129話 シーツァVS横島 意のようです その4
転がった意の頭部を胴体消滅させて頭だけにした張本人であるシーツァが見下ろす。
虚ろな目をした瞳が虚空を見つめており、一見して生気は見受けられないのだが【不老不死】を持っている意がこの程度で死んでいるとはシーツァも考えてはいなかった。
「これでしばらくは抵抗らしい抵抗もできないだろ。 後は氷漬けにでもしてイリスから奪った【神の力】を抜き取ってから細切れにして殺すなり地獄にでも叩き込んで永遠の苦しみでも与えてやれば――って、ん?」
「ふ……ふひ……」
「なんだ?」
「ふひひひひひはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
頭部だけになりながら突如壊れた様に笑い出す意。頭しかないのにどうやって声だしてるんだと思わないでもないシーツァだが正直それどころではなかった
先程まで虚ろだった瞳が今は狂気に染まりきり、狂った笑い声は聞くものの精神を汚染するのではないかと思えるほどに狂気に満ちていた。
「なんで最初から気が付かなかったんだ! 人間の体だから【神の力】を使いこなせない! それだったら……人間を止めればいいんじゃないかぁぁぁぁぁーーーーー!!」
意の頭部から発せられていた魔力がその大きさを急激に増していく。
それに呼応するかのように首の断面がボコボコと泡立ち大量の肉が溢れ出てきた。
濁流のように止め処なく溢れ出る肉は徐々に形を人間に似た物へと形作っていく。しかし所詮は似せているだけであり、体全体が異常なまでに膨張を続け黒に近い紫色の皮膚を持つその姿はもはや醜悪としか形容できない。高さ10mを優に超える巨大な肉塊の化け物となった意の体で辛うじてとはいえ原型を留めているのは頭部だけであり、腹部には巨大な異形の口を持っていた。
「え~なにこれ……。怪獣大決戦とか作品違くない? しかもどう見ても【神の力】暴走させてるし……」
シーツァの言う通り意は【神の力】を全力で使い、肉体を人間の物よりも更に高次の生命体のものとして再構築をしようとした。しかしそのような力の使い方に勇者として召喚されたとはいえ人間の意が耐え切れるはずもなく、結果としてあの様な醜悪極まる化け物へと姿を変えてしまったのだった。
「アハハハハハハ!! ナンダコノ高揚感ハ、コノ溢レル力ハ! 素晴ラシイ、素晴ラシイゾ! コレナラバアノ虫ケラニナド負ケルモノカ!」
「チッ、暴走させたくせに意識が残ってやがるのか」
「ナンダ虫ケラソコニイタノカ。小サスギテ気ガツカナカッタ。マアイイヤ、全能ノ力ヲ得タコノ俺ニヨッテ惨メニ殺サレロ」
意が醜悪な肉塊となった巨腕を振り、シーツァ目掛けて腕を薙ぎ払う。
巨大になった故に動きが若干スローモーションに見えるが、それを補って余りある巨大さは荒野を削りながらシーツァへと迫り来る。
「遅せぇ!」
大きく跳躍し巨大な腕による薙ぎ払いを回避するシーツァ。ふと巨腕が通り過ぎた後の地面に目を向けると、荒野が深く削られ意による攻撃による爪痕を残していた。
「ん?」
シーツァの視界に不意に影が落ちる。上を見上げたシーツァの目に映ったのは視界一杯に広がる醜悪な肉の塊。意が薙ぎ払いを跳躍によって回避したシーツァを叩き落さんと巨大な拳を振り下ろしてきた。
まるで先程シーツァが使った魔法、【隕石落下】を思い起こさせる一撃は確実にシーツァを叩き潰そうとしてくる。
「潰レロ虫ケラァ!」
「しゃらくせぇ!」
シーツァは自分を包み込むように岩で出来た円錐状の物体を作り上げる。表面がゴツゴツとしたそれは先端を迫る意の方へと向けた。
「貫け! 【岩石穿孔機】!!」
シーツァを包むように展開された円錐は急速に回転を始める。
回転と同時にシーツァは拳へと向けて空中を跳躍し、振り下ろされる意の拳と衝突した。
高速回転する円錐はいとも容易く意の拳を貫き、表面のゴツゴツか高速回転と共に肉塊を削り取っていく。
意の拳の中を突き進む円錐はやがて肉塊を突破し空中へと躍り出た。
「オノレェ! 虫ケラノ分際デェ!!」
濁った怒り声が聞こえたシーツァが円錐を解除する。視界が開けたシーツァの瞳に今度は数多の触手が自分へと迫ってくる光景が映った。
意の体から無数に生えた触手の群れは上下左右からシーツァに襲い掛かり逃げ場をなくしていく。それは薙ぎ払いや振り下ろしを行った腕も例外ではなく、やはり肉で出来た大量の触手を生やしシーツァへと差し向ける。
「触手プレイは女の子が対象だから見ていて楽しいんだろうが!! TPOを弁えやがれ!」
シーツァもTPOを弁えて発言するべきだが本人は至って真面目に言っているのが表情からよく分かる。
そんなシーツァの怒りなどお構い無しに迫り来る触手は全てがシーツァを貫き殺さんと襲い掛かった。
襲い来る触手をシーツァは右手のザババの獅子剣と左手のザババの鷲剣で斬り伏せていく。
しかし斬っても斬っても触手の襲撃は一向に止まず、それどころか斬り伏せた触手が再生し再び襲い掛かってくる始末である。
「あーもうきりがねぇ! 【神話武具作成】!!」
絶え間なく襲ってくる触手に痺れを切らしたシーツァが再び圧倒的な力を放つ剣や槍などの武器を作り出していく。
作り出された武器達はシーツァへ迫る触手たちへ向けて次々と射出され、それぞれの権能を振るい触手の群れを吹き飛ばしていった。
