80話 帝国兵との戦いのようです その1
乾いた風が吹く荒野。それは魔族大陸にある魔王城のある街、テノチティトランから少し離れた海がすぐ見える場所。現在そこに立つシーツァ達の前方には約300体程のゴブリンとその奥に展開している帝国軍総勢5000名の兵士、更に置くには所狭しと陸に繋げられている軍船が多数存在していた。
そして後方には今回の迎撃部隊の本体である獣魔軍団がウェウェコヨトルを先頭に展開している。
「トモエー、聞こえてるかー?」
突然シーツァが何もいない虚空に向かって話しかける。事情を知らない人が見たら頭のおかしい人にしか見えないが、現在シーツァの声はトモエの【時空間魔法】で互いの声が届くようになっていた。
すぐにトモエからの返事がシーツァの耳に聞こえてくる。
『聞こえてるよー』
「【気配察知】で確認したんだけど、やっぱりゴブリン達は人質取られてるっぽいわー。船の中に捕らえられてるみたいだから助けに行ってくる。俺が先鋒のゴブリン達気絶させたらすぐに亜空間に回収してくれー」
『了解ー。救助が終わったらどうするのー?』
「一旦下がるわー。ウェウェコヨトルも戦いたいだろうしー」
『あいよー。気をつけてねー』
「おおー。んじゃ俺達も行動開始しますか。アイナ、敵さんは今どんな感じ?」
シーツァの隣で【鷹の目】を使い帝国軍の様子を窺っているアイナが視線をそのままに答えた。
「そうねぇ~、ゴブリン達は~、なんか悲壮感漂わせながら~、武器を構えてるわねぇ~。人間達は~、陣地の設営が~、終わったみたいねぇ~。ほぼ全員が~、武器を構えて~、陣形組んでるわ~」
「了解。シリル、俺と一緒にゴブリン達が突撃してきたら【威圧咆哮】で気絶させるぞ。ソーラは万が一人間達がゴブリンを攻撃し始めたらそれを防ぐのと負傷者を手当てしてやってくれ」
「がぅ、まかせろ」
「わかりました」
ソーラ達に指示を出し終えたシーツァが意識を戦闘用に持っていこうとすると、視界の隅に顔を赤くして息を荒くしている1人の変態がいることに気がついた。できる限り関わりたくないと思ったシーツァがスルーを決め込んでいると、変態は更にエスカレートしていった。
「はぁっはぁっ。私をまるでいない者のように扱うだなんて……。なんて酷いお方……、けどそれがたまらないっ!」
自らの体を抱きしめるようにして悶えているチャーチ。このままでは地面に転がり始めるのではないという危惧をシーツァに抱かせる程に酷い有様だった。出合った時の高圧的なまでの彼女はいったい何処に行ってしまったのだろうか。
「い・い・加・減に……しろっ!」
「きゃいん! ああ、この痛み……、なんて心地いいのでしょう……。流石はシーツァさん、その蔑む様な眼差しも素敵ですわ!」
「……とりあえずチャーチにはやってもらいたいことがある。俺が捕らえられているゴブリン達を助け出したら1隻だけ残して敵船を沈めてほしい。配下じゃ出来なかっただろうけどチャーチならできるだろ?」
「お任せ下さいまし! このチャルチウィトリクエ、その大役きっちり果たして見せますわ! ですからそのぅ……、成功したらご褒美を頂きたいのですが……、よろしいでしょうか?」
その蕩けた、恍惚とした瞳でシーツァを見つめるチャーチにドン引きしながらもなんとか持ち直し指示を出す。力強く返事をし張り切っているチャーチは、途中顔を赤らめ先程よりも小さい声でおねだりをしてきた。先程の変態っぷりとは違い可愛らしい仕草にシーツァは不意を突かれたのか若干声が上ずってしまう。
「あ、ああ、俺に出来る事ならな」
「その言葉忘れないで下さいましね! オホホホホ! 今の私に出来ないことなどありませんわぁー!!」
シーツァの言葉を聞いたチャーチは全身から金色のオーラを発しキラキラと輝いている。まるで某ゲームの星を取った配管工や穏やかな心を持ちながらも激しい怒りを覚えた某戦闘民族を彷彿とさせる様相を呈していた。
そんなスーパーチャーチをトモエに【時空間魔法】で海上に転送してもらうように頼むとチャーチの足元に黒い穴が開き、金色に輝くチャーチは高笑いをしながらその穴に落っこちていった。
「さて、準備も済んだし、敵さんの準備も終わったみたいだな。誰か出てくる」
シーツァが視線を向けた先では一番前線に展開していたゴブリン達がまるでモーゼの十戒のごとく左右に分かれ道を開き、そこを威風堂々と歩いてくる白銀の鎧を見に纏い、自らの背丈よりも大きい大剣を背負った偉丈夫が現れた。
