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紅葉と月

作者: 一条 灯夜

「意識してたわけじゃないけど――」

 茅野は言いかけたまま一度言葉を区切って、猪口を口にあて、上品に酒を干した。

 ほう、と、短く息を吐き、真夜中の空を見上げ、茅野は続く台詞を口にした。

「ふと目に入って、気付くものってあるよね」


 茅野の視線を追う。

 月の詳しい名称は分からないが、若干膨らんだ半月が星のない夜空に浮かんでいた。大学構内から見上げる関東の夜空は、星が目立たないせいもあって、月だけが浮かんでいる。

 なんだか、作り物で、飾り物みたいだ。

 枝切りバサミなんかで、ちょいと釣り糸を切ったら、案外簡単に堕ちてきそうだな、なんて思う。

 そうしたら、目の前で腕を広げる紅葉の枝に掛かりそうだ。


 空いた猪口に、茅野が紙パックの日本酒――さっきの今で、徳利なんかまでは準備できなかった――を注いで俺に渡してきた。

 素直に受け取り、一口で飲む。

 甘いけど、どこかアルコールのもやっとしてつんとくる感じがある。

 どちらかといえば、濃厚な方の日本酒だと思った。

 二十歳になったのは去年だったけど、未だに酒には慣れない。


「キャンパスの紅葉とか?」

 来年からの卒業研究に備え、プレゼミで遅くなった今日。一緒に研究室を回っていた茅野が、街頭の下の紅葉が紅く染まっているのを見つけたのが、きっかけだった。

 そして、改めて見慣れているキャンパスに視線を巡らせば、桜やイチョウの葉も色付いていて――、でも、落ち葉はまだ少なく、すっきりとした秋の景色が目の前に広がっていた。

 いや、改めて考えなくてもそうなんだ。

 大学って、小奇麗で適度にスタイリッシュに作ってあるから、ちょっとした通りや広場になっている場所は、遠くにある観光地よりもよっぽど四季の風情がある。

 晴れていて澄んだ空には半月。

 茅野は、大学の前にある二十四時間営業のスーパーにすぐさま俺を引っ張っていき、割り勘で日本酒の1.8Lのパックと、百円の玩具みたいなお猪口を買い求めた。

 それから、二人でゆっくりと飲んでいる。

 学内での飲酒は禁止されていない。

 でも、俺と茅野以外の人は辺りにはいなかった。

 たまに誰かが講義棟から出て行くけど、足早に駅へと向かうだけ。

 こうした風景も、当たり前の物になってとくに何も思わなくなっているんだろうな。

「紅葉も、ね」

 茅野は『も』にアクセントを置き、両手を俺の方に差し向けた。

 持ったままだった猪口をベンチの間に置き、酒を注いで茅野に返す。

 茅野は、こんどはゆっくりと、ちびちびと酒を嘗めるように飲んでいる。


 不思議なヤツだよな。と、茅野を見ていると思う。ウルフカットでボーイッシュな茅野は、何も知らなければ男にも見える。それも、美男子の系統。

 だけど、あんまり人付き合いをしない。

『ひとつ年上だから、なんとなくね』

 とは、大分前に茅野が言っていたことだ。

 留年なのか浪人なのか、浪人だとして高校浪人か大学浪人かも俺は知らない。三年間、なんとなく、付かず離れずにいるけど、お互いに詳しく身の上話をするようなタイプじゃなかったし。


「朝霧は、さ」

 茅野に呼びかけられ、酒の入った猪口も差し出され、ボーっと眺めていた紅葉と月から茅野へと視線を移す。

 うん? と、小首を傾げる俺に、茅野はおかしそうに告げた。

「鈍いよね」

 ほっとけ、と、猪口の酒の半分を飲む。

 少し酔ってきたかもしれない。

「気を遣わないって言うかさ」

「褒めてるとは思えないな」

「もちろん。褒めてないからね」

 ははん、と、皮肉っぽく笑って酒を干し、そんな褒められない男と友人として三年も一緒にいる相手に猪口を渡す。

 茅野の細い指の中にある猪口に、酒を注いだ。


「最初は、さ」

 前から思っていたけど、飲食している茅野は、少し色っぽい。

 唇の感じのせいなのかな? それとも、食事の細やかな仕草って言うか手の運びでそうみえるのかな?

「知り合いもなにも無いまま大学に来て……まあ、望んでそういう大学を選んだんだけど、ちょっと寂しいけど、ベタベタした付き合いも嫌だなって思ってたから、朝霧みたいな手合いは、都合が良いって言うか、楽だったんだ」

 ふうん、と、適当に茅野の独白に相槌を打つ。

 時々、茅野の話は回りくどいことがある。

 そういう言い回しは嫌いじゃないけど、得意でもない。茅野の声だから聞いていられる。高くも無く低くも無くて、ゆっくりはっきり、でも、静かに話すから茅野の声は良いと思う。

「聞いてるの?」

「聞いてるよ」

「……酔ってるの?」

「酔ってもいる」

 はあ、まったく、と、茅野の呟きが聞こえた気がする。

「朝霧は、お酌係ね」

 まあ、別に、それで不満はない。

 ほろ酔いを過ぎれば、良いことはひとつも無いんだし。ってか、茅野は酒強いな。酔っている様子は全くない。

「ん?」

 まじまじと茅野の顔を見ているのがばれたのか、茅野が少しだけ首を傾けた。

「酔ってないな」

「このぐらいじゃ、まだ、ね」

 確かに言動はしっかりしているが、頬はいつもよりは若干血色が良いように見える。まあ、茅野は元々色白だしな。今ぐらいの方が、どちらかといえば健康的にも見えてしまう。

 しばらく見ていると、どこかくすぐったそうに茅野は視線を外した。

 だから、俺も再び空を見上げる。

 昼とは一転して肌寒さを感じるような秋の風が、さぁっと撫でるように吹いた。アルコールのせいか、寒いとまでは感じない。茅野も……同じみたいだな。

 風で枝から紅葉が枝から離れるのが、視界の端に映った。

 茅野が、風に舞う紅葉に手を伸ばし――。

「お見事」

 パシッと右手で掴んだ。

 でも、茅野は苦笑いひとつでそれを手放し「紅葉ぐらいならね」と、付け加えた。

 うん?

 と、首を傾げてみせる。


 茅野は苦笑いのまま首をゆっくりと横に振り――。

 でも、なにか思い直したのか、目を少し大きく開き、改めて俺を見た。


 さっきと逆に首を傾け、茅野が話すのを待つ。

 茅野は、どこか楽しそうに笑って、ゆっくりと――まるで、秋の風のように朗々と告げてくれた。

 これまでの想いの丈を。

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