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生きるために強くなる ~だってゴブリンに転生しちゃったし~  作者: ミジンコ
最終章 ゴブリンと最終決戦と生きるために強くなる
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120話 前哨戦のようです

大変お待たせいたしました。

 チャルチウィトリクエとウィツィロポチトリ、両名が全身に漲らせた魔力が口元へと集まっていく。

 今の2人に撃てる最大威力のブレスの前にしてなお帝国船に乗る勇者は余裕な態度を崩す事無く剣すら抜かずにブレスが放たれるのを待っていた。


()く滅びなさい!」


「その慢心、死して後悔するといい!!」


 チャルチウィトリクエからは大瀑布を彷彿とさせる圧倒的水量のブレスが、ウィツィロポチトリからは光を歪める程に圧縮された暴風のブレスが勇者目掛けて放たれる。

 その圧倒的とも言える威力は普通の人間ならば万と殺してもなお余りある威力であるのだが、それでも勇者は余裕の表情を浮かべたまま両の手を異なる2方向から放たれるブレスへと翳すと、光る障壁を生み出しいとも簡単にブレスを防いでしまった。


「なっ!?」


「何だこの程度か。強そうな見た目だから期待してたんだけど、期待はずれか。これなら俺が手を下すまでもないか」


 心底がっかりした口振りの勇者のそばにいつの間にか3人の女性が姿を現す。それぞれ弓、手甲脚甲、杖と持っている得物こそ違えどその容姿は美しく、すれ違えば10人中10人は振り向く事が容易に想像できる。


「ねぇねぇ(おもい)君、僕達があの魔物達倒してもいい? ずっと退屈してたんだよねー」


「勇者様の御手を煩わせることもありません。(わたくし)達であの魔物達を討滅してご覧に入れましょう」


 手甲脚甲を装備したショートカットの女の子ことクリスが退屈凌ぎの玩具を見つけたと言わんばかりの表情で言うと、杖を装備した艶やかな金色の長髪を持つ帝国の姫、アンネローゼが同じように名乗り出る。

 その横で弓を携え、黒髪おさげの幼さを残す少女ことベルが無表情のままこくこくと頷い同意を示す。


「そうかい? それじゃあ頼もうかな。俺はこの船を守ってるから好きにやっちゃっていいよ」


「わーいありがとう(おもい)君! 大好き!」


(わたくし)達の活躍、見ていてくださいね」


 ベルも言葉には出さないが無表情だった顔に薄らと笑みを浮かべ自らの弓を握りしめる。

 3人はそれぞれの得物を手に特に相談することなく自分達の相手へと向かう。

 拳闘士のクリスはチャルチウィトリクエに、魔弓兵のベルはウィツィロポチトリに、そして帝国の姫たる高位魔導師のアンネローゼは2人をいつでもサポートできるように船の甲板に陣取っていた。


「さーて、それじゃ対魔王の前哨戦始めようかな!」


「舐めるな小娘が!」


 チャルチウィトリクエの口から高水圧のブレスが放たれる。先程よりも威力は低いとはいえ並の人間ならばその威力が完全に発揮される前に爆発四散してしまうだけの威力はある。

 しかしそれは並の人間が相手の場合であり、並の人間とは言えないクリスは対象外の存在である。


「さっきぐらいの威力じゃなきゃ僕には聞かない――よっ!」


「な!?」


 その証拠にブレスへと叩きつけられたクリスの拳はブレスを受け止めるだけでは飽き足らず、拳から放たれた衝撃波が逆にブレスを四散させる結果となった。

 思いもよらぬ結果に驚き硬直してしまうチャルチウィトリクエ。しかしそれをクリスが見逃す筈もなく、クリスは空中を蹴り一気にチャルチウィトリクエまで詰め寄るとその横顔に強烈な回し蹴りをお見舞いした。


「ガアァァァッ!」


 対応が遅れ海面へと叩きつけられたチャルチウィトリクエだがすぐに我に返り体勢を立て直すと、今なお空中を蹴り続け滞空しているクリスを食い殺さんとばかりに向けて鋭い牙の立ち並ぶ咢を大きく開き猛然と襲い掛かる。


