98話 ゴブリン達を鍛えるようです その2
「さて、まずは遠距離攻撃からだよな。アイナ、頼む」
「は~い。それじゃあ弓隊~? 構え~」
シーツァからの指示によりアイナが弓隊に右手を上に上げながらのんびりとした号令を出す。
それに従い弓隊に所属するゴブリンの面々が一斉に弓を引く。一糸乱れぬ、とは言い難いが短時間の練習の割にはそれなりに様になっていた。
「てぇ~」
気の抜けるような号令と共に振り下ろされる右手に併せてゴブリン達が一斉に矢を放った。
軽い放物線を描くように放たれた矢は迫りくる突撃猪の周囲の地面に刺さるものもあれば硬い毛皮に弾かれるものもある。それでも何本かは毛皮を貫通し突き刺さる事が出来たが、突撃猪はそれを意に介することなく走り続けていた。
「あらら、やっぱり木の矢じゃ刺さんないか。まあ、何本か刺さっただけでも良しとするかな」
シーツァは矢の刺さった突撃猪を見据えながら呟く。
「そいじゃそろそろ近づいてきたから俺も動きますか。とぅ! 【蜘蛛糸】【強痺撃】」
突撃猪の上空に飛び上がったシーツァがスキルを発動させ、強靭な蜘蛛糸に強力な麻痺毒を併せた物をばら撒き目標を絡め取る。
自分の進路に突如現れた黄色い液体を滴らせている細長い糸に流石の突撃猪も一瞬訝しんだようであったがそれも一瞬、すぐに振り払えると思ったのかその速度を緩めることはなく、蜘蛛糸に突撃し強力な麻痺毒により体の自由を奪われた。
体の自由を奪われたもののそれまで得ていた慣性がすぐになくなるわけもなく、突撃猪は体が麻痺した後盛大に地面に体を擦らせ、接近戦部隊が待機している5m程手前でようやく止まることが出来た。
「よーし、接近戦部隊。そいつはもう動けない。思いっきりやれ」
着地したシーツァによって出された指示に従い接近戦部隊が次々と身動きのできない突撃猪に襲い掛かる。
接近戦部隊は代わる代わる突撃猪に手に持った棍棒による攻撃を繰り出し、全員が攻撃し終わる頃には突撃猪は全身に殴打された後のある哀れな死体と化していた。
んー、なんかやけにあっさりと終わったな。てっきりもう少し時間が掛るかと思ったんだが……。突撃猪が弱ってた……? いや、それは無いだろ。てことは接近戦部隊の攻撃力が高かったってことなんだが……、いくら樫の木を使った棍棒を渡したからってなー。とりあえず様子見で行くか。
「よし、お疲れ様。今日はこれを何回か繰り返す。多分全員今日中には進化出来るまでレベルがあがるだろ」
とりあえず突撃猪の死体を【異次元収納】に入れたシーツァは【気配察知】で周囲の気配を探る。
限界まで探索範囲を広げるとスキルの届くギリギリの辺りに複数の魔物の存在を確認する事ができた。
この感じは突撃猪? それにしちゃ大きいのがいるな……。もしかして前に1度だけ遭遇した巨暴猪か? まあ、的がデカいに越したことはないか。
「シリル、向こうに突撃猪か巨暴猪がいるみたいなんだけどさ、こっちに誘導してもらいたいんだ。頼めるか?」
「がぅ、任せろ」
言うや否やシーツァの指し示す方向に走り出すシリル。あっという間に小さくなり見えなくなると、消えていった方向から何やら獣の雄叫びらしきものが微かに聞こえてくる。
やがて此方に向かって走るシリルの姿が小さく見えてくる頃にはそのすぐ後ろに先程の突撃猪を何倍にも大きくした巨暴猪がシリルを追いかけている姿が見えた。
人間の大陸にいた巨暴猪よりも更にデカいな……。これなら治療部隊と魔法部隊、それに老人子供にも攻撃させてやれるかな。
そう思い後ろを振り返るとゴブリン達は巨暴猪の巨体に恐れ戦き、完全に腰が引けていた。
それも仕方ない事であろう。普段ならばあの様な巨大な魔物に対抗できるゴブリンなどいる筈もなく、只々蹂躙されるだけの存在でしかないのだから。
ま、そうなるわな……。仕方ない。
「弓隊構え!!」
シーツァの覇気の籠った号令に腰の引けていたゴブリン達はその瞳に戦意を灯す。
接近戦部隊達がそれぞれ手に持つ武器を構え、弓隊が一斉に弓を引き絞る。
ゴブリン達に戦う意欲が戻った事を確認したシーツァは再び巨暴猪に向き直ると声を上げる。
「シリル! すぐに離脱しろ! 放て!」
シリルがシーツァの言葉を受けて離脱したのを確認するとゴブリン達に号令を飛ばす。
それを合図に一斉に矢が放たれ巨暴猪へと襲い掛かる。
放物線を描くようにして放たれた矢は先程よりも巨大で的が大きい為全て巨暴猪へと襲い掛かり、その体に突き刺さった。
それでも怯む事なく走り続ける巨暴猪。シーツァ達まで後少しといった所で突如その巨体がまるで上から押し付けられるかのように顔を地面に擦り付けると予想外の出来事に悲鳴を上げ、徐々にその速度を落としていった。
あの巨体があの速度で動いてたら絶対止まらずにゴブリン達に突っ込むだろうし、しょうがないよね?
