俺の姉は酔うと人が変わる
昼飯もだべ終えた昼下がり、姉さんはもうしばらくは帰ってこない。
「兄貴って料理だけは旨いよね」
「だけは余計だけどな」
「洗い物終わったらまたゲームしない?」
「しない、冬華は何時までいる予定?」
「明日の正午まで」
「今日泊まり?荷物は?」
「服とかはお姉ちゃんから貸して貰うことになってるし、兄貴は使い捨ての歯磨きセット持ってるっしょ?」
何で知ってんだよ。
「持ってるよ」
「じゃあワンセットちょうだい」
「はいはい」
部屋は両親の部屋を使ってもらって、俺の部屋には絶対に入れさせないようにしないと。
俺の今後の人生に大いに関わってくる。
それにしたって泊まりに来るときの荷物が携帯と財布くらいしか入れてなさそうなハンドバッグ一個と言うのはどうかと思うが。
でもまぁ、三駅向こうに住んでるしすぐ取りに行けるか。
「そうそう、聞いてよ」
「あぁ、なんだ?」
「この間また告白されたんだ」
「ふーん、おめっとさん」
「でもまぁ断ったんだけど」
「ふーん、おめっとさん」
「ちゃんと話聞けぇ!」
「ぐっ!」
腹いてぇ。
なにこいつ?
ちょっと話聞かなかっただけで殴ることないだろ。
「ねぇ、大学ってどんなん?」
「俺じゃなくて学校の卒業生に聞いた方がいいと思う」
俺なんて基本的に講義受けるかテストかのどっちかだし。
女子とのと言わず、生徒との交流なんて皆無だから。
いま大学で話すやつって、秋菜と海音くらいなもんだ。
「・・・・・・何か話題だしなさいよ」
「何、そんなに俺と話したの?」
「そっそう言う意味じゃないし!何勘違いしてんの?」
「じゃあ何なんだよ」
「無言じゃ気まずいでしょ」
「そうか?」
「だから・・・・・・喋ろ?」
そんな事で顔を赤らめる必要あるか?
可愛いじゃねぇかこの野郎。
「お前部活とかやってるのか?」
「いや」
「そうか」
会話が終わっちまった。
次だ次。
「やりたい部活とかなかったのか?」
「うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「きょっ、今日の晩飯なにがいい?」
「好きに決めて」
「てめぇ!会話続ける気あんのか!?」
「ないに決まってるじゃん」
楽しそうに笑うお前が心底腹立たしい。
「えっ何、兄貴は私と話続けたいわけ?」
俺はお前みたいに、『何勘違いしてんの?』とか言わないからな。
「いや別に。じゃあ俺は部屋戻るからゲームでもして時間潰してくれや」
付き合いきれん。
たぶん姉ちゃんはこの一連の会話を盗聴してる。
どこであの人の琴線に触れるかわかったもんじゃないからな。
「兄貴もやろ?」
「勝てないから嫌だ」
「手加減するから」
「それで俺が負けたときだろ」
「ケチ」
「何とでも言え」
「シスコン」
「断じて違う!」
「そっ、そんな強く否定しなくてもいいじゃん」
「とにかく!俺は部屋にいるから適当に時間潰してくれ。俺を巻き込むな」
それだけを言い残し自分の部屋に戻る。
これ以上話してるといつかボロが出そうだからだ。
あと姉ちゃんも怖いし。
俺の物事の判断基準が姉ちゃんになりつつあるのに少し涙した。
しかしこう、ベッドの上に寝転がってるだけでやることがない。
勉強?
論外。
まぁ久し振りにゆっくり寝よう。
■□■□■□■
「夏夜くん起きなさい」
「あっ、おかえ・・・・・・」
なぜ冬華は泣いて土下座をしてるんだ?
「何があったの?」
「この女が私の夏夜くんの寝込みを襲おうとしてたの」
「だから違いますって!」
「私は見たわ、あなたがニヤニヤしながら夏夜くんの部屋に入って行こうとしたのを」
「お前、大丈夫か?」
冗談抜きで最近疲れてるんじゃないか?
俺の部屋にはニヤニヤしながら入ろうとしたって、そうとう頭にきてるぞ。
お前も姉ちゃんの事知ってるだろ?
何でわざわざそんなことすんだよ?
「夏夜くんもおかしくない?」
「えっ、何が?」
「なんでこいつを心配してるの?普通蔑んだりするでしょ。違う!?」
「いや、まぁ。遠縁だけど親戚だし。それより姉ちゃんお酒飲んだ?酒臭いんだけど」
「ちょっと付き合いで」
「顔真っ赤だし、取り敢えず落ち着きなよ」
頭を撫でながら何とかさとす。
酔ってるこの人は少しだけ弱くなる。
だから張り巡らされた琴線をさけながら弱くなったこの人の懐に潜り込むのはお手の物。
「夏夜くん」
頭の上の俺の手をしっかりホールド。
「お姉ちゃんと一緒に寝よ?」
「ごめん、勉強しないとだから」
このときのために俺は勉強と言う選択肢を残しておいたのだ。
「だよね、夏夜くん大学生だもんね。お姉ちゃんなんかに構ってられるほど暇じゃないよね」
ん?
ミスった?
「お姉ちゃんみたいに嫉妬深いお姉ちゃんは嫌だよね」
いつもとパターンが違う!
「おわっ!」
いつもより言葉は怖くないが気迫は五割ましですね。
もう、気圧されると怖じけずくとか簡単にできるレベル。
気迫で押し倒されるのも簡単。
尻餅をついた俺に、四つん這いで少しずつすり寄ってくる。
何これ怖い!
しかし後ろは壁と来た。
逃げ道なんてのはもとからありません。
「夏夜くん」
甘い声が俺の耳元でささやかれる。
思わずビクッとしたが仕方ないよな?
冬華は虚ろな目をして放心状態。
どうやら頭の処理が追い付いてないみたいだ。
まぁ当たり前だけど。
事実俺も追い付いてない。
「顔、近いよ」
壁に追い詰められた俺の上に、姉ちゃんは被さるように四つん這いでいる。
顔が近い。
さすがに照れる。
「夏夜くんの恋人はお姉ちゃんだけだよ?」
「うっうん」
思わず肯定してしまった自分を殴ってやりたい。
「なのに何で他の女の子と仲良くするの?お姉ちゃんが生きるには夏夜くんが必要で夏夜くんにもお姉ちゃんが必要。それ以外のものはいらないでしょ?」
「いやっでも━━━━━━」
「夏夜くん、可愛くて優しいから目を離すとすぐに女の子に連れてかれちゃう。夏夜くんを連れていく女の子なんて必要ないでしょ?」
「・・・・・・」
「だから、夏夜くんはお姉ちゃんだけを見てればいいの。わかった?」
「・・・・・・」
「わかったのって聞いてるの」
恐怖のあまり声がでないなんて・・・・・・なれてるけど。
だから声の絞り出し方もしってる。
「極力そうします」
「うん、夏夜くんは大学生だから仕方ないよね。だから卒業したらずっと家にいてよ」
出るよ。
一人暮らしするに決まってるでしょ。
だいたい何それ?
専業主夫ですか?
ちょっといいかも。
じゃなくて、就職もするし結婚もするから。
就職先があって結婚相手がいれば・・・・・・。
「私がぜーんぶ、面倒見てあげるから」
「・・・・・・」
「じゃあ晩御飯にしよっか、二人ともまだ食べてないんでしょ?」
冬華の心は相変わらずここにあらずで、姉ちゃんはやりきった感を出している。
酔っ払った姉ちゃんも厄介です。




