130話 決着のようです
シーツァが作り出した空間の歪みを通って粛々と魔王城へ帰っていくゴブリン達。やがて全員が魔王城へ撤退し終えた時、意に捕まり捕食されていた帝国兵達はクリス達勇者ご一行だけを残して全て意の胃の中に収まっていた。
「離せ! 離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ!!」
シーツァがゴブリン達を魔王城へ帰還させている間もずっと抵抗を続けており、帝国兵が減っていくにつれてその抵抗は激しさを増していた。
「貴様達ニ分ケ与エタ力……返シテモラウゾ」
意の発した言葉にふとクリスの抵抗がピタリと止まる。錆付いた歯車のような動きで首を廻らせ意を見るクリスの表情は驚愕に染まっていた。
「ま……まさか、意君なの……?」
信じられないといった瞳のクリスは震える声で質問を投げ掛ける。
「ねぇ……意君なんでしょ? 僕クリスだよ? 君の仲間の」
無言を貫く意の姿にクリスの中で不安ばかりが募っていく。
その不安は的中し、意が次に捕食対象に選んだのはミイラ化しているアンネローゼと安らかな顔で死んでいるベルの2人だった。
死んでいるが故に悲鳴などが上がるはずもなく、それでも仲間だった人をなんの感慨も無く捕食する意。
「ぼ……僕の事は食べないよね……? 僕はまだ生きてるんだし……」
自分はまだ生きているから大丈夫という小さな希望をクリスは抱く。しかしその小さな希望は意の口から発せられる言葉により絶望という結果となって返ってきた。
「力を与エラレテナオ役立タズナ貴様ハイラナイ。与エタ力ト共ニ俺ノ糧トナレ」
「嫌だ嫌だ嫌だ!! やめてよ!! 僕もっと頑張るから!! 頑張って魔族共を殺すからさ!! だから食べないで!! 食べないでよ!!」
必死に命乞いをするクリスを無視し意は触手を動かしクリスを腹部の口まで持っていく。
他の帝国兵を捕食した時と違ってゆっくりなのはクリスの恐怖心を煽っているのだろう事が窺える。
案の定クリスは喚き散らし、必死に叫んで体を動かすが触手の戒めはクリスを絶対に離さなかった。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――」
「イタダキマス」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいぎゃえぷ!!」
巨大な口へと自身を束縛する触手ごと放り込まれたクリスを意は口の大きさに見合った巨大な歯で何度も何度も咀嚼する。
すでに人としての原形を留めないまでに噛み砕かれたクリスを意が嚥下した瞬間変化は起こった。
シーツァの攻撃によってボロボロになっていた体は見る見るうちに復元されていく。そして復元されていくにつれて意の体に変化が起き始めた。
シーツァは最初目の錯覚だと思っていた意の体の痣の様な物。やがて痣は数を増やしていき意の体中に現れる。
無数に増えた痣は徐々にはっきりと体に浮かび上がると人の顔へと変化していった。苦悶の表情を浮かべる人の顔へと。
中には先程捕食されたばかりのクリス達勇者ご一行のものもあり、意の体内という牢獄へと捕われたものは皆例外なく苦悶の表情を浮かべていた。
あー、ありゃ魂ごと吸収しているのか……。なんつー趣味の悪さだ。
「ハハハハハ!! 感謝シロ! コノ俺ノ一部ト成レタ事ヲ!!」
「本当に骨の髄まで最悪な野郎だな」
「ハハハハハ!! 負ケ惜シミカ? 今ノ俺ナラ貴様如キ即座ニ殺セソウダ!」
「調子に乗るな、他人から奪わないと何も出来ないゴミクズが。【神話武具作成:湖の乙女より授かりし剣】」
「煩イ……煩イ煩イ煩ァァァァァイ!! モブキャラガ調子ニ乗ルナァァァァァァ」
シーツァの発した言葉に激昂した意が未だ捕食された者達の血や肉片がこびり付いている巨大な口を大きく開かれる。
そこから怒りに任せて莫大な魔力が込められた魔力の奔流が某宇宙を行く戦艦の放つ必殺技のような超巨大ビームという形をとってシーツァへと放たれた。
