128話 シーツァVS横島 意のようです その3
特殊進化条件を満たしました。これより特殊進化を強制的に実行します。
先程も聞こえた脳裏に響くアナウンス。
アナウンスが聞こえた事で急速に意識を覚醒させたシーツァは、己の心臓目掛けて突き出される槍を穂先が胸に刺さる寸前に柄を握り受け止めた。
「なに!?」
もはや死に体であったシーツァに槍を受け止められた意は驚愕を浮かべる。
意はシーツァの手から槍を取り返そうと必死で動かすものの、空間に固定されているとでも表現したくなるほどに槍はビクともしなかった。
「クソっ! 離せこの死に損ないがぁ!」
槍を握った手を軸に意が槍を握ったまま動かないシーツァ目掛けて回し蹴りを放つ。
蹴りがシーツァの側頭部を打ち貫こうとした瞬間、強烈なまでの輝きがシーツァの体から放たれ意の蹴りを遮った。
突然の異常事態に慌てた意は槍を手放すと一足飛びでシーツァから距離を取る。
少し離れた所に着地した意だが、シーツァから立ち上る原因不明の輝きを警戒してかいつでも動けるように構えたまままったく動く様子を見せない。
意はこの世界の生物の進化の場面を見た事がない為、今眼前で起こっている輝きの奔流が進化の際に起こるものである事を知らなかった。まあ、普通の魔物の普通の進化ではここまで強力な光が放たれることはまずないのだが……。
やがて時間が経つと共にシーツァから立ち上る光の奔流がその勢いを弱めていき、発生源であるシーツァの姿を現していく。
特殊進化完了。鬼神に進化しました。
スキル【神の力】を習得しました。
既存習得スキルが全て【神の力】に統合されました。
やがて光が完全に収まり姿を現したのは鋼色の皮膚と白銀の髪を持ち、額から神々しい力を放つ1本の角を生やした鬼ことシーツァが姿を現した。
パッと見た程度では漆黒だった髪が白銀に変わった程度の違いしかないが、全身から溢れる以前とは比べ物にならない程に強大な魔力、種族の象徴でしかなかった角から放たれる神聖さは見る者を圧倒させる。
それはイリスから【神の力】を奪っただけの意も例外ではなかった。
「なんだよ……何なんだよおまえは! さっきまで死ぬ寸前だったじゃないか!」
シーツァの魔力と神聖さに中てられた意がそれを必死で否定しようと叫び、強大な魔力をただ出鱈目に込めた【光の槍】を撃ち出す。
込められた膨大な魔力によってその大きさを通常のサイズの10倍ほどにまでした【光の槍】がシーツァ目掛けて突き進む。
迫りくる魔法に見向きもしないシーツァの姿に命中を確信した意の表情は、次の瞬間驚愕一色に染まった。
シーツァと意を遮るようにして光の壁が立ち塞がる。その壁に衝突した【光の槍】は光の壁に波紋1つ与える事無く霧散して消え去った。
「なん……だと……」
目の前の光景が信じられず後ずさりをする意。自分が後ずさりした事に激しい羞恥心と怒りを覚えた意は光の壁目掛けて様々な属性の魔法槍を生み出すと滅多矢鱈に投げつけた。
次々と光の壁に激突しては霧散していく魔法を完全に無視し、シーツァはソーラの亡骸を見つめ続ける。
やっぱり、あのゼリウスが言ってた通りソーラの魂はまだ肉体に残ってる!
死んだ肉体に残ってるためか魂が衰弱しているけどこれなら【神の力】でなんとかなるんじゃないか?
