131話 別れのようです
意がその魂ごと消え去った後、乾いた風が吹き荒ぶ荒野には戦いによってつけられた爪痕とシーツァだけが残っていた。
「ふぅ~、やっと終わったか……」
深く抉られた荒野を感慨深そうに眺めていたシーツァがぽつりと呟く。誰に聞こえるでもなく風に溶けたはずの一言に答える様にシーツァの背後に空間の歪みが発生した。
不意に現れた空間の歪みへとシーツァが振り返ると、人が通れるほどに大きくなった歪みからソーラが飛び出してきた。
「シーツァ!」
「うぉっ!?」
透き通った青白い色に煌く長髪を棚引かせて力一杯飛びついてきたソーラをなんとか転ぶ事無く受け止めることに成功したシーツァ。
一度死んでしまったソーラは生き返った後の、シーツァが神へと進化を遂げた後の戦いを見ていなかったのだろう。覚えているのは死ぬ寸前まで追い詰められていたシーツァまでであり、神へと進化し圧倒的な力で意を討ち滅ぼしたのシーツァの姿を知らなかったのだった。
「俺は大丈夫だ。ソーラこそ体に異常は無いか?」
「うん、シーツァが私の事生き返らせてくれたんでしょ? 目を覚ました時にトモエさんが教えてくれたの。さっき起きたばかりだからシーツァが戦ってるところ見れなかったんだけどね」
「いや、無事でよかった。本当に……よかった……」
生きて再会することの出来たソーラをシーツァが優しく抱きしめる。ソーラもそれに答える様にシーツァの背中へと腕を回した。
「あらあら~、ソーラちゃんったら~、抜け駆けは~ずるいわよ~?」
「がぅ、私も混ぜろ。シーツァお疲れ様」
シーツァがソーラを優しく抱きしめていると続いて空間の歪みから出てきたアイナその様子を見て笑みを浮かべている。シリルはソーラに負けじとシーツァの背中へと回り込むとそのまま背中へと飛びついた。
「お疲れ様暁。流石私の幼馴染兼旦那様ね。最後のほう圧倒的だったじゃない」
「本当に、私ではもう太刀打ちできませんわね。ああ、あんな圧倒的な力で組み伏せられたら私はもう……もう……!」
「凄かったよー旦那様。トモエちゃんなんか今は落ち着いてるけど戦いの最後のほうは興奮しっぱなしだったんだから!」
「ちょ、ちょっとイリス! なんでそれを言うのよ!」
顔を赤くして抗議するトモエの姿にその場にいる全員が声を上げて笑う。
なぜかシーツァの額にだけ小さく圧縮された魔力弾が直撃し、その衝撃で胸元に抱きついているソーラと一緒に背中から荒野へと倒れこんだ。
その姿にイリスが更に声を高くして笑い、シーツァを転ばした張本人も腹を抱えて笑っている。
そんな場を笑い声が支配していると、今だ閉じていない空間の歪みからリジー達3人娘とゴブリン達が次々と現れた。
「あら、リジー達とゴブリン達も来たのね――って暁! 手が……手が透けてるわよ!?」
「シーツァ!?」
トモエとソーラの悲鳴のような声にシーツァが自分の手へと視線を落とす。
そこには小さな光の粒が立ち上り、うっすらと荒野が透けて見えるようになったシーツァの手があった。
そして透け始めてのはシーツァの手だけではなく、シーツァの体そのものが光の粒子を立ち上らせながら透け始めていた。
「あー、もう時間か……」
「時間!? シーツァ、時間って何!?」
「それは――」
「それは私から説明するよ」
シーツァの言葉を遮ってイリスが割り込んでくる。普段の能天気で駄女神なイリスからは想像もできない程に真面目な顔をしていた。
全員の視線がイリスへと注がれるとそれを合図にイリスが語りだす。
「旦那様、シーツァ君は自称主人公を倒すため神へと進化したんだ。自称主人公を倒す事には成功したけど神の肉体と【神の力】を得た者は長くこちらの世界にはいられない、こちらの世界のバランスを崩す恐れがあるからね」
「でも~、またこっちの世界に来ることは~、出来るんでしょう~? 長く~、いられないだけで~」
「うん確かに短時間だけならまたこっちの世界にやって来る事は出来るよ。けど、次にシーツァ君がこっちに来れるのは約1万年後だね」
「「「「「一万年!?」」」」」
イリスの言葉にシーツァを除いた全員が悲鳴のような声を上げる。
ソーラにいたってはショックのあまり荒野へとへたり込んでしまっていた。
「そう1万年。シーツァ君が進化してから今の時間までかなりの力を行使してるから周囲への影響を考えると1万年だね。下手するともっと掛かるかもしれない」