心の中で言い訳をしつつ、地面に押さえつけられてなおもがいている巨暴猪の体を【蜘蛛糸】と【強痺撃】を併せた糸で縛り上げる。
やがて麻痺毒が効いてきたのかピクピクと痙攣を起こしている巨暴猪の姿がそこにはあった。
スキル【強痺撃Lv.1】がレベルアップしました。
「お、スキルがレベルアップしたな。これから使う予定が増えるから丁度いい。よし、接近戦部隊治療部隊魔法部隊、あと老人子供も! やぁぁっておしまい!」
スキル【鼓舞Lv.1】がレベルアップしました。
あれ? またスキルのレベルが上がってる……。【鼓舞】? えーと何々?
【鼓舞】:味方の攻撃力を対象の攻撃力の10%×スキルレベル上昇させることができる。
ええとつまり? このスキルが発動してたから突撃猪をあっさりと倒せたプラスアイナが指示を出した時よりも矢の威力が上がってたのか。
シーツァがレベルアップしたスキルの考察をしている中、号令を受けたゴブリン達がまるで砂糖に群がるアリの様に一斉に巨暴猪へと襲い掛かる。
手に持った棍棒や杖で殴打するゴブリン達の表情は真剣そのもの。老人や子供まで必死に手を動かし攻撃を繰り出していた。
小一時間ほど殴り続けられた巨暴猪は最後、一際激しく痙攣するとそのまま全身の力が抜け、その後一切動くことはなかった。
ワァァァァァァァァ!
巨暴猪を倒したゴブリン達から歓声が上がる。
今まで出会ったら即死を意味していた魔物をシーツァの手助けがあったとはいえ倒すことができたのだ。それがどれほど嬉しいのか容易に想像できた。
やがて歓声が収まったかと思うと今度は驚愕の声がゴブリン達から発せられた。
異常事態でも起きたのかと警戒するシーツァであったがすぐにそれが杞憂であるとわかる。
元々レベルも低い最弱のゴブリン達は当然レベルが上がるのも早い。どうやら巨暴猪を倒したことで一気に10以上レベルが上がったのだろう。
それは老人子供の例外ではなく全員が進化の際に起こる光に包まれ、やがて辺りを包み込むような強烈な光がシーツァの視界を覆い尽くした。
作者 「今まで出番の無かった【鼓舞】さんにお越しいただきました」
【鼓舞】 「始めまして、ようやく私の出番がやってきて嬉しいです。宿主は全く私を使ってくれなくて寂しかったですよ」
シーツァ「俺は悪くない。作者の力不足が原因だ」
作者 「おのれ、反論できない様な事をぬけぬけと……」
茶番はこの辺にしておいてようやく今まで使う事の出来なかったスキルが登場しました。【鼓舞】さんや他にも軍団を扱う時に有用なスキルは他にもあり、いつか出番がありますがここで紹介と説明をしておきます。
【鼓舞】 :味方の攻撃力を対象の攻撃力の10%×スキルレベル上昇させることができる。
【王の加護】:所持者を王と仰いでいる者達の防御力を30%上昇させる。
【群体】 :戦闘中共に戦う味方の数だけ全能力に補正がかかる。数が多い程上昇。
以上です。他にも【仲間の絆】というスキルがあるのですが、こちらはシーツァが得た経験値をある程度ソーラ達に分配するスキルで、配下扱いのゴブリン達は対象外になっています。
てか対象になってたらシーツァが戦った方が早くレべリングできますしね。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
このあとがきを書いている時点でブックマークが700に到達し、評価して下さっている方の人数が30人、感想の数が40件に到達いたしました。
みなさん本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
このまま最後までお付き合いくださいますようお願い致します。
作者はこの他に短編ですがウイルスホルダーという作品を投稿してあります。
お暇がありましたらそちらも読んでみていただければありがたいです。
http://ncode.syosetu.com/n9436dl/