「生き返ってくれソーラ。お前が死ぬなんてふざけた現実俺は絶対に認めたくはないんだ。【蘇生】!」
シーツァの手から放たれた光がソーラの亡骸へと降り注ぐ。
光がソーラの亡骸へと降り注ぎ吸収されていくにつれてシーツァの瞳にはソーラの魂が徐々に活性化されていくのが良く見える。
魂の活性化に合わせて肉体も修復されていき、完全に傷が癒える頃にはソーラの魂も整然と同じ輝きを取り戻した。
「これで良し。ステータスにも健康って出てるし完全に生き返ったな。さてお次は……」
眠るソーラの体をやさしく持ち上げ立ち上がるとシーツァは周囲を見回す。
すぐに感情を失った瞳で泣いているアイナとシリルの姿を発見することが出来た。
「後回しになってゴメンな、すぐに元に戻してやるから。【解呪】」
シーツァが2人へ向かって【解呪】の魔法を放つ。すると見えない何かが砕け散るような感触と共にアイナとシリルの瞳に感情が戻ってきた。
【狂った仮面舞踏会】が解除された直後、2人は若干意識の混乱が見られていたもののすぐに我に返る。
「シ~ちゃん~!!」
「シーツァ!!」
感極まった2人の突撃からの抱きつきを受け止めたシーツァ。シーツァとアイナ、シリルの間に挟まれる形になったソーラが眠りながらも若干苦しそうにしているが2人が気付く様子はなかった。
「ごめんねぇ~、シ~ちゃん~。私達が操られてた~、ばっかりに~」
「がぅ、すまないシーツァ。そのせいでソーラが……」
「安心しろ、ソーラならもう蘇生させた」
やはり操られている間の記憶があるのだろう。強い後悔の念に駆られていた2人はシーツァの言葉に一瞬理解が追い付いていなかったが、腕の中で眠るソーラの姿を見て目尻に涙を浮かべて喜んだ。
「とりあえず2人はソーラを連れて避難していてくれ。トモエ聞こえてるか?」
『聞こえてるわよ』
「俺の横に空間を繋げてくれ」
『任せてちょうだい』
すぐにシーツァの横の空間が歪み穴が開く。穴はトモエの執務室に繋がり、部屋にはトモエとチャーチ、イリスにトラソルテオトルがいた。チャーチとトラソルテオトルはトモエとイリスの護衛としているのだろうが、なぜか一戦した後の様に疲弊していた。
「トモエ、ソーラ達をそっちに避難させておいてくれ」
「確かに~、今の私達じゃ~、シ~ちゃんの~、足手纏いにしか~、ならないわねぇ~」
「がぅ、悔しいぞ」
シーツァは寝ているソーラの体をチャーチに預け、悔しそうに俯くアイナとシリルを一緒に抱きしめる。
「気にするな。今回は相手が悪すぎた。普通は2人に勝てる奴はそうそういないが、今回の相手はイリスから【神の力】を奪っていて制限があるとはいえ使えるんだからな」
「でも~」
「安心しろ俺は必ず勝つ。だからトモエ達と一緒に見守っていてくれ」
「がぅ、わかったぞ……」
ゆっくりと名残惜しそうにシーツァから離れた2人が空間に開いた穴を通ってトモエの執務室に入っていく。
「それにしても暁、なんだか前よりも魔力がかなり大きくなったわね。ソーラちゃんまで蘇生させるし」
「まあな。それにしてもなんでチャーチとトラソルテオトルはそんなに疲れてるんだ?」
「ソーラさんが殺されて取り乱して戦場に向おうとするトモエ様を必死で止めていたんですわ……。旦那様がソーラさんを蘇生させるまで大変だったのですわよ?」
「はい、シーツァさんがソーラさんを蘇生させていなければ大変なことになっていました……」
よっぽど大変だったのだろう事が深い深い溜息を吐く2人から察せられる。
良く見れば部屋の中も取っ散らかっており、かなりの惨状になっていた。
「トモエ……」
「あはは……。と、とにかく、3人はこっちで預かるから暁は安心して戦ってきなさい」
「ああ、よろしく頼む」
「シ~ちゃん~、気をつけてねぇ~」
「がぅ、がんばれ」
「ああ、安心して待っててくれ」
そう言ってシーツァが空間に開いた穴に背を向けると、穴の向こうではトモエが名残惜しそうにしながら穴を閉じる。
長い時間を共に過ごしてきたトモエだから分かるのだろう、何を隠しているのかまでは分からなかったがトモエには暁が自分達に何かを隠しているのが分かった。
暁自身もトモエが何かに勘付いているのが分かるあたり幼馴染なのだろう。
その事については敵を倒した後にでも謝ろうと考えながらシーツァは先程からずっと光の壁に魔法をぶつけ続けている意へと視線を向けた。
「ったく、さっきからうるさいな。いい加減諦めたらどうだ?」
「黙れ! モブキャラ風情に主人公である俺が負けるものか!」
「いい加減聞き飽きた主張だな。【神話武具作成:ザババの獅子剣・ザババの鷲剣】」
両手に2振りのシミターを生み出す。
初めて作り出した神話の世界の武器の握りを確かめ1つ頷くと、一瞬にしてシーツァの姿が掻き消えた。
「な!?」
意が驚いたのも束の間、瞬時にして背後に現れたシーツァがその2振りのシミターで意の両腕を肩から斬り飛ばした。
一瞬何が起こったのか理解できなかった意だが、宙を舞う自分の両腕を見て自分の肩から先が斬り飛ばされ無くなったのだと理解する。
「ギャアァァァァァァ!! 痛い! 痛い痛い痛い! 俺の腕ぇ俺の腕がぁぁぁぁ!」
不老不死といえど痛みは普通に感じる意は今まで感じたこともない激痛に地面をのた打ち回る。
