113話 残念な人にあったようです
「ん……ここは……」
ふとシーツァが目を覚ました時目の前に広がっていたのは現実感の無い白一色の景色だった。
どこまでもが白一色のため広いのか狭いのかよく分からない場所。そして周囲をキョロキョロ見回していたシーツァの目の前に先程まではいなかった人物が立っていた。
白い長髪の壮年の男性は白いローブに身を包み厳つい顔には髪と同じ色の長い髭が特徴的である。
「ようやくお目覚めかね。始めましてシーツァ君、我が名はゼリウスという。成り行きとはいえ君の妻となっているイリステラスの父だ」
「!? は、初めまして、シーツァだ。それで、何で俺はここにいるんだ?」
「うむ、君は今横嶋 意との戦闘で瀕死の重傷を負っていてね。何度かここに来ていたため精神がこちらに来易くなっていたのだ」
ゼリウスの説明にシーツァが溜息を吐く。
幽体離脱でもしている様な気分になっているシーツァだがあながち間違いではない。
魂自体はシーツァの肉体に残っているが、ゼリウスが言った様に精神だけが飛ばされているのである。
シーツァが生前読んだマンガにもあったが生物は肉体と魂と精神で構成されている。仮にこの精神を幽体と言うのであれば確かに幽体離脱と言えるだろう。
「それに今回は君に言っておきたい事があってな」
「何を?」
「うむ、イリスは君に迷惑を掛けていないかな? 末の娘でかなり甘やかして育ててしまったためかなり残念な娘に育ってしまったと思う。まあ、可愛いからいいのだがな。あれも小さい頃は「お父さんと結婚する」といつも言っていてそれはもう最高神である私をも凌ぐ圧倒的な神々しさといったら筆舌に尽くしがたい。それに――」
突然始まった親馬鹿による娘自慢。自分の中に永久保存してある娘の可愛らしい姿やエピソードを延々と語り続け、いい加減シーツァがうんざりしてきた頃不意にゼリウスの瞳がギラリと剣呑なものへと変わった。
「聞いているのかね? シーツァ君。これからイリスが神界幼稚園でのお遊戯会の話になるというのにまったく……」
「いや、俺はそんな話を聞かされるためにここに呼ばれたのか?」
「そんな話とはなんだねまったく! それでも君は私の可愛い可愛いイリスの旦那なのかね! 本来ならば私はイリスを嫁になんぞ出したくは無かった! 帝国の連中が勝手に呼び寄せた人間の所為でイリス守るため仕方なく害とならなそうな君の元へと送ったのだ! それを君はイリスが行き場の無いのをいいことに嫁になどと……。本来ならば許すわけにもいかん! だが事情が事情だ! だからこそ君には旦那としてイリスのことをよく知る義務があるのだ!」
勢いよく捲くし立てるゼリウス。そこにはもう登場したての最高神としての威厳など既に無く、ただの残念な親馬鹿のおっさんがいるのみであった。
ああ、イリスの残念さはこのおっさんに育てられたからか……。
げんなりとしながら面倒になりそうなので言葉には出さないがシーツァの考えは実に的を得ているものであった。そりゃあこんなおっさんに甘やかされれば天性のものもあるだろうが残念な子に育つというものである。
「とりあえず本来の要件を話してくれないか? 娘自慢も良いがさっさと戻らんとみんなにいらん心配かけるからな。もちろんイリスにも」
「ん? う、うむ……。確かにあまりここに長く居させてはイリスも心配するだろう……。しかしまだ神界小学校の運動会での愛らしさなど語りきれてないものが……、よし! ならば君にこれをやろう。私のもっているマイラブリーエンジェルイリスちゃんのアルバムの完全コピーだ!」
マイラブリーエンジェルて……。いや、前半もアレだが神様なのに天使て……いいのか?
