109話 獣魔軍団の最後のようです
「まず部隊だが接近戦部隊を2つに分ける。ゴブリン将軍とゴブリン上騎士はそのまま、ゴブリン守護者は新しく守護部隊を作るから固まってくれ。他はそのままでウルは俺がいない時の総指揮を任せる。いいな?」
「「「「仰せのままに、我等が王よ!」」」」
シーツァの指示を聞いたゴブリン達がピッタリと一糸乱れぬ返事を響かせる。
「俺達を無視してんじゃあねぇよぉーーーー!!」
自分達を無視して行われるシーツァとゴブリン達のやり取りに苛立ち、痺れを切らした獣魔軍団の残党は雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
個々の身体能力に物を言わせた突撃は欠片も連携が取れていないが腐っても獣魔軍団、その身体能力は並の魔物を遥かに上回っていた。
「トモエ、まだ戦列を作ってない。少し遠くに飛ばしてくれ」
「はいよー」
のんびりとした返事と共にトモエが【時空間魔法】を発動させると、突撃しているはずの獣魔軍団がシーツァ達に向かって走っているにも拘らずその距離がどんどん離れていく。
離れていく中一瞬だけ確認できた彼等の顔には突然の事態が余程理解の範疇外にあるのか困惑と驚愕、焦燥が浮かんでいた。
「何したんだ?」
「んー? 単にあの獣魔軍団と暁達との距離を拡げただけよ」
「ほーそんなこともできたのか」
「まあね。この空間は私が作った空間だし、このくらいはお茶の子さいさいよ」
無い胸を反らして自慢げにしているトモエ。そんなトモエにシーツァは礼を言うとゴブリン達に向き直る。
そこには各部隊毎に固まっているゴブリン達がシーツァからの指示を今か今かと待ちわびていた。
「よし、今回は俺が指示を出す……と言っても俺もこういった部隊に対する指示の出し方はわからん。素人にも程があるからな。まあそれでもあの畜生共に負けることは絶対に無いから安心してくれ。だからお前達も誰一人欠ける事は許さないからな?」
「「「「仰せのままに、我等が王よ!」」」」
「よし、それじゃあまずは最前列に守護部隊を、その後ろに接近戦部隊を、その後ろに弓隊と魔法部隊を配置する。
治療部隊は最後列で出ないとは思うが負傷者が出た時のために待機していてくれ」
シーツァの指示を聞いたゴブリン達はそれぞれの位置に移動していく。
「よし、配置は終わったな。よしそれじゃあ獣魔軍団の殲滅戦を開始する。1人も生かして帰すな」
「「「「仰せのままに、我等が王よ!」」」」
ゴブリン達の力強い返事に頷いたシーツァは部隊の後方に下がる。後方から俯瞰した戦場ではゴブリン達へ向かって亜空間を駆け抜ける獣魔軍団とやる気に満ちたゴブリン達の姿がよく見えた。
そしてその距離が徐々に距離が縮まってきた時シーツァが高らかに声を上げる。
「全能力強化! そんでもって【伝播】! 弓隊矢を射掛けろ!!」
能力強化の魔法に慣れてきたシーツァが編み出した全能力強化によってシーツァの体を各属性の輝きを纏う。
次いでシーツァが使ったスキル【伝播】によって戦場に立つ全ゴブリンに向かってシーツァから細い線が延び、それが接続されるとゴブリン達の体がシーツァと同じ輝きを纏った。
そしてシーツァの号令と共に弓隊から矢が次々と放たれ放物線を描いて獣魔軍団目掛けて飛んでいく。
「ギャァァァァァァ!!」
次々と降り注ぐ矢が獣魔軍団を貫いていく。バタバタと仲間が倒れていく中、矢を回避や弾けた者がゴブリン達へ向かう。
矢の雨からうまく抜け出せた者もその顔には恐怖心が浮かんでいるが、今更後に引けないのかやけくそ気味になっていた。
「守護部隊! 盾を構えて突撃を受け止めろ!」
「「「「ハッ! 絶対防御発動!!」」」」
隊列を組んでいるゴブリン達がシーツァの号令と共に盾を構え盾の壁とでも言える物を形成し、そして全員が一斉にスキルを発動させると盾で出来た壁はまるで城壁にでもなったかのような錯覚をシーツァに覚えさせる。
最初に降り注いできた矢の雨により少なくない被害を出した獣魔軍団達はゴブリン達に向かって半ばやけくそになって突撃し、次々と盾の壁に激突したそばから弾き飛ばされていった。
そしてその瞬間を待ってましたとばかりにシーツァが更なる号令を飛ばす。
「今だ! 接近戦部隊突撃! 蹂躙しろぉぉぉーーーー!!」
獣魔軍団が突破できると思っていた盾に阻まれ混乱している中シーツァから発せられた号令を合図に次々と接近戦部隊が盾の壁を飛び越えて獣魔軍団に斬りかかる。
盾に阻まれ焦りを隠せずにいた獣魔軍団達は盾の後ろから飛び出して来た接近戦部隊の攻撃により完全にパニック状態に陥った。
