96話 城に帰って来たようです
「ただいまっと」
この世界での生まれ故郷から【転移】を使い帰ってきたシーツァとソーラ。行きと違うのは周囲に多くのゴブリンが共にいるという点だろう。数にしておよそ50体程の数がシーツァに従い共に人間の大陸からこの魔族大陸やってきていた。
ゴブリン達は突如変わった風景に目を白黒させていたが、仕える対象であるシーツァが落ち着いているのを見て次第に落ち着きを取り戻していった。
「さて、うまく中庭に転移してきたわけだが……誰かいないかな……」
そう言ってシーツァが周囲を見回していると不意にシーツァの目の前の空間がグニャリと歪み丸い穴が開く、その中心部分からから1つの頭が飛び出してきた。
2本の角に真紅に染まった美しい髪をポニーテールにまとめているその人物。この城の主にして魔族達の王、魔王トモエが頭を覗かせていた。
「あら、おかえり暁。ソーラちゃんも。いきなり城の中庭に多くの魔力が出てきたから少し慌てちゃったじゃない。それで、そこにいるゴブリン達が暁の配下?」
「ただいま。ああ、こいつ等が今お前の作った亜空間で寝てるゴブリン達と合わせて俺の配下だ」
「そう、それならその子達にも住む場所を与えないといけないわね。ていってもすぐには用意できないから今日だけは他の子達と一緒に亜空間で寝てもらいましょう。手配はしておくから」
「頼む。てわけだお前等。悪いが今日はトモエの作った亜空間で過ごしてくれ。俺達はお前等の住処の手配と他の連中にお前等が新しく配下になった事の報告しとくから」
「仰セノママニ我等ガ王ヨ」
年老いたゴブリンが恭しく頭を下げるのに倣い他のゴブリン達も頭を下げる。
トモエが【時空間魔法】で空間に穴を開けゴブリン達の眠っている亜空間に繋げるとゴブリン達は順番に入っていく。
大人しく、理路整然と入っていく様子はシーツァが人間だった頃に参加した事のあるイベントのマナーの悪い連中に見習わせたいぐらいである。
全員が入り終わるとトモエが穴の中に魔法を打ち込む。特に悲鳴などが聞こえてこない辺り恐らく眠らせるための魔法なのだろう。
「はい完了っと。それで暁、ゴブリン達を配下にしてどうするのよ。こう言っちゃなんだけど彼等弱いわよ? 魔物の中でも最下級は伊達じゃないわ」
「ああ、それなら心配要らない。進化すれば強くなるのは俺やソーラで実証済みだ。質問なんだがこの辺の魔物でゴブリンでも勝てそうなのはいるか?」
俺の質問にトモエは呆れたように溜息をつく。
シーツァ自身中々に無理難題を言っているのは分かっている。実際シーツァ達がここまで強くなれたのはあの駄女神から貰ったスキルのお陰でもあるのだ。
それのない純粋なゴブリン、極稀に生まれたときからスキルを所持している個体もいることにはいるが、基本的に強いスキルを持っていることはほぼ無かった。
「あんたねぇ、この辺のモンスターは1番弱いのでも到底ゴブリンじゃ勝てないわよ。1番弱いので突撃猪なんだから」
「そうか、それじゃあ次の質問。バフ系の魔法ってあるか?」
「あるけど、暁達ならもう使えるはずじゃないの?」
「え? 使えるのか? スキルに【付加魔法】なんて無いんだが……」
「そうですね。私もありません」
シーツァとソーラはステータスを開き自分のスキルを確認するが【付加魔法】の文字はどこにも見当たらなかった。
「ああ、付加魔法でも確かにできるんだけどあれは付加専門だからね。属性魔法はそれぞれ上昇させられるステータスが違うのよ」
「具体的には?」
「火属性は攻撃力、氷属性は魔力、土属性は防御力、水属性は魔抵抗、風属性は速度、光属性はHP、闇属性はMPが強化できるわ。イメージしながら試しにやってみたら?」
「そうだな、物は試しだ」
そう言ってシーツァは目を閉じる。
各属性の上昇させることのできるステータスを教えてもらったお陰でイメージがし易くなったな……。後は自分の魔力でそれを実行する……!