「吹キ飛ベモブキャラァァァァァァァァ!!」
「エクス……カリバァァァァァァァァァ!!」
神となったシーツァの莫大な魔力が剣へと注がれ大上段から振り下ろされる。
意の放ったビームにも負けない大きさの魔力で構成された斬撃は、三日月のような形を持って意へと突き進みシーツァへ迫るビームと激突した。
両者の中間地点で激しく鬩ぎ合うビームと斬撃、共に人知を超えた威力は周囲の荒野に余波だけで深い傷跡をつけていく。
「ガァァァァァァァァァァァ!!」
意の咆哮と共にビームがその出力を跳ね上げる。拮抗していたビームと斬撃だが、徐々に威力を増したビームが斬撃を押し込めていった。
「負け……るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シーツァの咆哮と共に逆袈裟に振り上げられた剣から2発目の斬撃が繰り出される。
2発目の斬撃は最初に放たれた斬撃と混ざり合い、倍以上の大きさへと姿を変えた。
大幅に威力を増した斬撃は意の放つビームをいとも容易く斬り裂き、斬った端から消滅させていく。
「クソォ……クソォォォォォォォ!!」
「これで……トドメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
再び繰り出される斬撃が先を行く斬撃と混ざり合い、更にその大きさを増す。すでに意の体よりも大きくなり威力を増した斬撃はついにビームを完全に消滅させた。
「グギャァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!!」
斬撃という形をとった光に飲み込まれた意が断末魔の悲鳴を上げる。
辺りへ響き渡る絶叫は意の体の崩壊と共に徐々に小さくなっていき、光が消えた後に残ったのは何も身に着けていない貧相な体つきをした人間だった頃の意だった。
【神の力】のお陰か気絶せずに意識を保っている意は、あれだけの攻撃を受けたにも関わらずその瞳には怯えの色は無く、憎悪のみが宿っていた。
「さて、何か言い残すことはあるか?」
「ククク……お前に俺を殺すなんて事出来る訳ないよな。【不老不死】を持つ俺を殺すなんて不可能だ。俺は絶対前に復讐してやる。受けた屈辱を何倍にもしてな……!」
「ああ……確かに今のお前を殺す事は俺には出来ないな」
「だったら――」
「あくまでも今は、な」
シーツァの言葉に意が訝しげな表情を浮かべる。それはすぐに驚愕の表情へと姿を変えた。
「【スキルメイク:強奪】」
「ま……まさかお前……!?」
「ああ、全快だったお前からは奪い取れそうに無かったけど、今のお前からなら簡単に奪えそうだ」
シーツァによる死刑宣告にも似た言葉に意は表情を驚愕からサッと青褪めさせる。
【不老不死】を持つとはいえシーツァから受けたダメージが抜け切っていない意は言う事を聞かない体を必死に動かし、亀よりも遅い速度で後退っていく。
「やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「【強奪】発動。対象【神の力】」
シーツァが翳した手から放たれた光が意の胸を貫く。物理的な痛みを一切与えない光は意の体内から【神の力】を回収する。
意の体内から出てきた宝玉は輝かしい光と共にイリスと同じ力を発しているのをシーツァに感じさせた。
光の中をゆっくりと進んできた宝玉をシーツァは取り込まずに【異次元収納】へと収納する。
【神の力】奪い取られた意は全身から滝のような汗を流し荒い息を吐いていた。
「さて、これでお前の中にはもう【神の力】もそれによって作られたスキルももう無い。つまり【不老不死】もなくなったって事だ。後は……わかるな?」
「ヒ……ヒィィィィィィィ!! 助けてくれ! 同じ転生者の誼だろ!?」
「ああ、確かに同じ元日本人だ。だけどな……お前を助けるなんて選択、俺がすると思うのか?」
「なっ……」
「嬉々として俺達を殺そうとしてたくせに、いざ自分が死にそうになってるからって調子の良い事言うな」
