112話 大苦戦のようです
「まずは小手調べだ!」
シーツァが叫ぶと同時に【異次元収納】から取り出した槍を全力で投擲する。それに合わせてアイナとソーラも矢と魔法で青年を狙う。
一直線に自身へと勢いよく迫る槍や矢、魔法を見ても余裕の態度を崩さない青年は構えていた剣を振るい飛来する攻撃を斬り落とす。
「ハハハ! そんなんじゃ小手調べにもならないよ!」
「そうか?」
「っ!?」
突如として背後から聞こえるシーツァの声に危険を感じた青年が反射的に背後をなぎ払う。
しかし肝心の声の主はそこにはおらず、次の瞬間自身の背に強い衝撃を感じるとバランスを崩し地面に膝をついた。
「チッ、堅い鎧だな」
「イテテ……、変なスキル持ってるんだね。何が起こったのかわからなかった。これはもう油断して勝てるような相手じゃなさそうだ」
青年はそう言いながら立ち上がるとまるでダメージを受けていないかの様な気楽さで笑いながら自身の装備についた土を払い落とす。
土をつべて落とし終わった青年は先程の厭らしい笑みとは違う、新しい獲物を見つけた捕食者を連想させるような笑みを浮かべた。
「ここからはギア上げていくよ?」
そう言って最初にシーツァが投擲した槍を拾い上げると自らの持つ剣で半分に断ち切る。約半分の長さになり短槍となった物を剣を握っていない左手に持ち帰ると握り具合を確かめ呟いた。
「【スキルメイク:武具百般】」
呟きは風に溶けシーツァには口が微かに動いているのが見えるだけで何を言っているのか分からなかったが、すぐに驚きに目を剥くことになった。
物凄い速度で迫ってくるのはシーツァにとっても予想の範囲内ではあったが、振るわれる剣は先程の薙ぎ払いとはまるで比べ物にならない鋭さでシーツァに襲い掛かってきた。
寸での所で左手に作り出した剣で受け止める。しかし受け止めたと思ったのも束の間すぐに反対の手に握る短槍が雷のような鋭さでシーツァを串刺しにせんと迫る。
「危ねっ!」
寸での所で身を捩り迫る穂先を回避するシーツァだが、シーツァの眼前を通過しようとしていた短槍は不意に引き戻されると、無防備になっていた下半身、シーツァの右太ももへと目標を変えそのまま穂先は太ももをいとも容易く貫通した。
「ぐぅっ!」
貫かれた短槍が引き抜かれる痛みと体内をから異物を引きずり出される感覚にシーツァが思わず呻き声を上げる。
シーツァの上げる呻き声に青年が嗜虐の笑みを浮かべ、再度手に握る槍でシーツァの太ももを貫かんと突き降ろした。
「くそがっ! 【斥力】!!」
「!?」
青年オ槍がシーツァの太ももを貫く寸前、弾かれるように上がった右手を青年に向け【物理魔法】を使用した。始めてみる魔法に対処できなかった青年が弾き飛ばされ勢いよく飛ばされていく。
何とか空中で体勢を整え着地しシーツァ達の方に青年が視線を向けると、目の前の光景に目を疑った。
右手を点に掲げるシーツァの背後の空間に無数の波紋が立ち、その無数の波紋1つ1つの中心から顔を覗かせる剣や槍等の様々な武器。
それに加えソーラが自身の上空に展開する氷で出来た槍がこれまた数え切れないほどに出現し、一見弓に矢を番え構えているだけにしか見えないアイナは弓の能力で【分裂】と【追尾】を付与された矢で青年に狙いを定めていた。
「まるで英○王みたいだ……って言ってる場合じゃないな……」
シーツァが右手を振り下ろし、それを合図に波紋から次々と武器が射出されていく。それに合わせてソーラからは無数の氷の槍、アイナからは数えるのが面倒になるほどに分裂した矢が青年目掛けて飛んでいった。
やがてシーツァが【異次元収納】に収納してある全ての武器を射出し終える。濛々と立ち込める土煙が晴れる頃目の前にはシーツァ達が青年目掛けて射出した剣や槍、矢等の武器とソーラの魔法が青年や周囲の地面に所狭しと突き刺さっている光景が広がっていた。
