105話 手合せするようです その2
トモエの試合開始の宣言が亜空間に響き渡る。
その声が亜空間の中に溶けて消えてもシーツァとケツァルコアトル、両者が動くことは無かった。
ケツァルコアトルはシーツァを観察しどの様な動きにでも対処できるように構えているのに対しシーツァはケツァルコアトルの発する覇気に呑まれ掛け、動くに動けないのが現状だった。
やばい……、どう動いてもぶった斬られる未来しか見えない……。だからってこのまま何もしないでいても埒があかねぇし……。
「どうした? そちらから来ぬのならばこちらから行くぞ!」
「!?」
そう言うや否や弾丸のような速度で一息にシーツァとの間合いを詰めるケツァルコアトル。シーツァの眼前に迫った彼は小手調べとでも言いたいのか隙の大きい大上段からの振り下ろしを叩き込んできた。
「チィッ!」
ケツァルコアトルのあまりの速さに避けるタイミングを見失ったシーツァは握り締めている長剣と小盾を交差して受け止める。
なんとか真っ二つにされることは防いだものの、大剣による振り下ろしはシーツァが想像していたよりも更に重く潰しに掛かってきた。
徐々に押され立っている事も儘ならず膝を突いたシーツァ。するとピシリと嫌な音が自らの握る長剣から聞こえてくる。
その音にシーツァの危険を察知する本能がけたたましいアラームを鳴らす。
「う……おらぁ!!」
長剣の状態を確認することも無く全身に力を込めると受け止めていた力を何とか逸らす力に変え、ケツァルコアトルの大剣がシーツァの右側に流れるとの同時に左側へと跳躍する。
流され亜空間の地面に叩きつけられた大剣が轟音と共に地面を揺らす。その光景に冷や汗を流しながらなんとかシーツァはケツァルコアトルから距離を取ることに成功した。
「なんつー力だ……。受け止めるので精一杯、それも短い時間だけとかどんだけだっつの」
荒く息を吐きながら悪態を吐くシーツァ。手元に目をやると握り締めている長剣は大剣を受け止めていた部分から致命的ともいえる罅が入っており、小盾も長剣の跡がくっきりとできていた。
「どうした暁よ。汝の力はその程度か? ウィツィロポチトリと戦った時はもう少しやると思ったのだがな。我の思い違いだったか?」
少し落胆した様な表情で問いかけてくるケツァルコアトルにシーツァは何も返せずにいた。いや、返すだけの余裕が無かった。
自分の握り締めている長剣と小盾。【不壊】を付与していたわけではないが魔法銀製ということもありかなり頑丈に作られている。それがいとも簡単に破壊一歩手前まで持っていかれた事に相手との実力差を実感させられていた。
くそっ、どうする……。【倍加】だけじゃとてもじゃないが太刀打ちできん。かと言って【素戔嗚】は力加減なんかできないし、動けなくなる前に倒さないとこっちが負ける……。てことはあのスキル使うしかないのか? まだ使ったこと無いから不安なんだよなー……。
思考を巡らせつつ手の中に新たな武器を作り出す。魔法銀製の長剣なのは変わらないが【不壊】と【斬撃強化】が付与されている。
「とりあえずやってみるしかないだろ! 【鬼人化】発動! ……あれ?」
ひゅ~~~~~と風の吹かない亜空間内に風が吹く錯覚を覚えるシーツァ。
これからシーツァが何をするのかと興味があるのかケツァルコアトルは大剣を構えたままじっと観察しながら待っている。
「【鬼人化】発動! 【鬼人化】発動! 【鬼人化】【鬼人化】【鬼人化】! あれぇ~?」
何度もスキルを発動させようとするものの一向に発動しない【鬼人化】のスキルにシーツァは【看破】を使用する。すぐに浮かんできた前回と変わらない説明にシーツァが訝しんでいると、説明がまだ続いていることに気が付いた。
