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「いてっ」
看護士が注射を刺すのに失敗した。その跡から真っ赤な血が一滴流れる。
「え。」
看護士が声を上げ、私は声が出なかった。
血が流れた注射の傷跡が一瞬で消えたのだから。
刺せども刺せども、血が一滴流れて傷跡はきれいさっぱり消える。その速さは異常だった。
医者は鼻息を荒くして興奮を隠せない。看護士を押しのけて、私の左手をがっしりと掴んでボールペンを突き刺した。
「痛い」
ボールペンは肉を抉って真っ赤な直線を描く。
「やめて!」
肉が抉れた傷跡は痛みが走ると血が滴り落ちるより早く塞がる。
「なんと」
医者は傷跡をなぞる。そこには痣一つ無かった。変わりもしない、私の手。
「離して……」
息がひゅうひゅう漏れるだけだった。
ボールペンの先端に着いた血はどす黒く変色していた。
「何をした?」
彼が目を覚ます。
血が着いた医者のボールペンを奪い取ると、片手でへし折る。私も医者も看護士もあっけらかん。
そして彼は立ち上がり、輸血パックの口を開いた。私の中に入ってくる筈の血だ。
「飲め」
血を飲むなんて。気色悪い。でも、とてもおいしそうだった。
口の中に涎がじゅるりと溢れる。
喉が乾いた。
パックをむしり取って血を口いっぱいに含む。とてもおいしい。水のように体に染み渡る気がした。
わかった。私は人間の道を踏み外した。
「行くぞ。早くしろ。」
パックの中身が一滴も無くなると、体に繋がった線と管を引き抜く。そして彼は私を抱えて窓から飛び降りた。5階ぐらいの窓からだ。
悪い気がするけど、今この体がどうなっているのかはこんな病院では解らないだろう。
でも、この男は知っているのだろう。
彼はふわりと地面に降り立って、車に飛び乗った。