「【攻撃力強化】」
魔法を唱えた瞬間シーツァの体を淡い赤の光が包み込む。
攻撃する対象がいないため実験はできないがシーツァの体を光が包んでいるという事は成功したのだろう。
すぐそばにいるトモエが若干驚いた顔をしているのが成功の証でもあると言える。
「へぇ~、1回で成功させるなんて流石ね」
「だろう? さすがお――」
「流石、学生時代厨ニ病一歩手前だっただけの事はあるわね。想像力がハンパないわ」
「う、うっさいわ! 学生時代の事は言わないでくれ。流石にあんな痛々しい言動をする寸前だった頃なんか思い出したくない」
頭を抱え込んでしゃがみこんでいるシーツァの顔が赤く見えるのは体に纏っている魔法のためか、はたまた羞恥のためか。トモエがニヤニヤしているあたり羞恥なのだろうが……。
ソーラはソーラで必死に笑いを堪えていた。
「と、とにかく、これでゴブリン達を育てて強くする目処が立ったわけだ。明日からあいつ等には頑張って魔物と戦ってもらおう」
何かを誤魔化すように立ち上がり捲くし立てるシーツァ。まだ頬が若干赤く見えなくも無いがそれを指摘しないだけの優しさがトモエにはあったらしい。
顔の件については特に触れず、別の事を質問する。
「けどゴブリン達って数が多いでしょ? その魔法は全体に掛けられるような魔法じゃないよ?」
「大丈夫だ。前に殺した人間から【伝播】ってスキルを奪ってるんだが、これは俺に掛けられているバフを仲間にも文字通り伝播させるスキルなんだ。だから俺1人にバフ掛けてそれをゴブリン達に伝播させればいいんだよ」
「なるほどね。確かにそれならゴブリン1体1体に魔法を掛ける必要もないか」
シーツァの説明に頷くトモエ。その様子を見ていたソーラがふと何かに気が付いたのか2人から、正確にはシーツァから距離を取る。
その様子に気が付いたシーツァが一体どうしたのだろうと思うが、その疑問はすぐに解けることになる。
「――ツァーーー」
「ん? 何の声だ?」
「シーツァーーー」
「シリルの声? けどどこから……。まさか!?」
「シーツァ!」
「ゲフゥ!?」
空から降ってきたシリルの声を発する者によってシーツァは強烈な体当たりを食らい地面に押し倒された。
突然襲ってきた強烈な衝撃にシーツァは気絶し、その事に全く気が付いていないシリルはシーツァの胸に顔を擦り付け全力で甘えているのであった。
「あらシリルちゃんお帰りなさい。その様子だとヴォルガルは倒せたようね」
「がぅ、これ」
シーツァの胸から顔を上げると手に持っていた袋から狼王ヴォルガルの頭部を取り出す。
死してなおその頭部からは見る者を威嚇するような圧力を感じるが、ここにいるメンツでその圧力に屈するような者は存在しなかった。
「確かにヴォルガルの奴の頭ね。おつかれさまシリルちゃん、報酬は何がいいかしら?」
「がぅ、肉!」
「わかったわ。最高級のお肉を用意させてもらうわね」
「がぅ!」
2人の光景を見ていたトモエには見えていた。最高級のお肉という言葉を聞いたシリルの尻尾、人間形態になっているのであるはずがない尻尾がブンブンと振られている光景が。
というか実際に出ていた。【人化】を使っているはずなのに今のシリルは人間というよりも狼の獣人と言った方がしっくりくる姿に変わっていたのだった。
シーツァに飛びついた瞬間は普通に人間の姿であったが今は獣人の姿……。これがお肉の魔力だとでも言うのだろうか。
「それよりもシリル。そろそろシーツァから降りないとシーツァが大変な事になりそうなんですが……」
「がぅ?」
ソーラの言葉にようやく下敷きにしているシーツァが気絶していることに気が付いたシリルがいそいそと体の上からおりる。
そして今なお絶賛気絶中のシーツァにトモエが容赦のない往復ビンタを食らわせる事によってようやくシーツァは意識を取り戻した。
「イタタ……。なんか胸と背中と、あとなぜか頬も痛いんだが……」
「気にしない気にしない」
往復ビンタをした為赤くなっている手の平を隠す様にしながらトモエが笑う。
その姿を見たシーツァが若干訝しんだもののそれ以上追及することはなかった。
「まあいいけど。それよりシリル、どうしたんだその姿。何か髪が前の銀色から白銀色に変わってすごい綺麗になってるんだが」
「がぅ、私強くなった」
「そうなのか? ええと……ってすごいな! 今まで森林女王狼だったのが神滅狼ってのに変わってる! なんか物騒な名前だけあってステータスも半端ないな。素の状態だったら俺じゃ手も足も出ない」
「がぅ、これで私もシーツァを守れる。もうシーツァだけに戦わせたりしない」
シリルがシーツァに抱き着き、咲き誇るような笑顔で不意打ちの様に行われた宣言にシーツァは顔を真っ赤にして言葉を返す事ができなかった。
顔を赤く染めたシーツァの様子に満足したのかシリルは背伸びをしてシーツァに顔を近づけるとそのまま軽いキスをする。
更に顔を赤くするシーツァと満面の笑みで尻尾を振るシリル、そんな2人の微笑ましい光景をトモエとソーラは邪魔する事なくシリルが満足するまで見守り続けていた。
普段あまり笑顔を見せない女の子の笑顔は破壊力抜群ですね。
シーツァもそんなシリルの笑顔に圧倒されてしまいました。俺と場所を代われ!
ゴホン、失礼しましたつい本音が。
これで残るはアイナが進化するだけになりました。一体どうやって進化させればいいのか悩んでいる最中だったりします。
ちなみに次回はシーツァがゴブリン達を鍛えるお話です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。