もうそうなってしまえば獣魔軍団特有の獣の身体能力を生かした戦闘など行えるはずもなく、次々と格下だと侮っていたゴブリン達に討ち取られていく。
獣魔軍団達の悲鳴や断末魔の叫び声が其処彼処から聞こえてくる阿鼻叫喚の地獄絵図と化した戦場はそう長続きせず、次第に沈静化していった。
「案外早かったな。そりゃあんだけ混乱してたらそら簡単に勝てるか」
シーツァが独り言を呟きながら戦場を見渡すといたる所に獣魔軍団を構成していた獣人等の死体が目に入る。
転がる死体は最初の矢の雨で射殺されていたのを除き、全員が絶望の表情で事切れていた。
「よーし、全員集合ー」
シーツァが呑気な声でゴブリン達を呼び寄せる。自分達が王と崇めるシーツァの呼び声にゴブリン達はすぐさま部隊毎に集まり、シーツァの前に並んだ。
「よし全員揃ったな。誰か死んだ奴や怪我した奴はいるか?」
「いえ、死者及び怪我人は1人もおりません」
ウルが代表してシーツァの質問に答える。
その答えを聞いたシーツァは表情にこそ出さないが内心では安堵の溜息を吐いていた。
「よし、全員無事で何よりだ――ん? ああ、まだ生き残りがいるな」
念の為【気配察知】で周囲を調べていたシーツァは獣魔軍団に生き残りがいる事に気が付く。
そこに目をやると一見折り重なった死体があるだけに見えるが、その中に埋もれ隠れているのを【気配察知】は見逃さなかった。
すぐに【物理魔法】を使い、死体の山から生き残りを掘り出す。
シーツァが死体を魔法で退けていると突如死体の山の中で死んだふりをしていた獣人が跳ね起き獣の速度でもって逃げ出そうとした。
「逃がすか!」
【物理魔法】の対象を死体から逃げ出そうとした獣人に移し、その体を空中へと持ち上げる。
死に物狂いで何とか逃げ出そうと必死に体を動かす獣人だがその程度で剥される【物理魔法】ではなく、しばらくもがき続けていた獣人はやがて疲れたのかそれとも抵抗は無意味と知ったのか、うなだれるようにして動かなくなった。
「さてって――ああお前、先頭きってゴブリン達を馬鹿にしてた奴か。ついでにトモエをチビガキとか言ってた阿呆」
冷めた視線を送るシーツァの言葉に宙ぶらりんになっている獣人がビクリと震える。全身が獣特有の毛で覆われているので見える事はないが、人間だったら盛大に冷汗を掻いている事だろう。
「た……頼む……見逃してくれ……。な? 頼むよ。悪かった。謝るからよ。だから見逃がしちゃくれねぇか?」
「あ? 皆殺しって指示出されてるから殺すよ?」
「そうよ。この私に向かってチビガキだのなんだのってほざいてくれたんだから死をもって償いなさい」
「なんだよガキが! 俺は今この方と話してるんだ! テメェみてぇな貧相な体したガキがでしゃばるんじゃねぇよ!」
自分の状況が分かっていないのかそれともシーツァが言っていた「指示を出されてる」という言葉を忘れているのか獣人の男は見事なまでに多くの地雷を踏み抜いた。
シーツァの横に立っているトモエから再び濃密な魔力が漏れ出す。余りにも強大過ぎる魔力に自分のお嫁さんとはいえ生きた心地のしないシーツァだが、魔力を感知する能力がない獣人は未だにわかっていないのかギャースカ騒ぎ立てながら次々と地雷を踏み抜いていった。
「もういいわ。シーツァ、こいつ殺して」
「了解。フラム」
「ハッ!」
シーツァが名前を呼ぶとゴブリンの集団の中から唯一の魔法部隊であるフラムが姿を見せシーツァの前で跪く。
「俺が空中に固定しておくから、好きな方法で殺せ」
「仰せのままに、我等が王よ」
フラムが立ち上がり宙に浮かんでいる獣人に向き直る。すぐに振り向いたためシーツァは一瞬しかフラムの顔を見る事が出来なかったが、先の戦闘で出番のなかったフラムはシーツァからの直々の命令に口角が上がっていたように見えた事から喜んでいるのであろう事が窺えた。
「先程はよくも我等が王に救われ鍛えて頂いた我等を愚弄してくれましたね。あなたが行った事は我等が王がゴミを拾ったと言っているに等しい発言です」
「悪かった! この通りだ! だから助けてくれ!」
「問答無用です。今の私に出来る限りの苦痛を与えた後死んで頂きます」
取りつく島もないフラムに獣人が逆上し始めた。
「ふざけるな! この俺がこんなにも謝ってやってるのになんだ! ゴブリン風情が調子に乗るな!」
「それがあなたのこの世での最後の言葉です」
そう言うとフラムが手に握る杖を構える。すると1つ、また1つと次々と子供の握りこぶし程の大きさの火球がフラムの魔力によって生み出されていく。
ゴブリン程度の魔法と高を括っていた獣人も火球が増えていくにつれて徐々に顔色が悪くなっていった。
「――!?」
