70話 異世界で幼馴染との再会のようです
シーツァ達一行が【気配察知】を頼りに路地裏を進んで行くと、目的の場所に近づいてきた所為か徐々に言い争うような声が大きくなってくるのが分かった。
更に速度を上げ声の発生源まで駆け抜けて行くとそこは路地の奥、行き止まりになっている場所になっていた。
そこには【気配察知】で感知した通り、男3人に女が1人いる。男の方は3人とも狼が二足歩行しているような外見の狼男で、女の方は背が低く、ローブを着ている。フードの部分で顔が隠れているためよく分からないが、2本の角が若干フードから飛び出しているのが分かった。
「おいおいお嬢ちゃん、いい加減大人しく俺達について来いって。今ならやさしくしてやるからよぉ」
「そうだぜぇ~、こいつ怒らせたら怖ぇーからよー。大人しくついてきたほうがいたい思いしなくて済むぜぇ~」
「そうそうそれに、俺達ゃかの魔王軍の兵士だからな。いつも攻めて来る人間共から守ってやってる兵士の方にお礼しなきゃならないんじゃないか? その体を使ってたっぷりとな」
3人とも下卑た感情を隠そうともせず、にやけた目でローブに隠れた体を想像しながらその裂けた口端から涎を垂らしていた。
そんな長身の狼男の厭らしい視線を受けてなお追い詰められているはずの少女は平然と佇み男達を睨みつけている。
「だ~か~ら~、嫌だって言ってるでしょ! 何が悲しくって女見たら盛るだけの男についてかなきゃならないのよ! ったく、近頃の兵士は質が下がったわね!」
「んだとこのアマ! こっちが優しく言ってりゃ付け上がりやがって! もう優しくなんざしてやらねぇ! やるぞおめぇら!」
「「おうっ!」」
少女の罵倒に千切れかかっていた堪忍袋の緒が切れた3人は自分達の爪を鋭く伸ばし襲い掛かるために体勢を低くする。
そんな狼男達の殺気を当てられても平然としている少女はよほど腕に自信があるのだろう、特に構える様子も無く相手が動くのを待ち構えていた。
「舐めやがって! 余程痛い目に会いたいらしいなぁ!」
1人が更に体勢を沈ませたかと思うとバネの様に一気に少女へ跳びかかる。
シーツァはそんな男と少女の間に飛び込むと、少女を庇うようにして立ち、男の爪を手首を掴むことによって阻んだ。
「はいストップ。そこまでだ。大の男が女の子1人相手にムキになるんじゃねぇよ」
「なっ!? テメェ邪魔すんじゃねぇ!」
掴まれていない方の腕を振りかぶり、遠心力を利用して横薙ぎにするように腕を振るってくる狼男の手首を掴み、先程と同じように受け止めた。
「何っ!?」
「だからお前さんじゃ俺には勝てないよ。大人しく引くんなら見逃すけど?」
「コケにされて誰が引くかってんだ! おいお前等! こいつを殺っちまえ! ……おい! 聞いてるの――」
味方の反応が無いことイラつきながら振り返ると目に映ったのは、そこに先程まで立っていた仲間2人が路地の地面に横たわっている姿だった。
恐らく気絶しているであろう仲間のそばには腕に手甲をつけた少女が物足りなさそうな顔をして立っている。
「な……いつのまに!?」
「で、お仲間さんはあんな状態だけどそれでもやるか? 俺はどっちでもいいけど?」
「ぐ……ちくしょう! 覚えてやがれ!」
シーツァの腕を乱暴に振り払うと捨て台詞を残し倒れた仲間を置き去りにして1人走り去っていく。
「シリル」
「がぅ、忘れものだ」
シーツァの合図を受けたシリルが倒れた狼男を片手で1人ずつ持ち上げると、1人で走り去っていった狼男目がけて勢いよく投げ飛ばした。
立て続けに投げられ人型の砲弾と化した気絶中の狼男は放物線を描くように飛んでいき、見事に目標に激突した。
投げつけられた先で小さく悲鳴が聞こえた気がしたが、シーツァはそれを気にすることなくローブの少女に向き直った。
「だいじょうぶか? まあ、助けなくても1人でなんとかしてそうな雰囲気だったけど」
「いや、助けてくれてありがと。流石に私がこんな街中で力を振るうわけにはいかないからね」
少女が差し出してくる右手を握り握手を交わす。小さい手はシーツァの手に覆われてしまいそうでとてもはかない印象を受けた。
「俺の名前はシーツァ。君は?」
