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俺の姉ちゃんと最終決戦~前編

 俺の知ってる人で姉ちゃんを一蹴できる人は一人しかいない。もう少しランクを落として、対等に渡り合える人物ならもう一人だけいる。その対等に渡り合える人物とは苺さんの事だ。

 俺の知る限り最強クラスのバケモノ、並みの人間じゃ到底太刀打ちできない。なんなら姉ちゃんに対して最強な唯一人物である母さんにも勝ちうる存在だ。

 しかし事この件において、やはり最強なのは母さんだ。姉ちゃんも母さんにだけは逆らえない、親の力はやはり理不尽だな。だが都合よくあの人が帰ってくるわけでもなく俺は自分一人の力でどうにかするしかないのだ。

 今度こそは負けない、覚悟を決めて姉ちゃんのいるリビングのドアを開いた。


「たっただいま」

「おかえり夏夜君」


 思ってたより何時も通りで、逆に呆気にとられてしまった。いつもの怖くない姉ちゃんで出迎えられるなんてのは想定外だ。

 一人用のソファーに腰掛けてテレビを眺めてる姉ちゃんからは、そんな恐ろしいものを感じられない。今ならいけるかもしれない、今しかない。先手必勝、先に討ってでる。


「姉――」

「家出は楽しかった?」

「――ちゃん……」


 俺の予想の甘さがことごとく露呈してしまう日だな今日は。何がいけるかもだよ、普通に考えて家で直後にこの話は無理にも程がある。この空気にさらされると、トラウマが全部甦ってくる。だから俺は姉ちゃんが怖い。もう逃げたい。吐きそう。先輩の親の時の方がまだ楽だったぞこの野郎。

 それでもさがる事なく、しかし進もうともしない俺を何かが引き寄せるように姉ちゃんの前へと進ませた。トラウマの発信地へと俺を引き寄せたのは何だったのかまるで分からない。


「お姉ちゃんがどれだけ心配したかわかってる?」


 目に涙を浮かべ見上げてくる。笑顔でキレてる時よりも更に禍々しいオーラ的なモノを発してるけど、たぶんコレは無意識だ。

 姉ちゃんは人前で泣くような人間じゃない。むしろ一人で閉じこもってなくタイプの人なのだから、きっとコレは無意識という奴だ。

 無意識下で発散される圧力に俺はどれくらい耐えれるのだろう。何もかもが分からないままだ。


「夏夜君」

「ハイ」

「家出したの、私のせい?」

「…………」


 嘘をついてもバレること請け負いなのだが、本当の事を言うのは少々躊躇われた。俺の甘すぎる予想を大きく逸脱したやり取りに答えなんて最初から用意してなく、ならその場で考えるしかない。

 この場合真実を突き付けるのが最善なのだろう。俺にとれる最善を取るべきだ、この話を早く切り上げ先輩の話に持ち込まないといけない。だから俺は嘘は吐かん。


「うん」

「そっか、ごめんね」

「いや、まぁそれはいいんだけどさ」

「でもコレばっかりは仕方ないもん。夏夜君がなにも知らないで悪い女に食われるなんて想像しただけで許せない」

「その悪い女って誰?」

「今だと金森林檎」

「先輩は悪い人なんかじゃないよ」


 声をあらげる事は無かったが、姉ちゃんに対してここまで明確に自分の意思表示をしたのも初めてかもしれない。

 金森先輩は決して悪い人じゃない。それどころか、俺の知人に悪巧みをする奴がいても、悪者は思い当たらないのだ。それは姉ちゃんも含めての事で、それでも悪者をあげるとすればそれは自分自身だ。

 この件にもし悪者がいたとしたらそれは他ならぬ自分自身だ。友達ができないのを姉ちゃんのせいにして、何時も自分は悪くなくて。そんなのが正しいわけがない。

 自分じゃない誰かが間違ってる事なんて、この世には腐るほどある。むしろ自分が悪いことの方が少ないのだ。ならこの話はその少ない、自分が悪い事例と言える。だから俺は胸を張り堂々と言える。悪いのは俺なんだから、と。


