104話 手合せするようです その1
シーツァは上空からこちらを見下ろしている怪物と対峙していた。
それは元の姿に戻ったチャーチよりも更に大きい蛇の形に似た竜。その体は羽毛に包まれ、2対4枚の翼を持ち自由に大空を悠然と泳ぐその姿は空を駆け抜けるように飛翔するウィツィロポチトリとは違う、力強さに溢れていた。
「どうしてこうなった……」
シーツァの呟きが誰に聞こえるでもなく亜空間の中に溶けていく。
なぜこのようなことになったのか、それは少し時間を遡る。
みんなと遊んだ海から帰り、忘れてきたチャーチに一晩中攻めさせられていた翌日、シーツァが魔王城の廊下を1人で歩いていた時の事。
その日シーツァは今日のゴブリン達の訓練をどうするか考えていた。全員が1段階進化し、ステータスも最初に比べて大幅に向上した――と言っても普通のゴブリンに比べてではある――現在また強制的にレべリングをするかそれぞれの武器の習熟度を高めるか決めかねていた。
そんな風に思考に没頭しながら広い廊下を歩くシーツァの反対側から2人の男が連れだって歩いて来た。1人は以前シーツァと戦った事があり、真面目が服を着ているかのようなウィツィロポチトリ、そしてもう1人は全身から隠し切れない圧倒的なオーラを滲ませる偉丈夫ケツァルコアトル。
「おはようございますシーツァ殿。トモエ様は何処におられるかご存知ですか?」
「ああ、トモエなら俺の部屋でまだ寝てるんじゃないかな? 何か用でもあったのか?」
「ええ……、というよりもトモエ様に用があるのは私ではなくケツァルコアトル殿なのです」
やや困ったような顔でケツァルコアトルに視線を向けるウィツィロポチトリ。その視線の先ではケツァルコアトルが鷹揚に頷いていた。
「うむ、ここで汝に会えるとは丁度良い。我はトモエ様に暁殿と手合せできるように願い出るところであったのだ。どうか我と手合せ願えないだろうか」
「いや……そういわれても俺素の状態だと余り強くな――」
「いいわね! その手合せ、私が仕切らせてもらうわ!」
ケツァルコアトルの願いを何とか断ろうとしたシーツァの言葉を遮るようにどこからともなくトモエがシーツァの背中におぶさるように姿を現し手合せを承認した。
シーツァが部屋を出る時はベッドの上でアイナの大きな胸に顔を沈めながら眠っていたトモエだが、何時の間に着替えたのか今現れたトモエは既に普段着に変わっている。
「さて、それじゃあ私はソーラちゃん達を呼んでくるから少し待っててね」
そう言うや否や絶句するシーツァを余所に空間に穴を開け部屋の中に飛び込んでいくトモエ。フリーズしているシーツァとケツァルコアトル達が待っているとしばらくして再び空間に穴が開き、そこからトモエを先頭にソーラ達が姿を現した。
全員普段着に着替え終わっているが、皆いきなりトモエに連れてこられた為かいまいち状況が理解できていない中、シリルだけがやや眠そうに欠伸をしている。
「お待たせ。それじゃあ早速戦う場所を展開するわね」
トモエが【時空間魔法】で周囲に亜空間を展開し、何処までも続く白一色の景色に塗り替えられていく。
もうすでに見慣れている光景にシーツァは驚くこともなく、以前ウィツィロポチトリと戦った時と同じく魔法銀製の長剣と小盾を作り出し構える。
対するケツァルコアトルは背負っている自身の身の丈ほどもある大剣を両手で構え、対戦相手であるシーツァから一時も視線を外す事無く開始の合図を待っていた。
とりあえずまずはいつも通り相手のステータスから調べないとな……。嫌な予感しかしないが……。
シーツァがケツァルコアトルのステータスを調べる為【看破】を発動する。すると次の瞬間シーツァの目には驚くほどの数値が飛び込んできた。
名前 ケツァルコアトル ♂
種族 竜族:翼蛇竜
状態 健康
Lv 99
HP 9719/9719 (+5000)
MP 9582/9582 (+5000)
攻撃力 9872 (+5000)
防御力 9708 (+5000)
魔力 9084 (+5000)
魔抵抗 9127 (+5000)
速度 8931 (+5000)
運 912
【最大HP超上昇Lv.10】【最大MP超上昇Lv.10】【神力Lv.10】【城壁Lv.10】【魔神Lv.10】【韋駄天Lv.10】【剣鬼Lv.10】【竜の息吹:炎】【原初の炎】【威圧咆哮】【竜鱗】【空間把握】【飛行】【人化】
【原初の炎】:世界で最古の炎。燃やせぬものは存在しない。
【空間把握】:半径5km内の存在を正確に知覚出来る。
はいおかしい。ウィツィロポチトリですらここまで高いステータスじゃなかったぞ!? 一体全体どうなってんだ。しかも初めて見る2つのスキルが凶悪すぎるし!
「暁ー」
シーツァがケツァルコアトルのステータスを見た所為で困惑しているのが分かったトモエは幼馴染パワーですぐにその理由を理解しシーツァを呼ぶ。
「前に魔族は初代魔王の魔力で変質した元人間だって説明したわよね」
「ああ、そう聞いたな」
「けどケツァルコアトルは違うのよ。彼は元々強力なドラゴンだったの。それが初代の魔力で更に強化されてシーツァが見た通りの圧倒的な存在になったのよ」
「そういうのは手合せ前に言ってもらえませんかね!?」
トモエの説明でケツァルコアトルの異常なまでのステータスにある種の納得を覚えたシーツァはそれでも文句を言わなければやってられないと叫ぶように言う。
そんな2人のやりとりを目にしても一切の隙を見せないケツァルコアトル。泰然自若としているその様は長年鍛えぬいてきた圧倒的強者の雰囲気を醸し出している。
はぁ……。ここまで来たらやるしかないか……。今更断れない雰囲気だし……。この前手に入れて今まで使ってないスキルを試せると考えておこう……。
「それじゃあお互い準備はいいわね?」
「ああ」
「いつでも」
2人の中心に立ったトモエがシーツァとケツァルコアトルに問いかける。
その問いにシーツァは更に重心を下げて答え、ケツァルコアトルは半身になり大剣を構えた。
「それじゃあ殺しは厳禁だからね。試合開始!」
トモエが亜空間の上空に火の玉を打ち上げ、それが空中で爆発すると同時に開始の宣言をする。
今ここにシーツァにとっては避けたかった、ケツァルコアトルにとっては待ちに待った手合せが幕を開けた。
魔物が存在していなかった頃ドラゴン達は竜種として畏怖の対象でした。自由気儘に行動しているドラゴン達の中でケツァルコアトルは己の力を高める事しか頭にない変わった存在でした。
幾たびも他のドラゴンに戦いを挑み、それに打ち勝ち強くなったケツァルコアトルはいつしか最強の竜種とまで言われるようになりました。
それが初代魔王の魔力によって変質し、ステータスの大幅向上に繋がったのです。
作者 「以上がケツァルコアトルのステータスが高い理由な」
シーツァ「だからって高すぎるだろ!? もちっと考えてくれよ!」
作者 「安心しろトモエの方が高いから」
シーツァ「え……?」
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