58話 蛙の子は蛙ではなかったようです
シリルの巨大な拳によって地面に巨大なクレーターが作り出される。
拳が地面に激突した瞬間ものすごい衝撃音と共にグラグラと地面が揺れた。
少し離れているのにも関わらず聞こえた爆音と揺れに今まで気絶していた少年が目を覚ます気配があるのに気が付いた。
「ん……ここは……。確か僕は馬から落ちてそれで……。はっ! 追手は! 追手はどうなりました!」
首が千切れんばかりの勢いで周囲を見回し、気を失う前に見た光景とまるで変わっていないことに戸惑いを隠せないでいた。
「目が覚めたか。大丈夫か?」
「はい、特に痛みもありません……。失礼ですが貴方達はどちら様でしょうか。見たところ追手の連中とは違うみたいですが……」
少年は突然話しかけてきた俺達に警戒の色を隠すことなく尋ねてくる。
「ああ、安心しろ。あいつらとは無関係だ――と言ってもすぐには信用できないか。俺達はミミナートの街を目指して歩いていたんだが、前からあんたが追手と共に現れてな。馬から落ちて気絶したあんたを助けたら追手の男共は事もあろうに俺の嫁に手を出そうとしてたからな。嫁達が全員始末した。ほれ、あっちに転がってる全身黒焦げの死体や傷口が凍り付いてる死体とかあるだろ? あれがあんたを追ってきてた連中のなれの果てだ」
俺の指差す方向に目を向けた少年は驚きの光景に目を見開き、口をあんぐりと開けたまま固まった。
ギギギ、と油の切れた人形のような感じで首回してこちらを向くと、死体の方を指差し何か喋ろうとするも何を言っていいのか分からず声にならない声が出続ける。
しばらく口をパクパクさせていた少年は少し時間が経ち落ち着いてきたのか大きく深呼吸するとようやく声に出して俺にあの光景の説明を求めてきた。
「あれは貴方がやったのですか?」
「いんや、さっきも言ったがここにいる俺の嫁達がやった。本当は俺が皆殺しにするつもりだったんだがな」
「いつもシーツァの手を煩わせるわけにもいかないでしょ」
「そうよぉ~、たまには私達が戦わないとねぇ~」
「がぅ、私はまだ運動し足りないぞ」
「そ……そうですか……。皆さんお強いのですね……」
先程の凄惨な光景を起こしたとはとても思えない魅力的な女性達に顔を赤らめている少年。
見た目通りに思春期バリバリの少年はソーラ達に見惚れており、すでにその瞳に警戒心という言葉は無くなっていた。
「取りあえず自己紹介だ。俺はシーツァ。まあ、冒険者みたいなものだと思ってくれ」
「私はソーラ。シーツァのお嫁さん」
「私は~、アイナよ~。私も~、シーちゃんの~、お嫁さん~」
「がぅ、シリルだぞ。私もシーツァの番いだぞ」
「はっ、申し遅れました。私はこの一帯を治める領主アクドス・ギールが三男、マトモス・ギールと申します。今年で15になります」
我に変えった少年の自己紹介はいろんな意味で衝撃的だった。
確かにワルスの面影があり、彼を野性的なイケメンだとしたらこちらは中性的なイケメンといった感じだった。
アクドス、ワルス、ヤラシスのような性格の悪さは一切見受けられず一般的な良識をもっている真面目な、それでいて思春期真っ盛りな少年というのが印象に残っている。
「ほう、で、何で領主サマの息子が追われてたんだ? やっぱり親父のせいで恨みでも買ってたのか?」
「いえ、確かに父上のやり方や、兄上達の行いのせいで方々に恨みは買っていますが彼等は違います。彼等は姉上が、正確には姉上とその婚約者が差し向けた刺客ですね。父上と2人の兄上が何者かに殺害され当主の座が空いたのです。次期当主である兄上達も亡くなったものですから私が繰り上がりで次期当主になったのですが、姉上とその婚約者はそれが面白くないらしく私を亡き者にし、当主の座を奪おうとしているのです……」
血を分けた家族に命を狙われているのが余程ショックなのか落ち込みながら状況説明をする。
「だったら当主の座なんぞ譲っちまえばいいだろうが」
「それは出来ません。いえ、譲ったとしてもいずれ病死か事故死に見せかけて殺されるでしょう。家臣の中には私を強く押す人達もいるのです。当主の座を脅かす可能性のある私を姉上達が生かしておくとは思えません」
俺の質問に力なく俯きながら首を振り否定の言葉をだすマトモス。
その姿はとても15の少年がするとは思えないほどに達観した声だった。
「それで、お前はこれからどうするんだ? このまま街に戻っても殺されるだけなんだろう?」
「いえ、それでも私は街に戻らなければいけません。父上の行いによって荒れた街を元に戻す為にも私が当主にならなければいけないのです。姉上達が当主になっていまったら今以上にひどい状況になってしまいます。心苦しいですが何としてでも姉上達には退場していただきます」