「そんな~、それじゃあもう二度と~、シ~ちゃんに会えないの~?」
「がぅ、どうにかならないのか?」
「そうよ、あなたも一応は神の一員なんでしょう? とてもそうは見えないけど」
懇願するような瞳で自分を見つめてくるアイナ達に首を振るイリス。
「残念だけど私が本来の力を持っていても無理だよ、最高神である父様でもね」
「そんな……そんなのってないよ! やっと……やっと敵を倒したのに今度は二度と会えないだなんて!!」
へたり込んでいるソーラが瞳一杯の涙を浮かべイリスへと詰め寄る。責めるようなその瞳にイリスは申し訳なさそうに俯く。イリスにとっては自分が意に力を奪われた事が発端となっているだけに何も言い返す事が出来ない。
「そもそもイリスがあいつに力を――」
「ソーラ!!」
シーツァがソーラを背後から抱きすくめて無理矢理言葉を遮る。ハッとした表情で言ってはいけない事を口走りそうになった事に気がついたソーラが小さく「ごめんなさい」と呟く。
「いいよソーラちゃん。そもそも私があいつに力を奪われたのが原因だからね。ソーラちゃん達には私を罵る権利があるよ」
「違う、イリスは悪くない。そもそもあの自称主人公がお前の所に行ったのは帝国の連中が召喚なんてアホな真似をしたからだ。確かにイリスも神であるが故の油断もあっただろうさ。でもそれだけでイリスが全部悪いわけじゃないんだよ」
「旦那様……」
「だからもう思いつめるな。イリスはいつも能天気に笑ってるのが1番似合ってるよ」
「……っ! え、えへへ。こんな時に褒めないでよ旦那様」
頭の後ろを掻きながら照れ顔で笑うイリス。そんな彼女をシーツァは微笑ましそうに見つつも更に透けていく体を見て自分に時間がない事を悟る。
次にこっちの世界にやって来れるのは1万年後。どう甘く見積もっても今ここにいるメンバーで生きている者は神であるイリスを除いていないだろう。今生の別れが目の前にまで迫って来ている事にシーツァは寂しさと強い未練を覚えた。
「あー、もう時間がないみたいだ」
時間がない、シーツァの口から出た言葉に全員が表情を沈ませる。シーツァがこの世界から旅立てばもう二度と再会する事は叶わない。1万年という時間はあまりにも長く、それに対してソーラ達の寿命はあまりにも短すぎた。
シーツァの周囲をぐるりと囲む様にして立つソーラ達。全員が悲しみに暮れた表情で今にも消えそうになっているシーツァを見つめていた。
そんな彼女達にシーツァは1人1人声を掛けて行く。
「アイナ、アイナののんびりとした笑顔にはいつも救われた。これからもみんなに笑顔を振りまいてくれ」
「シ~ちゃん~……」
大きな瞳から溢れる涙をそのままにぎこちない笑顔を浮かべるアイナ。
「シリル、いつも美味しそうにご飯を食べる姿は見ていてとても気持ちが良かった。おいしいご飯がもっと美味しく感じられたんだ」
「シーツァ……」
服の裾を握り締め、俯きながら涙を流すシリル。
「トモエ、再会した後も昔となんら変わらないお前の姿はとても嬉しかった。忘れかけてた昔の事をよく思い出せたからな。二度も別れる事になってゴメンな」
「暁……」
幼馴染兼旦那との二度目の別れに涙を流し続けるトモエ。
「チャーチ、は特にないな」
「はぅあ! 酷いですわ旦那様! この状況でまで私を攻めるだなんて!」
「冗談だ。チャーチとのやりとりはとても楽しかった。若干引く時も間々あったけど、それでも楽しい時の方が多かったな。これからも四魔将としてトモエを支えてやってくれ」
「お任せくださいませ。私の命の尽きる時までトモエ様をお守りしますわ」
いつも通りのドMなやりとりをしている様だがその綺麗な瞳からは涙が溢れているチャーチ。
「イリス、とりあえずお前の【神の力】は取り返したけどどうする?」
「んー、それは旦那様が父様に渡しておいてよ、私はまだこっちの世界で生活してるわ」
「いいのか?」
「それに、私だけ旦那様に会えるってのも不公平だしね」
「そうかそれなら――」
「それに、こっちにいれば神界の仕事から解放されるしね!」
「そっちが本音か!」
どこからともなく取り出したハリセンでスパンと心地よい音を発した頭をさすりながら笑みを浮かべながらもその目尻には大粒の涙が浮かんでいるイリス。
