74話 会議室の闖入者のようです
決闘でのダメージから気を失っていたシーツァが目を覚まし、目に映ったのはトモエの作り出した白い亜空間ではなく決闘を始める前までいた会議室の天井だった。
横になったままボーッとする頭で瞳だけを動かし周囲を見やるとすぐにソーラとトモエの顔が瞳に映った。
「よかったやっと目を覚ました。シーツァ、どこか痛いところはない?」
「いや、少し頭がはっきりしないけどどこも痛くないよ。ソーラが治してくれたのか?」
「ううん、私じゃなくてトモエさんが一瞬で治したんだよ。まるで時間を巻き戻すみたいに元に戻っていくからびっくりしたよ」
「巻き戻すみたいに?」
「そうよ。私のスキルの1つに【時空間魔法】ってのがあってね。暁の体の時間を決闘前まで巻き戻したのよ。便利でしょ?」
シーツァの体を挟んでソーラと反対にいるトモエがドヤ顔で哀愁すら漂うほどに平らな胸を精一杯に張っていたる。
そんなトモエの姿を見るシーツァの視線は顔ではなくある一点に集中していた。そう、トモエの絶壁に。
「何か非常に不愉快な視線を感じるんだけど?」
「き、気のせいじゃないか?」
トモエの鋭い指摘にシーツァは一瞬声がドモってしまうが幸いトモエには感づかれなかったようである。
いつトモエに感づかれるか内心冷や冷やしているシーツァの頭上に影がさす。そこには先程まで戦っていたウィツィロポチトリが立っていた。顔が影で隠れているため表情は読み取れないが、どうやらもうシーツァを否定する気はないようだ。
何とか体を起こしウィツィロポチトリの方へ向き直ると会議室の床に胡坐を掻く。
「なんだ? まだ不満でもあるのか?」
「いえ、不満など負けた私が言えるわけもありません。あなたの力量を知らぬとはいえ数々の暴言、誠にお許し願いたい」
そう言って姿勢を正すとシーツァに向けて深々と頭を下げるウィツィロポチトリ。こうもあっさりと自分の非を認めるウィツィロポチトリの姿に当事者のシーツァもどう反していいのか分からなかった。
「あ、ああいいよ別に。確かにあんた等からしたら俺は何処の馬の骨とも知れない奴等だろうさ。あんたの判断は正しいと思うよ。やり方は別としてな」
「ありがとうございます」
「はい、それじゃあこの問題は解決ね。まだシーツァに言いたいことがあるのはいる?」
シーツァが勝ったのが余程嬉しいらしいトモエは得意満面の顔で周囲を見渡す。
と言ってもこの場にはシーツァと幼馴染のトモエは言わずもがな、シーツァの嫁’sとシーツァのお陰? で性癖が開花しシーツァにある種の好意を持っているチャーチ、今し方シーツァに決闘で負け、シーツァを認めたウィツィロポチトリがおり、中立的といえるのはトモエの側近のトラソルテオトルと四魔将のケツァルコアトルのみだったため、トモエが訊ねたのは主にこの2人であった。
「いえ、私は特にございません。実力はあるようですし特に問題ないかと」
トラソルテオトルが賛成の意見を上げる中、1人手を上げるものがいた。
「あれ、あなたが意見するなんて珍しいわねケツァルコアトル。まだ暁を認めないの?」
「いえ、トモエ様のお決めになられたこと我に反対する気など毛頭ありません」
「じゃあ何が言いたいの?」
「1つだけ。そこな鬼、暁と言ったか。汝は強い。故にいずれ我とも手合わせをしていただきたい」
「ふぁっ!?」
表情の変わらないケツァルコアトルの思いもよらぬ一言にシーツァはおかしな声を上げてしまう。
先程戦ったウィツィロポチトリよりも更に強そうに見えるケツァルコアトルからの手合わせの申し出はシーツァを焦らせるには十分すぎた。
若干混乱しているシーツァの横で周囲に聞こえないようにトモエは溜息を吐きながら独り言ちる。
「まさか手合わせの申し出とはね……。私を除けば最強の魔族だからね。模擬戦相手もいないみたいだったし、シーツァの戦いを見て久しぶりに戦えるって喜んでるのかな?」
「ハハハ……その、まあそのうちな……」
そんなトモエの呟きはシーツァの耳に届き、ケツァルコアトルを見て乾いた笑い声をあげながらとりあえずその場をなんとか誤魔化してやり過ごした。
程なくして座り込んでいたシーツァの体力も回復し、全員が再び先程の位置に座り直し会議が再開される。
会議が開始された時のようなシーツァを訝しむような視線は既になく、ケツァルコアトル等四魔将はすでに平常通りの態度で会議に臨んでいた。
「それじゃあ、暁をテスカトリポカの爺様の後釜で四魔将に据えるって方向でみんな異存はないわね? ただシーツァはアンデッドじゃないから不死軍団と名乗るのはちょっと変かしらね」
