42話 ボス部屋前に到達したようです
巨大粘液との戦闘後、緊張の糸が切れたようにダンジョンの床に座り込むと深いため息を吐いた。
身体の表面を粘液で溶かされていた痛みが今になりようやく鮮明になってくる。
痛みを堪えながら自分に【回帰魔法】を掛けようとするとその直前自分の体が淡い緑の光に包まれた。
心地の良い暖かさをと共に徐々に身体の痛みが引いていき、溶かされていた皮膚が元に戻っていくのが分かる。
「大丈夫? シーツァ。大分溶かされいていたみたいだけど……。あんまり無茶しないでね?」
【回帰魔法】の光を手や杖に灯しながらソーラ達が駆け寄ってくると心配そうに状態を訊ねてきた。
「ああ、ソーラ達のおかげでもう痛みもないし、溶かされた皮膚も元に戻った。ありがとう、助かったよ。結構MP使ってたから自分で回復させるのも結構しんどかったんだ」
「無事ならそれでいいんです。それにしてもなんであれほどの魔物がこんな所にいたんでしょうか……。ここまだ1階層ですよ?」
「そうねぇ~。私達だからよかったけど~、ランクの低い冒険者じゃ~、間違いなく餌になっていたでしょうねェ~」
アイナは巨大粘液のドロップ品である魔石と大きなビンに入っている粘液を回収しながらのんびりとした口調で、そして事実に限りなく近い自分の考えを口にした。
「確かに、ランクの低い冒険者じゃ束になって掛かっても栄養にされるのが落ちだな。他の冒険者の実力がどれほどかは分からないが、少なくともワルスと愉快な仲間達じゃ速効で消化されてるだろうな」
当時のワルス達との戦闘を思い出し、連中の強さと今回の巨大粘液の強さを比較すると全員が捕らえられ粘液で溶かされていく光景が簡単に浮かんできた。
物理攻撃の効かない巨大粘液に殴りかかる拳闘士をそのまま捕り込み、背後から斬りかかってくる暗殺者を触手で打ち据えて気絶させそのまま捕り込む。
魔法職の|聖職者(キン―チャック)や魔導師が詠唱を開始するとそれを妨害するかのように触手を伸ばし攻撃するが、ワルスの盾によって阻まれ、触手を剣で斬り落とされる。
すると伸ばす触手を一気に増やしそれに対処出来なくなったワルスが逃げ出そうとするが逃げ切れず捕らえられ、直ぐ後に詠唱していた2人が捕り込まれる。
最後に効かないと分かっていながらも仲間を捕まえられたことで半狂乱になり弓を連射している狩人は矢が尽きると逃げる事も出来ず巨大粘液に捕らえられ、そのまま全員仲良く消化されていった。
「よし、休憩終了! 今日は5階層のボス倒して終わりにしようか」
ワルス達と巨大粘液の強さを比較して軽くシュミレーションしてみる。ワルス達が消化されるまでを想像し終えるとゆっくりと立ち上がりながら今日の予定を伝える。
3人が賛成するのを確認すると俺は【複製転写Lv.3】を使い3人に【迷宮適応Lv.1】のスキルを付与すると迷宮の探索を再開した。
道中複数のコボルドと遭遇し倒すも新規でスキルを手に入れることはなく、小さい魔石と小さい牙や毛皮が手に入ったがどれも価値が低いらしくたした稼ぎにはならなかった。
巨大粘液とはあれから出会うこともなく、途中であった粘液は大きさが最大で約30cm程度の個体ばかりだった。
巨大粘液との違いは大きさ以外にも攻撃手段や耐久力、それと核を斬り裂くとそのまま死亡することだろう。
ドロップも通常の粘液は魔石がコボルドとだいたい同じ位の大きさで、もう1つのドロップは巨大粘液のものよりも小さなビンに入っている粘液だった。
その後順調にダンジョンを探索していた俺達は、1時間も掛からないうちに下へ降りる為の階段を発見した。
【迷宮適応】のスキルのおかげなのだろうか途中いくつも分岐点があったが、迷うことなく進むことが出来たことで、スキルのありがたみを改めて噛み締めた。
2階層と3階層は構造も徘徊している魔物の種類も特に違いがなく、交代しながら魔物を殲滅しつつ先に進んだ。
4階層はコボルドの中に弓と弱いながらも魔法を使う個体が出てきた。コボルドアーチャーは【弓術】のスキルを、コボルドメイジは火水風土のいずれかの魔法を習得していたのでおいしくいただきました。
そして1番の変化は迷宮内にトラップが現れ始めたことだろうか。
まだ浅い階層なためか致命的なトラップではなく、足元に不意に現れるロープだったり、一部の壁から吹き出る催涙ガスなど行動を阻害する類のものだった。