「さすがにこれは受け止め難いかなー」


 呑気に呟きながら空中を逃げ回るクリスをその長い蛇身を生かし、追い回し続ける。

 徐々にその差は縮まっていきチャルチウィトリクエの牙がクリスを捉えようとした瞬間、その蛇身を強烈な熱と爆発が襲った。


「ガアァァァァァ!」


 炎弾が直撃した場所では体の表面を覆う鱗が弾け飛び、弾け飛ばずに済んだ鱗もその強烈な熱によって焼け付き黒焦げになっていた。


「クリスさん、遊んでいないで早く終わらせてしまいましょう。(わたくし)達には魔王を討滅するという使命があるのですから」


「ごめんごめん、ちょっと遊びたかっただけだよ。すぐに終わらせるから許してよ」


「まったく、貴方はいつもそうやって……」


「はいはいゴメンってば」


 笑うクリスに呆れるように溜息を吐くアンネローゼ。2人は会話をしていながらも警戒を緩めることはなく、それ故にチャルチウィトリクエも下手な攻撃ができないでいた。


「さて、それじゃあさっさとこの蛇を倒していこうか。あっちは早くも終わりそうになってるし」


 クリスの言葉にチャルチウィトリクエがウィツィロポチトリの方へと視線だけを向ける。

 そこには体中に矢が突き刺さり、今なお生きているのではないかと疑う様な動きを見せる無数の矢に追い掛け回されている最中の同僚の姿だった。

 ウィツィロポチトリも最初のうちはブレスや魔法などで攻撃し、放たれる矢は打ち落としたり回避していたのだが、回避したはずの矢が落ちることなく自分を追いかけ始めベルも次々と矢を放つ事によって襲ってくる矢が次々と増えていき、次第に対処しきれなかった矢が体に刺さり始め今では反撃する事すらできず逃げるので精一杯になっていた。


「ほらほら、よそ見してる余裕なんてないんじゃないの?」


 再び空中を蹴り接近してくるクリスを迎撃せんと【水弾(ウォーターバレット)】で弾幕を張る。足止めにはなるかと思われていた弾幕は不意に体が光だしたクリスの拳と蹴りの乱打で次々と打ち消されていく。

 根競べとばかりに【水弾(ウォーターバレット)】を撃ち続けていたチャルチウィトリクエだが、再びアンネローゼの放つ【火球(ファイアーボール)】によって中断させられてしまい、その隙を突いたクリスの強烈な蹴りを再びその横顔に浴びせられてしまった。


 くっ、2人いるのが厄介ですわね。ウィツィロポチトリ殿も防戦一方ですし、なんとかこの状況を打開出来ないものでしょうか……。


 横顔の痛みを堪えながらチャルチウィトリクエは先程の様に海水を利用して複数の竜を作り出す。

 生み出した海水の竜を全てアンネローゼの方へと差し向けると、自分は再びクリスへと襲い掛かった。


「へぇー、1対1なら僕に勝てると思ってるんだね。その思い上がり、粉々に打ち砕いてあげるよ!」


「思い上がっているのはどちらか思い知らせてやるぞ人間!」


 その巨体を生かしクリスへ向かって突撃するチャルチウィトリクエ。対するクリスはその突撃を強く空中を蹴る事によって回避し、再度空中を蹴り攻撃後の隙が出来た胴体目掛けて突撃すると拳を叩き込む。

 ズドン、という音と共にくの字に体を曲げるチャルチウィトリクエ。そして追撃とばかりに拳を叩きこもうとしたクリスが不意に打ち込もうとしていた拳を引っ込めその場から飛び退いた。直後クリスがいた場所を複数の【水球(ウォーターボール)】が通り抜けていく。