俯いていた顔を上げ、先程までとは打って変わって悲壮感が漂っているがその瞳は決意に満ちていた。
へぇ~、あのクズ親父やクズ兄貴達とは違って真面目な奴なんだな。あの一族にこんなまともな奴がいるなんてかなり衝撃的な事実だ。正直他の家族同様のクズだったらこの場で殺そうと思ってたが……、こいつは助けた方が良さそうだな。助けた見返りに船でももらえれば御の字だ。
「だったら俺達を護衛にでも雇わないか? こう言っちゃなんだが俺達は結構強いぞ? お前の目的を果たす為にも必要な戦力になると思う」
「よろしいのですか? 今のギール家の財政は父上や兄上、それに姉上の散財によってかなり逼迫しています。あなた方が満足できるような報酬を払えるとは思えないのですが……」
「いや、金はいらん。そこまで金に困ってる訳じゃないしな。俺達が欲しいのは船なんだ。報酬は船がいい。大丈夫か?」
「船ですか……。たしか父上の所有している船が1隻あったと思います。それを報酬としてお渡しすればよろしいですか?」
「ああ、それでいい。それじゃ契約成立だな。これからしばらくよろしく頼むぞ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
差し出した俺の右手を躊躇うことなく握るマトモス。
先程と同じく瞳には決意の炎が灯っていたが、全体の雰囲気には既に悲壮感はなかった。
やはり強く押す勢力があったとしてもそれは政治的な勢力という意味合いであって、今の俺達の様な戦力としての勢力ではなかったようだな。あいての戦力がどれだけかは知らんが少なくともあの親父が率いていた軍勢よりも強くない限りは特に問題もなく終わらせられるだろ。
「それじゃ出発するけど大丈夫か?」
「ええと、そうだ! 私が乗っていた馬はどうなりましたか!?」
勢いよく立ち上がり、服が付着した土で汚れているのにも構わずに周囲を見回すと、すぐに発見出来た馬に駆け寄る。
倒れた馬の脚はおかしな方向に曲がっており、一目で折れているのが分かった。
「ああ、キタルファ……。ごめんよ、僕が無理をさせたばっかりに……」
息も絶え絶えな馬の顔を撫でながらマトモスは涙を流している。
馬も自分の主人の身を案じているのか、弱っている瞳に負の感情は無かった。
「キタルファは私が初めて父上に与えられた馬なんです。世話もずっと私がしていて、正直他の家族よりも大事な存在でした……」
近づいてきた俺達の方を見ることなく独白するマトモス。
すると突然キタルファが淡い緑の輝きに包まれた。
突然の事態に目を白黒させているマトモスだが、そんなことしらんとばかりに光は強くなっていく。
やがて光が収まるとマトモスは目の前の光景に目を見開いて驚いた。
脚の骨を折り、意気も絶え絶えになって倒れていたキタルファが自力で立ち上がったのである。
「!? いったい何が起こったのですか! あの怪我じゃもう立ち上がる事なんて不可能なはずなのに!?」
「私が治しました。これでもう心配はありませんよ」
驚いた表情のままソーラを見つめ固まっているマトモスの顔をキタルファが顔を摺り寄せて甘えるとすぐにマトモスも我に返りキタルファの首を撫でる。
少年と馬はお互いの無事を心から喜びあっている様だった。
「ありがとうございます! 私の命ばかりかキタルファも助けていただいて……、皆様には感謝してもし足りません!」
「気にしないで下さい。目の前で苦しんでいるこの子を放っておけなかっただけですから」
「それでもです! 本当にありがとうございました!」
ガバッ、と効果音が出そうなほど勢いよく頭を下げるマトモスに頭を上げるように促すと俺達は旅の仲間にマトモスとキタルファを加え再びミミナートの街を目指して歩き出しす。
愛馬であるキタルファに跨ったマトモスはかなり上機嫌でその顔は満面の笑みであった。
さて、これからどうなることやら……。
歩く最中俺は心の中でつぶやいた。
自分なりの伏線が回収され、少年の正体が明かされました。
彼は名前の通りとても誠実でまともな人間です。そのせいで父親や兄姉達には疎まれていたようですが……。
他の家族が自分の欲望を満たす為だけに生きている中、彼だけは民の事を案じていたようです。
未だ明かされていない姉と婚約者の名前ですが、安直な名前ではありますがもう決まっています。
因みに彼の愛馬であるキタルファの名前の由来はこうま座アルファ星の固有名です。
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