男はゴブリン達よりも前に出ると立ち止まり、仁王立ちの姿勢で自らの敵である魔族達をその鋭い眼光で睨み付けると大きく息を吸い人間とは思えない声量で宣戦布告を行った。
「聞けぃ! 人々に仇なす悪しき魔族共! 我はヴィクト帝国にて将軍の任を賜りしアドールである! 我々は貴様ら魔族を滅ぼしこの大陸を我々の手に取り戻す! その汚い首を洗って待っているがいい!!」
宣戦布告を終えたアドールはさっと身を翻し再びゴブリンの間を通って元の場所まで戻っていく。アドールが通り終えると道を開けていたゴブリン達は割れた海が戻るように元の状態に戻っていった。
完全に道が塞がるとアドールの横に立っている黒い軍服を纏った細めの男が高らかに号令をあげる。
「いざ魔族共を殲滅する! ゴブリン共を突撃させよ!」
号令と共に兵士達がゴブリンに突撃するように指示を出す。仲間を人質に捕られているゴブリン達は、必死の形相で雄たけびと土煙を上げながらシーツァ達目がけて突撃してきた。
「仲間の為にあれだけ必死になるんだ。やっぱりゴブリンは仲間が大事なんだな……。ソーラ、アイナ、耳を塞いでてくれ。シリル、やるぞ」
「「はい(~)」」
「がぅ」
徐々に迫ってくるゴブリン達の前にシーツァと並んでシリルが立ち塞がる。土煙を上げながら突撃してくるゴブリン達を見据えると2人は大きく息を吸い込む。
2人とゴブリン達の距離が残り5m程まで近付いた時、戦場全てに響き渡る音の大瀑布が放たれた。
「「ウオォォォアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」
ビリビリと空気を激しく震わせる咆哮は戦場を駆け回り、全ての生物の耳を震わせた。特に至近距離で【威嚇咆哮】を喰らったゴブリン達は次々と気を失い倒れていく。咆哮が止んだ後、シーツァ達の目の前にはたった1人を除いて気絶し、地に倒れ伏しているゴブリン達の姿があった。
ゴブリン達の先頭を走り、果敢に突撃してきたその個体は気絶寸前になりながらもなんとか堪え、震える両手でボロボロの剣を握りしめていた。
「へぇ、俺とシリルの【威嚇咆哮】を喰らって気絶しないなんてなかなかやるな」
「負ケル訳……イカナイ……! 仲間……助ケル……!」
息も絶え絶えになりながらも捕まった仲間を助けたい一心で何とか立っているゴブリン。その瞳は力を失っておらず、死んででも助けると叫んでいた。
「大丈夫だ、お前の仲間は俺が助けてやる。だから安心して――!? ソーラ!!」
「任せて! 【氷の壁】!」
ゴブリン達を巻き込むのも構わないと言った風に突如降り注いできた大量の矢をソーラが魔法で作り出した壁が弾く。透明な壁の奥を見てみると号令を受けた兵士達が槍を構え、密集陣形を作り突撃してくるのが見えた。
「トモエ―! 俺は捕まってるゴブリン達を助けに船に乗り込む! このゴブリン達の事はよろしく頼むなー」
『任されたわー。【異次元部屋】』
トモエの言葉と共にゴブリン達のすぐ下の地面に闇で形成されたような穴が開く。気絶しているゴブリン達は次々と亜空間に落ちていき、唯一意識を保っていたゴブリンも落下する時には限界だったのか意識を手放していた。
「それじゃソーラ達はトモエの所まで下がっていてくれ。捕まっているゴブリンの救出は俺1人で行ってくる」
「わかった、気を付けてね」
ソーラが代表して短く返事をすると、シーツァのすぐ隣に先程ゴブリン達が落下していった物と同じ穴が広がる。ソーラ達は順番にシーツァに軽いキスをすると次々と穴の中に飛び込んでいく。最後にシリルが穴に入ると急速に穴は塞がっていき、すぐに普通の地面へと様変わりしていた。
「さて、それじゃあ俺も行きますか。このままチンタラしてたら巻き込まれるからな」
目線を斜め上、帝国の船の上空に向けるとすぐに【転移】を発動し船の上空に瞬間移動する。先程までゴブリンごと蹴散らす筈だった魔族が突然掻き消えた事に何名かの兵士は疑問を覚えたがそれを口に出すことはなく、すぐに思考を切り替えてウェウェコヨトルが率いる獣魔軍団目掛けて突撃していった。
なんかとても主人公っぽいゴブリンが登場しました。シーツァもチートが無かったらああなっていたんでしょうか……。
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