「リジー、ミルカ、アルテラ、3人とも魔族大陸で唯一の人間だ。苦労する事もあるだろうけど、困ったことがあったらみんなを頼るんだぞ?」
「はい、何から何までありがとうございます。シーツァさん達から受けた恩は、働いて返していきたいと思います」
綺麗な礼によって下を向いた顔から涙がこぼれ落ちるリジー達。
「ウルド」
「ハッ!」
「俺がいなくなった後もトモエやソーラ達を護ってやってくれ」
「それは命令でございますか?」
「ああ、最後の命令だ」
「仰せのままに我等が王よ。王に救われたこの命尽きる時まで我等は王の命に従います」
長老であるウルドを筆頭に全員が一切の乱れもなく跪き頭を垂れるゴブリン達。
「ソーラ――」
「嫌だよ! シーツァと離ればなれになるなんて嫌! まだシーツァと一緒にやりたいことだってたくさんあるのに!」
滝の様な涙を流しながらシーツァに縋り付き懇願するソーラ。
消えかけているシーツァの肉体は縋り付くソーラの手に希薄な感触しか伝わらずそれが不安と悲しみ、寂しさと絶望がごちゃ混ぜになった感情を更に加速させる。
「ゴメンなソーラ。俺だってもっとみんなと日々を楽しく過ごしていたかったさ」
「だったら……!」
「でももうダメみたいだ。正直な話、もう体の感覚もなくなってる。俺がこの世界に留まっていられるのはもう後僅かもないんだよ」
涙を流すのを必死で堪えてシーツァはソーラに語りかける。シーツァが言っている通り、既に体の感覚は消え失せ今なおゼリウスが言っていた時間はとうに過ぎており、それでもシーツァがこの世界に留まっているのは奇跡であった。
「だから泣かないでくれ。ソーラが泣いてちゃ俺は安心して行けない」
「なら行かないで! それがダメなら私も一緒に連れてってよ!」
「それはダメだ。ソーラまでいなくなったらアイナ達が悲しむだろ? それに俺は死ぬ訳じゃない、住む世界が変わるだけだ」
「でも……でも……!」
小さい子供がイヤイヤをするように首を振るソーラ。その度に涙が宙を舞っては荒野へと染み込んでいく。
泣きじゃくるソーラを嘲笑うかのように今なおシーツァの体からは光の粒子が立ち上り、その存在を希薄にしていく。もうすでにシーツァの体はうっすらとしか見えないレベルにまで透け、消え去る寸前だった。
「アイナ、シリル、トモエ、チャーチ、イリス」
もう時間が残されていない事を悟ったシーツァがアイナ達5人の名前を呼ぶ。シーツァの呼び声に俯き涙を流していた彼女達が一斉にシーツァへと視線を向けた。
「ソーラを頼む」
「ええ~」
「がぅ」
「任せなさい」
「承りましたわ」
「うん」
「ソーラ、体には気を付けてな。それじゃあ、バイバイ」
再会を願う言葉ではなく、別れの言葉と共にシーツァの体が最後の光の粒子と共に完全に消え去る。
シーツァの体に縋り付いていたソーラはバランスを崩し、荒野に倒れ込むもすぐに起き上がると天へと昇っていくシーツァの体から出た最後の光の粒子を逃がすまいと必死で手を動かし掻き集めようとする。
しかし無情にも光の粒子はソーラの手をすり抜け天へとゆっくり上って行く。
最後に残ったのは絶望の表情で天へと向かって手を伸ばすソーラと、それを辛そうな表情で見つめるアイナ達だけであった。
「いやぁ……シーツァ……いやぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
己の体を強く掻き抱いたソーラの悲痛な叫び声が辺り一帯へと響き木霊する。
この日、シーツァはこの世界を去った。
ついにシーツァがこの世界から神界へと旅立ってしまいました。
最後シーツァが消えたシーンはとあるアニメを参考にして書いたのですが、表現しきれているか不安です。
今回は特に別れのシーンが書いていて辛かったです。2つの意味で。
もっと私に文章力があればよかったのですが、今の私にはこれが精一杯です。
本当に何回言ったんでしょうかね。このセリフ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ブックマークして頂けてとても励みになっております。
ちなみに今回が最終回ではありません。次回が最終回です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。