厚さ約10cm程にも及ぶ重厚なアルバムを問答無用で押しつけられたシーツァの足元に幾何学的な文様で構成された魔法陣が浮かび上がり、やがてシーツァとゼリウスとを分かつように魔法陣から淡い輝きが立ち上る。
「シーツァ君、君はいずれ選択を迫られる時が来る。それは避けようもないものだ。その時に後悔が無いよう今をしっかりと生きなさい」
「なんだよその選択って」
「すまないがそれを今言う事は出来ない。最高神といえど守らねばならないルールがあるのだ」
すまなそうな顔で首を振るゼリウス。その顔はこれから起こる未来の結末を知っているからなのかシーツァには判別がつかなかったが碌でもない未来である事は確かだと思えた。
そして徐々に魔法陣から溢れる光が強くなっていき、シーツァがこの空間から元の世界に戻る時間が迫ってくる。
「神様よ、俺はどんな選択肢を選んだとしても絶対に後悔しない。この選択が最良のものだって胸を張って言ってやる」
「そうか、君は強いな。そして面白い。イリスが君を好きになった気持ちが多少……ほんの少しだけわかった気がする。……どうか娘をよろしく頼む」
「ああ、あの自称勇者なんぞには指1本触らせないから安心しろ」
シーツァの言葉に満足そうに頷くゼリウスの顔が徐々に光によって見えなくなっていく。
やがて完全に視界が光に覆われたと感じた時、シーツァの意識は暗転した。
シーツァは意識が暗い海の底から徐々に浮かび上がってくる様な感覚と共に自らの手に感じる暖かな感触を覚えた。
重い瞼をゆっくりと開き最初に目に入ったのは魔王城にあるシーツァ達の自室の天井。そして暖かな感触を覚える右手に目を向けると、そこにはベッドで眠るシーツァの手を握りしめたまま眠るソーラの姿だった。
シーツァがゆっくりと体を起こし、空いている方の手でソーラの頭をやさしく撫でると小さな声と共にソーラの瞼が徐々に開き、その瞳がシーツァを捉えた瞬間カッと見開かれた。
「シー……ツァ……?」
「おはようソーラ。心配かけたな」
「シーツァっ!!」
寝起きとは到底思えない様な速度でシーツァの胸に飛び込むソーラ。その衝撃で「ゲフッ」と肺の中の空気が強制的に吐き出されているがソーラがそれに気が付いた様子はなく、胸に顔を埋めながらシーツァの名前を連呼している。
シーツァはソーラの温もりに顔を緩めながらも、胸に感じる冷たい涙の感触に自分がどれだけソーラを心配させていたのかがはっきりと分かり、慰めるようにやさしく抱きしめた。
「シーツァが目覚めたの!?」
向かいの部屋であるトモエの執務室まで声が届いたのか慌てて部屋の扉を開けたトモエが起きているシーツァを見るなり花が咲いたかの様な笑顔を浮かべベッドまで駆け寄ってきた。
「もう大丈夫そうね。熱もないし魔力も安定してるみたい。こうしちゃいられないわ、みんなを呼んで来なくちゃ!」
ペタペタとシーツァの顔を触ったトモエはシーツァの体調が安定している事を確認するとアイナ達を呼ぶために勢いよく部屋を飛び出していく。
ものの5分としない内に部屋にはシーツァのお嫁さん達計6人+ディーナの合計7人の女性が集まっていた。
「よかった~、シーちゃんがようやく~、目覚めてくれて~」
「がぅ、シーツァやっと起きた。もう起きないのかって心配したぞ」
「目が覚めてくれてよかったわ。暁がいないんじゃ生きるのに張り合いがないもの」
「旦那様、私放置プレイは大好物ですがこういったタイプの放置は嫌ですわ。また私にお仕置きをして下さいませ」
「そうだよ旦那様、新婚ほやほやの私を放置して1週間も寝てたんだからね。埋め合わせはしてもらうよ? それと……助けてくれて、ありがと」
「無事に回復されたようで何よりです主」
それぞれがシーツァが目覚めた事を心から喜び言葉を贈る。若干アイナの顔色が優れないようだったがシーツァは他の子が掛けてくれる言葉に気を取られ気が付けずにいた。
シーツァの胸に顔を埋めていたソーラも気恥ずかしくなったのかシーツァから離れアイナ達と並んでベッドの周りに立っている。
「みんな、心配かけてごめん。もう大丈夫、きっちり治ったみたいだ」
ステータスを開き自分の状況をチェックする。すでにHPもMPも完全に回復し、状態異常もない事から先の戦いでの傷は完全に癒えていた。
「ところで旦那様、もしかしてあっちに行ってたりする?」
「あっち?」
「前に私と会った空間だよ」
「あーあの」
イリスの言葉にシーツァは眠っていた時にまたあの白い空間に行っていた事を思い出した。
今回は最高神というある意味でとても強烈なインパクトのあるイリスよりも上位の神様で散々娘自慢を聞かされた事を語った。
「もー父様ってば恥ずかしい! 旦那様も話半分に聞いていいからね? それに私は旦那様が大好きなんだから父様の許可なんて必要ないし」
父親の所業に頬を膨らませて怒るイリス。その可愛らしい仕草を見ていたシーツァはふと布団の中に硬い何かがあるのに気が付いた。
取り出そうとするとそれは意外に重く、全員が不思議そうにする中取り出したそれは拍子に『マイラブエリーエンジェルイリスちゃん成長記』と記されたハードカバーの重厚なアルバムであった。
取り出されたアルバムに約1名を除いた全員が目を丸くしている中当のイリスはワナワナと体を震わせていた。
「な……」
「な?」
「なんでそれがここにあるのよーーーーーー!!」
羞恥で顔を真っ赤に染めたイリスの悲鳴が魔王城に木霊した。
作者 「おはようシーツァ君」
シーツァ「ああ、それにしてもこの世界はあんなのが神様で大丈夫なのか?」
作者 「大丈夫だろ。それにあのおっさんだけじゃなくて、本編に出てくることはないが複数いるイリスの兄や姉はみんなイリスがかわいすぎてしょうがないってのばっかだぞ?」
シーツァ「なんでそんなのが神様なんだよ……」
はい、シーツァ君がようやく目覚めました。あのイリスが大好きすぎる家族に甘やかされて育ったため残念な子に育ってしまったことが判明しました。
まあ、自己中心的な勘違い系に成長しなかっただけ良かったと思います。
親馬鹿な所さえ見せなければまともな神様なんですけどね。
兄や姉達も神としての仕事はきっちりしていますがイリスが係ると大変な事になります。主に世界が。
そして全員があのアルバムを持っているという……。
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