121話 勇者の魔族大陸上陸のようです
乾いた風の吹きすさぶ荒野でシーツァ達は緊張した面持ちでトモエからの連絡を聞いていた。
『てなわけでチャーチとウィツィロポチトリは無事よ。あとちょっと遅かったらヤバかったけど、なんとか間に合ったわ。傷の半分は時間を巻き戻して、残りは魔法で治療済よ。敵の戦力についても雑魚は半分近く減らしてくれたわ。それでもまだ15万は兵隊が残っているけど、まあそれは仕方ないわね。それと勇者一行の戦力だけど、チャーチと戦ってた肉弾戦メインが1人、ウィツィロポチトリをハリネズミにしていた弓兵が1人、それとかなりの魔力を持つ魔法使いが1人の勇者含めて計4人が今のところ解ってる戦力よ』
「了解。奴さんはかなり強そうだな」
『そうね、チャーチもウィツィロポチトリも強いわ。それを殆ど一方的に倒すんだからかなりの強さなんでしょうね。本人の実力なのかそれとも【神の力】を持ってる勇者に強化されたのかは分からないけどね』
溜息が聞こえてきそうなトモエの声にシーツァは以前勇者と出会った時の事を思い出す。
今からその自分達以上の化け物と戦わなくてはいけないのにこれ以上戦力が追加されてると思うとなんだか無理ゲーをやらされている感がハンパない。
正直ソーラ達をこんな無理な戦いに突き合わせてしまっていることに申し訳なさが一杯になっていた。
「はぁー、気が重くなったが了解だ。ところで勇者様ご一行はあとどの辺の位置まで来てるんだ? まだ俺の索敵範囲には入ってないんだが」
『そうね、今までの速度から鑑みるに遅くても1日ってとこかしら」
「1日か……。まぁもう出来る事はやれるだけやったから後は待つだけなんだけど、流石に暇だな」
『だったら海岸にでも行って来ればいいんじゃない? ゴブリン達はともかくあなた達なら一方的に先制攻撃が出来るから少しは数を減らせると思うわよ?」
トモエの提案に思案するシーツァ。確かにシーツァ達の魔法ならば一方的に先制攻撃ができるだろう。
だが、敵にはあのウィツィロポチトリ達を退けた弓兵や魔法使いもいると聞く、それにあの自称主人公もいる。攻撃魔法が届いたとしても防がれる事になるのは確実だろう。
それが分かっているシーツァには徒労に終わりそうな行為を行う気にはどうしてもなれなかった。
「いや、おそらくあの自称主人公に防がれるだろうし止めとくよ。これから決戦だってのにMPの無駄遣いはしたくない。いくら自動的に回復すると言ってもね」
『確かにそれもそうね。それなら暁、あんたが戦闘で使う武器の量産でもしておいたら? 何回か戦ってるところ見たけど武器がいくらあっても困る事はないんじゃないかしら?』
「それもそうだな。出来る限り高性能の槍でも量産しておくか」
すでにシーツァ自身やソーラ達、ゴブリン達の装備は今作れる最高の物を身に着けている。
そしてシーツァは自分が投擲や射出に使う剣や槍等も大量に作ってはあるのだが、あの自称主人公との決戦を考えるとそれでも心もとないように思えてしまう。
【異次元収納】の容量は無限であり、シーツァが武器を作る為のコストもスキルのおかげもありほぼノーコストと言っても過言ではない。
そんな事もあり、シーツァは自称主人公が乗る帝国の船団が見えるまでの間の時間をありったけの武器を生産するのに費やすのだった。
そしてトモエの予想通り1日が経過する頃、シーツァ達の視界の先の海に数多くの巨大な船が姿を現した。
数えるのも面倒になるほどの船団はチャーチ達の奮闘が無ければ更に多くなっていたのだから感謝するべきなのだろうが、この数を前にしてはどうしても圧倒されるのが先に来る。
前世含めて生まれて初めて見る大船団にソーラも表情を硬くし、いつもあらあらうふふと微笑んでいるアイナも心なしか表情が硬くなっているようにも見える。
対してシリルはいつも通りの表情のままこれまたどこから取り出したのか分からない肉に噛り付いてた。
「流石に多いなー。チャーチ達がいなかったら更に倍とか正直冗談にしか聞こえんな」
「う、うん。でもあれに勝たないと私達の未来も無くなっちゃうから頑張らないと」
「そうねぇ~、私も~、この年で死ぬのは~、ごめんだわ~。シーちゃんの~、赤ちゃんも生んでないのに~」
「がぅ、子孫繁栄は重要。さっさとあいつら殺して子供作るぞ」
「ああ、そうだ。あんな奴等さっさと皆殺しにしてのんびり暮らさないとな」
