウェウェコヨトルは既に走り出しシーツァ達に迫る。
「ソーラちゃん! 暁ぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!」
「クヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
トモエの悲痛な叫び声とウェウェコヨトルの狂った笑い声が戦場に響き渡る。ウェウェコヨトルが後一歩の所まで迫った時それは起こった。
「……【絶対零度】」
無機質な瞳のままウェウェコヨトルを睨み付けたソーラがボソッと呟く様な声で魔法を行使すると、次の瞬間ウェウェコヨトルは全身を透明度の高い氷に包まれ、絶対零度の名の通りすでにその体は細胞や血液までもが凍りついたウェウェコヨトルは自分がどうなったかも分からないままその醜い心とは裏腹に美しい氷のオブジェと化しその生涯の幕を閉じた。
そして程なくしてその氷のオブジェはまるでガラスの砕ける様な音と共に粉々に砕け散り、太陽の光を乱反射させキラキラと輝きながら周囲に降り注いでいく。
「キレイ……」
ソーラの上、その幻想的とも言える光景に見とれいていたトモエの呟きに共感するように頷くシーツァ。トモエの開けたままにしていた空間の穴から同じ光景を見降ろしていたアイナの表情は次の瞬間凍りついた。
突如ソーラの魔力が異常なまでに上昇していき、体が赤黒い魔力の霧に包まれていく。なおも上昇していく魔力にトモエとシーツァも気が付き、あまりの凶悪な魔力に臨戦態勢を余儀なくされていた。
「何がおこってるの……?」
「ソーラちゃんを~、包んでる~、あの霧なんだけど~、私の【透視】じゃ~、濃すぎて見通せないわ~」
のんびりとした口調の中に焦りの感情を隠せないアイナの声が終わると同時に周囲に魔力の霧が拡散するように消えていくと、中から氷から作り出したかの様な美しい1本の角を生やした鬼がその姿を現した。
狂いきった人間の台詞がここまで私を悩ませるとは思っても居ませんでした。正直最初のセリフ以外は笑い声だけな気がします……。
もっと上手く表現できたら読んで下さっている皆さんも楽しめると思うんですが、できない自分の文章力の無さを痛感します。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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