「とりあえずアンデッドを作り出す事は出来――」
「ちょぉっと待ったぁーーーーーー!」
威勢の良い声と共に、バン! と会議室の扉が勢いよく開かれるとそこには1人の青年が扉を開け放った体勢のままトモエの隣にいるシーツァに向けて鋭い視線を向けていた。
整った顔立ちをしており、質の良い鎧を装備している事から兵士クラスではなく最低でも誰かを指揮する立場なのだろうことが窺える。
「トモエ様! そんなどこの馬の骨とも知らぬ者よりも是非この俺を四魔将に――へぶぅ!?」
ケツァルコアトルがでかい図体に見合わず音もなく席を立ち、突如現れ騒ぎ始めた青年に近づくとその横顔に向けてその握りしめた拳を振り抜いた。
拳が横顔にクリーンヒットした青年は変な声をあげながら綺麗に吹き飛んで行き、会議室の壁にぶち当たるとそのまま地面に倒れ伏す。
「あのー……、大丈夫なのかあいつ?」
突然の惨状に恐る恐るシーツァがトモエに尋ねると隣のトモエは盛大に溜息を吐き、口を開こうとしたところで倒れていた青年が勢いよく立ちあがった。
「突然何をなさるのですかケツァルコアトル様! このウェウェコヨトルが何をしたと言うのです!」
「分を弁えよ。トモエ様がお決めになった事に異を唱えるなど……身の程を知れ」
青年――ウェウェコヨトルの抗議に対してもケツァルコアトルは意に介することなく、逆に威圧する勢いである。
その威圧にウェウェコヨトルが怯んでいる中、シーツァが再びトモエに尋ねた。
「で、誰なんだあいつ」
「あれはウェウェコヨトル。四魔将に匹敵する実力の持ち主なんだけどね……、性格に若干の難があるというか、まあそんな感じよ」
はぁ、と気の無い返事をしたシーツァがふとウィツィロポチトリの方に目を向けると、彼は顔を赤くして俯きながら震えていた。どうやら先程までの自分の姿と重なって酷く恥ずかしい、穴があったら入りたいと思っているようだった。
「貴様! 先程からトモエ様に向かって馴れ馴れしいぞ! 貴様のようなどこの誰とも知れぬ輩よりも俺の方が四魔将に相応しい! 勝負しろ!」
「なあトモエさんや」
「なあに暁さんや」
「やっぱり新顔の俺がいきなり四魔将なんていろいろと角が立つんじゃないか? 他の奴にしろよ。目の前のあいつとか。正直四魔将に匹敵する奴と戦うのなんてめんどくさくて嫌だぞ」
「ほほぅ、貴様なかなか見所があるな。確かに貴様よりもこの俺の方が四魔将に相応しいのは誰の目にも明らかだろう!」
バッ、と勢いよく両手を広げ、盛大に体を逸らしながらドヤ顔を決めるウェウェコヨトル。そんな彼の姿を見ながらトモエは本日何度目かになる溜息を吐きながら決定事項を告げる。
「はぁ~、仕方ないなー。それじゃあシーツァはしばらくトラソルテオトルと一緒に私の側近ね。ソーラちゃん達シーツァのお嫁さん達は形だけシーツァの配下ってことで良い? それとウェウェコヨトル、お望み通りあんたを四魔将に昇格しましょう。これからは獣魔軍団統括獣王ウェウェコヨトルと名乗りなさい」
「はっ! ありがたき幸せ! このウェウェコヨトル、今この時より獣王の二つ名に恥じぬ働きをしてご覧にいれましょう!」
片膝を着き深々と神戸を垂れるウェウェコヨトルの姿にシーツァは安堵の溜息を漏らす。あの様子ならしばらくはシーツァに突っかかってくる事もないだろう。
少し気が楽になったシーツァの視線の先ではウェウェコヨトルが四魔将の空席、テスカトリポカが座っていた席へ移動すると感慨深そうに腰を下ろした。
その様子を見ていたトモエは改めて周囲を見回し、全員が自分を見ている事を確認すると1つ頷いてから口を開く。
「それじゃあテスカトリポカの後任も暁達の事も決まったし、今日の会議はこの辺にしますか。解散!!」
トモエの号令と共に四魔将は立ち上がり、そのまま部屋を出て行く。シーツァ達も同じように席を立とうとしたところでトモエに呼び止められた。
「暁達は残ってね」
立ち上がりかけていたシーツァはその言葉に出鼻を挫かれ、足を滑らせてしまう。顔面を会議室のテーブルに強かに打ち付け、しばらく会議津内にはシーツァの呻き声が響いていた。
会議室に新キャラが登場しました。彼の正体は既に決まっています。
本当はケツァルコアトルをそうするべきだったんですが、ケツァルコアトル=ドラゴンのイメージが強すぎて彼を登場させることに相成りました。
リヴァイアサン、ジズと来たらやっぱりあれも出さなければなりませんよね。
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