徐々に魔族大陸へと近づいてくる帝国の大船団。その先頭、一際大きく豪華な造りになっている船に巨大な気配が4つほどあるのを【気配察知】と【魔力感知】が捉えている。
あの大船団の旗艦ともいえる軍船にシーツァやソーラ、トモエと同じ日本からやってきた勇者が乗っているのだろう。
「さて、簡単に上陸されるのは面白くないからな。少しだけ小細工させてもらうぞ?」
呟くシーツァが目を閉じ帝国船団が通る海の底へと意識を向ける。シーツァが意識を向けた海底にはシーツァお手製の槍のような物が数多く沈んでいた。
この槍、大きさだけでいえば普通の人間が持つには大きすぎる。1つ1つが攻城兵器もかくやという大きさを誇り、その全てが特殊な魔力を放っていた。
その槍を全て【魔力感知】で補足し、1つ1つを【物理魔法】で上向きに変えると海面を通る船目掛けて次々と射出していく。
突然の海底からの攻撃に帝国の船は次々と攻城槍が船底に大穴を穿つ。流石に勇者の乗る旗艦は即座にアンネローゼによって障壁が張られた為傷をつける事ができなかったが、流石の彼女でも突如襲い掛かってくる海底からの攻撃から他の船を守るだけの余裕はなかった。
「よし、苦労してやった甲斐があったな。半分とまではいかないが結構な船に損害が出たみたいだ。1つや2つ穴が開いただけなら大陸までギリギリ持つだろうけど、複数の穴が開いたり竜骨がへし折れた船はもう沈むのを待つだけだろ」
シーツァ達の視線の先、帝国の大船団はその何隻かが動きを止め沈んでいく。恐らくシーツァの言った通り対処できないほどの穴が開いたか、竜骨が折れたのだろう。
海底に沈めた攻城槍の全てを撃ち尽くし、帝国船団が魔族大陸に上陸の準備を始める頃にはその数を4分の3にまで減らしていた。
「さて、こっちも臨戦態勢に入りますか。ソーラ、アイナ、シリル準備はいいか?」
「うん。いつでもいけるよ」
「ばっちり~」
「がぅ、任せろ」
シーツァはソーラ達から力強い返事が返ってくるのを確認すると、ゴブリン達の方へと向き直る。
「ウル、お前達の準備は大丈夫か?」
「ええ、勿論でございます我等が王よ。我等同胞一同、いつでも王の為にその命を賭す覚悟はできております」
「王に救われたこの命、我等が王の勝利の為ならばいくらでも使い潰して見せましょう!」
「「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!」」」」」」
ブランの言葉に同調するようにゴブリン達から雄叫びが湧き上がる。
その中の誰一人として死への恐怖心などなく、ただただシーツァの為に戦い死んで逝く事が誇りであると言っている様な瞳であった。
確かにこれからの決戦、数の上でも不利な上に向こうには現状のシーツァ達よりも強い自称主人公がいる。この絶望的な戦力差、死ぬなという方が無理であろう。
だからといって簡単に命を投げ出してもらいたくはないというのがシーツァの本音であった。
「ありがとう。だが俺はお前達に出来るだけ死んでほしくはない。確かに今回の戦いは今まで以上に壮絶なものとなるだろう。確かにお前達の中から死者も出るだろう。下手したら俺達だって死ぬかもしれない。だけどな、俺は生きたい、生きてこの先もソーラ達と共にいたい、その為に生きる努力をする。だからお前達も俺の為に命を使い潰すなんて言うな。お前達自身の為に生きる努力をしろ」
「我等が王……」
「いいな? これは命令だ。これから先変わる事の無い至上の命令だ。違える事は許さない」
大声で叫んでいる訳でもないのだが、静かに、それでいて力の籠ったシーツァの言葉は周囲へと響き、ゴブリン達1人1人の耳へと染み込んでいく。
やがてゴブリン達が跪きシーツァに対して恭しく頭を垂れる。
「「「「「「仰せのままに我等が王よ」」」」」」
「頼む。それからウル、おそらく戦闘が始まってからはお前達への指示を出すことはまず出来ない。だからゴブリン達への総指揮はお前に一任する。流石に数の差が圧倒的だ、生き延びるのを念頭に俺達が勇者どもを倒すまで時間を稼いでくれ」
「お任せくださいませ。必ずや多くを生き残らせて御覧に入れましょう」
「頼んだぞ。さて奴さんたちが上陸を始めたみたいだな」
視線の先、帝国船団の中でチャーチ達の襲撃や、シーツァによる奇襲から逃れた船が次々と接岸し兵を魔族大陸へと上陸させている。