自分に訪れる死を確かに実感したのか獣人が口を開いて再度許しを乞おうとした瞬間何かの力によって開きかけていた口が強制的に閉じられる。
突然の事態に混乱する獣人の目に自分に向けて手をかざしているシーツァの姿が映った。
シーツァは獣人が何かを言おうとした瞬間その口を【物理魔法】で強制的に閉ざしていたのだ。
せっかくフラムが最後の言葉と言っていたのに獣人が喋っては恰好がつかないと思ったシーツァの手助けだった。
「ありがとうございます我等が王。それでは覚悟はいいですか?」
フラムの周囲にはすでに数えるのもバカらしい程の数の火球が浮かんでいる。ただの火球ではあるのだが、シーツァにはそのゆらゆらと炎を揺らめかせる火球が獲物に跳びかかるのを今か今かと待ち望んでいるように見えた。
「――――――――!?」
「では……行きなさい」
声にならない叫び声をあげる獣人に対してフラムの杖が無慈悲に振り下ろされる。
それに合わせて次々と撃ち出される火球は獣人の頭以外の体に着弾していく。1発1発の威力はそこまで高い物ではないが、これだけの量の火球を全て食らうとなると死は免れないだろう。
口を閉じられている為悲鳴すら上げる事の許されない獣人は止まない火球の雨に晒され、その命を徐々に削られていく。
そして不意に獣人の右足が弾け飛んだ。とうとう火球に耐えられなくなった獣人の体は着弾した場所から弾け飛び無くなっていった。
自分の体が無くなっていくというえも言えぬ恐怖は獣人の心を狂わせるのには十分すぎた。
すでに全身大火傷を負い焼け爛れた体にもはや痛覚等存在しなかったが、それでも火球が着弾した際の衝撃は分かるし、未だ頭が無事な物理的には無事な為次々と弾け飛んでいく体を見る事が出来ている事がこの獣人にとっての不幸だろう。自業自得ではあるのだが。
次々と体が火球によって弾け飛び、とうとう頭を残して獣人の体はこの世界から消失していた。
「さて、これで終わりです」
そう言うとフラムの頭上に一際大きな火球が出現する。フラムはそれを徐々に圧縮していき、最終的にはピンポン玉程の大きさにまで圧縮した。
自分の作り出した火球を見てその火球が秘める威力に満足そうにすると、それを残った獣人の頭部へと向けて撃ち出す。
今まで撃っていた火球と同じ速度で、しかし威力は先程までとは比べ物にならない威力の火球は目標に着弾すると同時に圧縮されていた力を開放するように大爆発を引き起こした。
ビリビリと空気が震え、眺めているシーツァ達の元まで衝撃波が到達し爆発の威力を物語る。
そんな高威力の火球の直撃を食らった獣人の頭部は塵1つ残さず蒸発しこの世界から消えていった。
「魔王である私に向かってチビガキだの貧相だの言った愚か者は死んだ、と。これで問題の多かった獣魔軍団を私を侮辱したと言う理由で潰せたからよかったわ」
両手を腰に当て満足そうにしているトモエにトラソルテオトルが恐る恐る声を掛けてきた。
「あのー、トモエ様?」
「何? トラソルテオトル」
「あの獣人がトモエ様を侮辱したのは許しがたい事ですが、トモエ様にも原因の一端はありますよ?」
「なんでよ」
トラソルテオトルの言葉に不機嫌そうにトモエが聞き返す。
「トモエ様は余り人前にお出にならないではないですか。ですからトモエ様が魔王である事は一部の者しか知りません」
「あ……」
「トモエ様?」
「き、気にしたらダメよ! 自分よりも格上の相手だって見抜けなかった方が悪いんだから!」
「トモエ様……」
取り繕うように言うトモエを見るトラソルテオトルの目が残念な子を見る目に変わっている。
シーツァも、トモエが最初から魔王である事が分かっていれば獣魔軍団の生き残り達の運命も少しは変わったんじゃないかと思うと若干同情的な気分になった。
作者 「なんかだいぶあっけなく終わってたけどさ、ゴブリンが強いの? それとも獣魔軍団が弱いの?」
シーツァ「多分前者だと思うぞ。少なくとも獣魔軍団の方が数は多いし、個々のステータスもゴブリンと同等か若干上だし」
作者 「なるほど。バフ掛けた事と、相手がパニックになったのが勝利の要因かな?」
シーツァ「そうなるのかな」
ここで1つお詫びを申し上げます。作中で獣魔軍団を畜生共と表現している部分がありますが、これはあの部隊の連中が対象です。敵対したから故の発言です。
決して他の獣人や獣耳美少女を貶す発言ではありません。そこはご理解いただきますようお願い致します。
てか作者自身ネコ耳とかイヌ耳とかキツネ耳とかの獣耳美少女は大こ――ゲフンゴフン! 大好きですので、ハイ。
作者の嫁である某ゲームに出てくる元人間の神様も獣耳ですからね!
ここまでお読みいただきありがとうございます。