意の命乞いをあっさりと切り捨てるシーツァ。その瞳は完全に冷え切っていて、少なくとも異世界でであった同郷の人間に向けるものではない。
シーツァにとってそれだけ意がシーツァ達やイカナ村の人々にした事は絶対に許す事が出来ないものだった。
「クソがぁぁぁ!! 例え今死んでも俺は絶対にまた転生してやる! どんな姿になったとしても絶対に復讐してやるからな!!」
激昂し青褪めていた顔色を真っ赤にした意が吠える。
「安心しろ、お前は二度と転生なんて出来ないよ。今ここで魂ごと消滅させるからな」
「なん……だと……」
「お前みたいな奴は下手に封印とか地獄に叩き落としただけじゃ何の拍子に復活するかわからんからな。二度と戻って来れないように魂を消滅させるのは当然だろ?」
シーツァが掌の上に小指大の小さな黒い光を放つ球体を生み出す。それはシーツァの掌の上で徐々に大きさを増し最終的に野球ボール程の大きさになった。
何もかもを呑み込んでしまいそうな黒い球体は、よく見ると周囲の塵や埃などを引き寄せては消滅させていく。
消滅していく埃達を目にしてしまった意は完全に恐慌状態になってしまっていた。
先程以上に必死に体を動かし少しでもシーツァぁから距離を取ろうと奮戦する。
次に消滅させられるのが自分だと分かれば何の能力も無く、平和な日本で生活していた人間なら当然の反応だろう。例えそれが今までイリスから奪った力で好き放題していた意だとしても。
逆に言えば彼自身【神の力】に頼るばかりで自分では何の努力もしてこなかったのである、そういう意味では人間としては一般人と同じかそれ以下だろう。
「それじゃ、永遠に消え失せろ」
「嫌だ嫌だいや――」
「【死とは消滅也】
黒い球体がシーツァの手を離れ意へと向かう。ふよふよと空間を漂う様に飛ぶ球体は意の足に触れた瞬間、その部位をごっそりと消滅させた。
そして黒い球体の猛威はそれだけでは終わらず、少しづつ意の体を引き寄せては球体に触れた部分を消滅させていく。
消滅に痛みは伴わない。怪我をしたわけではなくただ消滅しているだけ。黒い球体に脚が触れ消滅した段階で既に意の魂からは消滅した部分の情報が消え去っている。それ故に痛みは無く、意は自分の体が蝕まれるようにして徐々に消滅していくのを見ながらただ恐怖する事しかできない。
シーツァによって精神をロックされ、発狂する事も出来ない意は悲鳴を上げながら必死に逃げようと踠き続けるが、球体から放たれる引力の様なものは意の逃亡を許さなかった。
「助けてくれ! 死にたくない! 死にたくないんだ!」
「お前に殺された人達もそう思ってただろうさ」
「俺は主人公なんだ! こんなとこで……こんなとこで死ぬなんて嫌だ! そうだ、これはきっとゆ――」
意が何かを言おうとするも咽喉を消滅させられ声に出る事は無かったがシーツァには何を言おうとしたのかがすぐに分かった。
「夢オチなんてものはない」
シーツァの口から発せられた一言。消滅する寸前の意の耳に届いたのかどうかは不明だが、おそらくは届いていたのだろう。シーツァが見た消える寸前の意の瞳は絶望に染まっていたのだから。
はいようやくラスボスとの戦いにけりがつきました。
意を消滅させた黒い球体こと【死は消滅也】なんですが、ネーミングがちょっとダサかったかなと……。
今まで使ってた魔法とは少し趣向を変えてみたのですが、思った以上になんといいますか思春期にとある病を患った人が言いそうな魔法名です。
もそっと何とかならなかったものか……。
他に候補としては【消滅】、【消失】があったのですがこっちの方は今までの魔法と同じ直訳なのでどうしようか悩みました。
結局【死は消滅也】に落ち着いたんですけどね。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作品も残すところあと2話となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。