青年は全身ほぼ余す所無く武器が突き刺さりハリネズミの様な有様になっている。周囲の地面も武器を退かさなければ歩くことも儘ならないだろう。
「ハァ……ハァ……。こんだけぶち込めば生きてらんないだろ」
「そうねぇ~、あの状況で~、生きてられたら~、困るわ~」
「シーツァ、アイナ……それフラグ……」
「あ……」
ソーラの言葉にシーツァが冷や汗を垂らした時、視界の中にあるハリネズミがピクリと動いた。
1本、また1本と深々と突き刺さっていたはずの武器が青年の体から抜け、音を立てて地面に落ちていく。
全ての武器が抜けた後、そこにはあまりに多くの武器が突き刺さった所為で人としての原型を留めていない元青年が立っていた。
何故生きているのか、そこにいる青年以外の全ての者がそう考えていた時、まるで時間を巻き戻すかのように青年の体が復元されていき、すぐに傷1つ無い青年が立っている。
しかし青年の肉体とは違い剣や鎧等は復元できないのか青年は生まれたままの姿、所謂全裸の体に申し訳程度に布片がくっついているだけであり、シーツァからしてみたら誰得と言いたかった。
「イタタ……、あんなに痛い思いしたのは初めてだよ。【不老不死】のスキルが無かったら死んでた。それにしてもお前強いね。ホントに普通の人間なの? あのどっかの英○王みたいな技といい貫通した太ももの傷がもう治ってることといい普通の人間じゃMPがいくらあっても足りないよね」
「しるか、なんでお前にそんな事言わなきゃならん」
「ハハハ、そうだよね、素直に喋るとは最初から思ってないよ。それにしてもお前さっき俺の剣受け止める時さ、手に何も持ってなかったのにいきなり出して受け止めてたよね。【異次元収納】使ってる風にも見えなかったからもしかしたら作ったのかな?」
「!? だったらどうした」
図星を突かれて一瞬言葉が詰まるシーツァ。すぐに取り繕うが青年はシーツァの表情が一瞬変わったことに自分の考えが的を射てる事を悟る。
「なるほどやっぱり武具作成系のスキルか。それなら……【スキルメイク:神話武具作成】」
「なっ……!?」
笑みを強くした青年が発した言葉にシーツァは自分の耳を疑った。
シーツァの耳には届いていなかったが先程短槍を手に取った青年の動きが突然鋭さを増したのは【武器百般】というスキルを作り出したからである。当然【不老不死】も青年がこの世界に来てから作ったものだ。
「うーんこのスキルだけじゃさっきのあれは出来そうにないや。ま、いいか。これはこれで使い道が多いし」
言うや否や青年は飛び退きシーツァ達から距離を取る。そこには1つの巨大な氷の槍が突き刺さっていた。
「あなたにそのスキルの使い道なんてありませんよ。早く死んでください」
再び自らの頭上に巨大な氷の槍を作り出しながらソーラが言う。
かなりの殺気を周囲に撒き散らしているのだが青年はどこ吹く風といった具合に肩を竦めながら苦笑していた。
「さっき体験しただろう? 俺は【不老不死】のスキル持ってるから死なないんだって。まったく、神の力をこの身に宿す俺は神に選ばれた主人公なんだよ? 多少は腕が立つみたいだけどその程度じゃ俺は殺せないなぁ」
そう言いながら余裕の態度を崩す事無く自らの右手に魔力を集中させる。シーツァの【特殊武具作成】と同じ事をしている事を悟るソーラは不快感を隠す事無く先程打ち出したのよりも更に魔力を込め巨大化させた、もはや氷塊と言った方が正しい氷の槍を青年目掛けて撃ち出した。
そして氷の槍が青年に迫り命中したと誰もが思った瞬間、キンッ、と甲高い音が聞こえた瞬間氷の槍に一筋の線が入る。
次の瞬間氷の槍は真っ二つに割られ青年の左右を通り過ぎ地面を抉った。
「うん、やっぱりこのスキルはかなり便利だな」