「俺の交際を認めてくれ」

「そっか。……そっかそっかぁ、そうなんだぁ」

「…………」

「洗脳されちゃったんだよね。ほら、ストックホルム症候群ににた何かで洗脳されたんだよね」

「違う」

「違わない」


 俺の否定に否定を重ねると消え入りそうな声で、『違わないもん』と、膝を抱え拗ねたように口にした。

 壁掛け時計がお昼の十二時半をしめす。

 今までにないこの反応の原因は間違いなく俺の家出だ。今までの自分の押し付けがましい好意に嫌気をさされて出ていかれたのだと理解してるに違いない。

 姉ちゃんも人間、嫌われるのは怖いし、いつもと違うことに戸惑いもする。環境の変化や、親しい人が離れていく事に、人並みの恐怖を感じるし、焦りもする。でも姉ちゃんには変わってもらうまでも、慣れてもらはないといけない。じゃないと結果は前にも後ろにもすすまないのだから。


「姉ちゃん」

「私が悪いのなら変わるし夏夜君のためなら何だってしてあげるから、それじゃあダメなの?」

「……俺は姉ちゃんに変わってもらう気はない。ただ少し、進んだ先の現実を受け入れてもらいたいだけで、変わってほしくない」

「…………少し、考えさせて」


 ハイライトの消えた瞳よりもさらに死んだ目で、姉ちゃんはそう喋った。わりと最近同じ様なことがあった、そのせいでどうしても拭えない不安が込み上げてきた。

 ふらふらと覚束ない足取りはそれを増長させ、足を縺れさせたとき確信させた。ダメだ、先に姉ちゃんを落ち着けないと。


「姉ちゃん!」

「…………」


リビングを出ようとする姉ちゃんの手を引きずって、ソファーに座らせた。かなり遅れて何事かと姉ちゃんが見上げてくる。目に光はある。


「どうしたの?」


どうする、姉ちゃんを娘のまま一人にするのはなり不安だ。でも答えを急くなんて事は出来ないし、保留もさせられない。八方塞がりだ。今日の姉ちゃんがここまで弱ってるけど手強いのは確実に俺の家出が作用してる。状況はどんどん悪い方向に向かって、そして打開策も思い付かない。

俺はどうすればいい。


「夏夜君?」


俺にとれる最善は何だ。急かすのもダメ待つのも危険、押すも引くもダメならどうすればいい。

必死に思考を巡らす俺の手が突然引かれ姉ちゃんに倒れ混む形で落ち着いてしまう。頭を抱き抱えられ、煮詰まった考えは驚きにすべてどこかへ飛ばされててしまう。


「落ち着いて夏夜君」

「……おっおう」

「お姉ちゃん逃げてたのかもしれない」

「何が?」

「夏夜君が大人になってきてるって言う現実から」

「…………」


どういう意味だ。理解が追い付かなすぎてそろそろオーバーヒートしそうだぜ。


「何時までも小さい頃の夏夜君じゃない事はわかってたつもりなんだけどね、でもやっぱり変わるって怖いもん。いつかは夏夜君も好きな人ができて、守るものを築く事知ってた。その時は夏夜君を愛してるなら身を引くべきだってわかってた……つもり」

「姉ちゃん」

「夏夜君が私の事嫌がってるけど優しいから我慢してくれてる事も、私のせいで昔から友達出来なかった事も全部気づいてたよ。でも夏夜君は優しいから、だから悪い人に騙されないようにって勝手に都合つけてた事も、本当は誰が悪いか全部気づいてた。夏夜君の事だもん、お姉ちゃんが知らないわけないよ」


うすうす感ずいてはいたが、やっぱり確信犯か。そう思うと少しムカムカするがそれは後だ。今はこの訳の分からない状況をいかにして切り抜けるか、それが問題だ。


「じゃっじゃあ、そのお詫び的な意味で一つお願いがあるんだけど」

「……うん」


聞くだけ聞いてみる。上手くいくなんて微塵も、それこそ微粒子レベル思ってない。無理で当然、成功したら不自然。それくらいのお願いだ。


「これから、何があっても俺の友人には手を出さないでくれ」

「…………」

「俺が金森先輩と付き合うとかは別として、これだけは守ってほしい。絶対に俺の友人や姉ちゃんを含めた大切な人を傷つけないでほしい。この約束が守れないんだったら、俺は姉ちゃんを恨まずにはいられない」

「うん、他ならぬ夏夜君の頼みだもん。約束する」

「じゃあそれを踏まえて、姉ちゃんの本心を教えてくれ」

「もちろん許さないよ」


その瞬間、姉ちゃんのいつもの威圧感が完全復活した。

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