時間が経つにつれて触手の量よりもシーツァが生み出す武器達の数のほうが増えていく。やがて武器郡は触手だけではなく意本体を標的にして射出されていった。
「クソックソガァ!」
意が触手を攻撃から防御へと回すものの触手程度が神話や物語で語られる武器に敵う訳がなく、一方的に触手は吹き飛ばされ意の巨体は斬られ穿たれ削り取られていった。
やがてシーツァが武器の射出を一旦止める。雨霰と降り注ぐ武器の攻撃を一身に受けていた意の体は見るも無残になっていた。
右腕は落ち左腕も今にも千切れそうになっている。頭部も半分が吹き飛び、腹部の巨大な口の周辺の肉もいたる所が削り取られ穴が空いていた。
それでもなお生きようとする意の肉体は傷口がうじゅうじゅと不快な音を立て必死で再生しようとしている。しかし食らった武器がいけないのか再生は遅々として進んでいなかった。
「いい加減【不老不死】を消去したらどうだ? 作ったんなら出来るだろ?」
「クソッ……クソガァ……」
「さっさと諦めてくれればサクッと殺してやるぞ?」
「…………ガァ……」
「なんだって?」
「フザケルナ虫ケラガァァァァァァァ!!」
意の叫びと共に体から触手が爆発的に生える。意の攻撃を警戒したシーツァが剣を構えるが、触手はシーツァに襲い掛かるのではなく見当違いの方向へと伸びていった。
なにをしているのかというシーツァの疑問はすぐに明確な答えとなって現れる。
引き戻される触手には大量の帝国兵が捕まっており、それが1本だけではなく全ての触手が兵士達を捕まえていた。
よく見ると触手のうち3本が捕まえているのは帝国兵ではなく女の子、ソーラ達と戦ったアンネローゼ、ベル、クリスが捕まっているのが見える。
そしてクリスは気絶しているだけのようであったが、アンネローゼとベルは死んでいるのが分かった。
今までゴブリン達と戦っていた帝国兵達は全員が突然の事態に混乱しているかはたまた醜悪な化け物になっている意の姿に悲鳴を上げている。そして次の瞬間帝国兵達の悲鳴は断末魔の叫びへと変わった。
「なっ!?」
食べているのだ。腹部の巨大な口が開くと触手がその中へと帝国兵達を放り込んでいく。
グチャリグチャリと血が混じった肉を噛む音と生きたまま食べられる帝国兵達の絶叫が周囲に響き渡る。
その音がきっかけになったのか気絶したままのクリスが目を覚ました。
「あれ……ここは……? 僕はさっきまであの狼の魔族と戦って……」
朦朧とする頭で呟くクリスが響き渡る絶叫のする方へと首を向ける。そして目に映った光景は朦朧としていたクリスの意識を覚醒させるのに十分すぎた。
「な……何あれ!?」
醜悪な化け物へと化し帝国兵達を貪り食っている意の姿に目を剥くクリス。そして自分がその化け物の触手に捕まっている事に気がつくのにそう時間は掛からなかった。
「離して! 離してよ化け物!」
いつ自分が貪り喰われるか分からない状況に半狂乱となったクリスは触手の簀巻き状態で唯一動かせる首を必死に振り抜け出そうともがく。
首以外も必死で動かそうとしてはいるものの、触手の拘束する力の方が強いのかビクともしていなかった。
「我等が王よ!」
不意に背後から掛けられた声にシーツァが振り向く。そこにはシーツァを王と崇めるゴブリン達が勢揃いしていた。
長老であるウルを先頭としたゴブリン達は数こそ減っていないものの治療部隊の面々以外は皆大なり小なり傷を負っている。唯一無傷である治療部隊のゴブリン達も傷こそないが魔力は全員が底を尽きかけており、彼等の戦いの激しさを物語っていた。
「お前達全員生きてるみたいだな」
「ハッ! 我等が王の仰せの通り全員生きております。しかして王よ、我等と戦っていた人間共が急に触手に捕まり連れ去られたので追ってきたのですが……」
「なるほどな。見ての通りあの化け物に現在進行形で喰われてる最中だ。ここは危ないからお前達は城に戻れ」
「何を仰いますか王よ! 我々も戦います!」
シーツァの言葉にゴブリン達の中からブランが声を上げる。
全身傷だらけになりながらもその戦意は衰えていないブランとそれに追従するように声を上げ始めるゴブリン達。
まとめ役である長老のウルが諌めない辺りウル本人もシーツァと共に戦う事を望んでいるのだろう。
しかしシーツァは彼等の言葉を聞き入れる訳にはいかなかった。
「ダメだ」
「何故ですか王よ!」
「あれと戦えばお前達は死ぬからだ。俺の命令を忘れたのか? 俺はお前達に生きる努力をしろと言ったんだ。命を使い潰すような真似はするなと」
「それは……」
「だから今回は引いてくれ。あれを相手にする以上周囲にも少なからず被害が出る、今のお前達じゃ巻き込まれて死ぬのが目に見えてるんだ。お前達は俺に仲間を殺させたいのか?」
「……出すぎた真似申し訳ありませんでした。仰せの通り我等は魔王城まで撤退いたします」
「ありがとう」
王と崇める者の力になれない口惜しさを滲ませながら撤退を決めたゴブリン達。シーツァは自分の意を汲んで撤退を決めてくれたゴブリン達に感謝し、彼等を巻き込まない為、生き残ってもらう為彼等の前に魔王城まで続く空間の歪みを作り出した。
本当は今回で決着する予定だったのですが予定以上に文字数が多くなった為区切りました。
次回こそは決着になります。ええ、なりますとも。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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