剣を振り切った体勢のまま呟く青年。その右手には先程まで握っていた剣とは全く違う、必要最低限の装飾を施された剣は離れた所から見ているシーツァ達にもその武器から放たれる神々しいまでの魔力の波動を感じ取れるほどだった。
そしてシーツァは生前やっていた某伝記ノベルゲームに登場するとある武器にしか見えず、最悪の事態を想定して冷や汗を流していた。
「お、お前……その武器はまさか……」
「うん? お前この武器を知ってるのか? てことは俺と同じ転生者か、それとも召喚された? ま、そんな事どうでもいいや、お前は今から俺に殺されるんだから。ほらしっかり守らないと後ろの女も死んじゃうよ? 後で楽しみたいからきっちり守れよな」
そう笑いながら青年は自らの持つ剣に魔力を込めていく。元々剣自体が強大な魔力を宿していたのが青年が込める魔力によって際限無く膨れ上がっていった。
「!? みんな俺の後ろに下がれ!」
「でもシーツァ――」
「早くしろ!!」
初めて向けられた怒声にソーラはビクリと体を竦ませる。そんなソーラの手を掴みアイナが指示通りにシーツァの背後へと下がる。
シーツァを盾にする事に抵抗が無いわけではないがアイナ自身あれだけの魔力に対抗できる術が無く、悔しさに唇を噛み締めていた。
全員が自分の背後に避難したのを確認するとシーツァは両手を前に突き出す。
「【倍加】! 【素戔嗚】解放!! 並びに【闇の城壁】!! そんでもって【特殊武具作成】!!」
スキルにより強化された力で夜よりも更に深い闇の城壁を青年の目の前に展開する。そして青年からシーツァ達までの一直線に【魔力防御】を付与した魔法銀製の大盾を何個も何個も作り出した。その際【特殊武具作成】のスキルレベルが上がったが、それに気が付いているだけの余裕はシーツァには無かった。
徐々に回復していくとはいえ限界ギリギリまでMPを消費したシーツァはふらつきながらも何とか膝を突くのを我慢し青年の攻撃に備える。
「さて、無駄な抵抗の準備は出来たかな? それじゃ【湖の乙女より授かりし剣】!!」
莫大な魔力の本流が極光となって放たれる。
光はシーツァが生み出した闇の壁をいとも容易く貫通し、その後ろに立つ大盾をも次々とまるで紙でできているかの様に破壊しシーツァ達へと迫っていく。
最後の盾が破壊され少しも威力の減衰が見られない極光がシーツァ達の目前まで迫った瞬間、シーツァは残りのMPを振り絞り【魔力防御】と【魔力強化】を付与した大盾を作り出し構える。
「【絶対防御】!!」
スキルを発動し自らの攻撃力を全て防御力に変換し、更に自動的に回復していくMPを大盾に注ぎその防御力を高める。
そしてその直後極光がシーツァの構える大盾に激突した。鼓膜が破れるのではと思える大きな音と共に今まで経験した事のないほどの光の奔流という暴力に歯を食いしばりながらなんとか耐えるシーツァ。自動で回復していくMPを端から大盾に注ぎ、強化をしてなんとかギリギリ耐えているのが現状だった。
「ハハハ! これに耐えれるんだ、凄いじゃないか! ならもう少し出力上げていくよ!」
青年がエクスカリバーに込める魔力を更に上げる。すると極光は更にその密度を増しシーツァに襲い掛かった。
込められる魔力が増した極光はギリギリの所で均衡を保っていたシーツァをまるで嘲笑うかのようにブチ壊した。
徐々に押されていくシーツァは何とか耐えようと限界を超えてMPを注ぎ込み続ける。それは自らのHPを削っての行為だった。
それにより再び耐える事が出来ると思ったのも束の間、ピシリ――とこの大音量の中でもなぜかはっきりと聞こえた音はシーツァが極光を防ぐ為に構えている盾に罅が奔る音であった。
嫌な音が鳴るたびに盾に奔る罅は増えていき、全体余すところ無く罅が奔りきった瞬間ついに盾が耐え切れなくなり砕け散る。