 目標から外れた槍は空高くまで飛んでいき、やがて力を失って細かい水の粒へと拡散し海面へと降り注ぐ。


「ふいー危ない危ない。まさか殴られながら魔法撃ってくるとは思わなかったよ」


 水の球だったものが降り注ぐ中クリスが軽い口調でチャルチウィトリクエに話しかける。

 一方のチャルチウィトリクエは取りあう事をせずに次々と海水から球を生成してはクリスへと向けて撃ち出していった。


「ヘヘヘ、これぐらい簡単に避けられるよー。もっと複雑にしないと駄目だよねー」


 海面から無数に襲い掛かる球を空中でまるで踊っているかのように回避するクリス。

 掠る事すら許されない球は空へと昇っていき細かい水の粒へと変わり降り注ぐ。


「ほらほらー、こっちこっちー。ハハハ――ぐっ!?」


 突如空中で海水の槍を避けていたクリスがくぐもった声をあげその動きを止めた。

 原因は海水の球であり、それが背中に直撃したことにより意表を突かれたクリスはその動きを止めてしまう。


「ぐ……、何で背中に……。下からだけじゃなかったの……?」


「誰がしたからだけなんて言った? 周りを良く見てみるといい」


 チャルチウィトリクエの言葉に促され周囲を見回したクリスは驚きに目を見張った。

 今までクリスが避けていた水の球。それは空中で拡散し、細かい水の粒となって海面目掛けて降り注いでいた。そう降り注いでいた筈だった。

 しかし今クリスの目に映るのは自らを囲う様に四方八方を埋め尽くし空中で停滞している水の粒。

 調子に乗って海水の球をかなりの速度で避けていたクリスは水の粒の細かさもあり気が付くことが出来なかったのである。

 そしてその粒は集まる事によって再び海水の球と化しクリスへと襲い掛かっていたのであった。


「さあ全方位からの射撃、貴様は避け切る事が出来るかな?」


 言葉と共にクリスの周囲に展開していた水の粒は集まり海水の球へと姿を変え、クリスへと向けて殺到する。


「う、うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 全身に魔力を纏い拳と蹴りでもって海水の球を迎撃していくクリスだが、如何せん人の腕と脚は2本づつしかない。全方位から襲い掛かってくる無数の海水の球に対処できるはずもなく、その姿は次第に海水の球に呑み込まれて見えなくなっていった。