「私の名前はトモエよ。よろしくねシー……ツァ……。暁?」
フードを外しその幼さが残る顔に笑顔を浮かべていた少女はシーツァの顔を見た瞬間その笑顔を凍りつかせた。
そして少女の口からシーツァがまったく予想だにしていない名前が発せられた。シーツァの地球で生きていたころの名前。暁という名前を。
「なんでその名前を……。てかその顔あいつの昔の顔にそっくりだ……。それにそのトモエって名前……。もしかして……!?」
「暁!」
トモエと名乗る少女が勢いよくシーツァの胸に飛び込んでいく。
見た目からは想像も出来ない威力に受け止めきることが出来ず、トモエの威力に押されるがままシーツァは路地裏の地面に押し倒された。
「暁暁暁! また会えた! 事故で死んだって聞いてびっくりしたんだよ! もう二度と暁に会えないって思うと悲しくて悲しくてすごく辛かったんだから! けど嬉しいよ! 地球じゃないけどまた会えて嬉しいよ!」
胸に力一杯顔を押し付けている為シーツァの胸に角が刺さり地味に痛みを与えているのだが、トモエはその事に気が付く様子もなく、もう会えないと思っていた人との再会に喜び、シーツァの胸を止めどなく流れる涙で濡らしていった。
「悪かったよ急に死んじまって。突然トラックに轢き殺されてな。為す術がなかったんだよ」
嬉し泣きを続けるトモエの頭をやさしく撫で続けていると落ち着いてきたのか徐々に泣き声が収まってくる。
「グスッ……、ごめんいきなり。グスッ、嬉し過ぎてつい……ね……」
ようやく泣き止んだトモエは泣き腫らし赤くなった目を擦り、鼻をすすりながらシーツァの胸から離れて立ち上がる。
顔が赤くなっているのは嬉しさによるものなのか先程までの勢いに任せてシーツァの胸に顔を埋めていたからなのかどうかは分からなかった。
「けどやっぱりまた会えて嬉しいよ。これからはまた一緒に――」
「シーツァ、終わりましたか? とりあえずそちらの方を紹介してください」
「シーちゃん~、その女の子と~、知り合いだったの~?」
邪魔になるといけなかったので路地の角から様子を見ていたソーラ達が姿を現す。
親しげにシーツァに話しかける2人を見たトモエの表情が先程までと打って変わって凍りついた。
「あ……暁? そ……そちらの女性はだ……誰なの?」
「ん? ああ、ソーラ達は俺の――」
「初めまして、シーツァのお嫁さんのソーラです」
「私も~、シーちゃんの~、お嫁さん~。アイナだよ~」
「がぅ、シリル。シーツァの嫁」
路地裏に静寂が訪れる。
先程までの熱されていた空気とは異なり、一瞬にして周囲の温度が氷点下まで下がったような感覚がシーツァを襲った。
目の前で先程まで喜びからの涙を流していたトモエの顔に歓喜はなく、大きく開かれている瞳の瞳孔が開き、真紅の瞳からは光彩が消えさっている。
能面のような表情に光彩を失った瞳、それだけでもシーツァに十分な恐怖を与えているのにも係わらずトモエの体からはユラリと魔力が目に見えるレベルで揺らめいている。
「あなた……暁じゃないわね? よくもぬか喜びさせてくれちゃって……。絶対に許さない……」
一切の感情を失ったような顔をしているが、可視化されるほどに濃密な魔力はトモエの感情を代弁しているかのように一気に吹き上がる。
一歩、また一歩と一気に詰め寄るのではなくゆっくりと着実に進んでくる姿は、力なく傾げられた首と相まって一層の恐怖感をシーツァに与えた。
「ちょっと待てトモエ! 俺は暁だ! お前の幼馴染だっただろう! 忘れたのか!」
「いいえ……、あなたは暁じゃないわ……。だって私の知ってる暁は……、3人もお嫁さんが出来るほどモテてなかった……。だからあなたは暁じゃないわ……」
ったく! 思い込みの激しさは昔のままか! 一旦ああなると手が付けられないんだよなー……。
シーツァが心中でボヤいていると、ゆっくりと地面と水平になるように持ち上げられたトモエの手から纏っている魔力と同じような濃密な魔力を込められたバスケットボール大の炎の塊が打ち出された。
まるで小さな太陽の様なそれはものすごい速度っでシーツァに迫ってきた。
どれだけ魔力をつぎ込んでるんだよ! あんなの喰らったら骨も残らんわ!