真っ先に目につくのは自称主人公が乗っている旗艦であり、長い船旅に飽きたのか真っ先に接岸すると1番に船から飛び降ると、よほど久しぶりの地面が嬉しかったのか地面を踏みしめ感触を堪能していた。
そんな自称主人公を微笑ましそうに見ながら降りてくる3人の女性もやはり地面が恋しかったのかそれとなく地面の感触を楽しんでいた。
「あれがトモエからの報告にあったチャーチ達を撃退したっていう自称主人公のパーティーか」
「うん、あの手甲脚甲を装備して接近戦主体の武闘家がチャーチを、あの小さくて黒髪おさげが弓兵でウィツィロポチトリさんを撃退してるね。そしてあの金髪ロングが他の2人を援護していた魔法使いみたいだね」
「みんな~、可愛い子ばかりねぇ~」
アイナが呑気な事を言っているが、それでも1度たりとも自称主人公達から視線を離すことはしなかった。
やがて帝国兵達の展開も終わり、満を持して登場と言わんばかりの自信満々の表情で自称主人公が兵たちの間から仲間の女の子達を伴い前に出てくる。
それに合わせてシーツァもソーラ達と共に前に出ていく。
よく見ると帝国の兵達は戦う相手が自分達よりも圧倒的に少ないゴブリンである事が分かっているのか、先の前哨戦や奇襲の憂さ晴らしが出来ると思い嗤っている者が多くいた。
やがてシーツァ達と自称主人公達の距離が縮まっていき、彼我の距離が約10m程にまで近付くとどちらかともなく止まり対峙する。
「やあやあ薄汚い卑怯卑劣極まる魔族諸君。地に這いつくばって許しを請うなら命だけは許してやってもいいぞ?」
「黙れ人間が。勝手に人様の土地に侵攻しといて何言ってやがる。とっとと帰れこのゲス野郎」
「初対面の奴にゲス呼ばわりはないんじゃ――あれ? その顔どっかで見た気がするな」
「今更気が付いたのかゴミ虫が。テメェが滅ぼしたイカナ村であっただろうが」
シーツァの言葉に自称主人公が得心を得たとばかりに手を叩く。
「ああ、いたね、あの時俺に負けておめおめと逃げ帰った奴。なんだ人間じゃなくて魔族だったのか。そりゃそうだよな、俺に負けたとはいえただの人間があんなに強いわけないもんな。てことは――」
舌なめずりをしているのを幻視しそうなほどに厭らしい顔でソーラ達を舐めまわすように見つめる自称主人公。
3人はその不愉快な視線により背中に薄ら寒いものを感じながらも毅然とした表情でシーツァのそばに立っている。
「やっぱりそうだあの時の可愛い子達だ。人数が減ってるけどいいね、十分楽しめそうだよ。それじゃあ俺達は場所を変えて戦おうか」
「あ? なんでだよ」
「ここで戦ってもいいんだけどね。それだと帝国兵が巻き添いくらって死んじゃうし。それは流石にアンネローゼに怒られるからね」
「いいだろう、場所を変えて存分にやろうじゃないか」
自称主人公が提案しなければシーツァの方から切り出そうとしていた事だけ二つ返事で返す。
「それに俺達がいなくてもあんなゴブリン達程度帝国の兵士達でも十分皆殺しに出来るからね」
「勝手に言ってろ」
それだけ言うとシーツァは踵を返しゴブリン達の元へと戻っていく。
自称主人公達も帝国兵達の元へと戻り、自分達が場所を変えて戦う事を将軍へと告げる。
将軍自身勇者たる意の実力はよく知っており、この場で共に戦われるのは聊かどころではない不安があったがそれも杞憂に終わった様で顔を綻ばせている。
「という事でウル。さっきも言ったが後の総指揮は任せた」
「お任せくださいませ我等が王よ」
「頼む。全能力強化ならびに【伝播】。これで少しは戦力差が縮むだろ。これしかできないのが逆に申し訳ないが」
「いえ、十分でございます。ゴブリンである我等にここまで心を砕いて下さる王にお仕え出来て我等は幸せでございますれば」
「ありがとう。それじゃあ俺達は行く」
「行ってらっしゃいませ我等が王よ。ご帰還心よりお待ちしております」
背後でウルをはじめとしたゴブリン達が一斉にシーツァへ向かって頭を垂れる。
シーツァは背後の様子を察知していながらも振り返る事はしなかった。
これから始まる決戦、生きるための努力はするが生きて帰れる保証など何処にもないのだから。
次回からは最終決戦が始まります。果たしてシーツァ君たちの行方や如何に!
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