そして続いている説明を読んだシーツァは驚愕に目を見張った。
【鬼人化】:ステータスを10倍にまで引き上げる。 人族専用スキル。
しばらく空白が続いた後に書かれている人族専用の文字。
「ふっざけんなぁ! これじゃ使えるわけねぇじゃねぇか!」
テンションに身を任せ長剣を亜空間の床に叩きつける。ガチャン! と音がして地面に倒れた長剣を慌ててシーツァが拾い上げる。
「ふぅ、もういいか?」
「ああ、もうやってやんよー! 【倍加】!! ついでに【攻撃力強化】【魔力強化】【防御力強化】【魔抵力強化】【速度強化】【HP強化】【MP強化】!!」
【倍加】で2倍になったステータスが魔法によるバフで更に強化される。様々な色の光を身に纏ったシーツァが覚悟を決めた瞳で長剣を構えケツァルコアトルを睨み付けた。
「ほう……、自らを魔法で強化できるのか。面白い、ならば行くぞ!」
再びケツァルコアトルがシーツァ目掛けて迫る。先程よりもその速度は速く、瞬く間に彼我の距離が縮まって行った。
「んな何度も同じ手を食うか! 【重力】!」
シーツァの【物理魔法】によって生み出され、バフにより威力を増した強力な重力場がケツァルコアトルに降りかかる。
一気に何倍にも膨れ上がった自重に潰されるかと思いきや、若干走る速度が低下した程度の効力しか発揮せずに終わった。
「チッ、これでも潰れないとかどんだけだよ……なら……」
あと少しの距離までケツァルコアトルが迫る中シーツァがその場で軽く跳躍する。そして跳躍による力と重力による力が均等になった瞬間ケツァルコアトルに向けて手を翳し魔法を発動させる。
「これでどうだ! 【引力】!」
地に足の着いていないシーツァの体が自らの発動した魔法によってケツァルコアトル目掛けて引き寄せられるかのように飛んでいく。
流石のケツァルコアトルも目の前の光景に若干驚きを覚えたらしくその動きが一瞬だけ固まった。
引き寄せられているシーツァはケツァルコアトルの見せた一瞬の隙に先程のお返しとばかりに大上段から一気に振り下ろす。
それを迎え撃たんとケツァルコアトルが大剣で切り上げ、激突した両者の剣が激しい金属音と共に鍔迫り合いを起こした。
「これならどうだ! 【重力】!」
「ぬう!?」
火花を散らすかの如き鍔迫り合いの中、徐々に押し戻されていくのを感じたシーツァが自分自身に魔法で強力な重力を掛ける。
重力を加えたシーツァの斬り下ろす力とケツァルコアトルの斬り上げる力。2つの力が拮抗し、両者1歩も譲らぬ鍔迫り合いだったがそれはすぐに終わりを迎えた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うわっ!?」
咆哮と共に突如としてケツァルコアトルの全身の筋肉が盛り上がり、一気に膨れ上がった力がシーツァを長剣ごと弾き飛ばす。
弾き飛ばされたシーツァは空中でクルクルと回転し、何とか体勢を立て直し、綺麗に足から着地する事に成功した。それと同時にシーツァは今度は地面を強く蹴り、体勢を低くしてケツァルコアトル目掛けて突撃する。
まるで地面を這うかの様に迫るシーツァを叩き潰さんとケツァルコアトルが大剣を振り下ろす。
直撃すれば死を免れる事は許されない1撃がシーツァの頭を砕こうとした瞬間不意にシーツァの姿が掻き消え、大剣は何もない地面に轟音と共に叩きつけられた。
「そこだぁ!」
地面にめり込んだ大剣を引き抜かず体を独楽の様に回転させ、その勢いを利用してケツァルコアトルは自分の背後の空間を大剣で薙ぎ払う。
すると今正に背後からケツァルコアトルを攻撃しようとしていたシーツァが大剣による薙ぎ払いで吹き飛ばされていた。