その際地面に転がっている小さな石などが傷口に喰い込み更なる激痛を生み出すが、本人にその事を気にするだけの余裕はなかった。
「アアアアアアァァァァ!! 痛い痛い! す……【スキルメイク:痛覚遮断】!!」
転がりながらも襲い来る激痛から逃れる為何とかスキルを作成する意。
痛覚を遮断するスキルによって痛みがなくなり、なんとか落ち着いた意の顔は涙と鼻水と土汚れでグチャグチャになっていた。
「はぁー、はぁー。許さない……許さないぞ! 主人公である俺にこんな無様な真似させやがって! ぶっ殺してやる!!」
「やってみろよ」
強い怒りから目を血走らせ、顔を赤くし鼻息を荒くしている意に向かって人差し指をクイクイッと動かし挑発するシーツァ。
ひどく興奮している意は簡単に挑発に乗りより一層顔を赤くさせる。
「クソがぁ! 絶対に許さねぇ! 【スキルメイク:超再生】【神話武具作成:湖の乙女より授かりし剣】!!」
新たに両腕を生やし以前シーツァを瀕死の重傷にまで追い込んだ剣を作り出した意が雄叫びと共にシーツァへと一足飛びに接近すると咆哮と共に大上段からエクスカリバーを振り下ろす。
シーツァはそれを頭上でクロスに構えた2振りのシミターで振り下ろされる力に極力逆らわずに流す事によって剣の軌道を変えた。
地面に叩きつけられたエクスカリバーは大きな破砕音と共に地面に喰い込み大きな傷跡を作る。
地面に食い込んだエクスカリバーを意はその怪力によって強引に切り上げた。
地面という鞘から強引に引き抜かれたエクスカリバーは地面から解き放たれた故の加速を持ってシーツァへと迫り、対するシーツァはイガリマをエクスカリバーに添え、違うベクトルの力を加える事で再び剣戟を受け流す。
幾度となくシーツァの体を斬り付けようとしたエクスカリバーはその斬撃全てがシーツァによって受け流され、その体を傷つける事は無かった。
「はぁー、はぁー……」
「どうしたもう息が上がってるぞ? 俺をぶっ殺すんじゃなかったのか?」
「だ、黙れ! 無駄な抵抗なんかしないでさっさと斬られろ!」
この力を手にしてから長時間戦った事のない意はすでに疲弊しきっており、シーツァに対する怒りだけで体を動かしている状態であった。
疲労困憊の状態から繰り出される斬撃などシーツァに取ってはなんの脅威にもならず、エクスカリバーにシュルシャガナを添えると、今度は流すのではなく弾き飛ばした。
宙を舞うエクスカリバーが離れた地面へと突き刺さる。その様子を唖然とした表情で見ていた意は再びエクスカリバーを作り出すが、今度は斬り掛かる前に弾き飛ばされた。
「さて、そろそろ今度はこっちの番だな?」
そう言うや否や返事も待たずにシーツァが意から距離を取り、右手に持ったイガリマを天へ向けて掲げる。
絶対的優位にも関わらず距離をとったシーツァに警戒心を上げる意だが、その表情は次の瞬間驚愕へと変わった。
「【神話武具作成:エクスカリバー、ロンゴミニアド、ハルペー、ケラウノス、イガリマ、シュルシャガナ、ゲイ・ボルグ、カラドボルグ、ゲイ・ジャルグ、ゲイ・ボー、モラルタ、ベガルタ、クルージーン、ドゥバッハ、ロンギヌス、アラドヴァル、ピナカ、ヴァジュラ、ミョルニル、デュランダル、アロンダイト、エッケザックス、ガラティン、アスカロン、カレトヴルッフ、クラウ・ソラス、グラム、ゾモロドネガル、ジョワユーズ、ダーインスレイヴ、ティルヴィング、バルムンク、フラガラッハ、フルンティング、フロッティ、ホヴズ、ミスティルテイン、ミュルグレス、レーヴァテイン、リジル、グングニル、トリアイナ、ウコンバサラ、ブリューナク、トリシューラ、如意金箍棒、イペタム、クトネシリカ、天羽々斬、天叢雲剣、天之尾羽張、布都御魂剣、倶利伽羅剣、天沼矛】」
シーツァが己の知る武器の名前を口に出すたびに周囲へと次々現れる神話や伝説、物語に登場する武器の数々。
1種類につき複数作り出された武器郡はその1つ1つが圧倒的な力を有しており、その切先全てが意へと向けられていた。
「な……なんで……、なんでそんなに一気に作り出せるんだ! 卑怯だろ!」
「【神の力】を奪っただけのお前と一緒にするなよ。行け!」
振り下ろされる手とシーツァの号令に合わせて空中に待機していた武器達が一斉に意へと襲い掛かる。
意も手に握ったエクスカリバーで斬り伏せようと試みるも、最初に迫ってきたエクスカリバーによって自身の持つエクスカリバーを弾き飛ばされた。
自分の持つエクスカリバーがシーツァによって放たれたエクスカリバーに弾かれた事に驚愕の表情を浮かべる間もなく意は降り注ぐ伝説の武器達によって肉体を破壊されていく。
役目を果たした武器達が光の粒子となって消えていった後、そこには無残にも胴体全てを塵に還された意の頭だけが転がっていた。
おかしい、本来の予定なら決着がついていた筈なのに……。
少し長くなりましたので一旦区切らせていただきます。展開的にも丁度いいですし。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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