 ハァハァハァ……、何とかやりましたわ。これだけやればいくら勇者と共にいる者と言えど生きてはいられないでしょう。これで(わたくし)の勝ち――。


「負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」


 チャルチウィトリクエが勝利を確信した瞬間クリスがいた場所で爆発が起こり思考が中断させられる。

 視線を向けた爆発の中心では全身ボロボロになり、肩で息をしているクリスが鬼のような形相でチャルチウィトリクエを睨みつけていた。


「そんな! あれを食らって生きていられるなんて!?」


「ハァハァハァ……、負けない! 僕は絶対に貴様ら魔族なんかには負けないんだーーーーーー!! 【鬼人化】発動!!」


 咆哮と共にクリスがいつかのアドールと同じスキルを発動させその姿を変えていく。

 全身の肌が漆黒に変化したアドールとは違い赤銅色へと変化し、茶色だった髪は鈍色へと変化していった。


「もうお遊びは終わり。さっさと片付ける」


「!?」


 言葉を言い終わった瞬間クリスの姿が掻き消える。

 チャルチウィトリクエがその事に気が付き周囲を見回した瞬間その胴体に激しい痛みと共に食らった衝撃により吹き飛ばされる。

 ケツァルコアトル程ではないとはいえかなりの巨体を誇るチャルチウィトリクエの全身が海面から引きずり出され吹き飛んで行く。

 そして吹き飛んだ先にはすでにクリスが先回りしており、チャルチウィトリクエの顔面へと拳を叩きこんだ。

 その攻撃は1度だけでは終わらず、空中で殴り飛ばされ蹴り飛ばされピンボールの球のように抵抗できずに吹き飛ばされるチャルチウィトリクエ。

 その強烈な衝撃によりその意識は途切れ掛かっており、すでに虫の息と言ってもいい状態であった。


「これで止めだぁあああーーーーー!!」


 右拳に異常なまでの魔力を集め撃ち出してくるクリス。

 死ぬ寸前まで追い詰められていたチャルチウィトリクエにはその動作が非常にスローモーションに見えた。

 体さえ動けば避けれるような速度。しかし今のチャルチウィトリクエには指1本動かすだけの力もなく、自らに迫る死をただ見ている事しか出来なかった。


 ああ、トモエ様……、旦那様……。約束……守れなくて申し訳ありませんわ……。


 チャルチウィトリクエの命を刈り取ろうと迫る拳がついにその目標の顔面へと激突する。

 大凡拳が激突したとは到底思えない音が周囲に響き渡り、その直撃を受けたチャルチウィトリクエの顔は――全くの無傷であった。

 確かに拳はチャルチウィトリクエの顔面へと届いている。届いているのだがそれだけで、突き刺さる事無く拳は表面で止まっていた。


「!? なんで拳が……!?」


 驚愕に目を見開くクリスが我武者羅に拳を打ち付ける。

 顔面だけではなく胴体にもその攻撃が及ぶものの結果は最初の一撃と同じ表面で止まるだけであった。


「クリス、それ以上やっても無駄だよ」


「どうしてさ! 後一撃で殺せるんだよ!?」


「今の君ではどうやっても無理だ。よく見てみなよ、そいつさっきからピクリとも動いてないだろ? 多分そいつの時間が止まってる」


 (おもい)の言葉に、ハッとした顔でチャルチウィトリクエを見るクリス。

 まじまじと見つめ、(おもい)の言った通りである事を理解した。


「けどこいつどうすればいいのさ」


「んー、どうしようも無いかな。ベルが戦ってる方も同じ状態だし、誰かが干渉してるのは確かなんだけどねー。流石に俺でも時間は――ってクリス! 後ろだ!」


 (おもい)の叫びに似た声を聞いたクリスは反射的に後ろを向く。

 チャルチウィトリクエだけがいた空間には新しく空間の歪みが発生しており、そこから理解するのも面倒になるほどの魔力を秘めた極大の【火球(ファイアーボール)】がクリス目掛けて迫っていた。


「うわわっ!」


 咄嗟に空中を蹴り何とか跳び退るクリス。【火球(ファイアーボール)】はクリスの横を通り過ぎていくとそのまま(おもい)の乗る帝国船へ向かっていった。


「チッ」


 周囲の誰にも聞こえないように舌打ちをすると(おもい)は帝国船と【火球(ファイアーボール)】を遮るように障壁を張る。

 そして次の瞬間【火球(ファイアーボール)】と障壁が激突し盛大な爆発を起こし、周囲を爆風と煙が覆った。

 爆風が止みやがて濛々と立ち込める煙が海風に流され消えていく。

 完全に煙が晴れた後、【火球(ファイアーボール)】の標的となった帝国船の周囲にいた数隻の軍船は爆発の煽りを受け、大破しているものや耐え切れずに沈んでしまった船もでていた。


(おもい)君、助かったよ。(おもい)君が障壁張ってくれなかったら僕もやばかったよ」


「いいよ。君に死なれたら俺も嫌だからね」


「嬉しいな。ありがと(おもい)君。ところであのでっかい蛇は?」


 クリスがチャルチウィトリクエのいた空域に目を向けるもそこには既に何も無く、広い青空が広がっているのみであった。


「さっきの爆発の瞬間にあの海竜の魔力が消え去っていたから、おそらくあの空間の歪みに飲み込まれたんじゃないかな?」


「ベルさんが戦っていたあの魔族も同じように消え去っていましたから、恐らくそちらにも空間の歪みが発生し飲み込まれたのでしょう。こうも同時に自然発生するなどありえませんから恐らくあちらの仲間が救助したのでしょうね。魔族が仲間を助ける心を持っているなんて驚きですけど」


 アンネローゼの言う通りベルが戦っていたウィツィロポチトリもその姿を消しており、止めをさせなかったベルは不満げに頬を膨らませていた。


「まあ仕留め切れなかったものは仕方が無い。どうせ奴等のテリトリーには俺達が出向くんだからさ。そこでまた戦えるよ。向こうが戦うだけの気概があればだけどね」


 不満そうなベルの頭を優しく撫でながら(おもい)が魔族大陸のある方角を見つめる。

 アンネローゼ達も同じように魔族大陸の方角を見つめ、更なる戦いに備えて気持ちを入れなおす。

 そして(おもい)の後ろから魔族大陸を見つめていた彼女達は気がつかなかった。

 (おもい)の表情が彼女達の知るそれではなく、醜悪な笑みに変わっていたことに。

チャルチウィトリクエと勇者様ご一行であるクリスの戦いでした。

ウィツィロポチトリも同じように無表情ロリのベルと戦っていますが、チャルチウィトリクエ以上に一方的にやられてます。そりゃあもうハリネズミですよ。

最後呼んでくださっている方は察しておられるかもですが2人とも死んでいません。

トモエによって回収されております。

なぜ離れた場所にいる2人をピンポイントで回収できたかはここまでお読みの方はお分かりだと思います。

次回からついに勇者様ご一行が魔族大陸に上陸します。果たしてアンネローゼ、クリス、ベルが(おもい)の本当の顔に気がつく日は来るんでしょうか。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

最近年の瀬が近くなり日々が忙しく中々小説に手を付ける暇が無く遅くなってしまい申し訳ありません。

しばらく不定期更新になりますが見捨てないでいただけると幸いです。ここまで読んだ時間を無駄にしないためにも!

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