咄嗟に長剣で防御した事により何とか上半身と下半身が永遠にサヨナラするのは避けられたが、長剣を盾にする際抑えるために使用した左腕があまりの威力に千切れかけていた。
「くそっ、やっぱり【空間把握】持ってるから【転移】での奇襲は役に立たないか……」
呟きながら千切れかけの左腕を見るシーツァ。すぐに【超再生】が発動しMPと引換にだらんと垂れ下がった左腕がビデオの逆再生の様に修復していく。
「回復は済んだか? ならば続きをしようではないか」
「ったくこのバトルジャンキーが……」
悪態を吐くシーツァの背後の空間に無数の小さい波紋が生まれる。その波紋の中心から剣や槍等の武器の先端が顔を出し、その全てがケツァルコアトルへとその鋭い先端を向けていた。
「ほう、面白いな」
「卑怯だなんてぬかすなよ? あんたに勝つにはこれでもまだ足りないぐらいなんだからな」
「良い。もっと我を楽しませろ暁!」
久しぶりにまともに戦える相手にケツァルコアトルは顔に喜色を浮かべながらシーツァ目掛けて走り出す。
襲い掛かって来る化け物に対しシーツァは次々と剣や槍を射出しながら自らも相手目掛けて走り出しこれを迎え撃った。
ケツァルコアトルは自分に飛来する武器の内急所に当たる物のみを的確に選び出し、大剣をまるで小枝の様に振り回し打ち落とす。
対するシーツァが自らの手に持つ長剣をケツァルコアトルの顔面目掛けて投擲し、それをケツァルコアトルが大剣で弾いた瞬間、長剣を弾いた体勢のまま動きが固まった。
先程の不意を突かれた一瞬の隙ではなくまるで何かに縛られたようにその動きが止まる。
その太ももには【束縛】を付与された小さな短剣が突き刺さっていた。
「これで終わりだー!」
動きが止ったケツァルコアトルの目前まで迫ったシーツァは手に竜族に対して効果の高い【竜殺し】を付与した大剣を生み出すと力の限り振りぬいた。
大剣が吸い込まれる様にケツァルコアトルの左肩口から右脇腹までを斬り裂く。
盛大に血飛沫が舞う中ようやくケツァルコアトルが膝を突き、対するシーツァは立ってこそいるものの疲労から肩で息をしていた。
「フフフ……フハハハハハハハハハハ!!」
膝を突いていたケツァルコアトルが不意に肩を震わせたかと思うと高らかに笑い声を上げる。亜空間中に響き渡る笑い声は喜色に満ちていた。
「楽しい、楽しいぞ暁! 我がここまで血を流したのはいったい何時振りか! 礼を言うぞ暁、汝ならば本気を出しても良さそうだ!」
そう言った瞬間ケツァルコアトルの体が光に包まれる。その光は徐々に強さを増しやがて目も開けていられない程に強くなり、やがて光が消える頃には目の前にケツァルコアトルの【人化】した姿は無く、代わりに羽毛と2対4枚の翼を持つ蛇に似た姿をした見上げるほどに巨大な竜が存在していた。
「さあ暁よ続きを始めよう」
翼蛇竜から発せられる地響きのような声を合図にシーツァ対ケツァルコアトルの第2ラウンドが幕を開けた。
作者 「…………」
シーツァ「……作者?」
作者 「がんばれ!」
シーツァ「俺に死ねと!?」
作者 「大丈夫だお前さんは主人公。どんな怪我しても次のシーンには傷1つないさ!」
シーツァ「それはギャグマンガだろぉがぁーーー!!」
はたしてシーツァはケツァルコアトルという存在自体が理不尽な相手に勝てるのでしょうか。
正直私自身シーツァがケツァルコアトルに勝つイメージが浮かびません。どうしよう……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
誠に勝手ではありますが、諸事情により次の更新は16日水曜日になります。
申し訳ありませんがお待ちいただければ幸いです。