「【水の大砲】!!」
小さな太陽と、それよりも少し多きい水の塊が2人の中央付近で激突する。
シーツァの撃ち出した水の塊は圧倒的な高温にさらされ、一気に気化していく。
「あ、やばい!? 【竜巻の壁】!!」
シーツァ達とトモエを分断するように現れた荒れ狂う不可視の壁は、水の塊が一気に蒸発することによって起こる水蒸気爆発の爆風を防ぎ、上空へと吹き飛ばしていった。
しかし周囲の建物は爆風の影響を受け大きな亀裂が入り、爆心地を中心として爆熱に曝された路地裏はいたる所が黒く焦げ付いていた。
爆発の煙がゆっくりと晴れていき、あれだけの爆風に曝されたにも関わらず無傷どころか服に焦げ目1つ付いていないトモエは尚も立て続けに手の平に魔力を集中して次の魔法を放とうとしている。
「お前! 幼馴染を殺す気か!」
「いいえ、あなたは暁じゃないわ……。けど暁と同じ顔があるってことはきっとこの世界にも暁は来てるってことだから……。私はあなたを始末して本物の暁を探しに行く」
「ええいほんとに人の話を聞かないな! だから俺は本物だ! 幼稚園から高校までずっと同じクラスだっただろうが! それになにより俺は忘れてないぞ! 中学の体育の授業の時お前のとび蹴りを股間に喰らって失神寸前になる程に悶絶したこと!」
シーツァの中で半ばトラウマレベルの忘れたくても忘れられない、痛すぎる思いでを暴露するとトモエの瞳に理性の光が戻ってきた。
纏っていた魔力も引いていき、表情も無表情から戸惑いに変わっている。
「本当に暁なの? 偽物じゃなく?」
「だからさっきからそう言ってるだろ。ホント昔から思い込んだら中々人の話を聞かないな」
「うう、ごめん」
しゅんと項垂れるトモエの頭を撫でてやるとその表情が一気ににへらと緩む。
そしてシーツァとトモエの攻防が終わり、ソーラ達が集まると再びトモエに向かって自己紹介を始めた。
「みんな揃いも揃って美少女揃いね……、よし! 決めたわ!」
「はぁはぁ、ようやく追いつきましたわ。皆さん早すぎですわよ。私陸の上ではあまり早く走れないのですわ……。あら、そちらのお嬢さんが絡まれていた方ですの? ってトモ――」
「私も暁のお嫁さんになるわ!」
「トモエ様ぁーーーーーーーーーーーーー!?」
トモエの突然のお嫁さん宣言に驚いたチャーチの絶叫が路地裏に響き渡った。
トモエの体格ですが、身長はシリルよりも若干低い程度です。
ちなみに胸はありません。AAAカップの絶壁という設定です。
暁とは幼稚園時代からの仲で部活も同じ、行動する時は大抵一緒にいました。
家も近く、社会人になってからも度々遊んでいたのですが、ずっと一緒に過ごしていた故か互いに相思相愛の関係ではあったのですが距離が近すぎた為今まで、暁が発展しなかったようです。
なんかありきたりすぎる設定ですみません……。
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