盾によってなんとか抑えられていた極光がシーツァ達に向けて迫った。
「俺は……ソーラ達を守るんだぁぁぁぁぁああああああああ!!」
常時回復し続けるとはいえこの短時間では大した量も回復するはずも無く、回復したMPも端から全身に巡らせ薄い膜状にし全身を大の字に広げて迫り来る極光に立ち塞がった。
意識が飛べば起動しているスキルも解除されてしまうため、全身に奔るこの世の物とは思えない強烈な痛みに晒されながらも途切れそうになる意識を意地と根性でなんとか保つシーツァ。
1時間か、1分かそれとも1秒か、もはや時間の感覚がなくなり永遠の激痛が苛まれる様な感覚に襲われていると、次第に極光が収束していき、やがて完全に消え去った。
極光に耐え切ったシーツァは全身に酷い火傷を負い、薄い魔力の膜がほんの少しとはいえ薄かったのか左腕は完全に吹き飛びなくなっている。
そんないつ死んでもおかしくないような重症を負った甲斐もあり、シーツァの周囲は家も遺体も抉れた地面と共に綺麗さっぱり消えていたが、シーツァの背後だけは何事も無かったかの様に無事である。
ソーラ達は極光の余波で気絶し倒れているが怪我らしい怪我は見当たらなかった。
魔力に特化したソーラですら極光の余波で気絶する程の威力、ステータスをスキルによって強化していなかったら今頃シーツァは完全に蒸発して死んでいただろう。
パチパチパチ
「凄いね。あれを耐え切れるとは夢にも思って無かったよ。けど残念、お前はもう死ぬ寸前だよね。彼女達の事は俺に任せてお前はさっさと楽になりなよ」
すでに勝負は決したと確信している青年は拍手をしながらゆっくりとシーツァ達の元へと歩いていく。
シーツァは青年が喋っている最中に1度意識がトンでおり、全てのスキルが解除され今シーツァの体は徐々に回復するHPとMP、それとその回復しているMPを消費して【超再生】が必死で体を復元している最中であった。
しかし絶対的にMPが足りず体の再生が遅々として進まず、青年が辿り着くまでに治るのは絶望的であった。
「村が……!」
青年が歩いてくる途中不意にシーツァの耳へと横から女性のものと思しき声が聞こえてきた。
動かそうとする度に体が悲鳴を上げるため何とか視線だけを向けると、そこには呆然と立ち尽くすリジー、ミルカ、アルテラの3人娘の姿があった。
「へぇ、こんなくたびれた村にあんな可愛い子がいたなんてね」
シーツァ達に向けていた歩みを3人娘に向ける青年。3人娘はショックからか自らに迫る危機に気付いている様子は無かった。
「く……そ……。【引力】……」
悲鳴を上げる体を無視して右手を3人娘へと向ける。体の再生に使っていたMPを全て【物理魔法】に使い3人を引き寄せる。
「なんだまだ動けたのか。早くくたばってその子達を俺に渡しなよ」
「ふ……ざけん……な……! 【転移】……!」
呆然としている3人がシーツァの元へと辿り着き、その衝撃で意識が飛ぶ瞬間シーツァはなんとか【転移】を使い、魔族大陸へと消えていった。
「あーあ、消えちゃった。ざーんねん。ま、またいつか手に入れる機会もあるでしょ」
青年はまったく残念そうに聞こえない声で1人呟くと炎の燃え盛る村の奥へと消えていった。
作者 「シーツァくーん、生きてるかーい」
シーツァ「…………」
作者 「返事が無い、ただの屍のようだ」
シーツァ「生きてる……っての……ガクッ」
作者 「ムチャシヤガッテ」
人と人とのやり取りはいつも思いますが難しいです。前回なんか特に。
なんとかシーツァ君は横嶋 意から逃げ出すことが出来ました。とゆーかあの3人娘は運が良いのか悪いのかよく分かりませんね。
彼女達はヒロインにはなりませんのでご安心ください。
ここまでお読みいただきありがとうございます。