これらのトラップも【迷宮適応】のスキルのおかげで発見と解除が容易にでき、途中【罠発見Lv.1】と【罠解除Lv.1】のスキルを習得した。
そして迷宮の探索を始めてから約半日が過ぎた頃俺達はようやく5階層に到達した。
4階層は若干3階層よりも広かったため時間が掛かったが道中のコボルドアーチャー、メイジからのスキルや罠への対応で【罠発見】と【罠解除】がレベル3まで上昇していた。
5階層は途中の部屋も分岐もない1本道でそのまま道なりに進んでいくと5分ほどで巨大な扉のある部屋に到達した。
その部屋は何故か天井が高く約4mほどあり、扉は天井に届かんとばかりに聳え立っていた。
「うへぇー、でかい扉だなーこれ。手で開けられるのか?」
「なんだお前等ここに来るのは初めてか?」
あまりの扉の高さに呆けながら見上げていると不意に部屋の隅から男の声が聞えてきた。年は30前後だろうか。がっしりとした肉体に体の重要な部分だけを覆う金属の鎧、背には自身と同じぐらいの長さを誇る大剣を背負っている。
「ああ、今日初めて迷宮に入ったんだ。それで、この扉は手で開けられるのか?」
「へぇー、初めてでここまで来れるとはたいしたもんだな。今前のパーティーがボスと戦ってる。それが終われば勝手に開くんだよ。ちなみにこの迷宮のボス部屋は一度には入れる人数が決まっていて6人までだ。パーティーの上限と同じだな」
「ボス部屋に入れる人数に上限なんてあるんですか?」
「おお!? 随分とかわいい嬢ちゃんじゃないか。そうだ、迷宮によって様々だが、ここは6人までだ。それ以上が入ろうとすると強制的に部屋の外に転送される。それよりも今度俺と食事でも行かないか? 奢るぜ?」
「結構です」とのソーラの返事に最初から期待してなかったのか笑いながら残念がる男。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はバルバトスってんだ。冒険者ランクはBだ。よろしくな」
ごつい顔に人懐っこそうな笑顔を浮かべ自己紹介と共に右手を差し出してくる。
「俺はシーツァだ。ランクはD。こちらこそよろしく」
バルバトスと握手を交わしながらこちらも自己紹介をする。
「ソーラです。よろしくお願いします」
「アイナだよ~。よろしくねぇ~」
「がぅ、シリル」
3人も次々と挨拶をすると、バルバトスは目を見開き穴が開きそうになるほどに3人を見つめた。
順繰りに3人を見ると先ほど自己紹介したときとは違い俺の両肩を掴むと若干血走ったような目で問いかけてくる。
「なんだなんだあの美少女達は。最初に断られた娘もかなりの美少女だが、他の2人もタイプは違うが相当レベル高いじゃないか。なんだ? パーティーなのか?」
「あ、ああ、3人とも俺の嫁でパーティーメンバーだ。手ぇ出すなよ?」
「何!? 3人とも嫁でパーティーメンバーなのか!? 俺のパーティーなんか全員男でむさ苦しいったらねぇのにお前って奴ぁ……」
今度は本気で残念がるバルバトス。若干哀愁漂う姿を見かねたソーラが話題を逸らすために俺も気になっていたことを問いかけた。
「そういえばバルバトスさんのパーティーの方々はどちらにいるんですか? 姿が見えないようですが……」
「ん? ああ、バルバトスって言い難いだろ? バルでいい。俺の仲間は今別の依頼を受けてるんだが、俺は1人で暇だったから暇つぶしにソロで迷宮の攻略をしてるんだ」
先ほどまでの哀愁漂う姿から一転少しドヤ顔を浮かべ鼻高々に説明する。
するとバルの話が終わった瞬間ボス部屋へ続く扉が重厚な音を響かせながらゆっくりと開いていく。
奥のほうをよく見るともう1枚扉があり、閉まる寸前だったことからどうやら前のパーティーはボスの討伐に成功したらしかった。
「よし、開いたな。それじゃ俺は行くからよ。また地上で会ったら飯でも一緒に食おうや」
「ああ、大丈夫だとは思うが死ぬなよ? 折角知り合った奴が死ぬと後味悪いからな」
ハハハと笑いながら後ろ手に手を振りながらボス部屋に入っていくバル。
バルが完全に中に入ると扉は再び重厚な音を響かせながら閉じていった。
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